作品タイトル不明
358.充実した休暇はまだ先ね
レオンは鍛錬をすると言いだし、オイゲンやエルヴィンと庭へ出た。任せて食器洗いをする。ユリアーナは読書に夢中で、ヘンリック様は執務室の書類と睨めっこ。お父様が一番時間を持て余し、午後はヴィオラの練習を始めた。
新しいことに挑戦する余裕ができてよかった。エルヴィンのバイオリン用の楽譜を見ながら、苦戦している。音楽になるのは少し先ね。
夕方になると、屋敷の中で使用人達とすれ違う。お休みをどう過ごしたのか、楽しそうに教えてくれた。街へ出て買い物をした侍女もいれば、趣味の刺繍に勤しんだ下女もいる。庭師は他家の庭を見せてもらったそうよ。
微笑んで相槌を打ち、使用人達を見送った。夕食は何を作ろうか、考えながら厨房へ入ると……料理人達が集まっている。
「道具と食材を使ったわ。不足があれば買い足してね」
彼らの予定を崩してしまった可能性もあるので、念のために伝える。腕まくりをして、肉を叩き始めた。専用のハンマーがあっても重労働だ。見かねたのか、手伝うと言い出した。
断って二度申し出があり、厚意を受けた。大変だからというより、彼らが泣きそうな顔をするんだもの。下拵えをしていると、ユリアーナが駆け込んできた。エプロンをして、しっかり髪を結んでいる。
「お姉様、手伝います」
「ありがとう……人参をこんな感じに切ってくれる?」
人参はレオンが苦手な野菜だ。彩りが鮮やかで綺麗なこともあり、絶対に食べてほしい。苦味が嫌なのなら、グラッセにしようと思いついた。ほんのり甘い人参なら、食べてくれるかも。
煮て焼いて炒めて、サラダに生で入れる食べ方が主流だ。そのままの味がするので、子供には難しいだろう。となれば、甘い物にしてしまえばいい。角を取った人参を甘く煮て、その間に野菜炒めを作った。叩いた肉は平べったくして、ハムカツのように衣をつけて焼く。
揚げるほど油がなかったの。作ってもらうのも悪いから、簡単に揚げ焼き風にした。これらを多めに作って、料理人の分も置いていく。
「残りは食べて頂戴ね」
丁寧にお礼を言って、厨房を後にした。頭を下げ見送る料理人の勢いに負け、後片付けを任せる。料理の皿を手にした私に、フランクとベルントが歩み寄った。料理の皿を運びたいと申し出る二人に、苦笑いして渡した。
なんとなくわかってきたわ。この世界で貴族の使用人に「休暇」はない。妊娠などで休むことはあるが、その場合は給料が出ないそうだ。有給の概念がない彼や彼女らにとって、お金をもらって休むのは罪悪感があるのね。
ブラック企業の従業員みたいだわ。徐々に考えが変わっていくとしても、今すぐではない。だから無理に仕事を取りあげたら、逆効果になりそう。
夕食にフランク達も誘ったけれど、やっぱり断られてしまった。主君と同じ席に着くのは無理だと。いずれ一緒に食べたいから、何度でも懲りずに誘うことにするわ。