作品タイトル不明
271.了承されたら不安が膨らむ
ヘンリック様はすごく変わった。貴族らしくない大皿料理に喜び、伯爵家の家族とも交流を持とうとする。愛情に飢えた不器用な大型犬みたいで、尻尾と耳を垂らして「くーん」と強請る顔をされたら弱いわ。
出会ったばかりのレオンも同じ。不安そうにお風呂を覗いてきたっけ。愛情たっぷりに育ててきたつもりだから、隠して嘘をついたりしない。きちんと説明し、嫌ならそう口にしてほしいの。だから、部屋を駆け回るレオンを呼び寄せた。
「レオン、大事なお話があるの。聞けるかしら」
「うん。ぼく、できゆ」
勉強用の椅子に座った。きちんと足を揃えて、私に向き直る。背伸びして大人のフリをしたい年頃ね。可愛いと口にしたら怒らせちゃうかしら。
「いい子ね。少し前にお茶会に行ったのを覚えている? ランドルフ様のお家よ」
「らん、どうふ……さま?」
「ええ、守ってもらったでしょう」
「いっちょ、に……ねんね、ちた」
惜しい。それは即位式の夜会前よね。子供にとってはかなり昔のことなのかも。
「もっと昔よ。お庭で……」
なんて表現する? 泣かされそうになった、はプライドを傷つけそうだわ。傷つけられたや虐められたは、マイナス印象を植え付ける。
「るぅ、あちょんだ?」
ルイーゼ様は遡り過ぎだった。ちょうどいい表現が見つからない。
「ユリアンやユリアーナと出かけた日、お外でお茶を飲んだでしょう。エルヴィンがいなかったの」
記憶を辿るように斜め上を睨んだレオンは、はっとした様子で私に視線を合わせた。紫の瞳が揺れる。ぱちくりと瞬き、きゅっと口を引き結んだ。やはり嫌な記憶として覚えているのね。
思い出せなかったのではなく、無意識に避けていたのかも。思い出さなくて済むよう、遠回りしたのね。黒髪を撫でて、微笑む。
「よく覚えてて偉いわ。あの時の子が、レオンにごめんなさいをしたいんですって。嫌なら断っていいわ」
「……ごめ、ちゃい……すゆの?」
「ええ。きっと悪いことをしたと思ったのよ。レオンも悪いことをしたら、謝るでしょう? どうかしら」
「いぃよ」
え? あっさりと肯定が返ってきて、聞き間違えたかと目を見開く。何度か瞬きし、へらっと笑うレオンを見つめた。
「本当にいいの? 謝る時に、顔を合わせるのよ」
「……らめ、なの?」
「いいえ、そうじゃないわ。レオンは勇気があるのね。怖くなったら、その時に私に教えてくれる?」
「うん」
どうしましょう。あっさりレオンの準備が整ったわ。予想外の返事に、私の方が困惑してしまう。レオンの様子をしっかり把握して、ダメそうならすぐに引き離す。対策はそのくらいしか思いつかないけれど、これも成長の一つになれば……。
レオンにとっても、オイゲン様にとっても。そしてユリアンにも、ね。
何度も確認するのは野暮だからしないけれど、レオンはあの時泣かされそうになった相手だと理解しているの?