作品タイトル不明
262.予想外の乱入者ね
おずおずと侯爵夫人が口を開く。挨拶に意識が向いたようだった。
「ティール侯爵家のハンナと申します。この度は……」
「謝罪は十分に頂きました。侯爵夫人を責めにきたわけではありませんの」
微笑んで言葉を遮った。爵位が上だから許されるけれど、失礼な行為だから普段はしない。ただ、これ以上謝る必要はないのだと伝えたかった。爵位や立場が上の私達が止めなければ、ずっと謝り続けるでしょう。
「しかし」
「侯爵夫人、ハンナ様とお呼びしますわね。ご子息の失礼はご子息の責任です。あなたの育児が失敗したわけではありません」
ぱちくりと一度瞬き、目を見開いて固まった。子供の躾は親の責任と責めたって、何も進展しない。ハンナ様は十分すぎるほど反省し、悩んだわ。私があなたを許すのだから、自分を責めないでほしかった。
「ですが、ティール侯爵家に何も求めず終わることはできません。今回の騒動を起こした他家は、賠償などの責任を負いましたから」
特別扱いはできなかった。ここに関しては私の独断はまずい。ケンプフェルト公爵家の面目もあるが、バルシュミューデ公爵家の立場もあるの。
「わかります」
ハンナ様の代わりに、侯爵が答えた。妻の肩を抱き、大丈夫だと囁く姿は愛情が窺えた。とても素敵な夫婦だわ。
「それで……」
この場にいない当事者オイゲン様に会わせてほしい。そう切り出すつもりだった私だが……。
「お母様は何も悪くない。俺がすべて悪い。だから俺を罰してください」
飛び込んできた少年に、部屋の空気が凍った。使用人を遠ざけたため、部屋の前に誰もいなかったのだ。止める人がいない状況で、訴えた少年は……もしかして?
「オイゲンっ」
咎める響きで、息子の名を呼ぶハンナ様。くしゃりと顔を歪めたオイゲン様の姿に、ああやっぱりと思った。嫌な予想ほど当たるのよ。
「下がれ!」
声を荒らげた侯爵にも、オイゲン様は引かなかった。母親を庇おうと言葉を並べる。俺が勝手にやった、母は何も知らない。必死で訴える姿に、ユリアンが立ち上がった。
「あのさ、ちょっといいか?」
割って入り、床に膝をついて頭を下げるオイゲン様の肩を叩いた。顔を上げたところに、にかっと笑う。
「俺と話そうか。リア姉、いいか?」
「ユリアン、言葉遣い……」
最近の彼なら大丈夫と思うのに、いざ任せるとなれば不安が過ぎる。それと同時に、侯爵夫妻の前で自由すぎる言葉遣いを注意した。他に言葉が見つからなかったの。
「悪い……じゃなくて、ごめんなさい、姉様」
振り返ってきちっと詫び、くるりとオイゲン様に向き直った。
「よしっ、行こうぜ」
え? 驚きすぎて動きの止まったオイゲン様を、やや強引に外へ連れ出す。見送った夫妻と顔を見合わせ、誤魔化すように笑顔を作った。
「大丈夫ですわ……たぶん」
「はぁ……」
困惑した声を上げる侯爵を、笑顔で押し切る。ところであの子、廊下に出てどうするつもりかしら。よそ様のお家なんだから、勝手に部屋に入り込んだりしないといいけれど。