作品タイトル不明
257.思い詰めないといいけれど
貴族社会は階級、すなわち爵位がすべてだった。上位者に逆らえばただでは済まない。家を巻き込んで没落したり、職を干されたり。だから心配になったの。ティール侯爵夫人が、必要以上に気に病むのではないかと。
説明を聞いて、ヘンリック様は考え込んだ。揺れる馬車の中、もうすぐ屋敷が見える。レオンは膝に頭を乗せて眠り、お父様達も後ろの馬車でぐったりしているだろう。門をくぐる頃、ようやくヘンリック様が口を開いた。
「そうだな、我が公爵家と対立したと思い込む可能性はある」
貴族夫人は基本的に嫁いできた女性が多い。この国では女性の相続も認められるが、婿を取る家の方が一般的だった。もしシュミット伯爵家の子が私だけなら、婿を取って家を継続させるでしょう。幸いにして弟エルヴィンがいたので、私は嫁に出る判断ができた。
ティール侯爵夫人は嫁いだため、婚家に迷惑を掛けたと悩むかもしれない。跡取りである長男の未来を閉ざしてしまったと。あまり思い詰める前に、そんなに大した失態ではないと伝えたい。
子供がやらかしたことは、親の責任になる。これは世界を変えても同じだけれど、親がすべてを背負うのは重すぎた。貴族社会のように、独特な仕組みがあるなら尚更……。母親といっても、ほとんど手元で育てていないんだもの。きっと悩んでいるわ。
「明日、ティール侯爵夫人にお会いできないかしら」
「さすがに厳しいが……連絡はしてみるか」
屋敷の玄関に馬車が止まり、ヘンリック様は先に降りた。すぐに振り返り、レオンを抱き上げた私に手を伸ばす。そっと可愛い天使を渡せば、後ろで待っているマーサへ引き継がれた。ぐっすり寝ているレオンは、起きる様子がない。
「次はアマーリアだ」
促されて、ヘンリック様の手を受けた。優しく包んだ手は温かく、私が転びそうになったら受け止めるために腕が待っている。不思議ね、最初の頃と違い過ぎておかしく感じるわ。笑い出しそうよ。
「ありがとうございます、ヘンリック様」
「抱き上げて運んでもいいが……相談したらやり過ぎだと言われた」
むすっとした口調が可愛くて、どなたに相談したのと尋ねながら歩く。フランクと部下の方……両方にお礼を差し上げたい気分よ。雑談しながら帰宅した私達の様子に、イルゼがそっと涙を拭った。
お父様達の馬車は後ろを通過し、そのまま離れに向かう。目で追ったヘンリック様は、何か呟いた。聞こえない小さな声を、気づかなかったフリで流す。必要なら相談してくれるわ。いまは聞き出すタイミングではなさそう。
「手紙を書いて送ろう。早ければ、明日の朝には返答があるはずだ」
「急がせてごめんなさい、でもお願いしますね」
今日のティール侯爵は、声に不安が滲んでいた。葛藤とか怒りではなく、ただの心配が強い。奥様や次男のオイゲン様の調子が、思わしくないのでは? それなら一日でも早く解決して、安心してほしい。
冷える肩を抱いて、暖かな屋敷と使用人に迎えられる。ごく普通の日常が、とても大切に思えた。