作品タイトル不明
245.我が子の晴れ舞台 ***SIDE王妃
久しぶりにアマーリア夫人の顔を見たわ。家族仲良く、壁際の一角を陣取っている。もっとこちらに寄ってくれたら声が届くのに。
息子カールハインツの即位式だから、王太后になる私は軽々しく壇上から下りていけない。夜会の前に会う約束はしたけれど、目の前にいると話したくなった。彼女には不思議な魅力がある。私より一回り近く若いのに、まるでお母様のよう。包み込む温もりと穏やかな口調が心を休めてくれる。
視線を感じたのか、アマーリア夫人は顔を上げた。私と視線が絡んだ途端、ほわりと柔らかく微笑む。軽い会釈を受け取り、私はゆったりと頷いた。気軽に会釈もできない立場が鬱陶しいわ。
「マルレーネ王妃様、準備が整いましたわ」
母であるフェアリーガー前侯爵夫人は、現在私の専属侍女となった。未亡人や既婚者が選ばれることの多い王族の専属侍女は、名誉職の一つだ。報酬額より、王族に侍る地位を得たことを重視されてきた。王宮内に部屋を望むことも可能だ。
私は母に部屋を与え、王宮で一緒に暮らすよう求めた。父が失脚し、兄が跡を継いだフェアリーガー侯爵家だが、居心地が悪いだろうと考えたのだ。兄も嫁を得て家族を作る。姑は邪魔ですよと笑う姿が、寂しそうだったから。
「ありがとう、ベッティーナ夫人」
嬉しそうに頬を緩める母の名を呼ぶ。親しみを込めて夫人の敬称を使い、家名ではなく個人名を選んだ。アマーリアと一緒、私を一人の女性に戻してくれる大切な人だから、家名で括りたくなかった。
我が侭で自己中心的な夫を処分してくれた母に、とても感謝している。これからはカールハインツやローレンツ、ルイーゼと静かに暮らしてほしい。そう願った私の我が侭で、母を呼び寄せた。
表向き、食中毒で亡くなったと処理した夫の死に彼女が関わったのは承知している。ケンプフェルト公爵が手を回し、兄がアリバイを作り出した。母ベッティーナに嫌疑が及ぶことはない。
「お母様……いえ、王太后陛下。覚悟も準備も整いました」
きりりと引き締まった表情で、カールハインツが私に声を掛ける。この二カ月ほど、本当に努力したわ。この子の治世を支え、後の世に賢王として名が残るように。母として残された人生のすべてを捧げる覚悟はできていた。私の準備も完璧よ。
「承知しました、国王カールハインツ陛下。これからはあなたが国の代表であり、人々を守る盾となり剣を握るのです。どうか国の民を幸せに導けるよう、心から祈ります」
即位式は、民の代表である貴族の前で誓いを立てる。王としての権威、これから国を治める覚悟、得た権利以上に重い責任、すべてを若い息子が背負う。まだ幼くよちよちと歩いていた姿が重なり、目が潤んだ。立派になったわ。
挨拶のために玉座の前に立つカールハインツの姿に、私は何度も瞬きして涙を隠した。祝いの席だもの、笑顔が一番似合うのよ。愛しているわ、カールハインツ。隣に立つ次男ローレンツは騎士服で剣を下げ、ルイーゼはドレス姿で華を添えた。
さあ、あなたの舞台よ。堂々と王の素質を見せつけていらっしゃいな。