作品タイトル不明
210.勇気ある告発に聞こえるけれど
バルツァー子爵家は次男、彼はユリアンに頬を殴られた跡に加えて、飛び蹴りももらったのよね。しょげた様子の次男の頭を掴み、母親がぺこぺこと頭を下げた。同じように無理やり頭を下げさせられる息子は、バツが悪そうだ。
母親が泣いた姿を見て、おろおろしていたんだから悪い子ではなさそう。集団心理で周囲に流されたとしても、自分の身に返るまで理解できなかったとしても、どちらにしろ貴族令息としては致命傷だった。
見た感じ、侯爵家の主犯少年はエルヴィンと同じくらい。伯爵家の三男と子爵家のこの子は十歳前後かしら。男爵家の次男はユリアンとほぼ同じ歳だと思うわ。観察する私の隣で、ユーリア様の扇がぱちんと音を立てた。
「バルツァー子爵夫人、謝罪よりも話を先にしてくださらない?」
優雅な所作で扇を膝に置くが、ユーリア様の表情は厳しかった。追及はヘンリック様やユーリア様にお任せしましょう。私はしがみついたレオンを撫でて、黒髪にキスをするので手一杯よ。ちゅっと音を立てて額にも唇を押し当てる。
「……ん」
目を閉じて強請るから、瞼や頬にもキスを降らせた。
「僕は……その、えっと」
ちらちらとヘルダー伯爵令息を視線で窺い、母親に頭を叩かれた。驚くほどいい音がしたが、その価値はあったようだ。覚悟が定まった様子で、息子は口を開いた。
「全部お話しします。ティール侯爵令息が、公爵家の若君達に暴言を吐いたのが始まりでした。黒髪の……彼が挨拶をしてくれた。まだ幼い言葉を大袈裟に真似して笑いをとり、揶揄った。それをバルシュミューデ公爵令息が咎めました」
大きく息を吸って彼は話し続けた。
「泣くのか? まだ泣かないのかよ……とティール侯爵令息が詰め寄ったところに、公爵閣下や金髪のご令息が割って入りました」
エルヴィンのことね。ここまでは聞いた話から予想できていた。だが続いた話は、私達の想像を超える状況で……。
「ティール侯爵令息が帰られた後、ヘルダー伯爵子息が……そのっ、黒髪の若君を罵る発言をしました」
具体的な表現は後で聞く、ヘンリック様はそう伝えて遮った。まだレオンがいる。この状態で同じ言葉を聞くのは、可哀想だわ。配慮に甘えた。
暴言をキッカケに、ユリアンが激怒する。そこで殴り合いの喧嘩に発展した。周囲の貴族は困惑するばかりで、誰も止めに入らなかった。おそらく、ヘンリック様と一緒に来たからだわ。シュミット伯爵家は社交をしていなかったから、弟妹も顔が知られていない。
公爵家の縁者である可能性があるため、誰もが様子見をしていた。こうなると、大人の情けなさが際立つわね。子供がケガをする可能性があれば、誰の家の子でも止めなきゃダメじゃないの。
話し終えた息子に、母親は涙で濡れた頬を押し当てた。きちんと話をしたことは偉いわ。次からはこういった騒動になる前に、その勇気で友人達を止められるといいわね。
彼の話は勇気ある告発に聞こえるけれど……より強者に寝返っただけ。コウモリの振る舞いだわ。処世術の一つと言われたらそうだけれど、嫌らしい感じがするの。