軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2.寡黙な婚約者

――時は半年ほど遡る。

この日、レッドモンド侯爵令嬢であるアダリーシアは、婚約者である第五王子エラードと、王宮庭園で親睦を深めるお茶の時間を過ごしていた。

美しい花々が咲き乱れる王宮庭園はいつ見ても素晴らしい。お茶も上質なものでお菓子も美味しい。

「…………」

「…………」

世間の婚約者がどう過ごしているのかは知らないが、アダリーシアとエラードとのお茶の時間は沈黙が多い。それでも、たとえ口を開かなくても二人の間に流れる空気は優しく、気まずさなど感じない――――わけはなかった。慣れてはいてもやはり気まずい。話しかければちゃんと返事はしてくれるが、話題がどうしてもそれ以上広がらない。

婚約当初は打ち解けるまではこんなものだろうと考えていたが、婚約して一年が過ぎても変化がなかった。よそよそしいと感じるのは自分だけなのだろうか。

婚約するまで王子であるエラードと深い交流はほぼなかった。一般的な貴族令嬢と王族との関りだけで、基本的に挨拶をするくらい。

エラードは他の王子様同様に美しい容貌で、貴族令嬢たちから人気が高かったが、どの令嬢にも同じような距離感で接していて浮名を流すこともなかった。

エラードは寡黙だと評判だったので、婚約したあとも会話が弾まないこと自体に驚きはしなかったが、一年たっても進展がないことに困惑……焦り始めた。

二人は仲が悪いわけでもないし、アダリーシアはエラードを冷たいと思ったこともない。贈り物ももらっているし、夜会などのエスコートもとても紳士的だ。デートにだって誘ってもらっている。だからむしろ大切にされていると思う。それなりに一緒にいる時間は長いのに、その時間に対し会話の量が伴っていない。沈黙が心地よくなる関係になりたいのだけれどまだ無理のようだ。

エラードは誠実で物静かな大人で素敵な人。アダリーシアの理想そのもので不満はない。それでも一抹の不安が胸をよぎる。

(このままの関係でエラード様と結婚して、私上手くやっていけるのかしら? 急に心配になってきたわ)

相思相愛の両親を見て育ったアダリーシアには理想の夫婦像があった。

第一に両親のように心を通わせた愛し合う夫婦になりたい。

第二に両親とは正反対に静かで落ち着いた夫婦になりたい。

我が家は毎日賑やかだ。アダリーシアのお父様はお母様を熱愛しすぎてずっとベタベタくっついている。そして常にお母様に愛を囁き賛辞を贈る。娘のアダリーシアの前でも憚ることなくイチャイチャするのだ。社交界ではおしどり夫婦で名を馳せているほど。

いいことだけど……さすがに人目も場所も弁えないのはいかがなものかと思っていたので、自分はそうなりたくない。

エラードはお父様と違って落ち着いていて静かでアダリーシアの理想の男性の姿に思えた。あとは心を通わせ愛し合える関係にさえなれば完璧だ。

婚約をして実際に二人で過ごす時間は静かで穏やかだった。だけど段々と穏やかだと思っていた時間が物寂しく感じるようになった。

そして気づいたのだ。寡黙な男性と心を通わせるのは想像したより難しいと。

この婚約は王家からの申し出によるものだ。

一年前に王家からアダリーシアに第五王子であるエラードとの婚約を打診された。一応、お伺いの体ではあるが断る選択肢はないし、王子様を婿に迎えることは臣下として大変栄誉なことだ。

我が家の爵位は侯爵なので身分的に問題ない。唯一、問題があるとしたら麗しいエラードの婚約者が平凡なアダリーシアでいいのかどうかということだ。もっとも王家から打診してきたのだから、そこは承知の上だろう。

両親にどうすると問われたとき、内心の歓喜の気持ちを隠し澄まし顔で「お受けします」と答えた。

実は口に出さなかったがこの降って湧いた縁談をすごく喜んでいた。なぜならアダリーシアは密かにエラードに思いを寄せていたから。

だけど現実は自分の理想通りには運ばない。アダリーシアは心の中で小さく溜息を吐くとそっとエラードの様子を窺った。

エラードはとても綺麗な顔をしている。金色の髪は輝き、まつ毛は長く肌はすべすべ。どの角度から見ても目の保養になる。ただ無表情で感情は見えない。これはいつもの仕様なので怒っているわけでも不機嫌でもないと知っている。

寡黙なところも好きだけどこのままではダメだ。どうすれば彼と心の距離を縮められるのだろうか? それともアダリーシアが焦りすぎているのだろうか。世の中の男女がどのくらいの期間で打ち解けるのかわからない。人それぞれなのは理解しているが目安を知りたい。

エラードは来週から大切な公務で半年間ほど王都を離れる。その間会うことができない。エラードが戻り次第結婚することになっているが、その前にもっと仲良くなりたいと思うのは贅沢なのだろうか。

その公務とは国内のあちこちを視察する。ただの視察ではなく『勇者の旅』と銘打っている。これはエラードにとっては公務であるが、エラードを迎える各地ではお祭りとして受け止められている。

この公務はその代の王の在位中に一度行われるもので、王子が勇者として国内を視察する。その勇者にエラードが選ばれた。

さてさて、平和なこの国で勇者とはなんぞや? と思うだろう。これは語り継がれてきた我が国の神話が元となっている。

遥か遠い昔、我が国には魔族がいたそうだ。魔族は家畜を屠り、民を甚振り殺し、国を滅ぼそうとした。そこで立ち上がったのが、神から特別な剣を授かった勇者だ。数人の友を連れ力を合わせて魔族を打ち払った。その勇者が王家の始祖と言われている。

現実には魔族などいない。都合よく作られた神話をなぞって王家の威信を知らしめるための公務だ。

だがそれ以外にもこのイベントには意味がある。大きな経済効果をもたらす。王子の行く行程はあらかじめ決められていて、数年前から街道が整備されていた。整備されたことにより街道沿いに店ができる。そして商人が行き来しそこに住む民も増え活気が出るのだ。

これは国にとって重要なイベントだが、アダリーシア的には複雑な気持ちだった。まだ気持ちが通じ合っていない婚約者と半年も会えなくなる。でも我儘は言えない。エラードは手紙を出すと約束してくれた。エラードは無口だが手紙ならまた別の一面が見られるかもしれない。文通がお互いの仲を結び付けるアイテムになることを密かに願っていた。

「このお茶美味しいですね」

「そうだな」

「庭園のお花はいつも綺麗ですね」

「ああ」

「先日お借りした本、おもしろかったです」

「それはよかった」

「…………」

アダリーシアは色々話しかけてみたが話が弾まない。他に何か話題はなかったかしら……。

「エラード様。『勇者の旅』の準備は進んでいるのですか?」

「終わっている」

「…………」

基本的にエラードの返事は簡潔だ。しかも無表情。でもこれはアダリーシアに限ったことではなく、誰にでもこの対応である。だから断じて冷たくされているわけではない。

きっとこれはアダリーシアの聞き方が悪かったのだ。エラードもこれ以上に返しようがなくて困っているに違いない。でもアダリーシアと離れることが寂しいと言ってほしいとか思うのは我儘なのだろうか。

(私はエラード様に会えなくなることがこんなに寂しいのに――)

言葉が見つからずアダリーシアはしょんぼりとティーカップを見つめた。

「アダリーシア」

「はい!」

エラードに名前を呼ばれ嬉しくて元気に返事をした。エラードは驚いたように目を見開いて口元を綻ばせた。笑った! アダリーシアはこれだけで嬉しくなった。

「出発の日は見送りには来てくれるか?」

「もちろんです! どうかお怪我などなさらず元気にお帰りになってくださいませ。お待ち申し上げております」

「ありがとう」

エラードは再び無表情に戻ってしまったが、一瞬の微笑みが見られたことでアダリーシアは浮かれニコニコと頷いた。

そして本日の親睦会は終わったのだった――。