軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後編

「リア、久しぶりだな」

「……ユアン」

「一人とは珍しいな」

⋯⋯何が珍しいだ。

一人だからこそ声をかけて来たくせに。

珍しく一人で廊下を歩くオーレリアに後ろから声をかけて来たのは、従兄弟のユアンだった。

父の妹の四番目の息子。同い年だからと幼い頃から交流があるが、実はオーレリアはユアンがあまり好きではない。

婚約が決まった時からアルベルトについて「家格が釣り合ってない」だの「ふさわしくない」だの言われて来た。

アルベルトのことを下に見たような発言ばかりするし、彼がいない時にばかり現れる。自慢話も多いし、一緒にいて楽しくない。だからあまり好きじゃなかった。

「そういえば二人の噂話を聞いたよ」

「そう。気にしないで。本当のことじゃないのはユアンも知ってるでしょ」

予想通りの話題にうんざりする。

……今はユアンと会話したくないな。

この後に言われる言葉がなんとなく予想できる。

それを聞くと自分が不愉快になることもわかっているから、オーレリアは会話を終わらせようとユアンを置いて歩き出す。

「それはそうだけど、地位の低いやつと婚約するからこうなるんじゃない?」

わざわざユアンも追いかけてきて、いつものように文句を言う。何度反論してもこの男は聞きやしない。だからもはや言い返す気力すら沸かない。

「はいはい。わかったわかった。ありがとう。さようなら」

「おい、待てって。お前の従兄弟として、心配して言ってやってるんだろ」

「だからありがとうって言ったでしょ。心配してくれてどうもありがとう。余計なお世話だわ。じゃあごきげんよう」

「リア!」

「……離して欲しいんだけど?」

話を聞かないオーレリアを引き止めようと、ユアンはオーレリアの手を掴む。

「従兄弟とはいえ急に手を掴むのはいかがなものかと思うんだけど」

「お前が話を聞かないからだろう」

「これ以上話すことはないでしょ」

「お前、あいつと婚約を続ける気か?」

「……何言ってるの?」

理解できない生き物を見るようにオーレリアはユアンを見つめる。発言の意味がわからない。

「あんなやつと婚約してるからこんな噂が広まるんだろ」

「正直、誰と婚約してたって変わらないと思うけど。立場上注目されることが多いしね」

「……もっと家格の高いやつなら、こんな噂立たなかったはずだ」

はぁ。

くだらない従兄弟の主張にため息が漏れる。

「ご忠告ありがとう。それじゃあお父様にアルをどこかの高位貴族の養子に入れてくれないか相談するとするわ。……で、いい加減手を離してくれる?」

「お前…!「今すぐ手を離さないと」」

尚も何かを言いかけるユアンに被せる形で、オーレリアは少し大きな声を出す。

「……あんたの手首から先がなくなるわよ」

「……ッ!」

オーレリアが言い終わると同時にユアンの首元にヒヤリとした感覚が当たる。

「アルベルト……学園内で授業以外で刃物を持ち出すのは禁止だぞ……俺にこんなことをしてどうなるかわかっているのか」

「三秒以内にリアの手を離さなければお前は死ぬ……三、二、」

アルベルトがカウントを始めると、ユアンは慌てて手を離した。手を離すとアルベルトはユアンの背後から離れてオーレリアの隣へ並ぶ。

ユアンは慌ててアルベルトの手元を見るが、その手に刃物なんてなかった。

「命拾いしてよかったわね、ユアン。他に私に言いたいことはある?」

「……ない」

「じゃあごきげんよう。できれば次に話しかける時はもう少し有意義な話題にしてちょうだい。……行きましょ、アル」

オーレリアがアルベルトの腕を掴む。

アルベルトは一瞬だけユアンを睨み、そしてオーレリアと共に去っていった。その視線には明確な殺意があったように思えた。

ユアンは恐怖と怒りに支配され、しばらくその場を動くことができなかった。

***

「リアが不愉快そうだったから助けに入ったけどあれで合ってた?」

「合ってたよ。ありがと」

「リアの従兄弟だっけ」

「そう。……で、何してるの?」

「触られたところ消毒してる。医療用の消毒液で」

「……ほんとに何してるのよ」

赤くならないように丁寧に、しっかり何度も拭かれた。

「アルは?珍しく戻ってくるの遅かったけど」

「あー、んー、変なのに絡まれた」

「変なの」

「そう、変なの。多分下の学年の女の子なんだけど、いきなり掴んできて俺が可哀想とか尊敬してますとか支離滅裂なことを捲し立てるから、……怪我しない程度に振り払って逃げて来た」

「どこ掴まれたの?」

「ここ」

オーレリアはアルベルトから医療用の消毒液と布を奪い取り、ここ、と指さされた場所をごしごしと拭く。

その姿を見て、アルベルトは一瞬驚いたもののついニヤついてしまう。

「ニヤニヤしないでよ」

「別にぃ」

「もう。……はい終わり。帰ろう」

「そうだな。今日は本邸でみんなで食事だっけ」

「そう。だから早く帰りましょ」

***

「結婚式の準備は順調か?」

「はい。ドレスも順調ですし参加者も大体決まりました」

「そうか。楽しみだな」

「はい」

ベリー公爵家の食卓にはハーヴェストと妻のイネス、オーレリアとアルベルトが座っていた。意外にも学園の卒業してすぐのタイミングでの結婚を勧めたのはハーヴェストだった。

ハーヴェストは王城で要職についているわけではない。が、領地が複数あり、どこも国にとって要所であるために領地関連でやることが多い。

留学と称してオーレリアとアルベルトを隣国へ行かせ、ハーヴェストの代わりに色々と視察して来てもらった。その内容を踏まえてやるべきことも出て来た。

アルベルトが公爵邸に住むようになってから少しずつ公爵家の仕事を引き継いできた。

もう十分にアルベルトは育った。もちろん、オーレリアも。

早めに結婚させて、王都での仕事をオーレリアとアルベルトの二人に任せることにした。ハーヴェストはイネスを連れて領地へ行き、改革を進めるつもりだ。

アルベルトに対して娘と結婚させるのはもったいないと思う気持ちはもうない。

ハーヴェスト自身で育てたのだ。少し娘に対して愛情の度合いがおかしいところはあるが、文句はない。十分だ。

「お前たちが式を挙げたら私たちはすぐに領地へ向かう。こちらのことは頼んだぞ」

「はい。義父上と義母上がお好きなお菓子と紅茶を定期的に送ります」

「あら、ありがとう」

学校での話や、領地に向かったらやろうと思っていること、王都でやり残して引き継ぐ予定のことなどを話しながら食卓は進んで行った。

「それではおやすみなさい」

「ああ。……アルベルト、お前は少し残れ」

「はい。リア、また後で」

オーレリアの額にキスして見送る。

ハーヴェストがついてこいと執務室へ向かった。

「学園での噂の件は知っているか」

「はい。リアはまだ動くつもりはないようです」

「そうか。基本的にはあの子に任せていい。……が、必要があればお前が動け。これを預けておく。使い所は任せる」

書類の入った封筒を渡される。

ハーヴェストはすでに噂について調査を終えているようだ。さすが仕事が早い。きっとこの中には噂を流した人物と思惑や家族構成、派閥、資産、弱み、まあとにかく全てのことが書かれている。

「もうすぐお前にもやり方を教えてやる」

「……ありがとうございます」

公爵家に仕える暗部たちのことだろう。

姿は見せないがこうして仕事ぶりだけを何度か見たことがある。

「オーレリアに関することだけは、お前を信頼している。……この件であの子が傷つくことのないように」

「はい。もちろんです」

***

留学から戻って来て三ヶ月が経った。

卒業まで残り半年。

今日もアルベルトとオーレリアは中庭で持参したお弁当を食べていた。そういえば以前より中庭で昼食をとる貴族が増えた。

婚約者がいる貴族たちが二人を真似ているのだ。以前はまばらだった中庭も今では人気スポットだ。

「昨日食べたキッシュ、すごく美味しくなかった?」

「美味しかった。昨日のはトマトが入ってたよな。リアはあの味が好き?」

「んー、そうかも。もともとキッシュは好きだけど、昨日のは特に美味しかった気がする」

「料理長にレシピを聞いとく」

「なあに、アルが作ってくれるの?」

いつも通りアルベルトの膝の上でくすくすと笑う。

「冬になったら流石に外でランチは厳しいわよねえ」

「使える教室がないか探しておく」

「ありがと」

オーレリアはこの中庭を気に入っているから、中庭の見える教室を探そう。中庭から見える教室の中から空いていそうなところを探していると、何やら騒がしい声が聞こえた。

「オーレリア様!」

遠くの方から淑女らしからぬ大きな声をあげて近づいてくる女子生徒が一人。

「オーレリア様!」

大声を出しながら近づいてくるので、アルベルトは寝転がっていたオーレリアを素早く起こして庇うように前に出る。

「アルベルト様!…目を覚ましてください」

普段見ない顔の女子生徒が二人の前に立ち大声で喚いている。

アルベルトは思わず顔を顰める。

「……この通り目は覚めているが」

「アル、どなた?」

オーレリアはアルベルトにだけ聞こえる声で「知ってる人?」と尋ね、アルベルトは「知らない」と答えた。

制服を見るにおそらく下の学年だろう。そこまでしかわからなかった。

「オーレリア様!アルベルト様がかわいそうとは思わないのですか?」

「かわいそう?」

「無理やり婚約させられ、オーレリア様の奴隷のように扱われているそうではないですか!」

「アル、そうなの?」

「そんなわけないでしょ」

「オーレリア様は黙っていてください!」

あなたから話しかけてきたのに?と思ったが、とりあえず言われた通りに黙っておくことにした。どうやら放っておいた例の噂を信じている一群らしい。喚き散らしている女子生徒とそれを取り巻く数人の男子が二人の前に立ちはだかる。

「それで、リアと俺の時間を邪魔する無礼なお前の名前は?」

オーレリアに対して失礼な態度を取る人間に払う敬意はないと言わんばかりに、低い声で尋ねる。改めてオーレリアを自分の後ろに隠すのも忘れない。

こんな奴らに負けるとは思っていないが、無礼な人間にオーレリアを見せたくなかった。オーレリアが減る気がする。

「わたくしはテバ伯爵家の次女、アステルでございますわ」

その名前を聞いた瞬間、オーレリアはアルベルトにだけ聞こえる音量で舌打ちをした。

オーレリアが舌打ちをするのは本当に不愉快な時だ。それを知っているアルベルトは相手の顔を改めて見ながらハーヴェストに渡された資料の中にアステルの名があったか記憶を探る。

「あー…」

そして思い出す。

オーレリアが尊敬してやまないシャルロットの妹だ。

姉が受け取るはずの愛情や得られるはずの機会を奪い、その上、奪った自覚もあるろくでもない妹。

両親に溺愛されていると聞いていたから少しは可愛らしい見た目をしているのかと思えば、大したことはない。自分が容姿に対して目が肥えていることを最大限加味してようやく「少しマシ」程度だと思った。こうして自分たちに大声で話しかけてくるあたりマナーもなっていないし、きっと頭の出来もよくないだろう。

あの姉とこの妹がいて、どうして親は妹の方を溺愛するんだ?

アルベルトはよく知っている姉の方を思い出し、純粋に不思議に思う。

呑気に小さく首を傾げるアルベルトの背中越しに、オーレリアはアステルを見上げた。会話するのは初めてだと言うのに、目が合えば恨みを積もらせたかのような表情で自分を睨みつけてくる。

生意気な娘だ。

⋯⋯かと思えばアルベルトが少し動けば媚びるように見つめる。

自分を敵対視していることはまだいい。

だってオーレリアはシャルロットの味方なのだ。オーレリアから見ても彼女は敵だ。

でもいやらしくアルベルトを見つめるその目は気に食わないな、と思う。その下品な下心は許すことができない。

アルベルトの服をくい、と掴めば意図を理解したアルベルトは小さく頷いた。一歩下がってオーレリアの横に並んで肩を抱く。

「オーレリア様!権力でアルベルト様を脅さないでください」

今の仕草を脅したと捉えたらしい。曲解もいいところである。

オーレリアなど怖くないと言わんばかりに憤慨する。彼女の周りには五人の下位貴族の令息たちがいて、彼らはアステルを守るように立っている。

以前シャルロットの家を調査した時にアステルは下位貴族から人気がある、と聞いていた。どうやら本当のようだ。ただ、彼女が欲しているのは高位の貴族なので、彼らと婚約せずに適当に甘えて侍らせているらしい。アルベルト以外の男に興味がないオーレリアには、一緒になるつもりもない男を侍らす感覚が理解できない。そして一緒になれないとわかっていて群がり続ける側の気持ちも。

男たちを見れば王都の社交にもなかなか出てこられないような地方の小さな貴族たちばかりだ。

⋯⋯だからきっと知らないんだろう。

オーレリアがどういう存在で、彼女に逆らうとどうなるのか。

無知は罪だ、とつくづく思う。

自分の無知故の行動が自分どころか家族を苦しめることになるとも知らずに、彼らはオーレリアを睨みつけている。

その姿はなんと滑稽なことか。

「あなた、本気で私が権力で脅していると思うの?」

「ええ!そう聞いています!確かに脅していると」

「単なる噂なのに?」

「単なる噂ではありません、確かな方からしっかりと聞きました!」

確かな方ねえ。

どこの誰だか知らないけれど、証拠もなく聞かされただけならそれはただの噂だ。どう考えてもあなたは利用されていると思うのだけど。それを伝えたところでこの目の前の女には意味がなさそうだ。

「それで、仮に脅していたらなんだって言うの?」

「アルベルト様を解放してください!」

「婚約を解消しろってこと?」

「そうです!!!」

婚約解消して、その結果が自分に関係あるとでも思っているのだろうか。

愚か者の考えることはよくわからない。

大した噂ではないし、大半の貴族たちは信じていないから卒業まで放置するつもりでいた。この噂はきっと学園という小さな世界だからこそ生きている噂だから。

卒業してしまえばこんな根拠もない恐れ知らずな噂など掻き消えるから。手を下すのも面倒だと思っていた。

でもこうして目の前に現れて大声で突きつけられたら、対処しないわけにはいかない。しかも相手が自分の尊敬してやまない相手を苦しめる相手ならば。

どう処理しようかしら?

オーレリアは少し考える。目の前で何か言われているが考えているオーレリアの耳には届かない。

あまりことを大きくしすぎて、伯爵家を責めるようになればシャルロットにまで迷惑をかけるだろう。あの人は学園を卒業してやっと家のしがらみからある程度解放されたのだ。今彼女に迷惑がかかるようなことは避けたい。

となるとあまり派手な報復はしない方がいいだろう。

見上げると生意気な六人が視界に入る。アステル以外の令息たちがどういう貴族か正確に思い出してみる。うん、ちゃんとどこも大したことがない。

伯爵家以外を潰そう。取り巻きを、全て潰せばどんなに鈍くとも察するだろう。

すこし大きな力で突いてやればいい。

「私が、権力でアルを脅していると言っているのよね?」

「ええ、そうです!」

「あなたは権力というものを知らなさすぎるみたいだから、ちょっと教えてあげるわね。そうよね。実際に大きな権力を目の当たりにしてみれば、アルを権力でなんて言えないと思うから。そうしましょう。ね、決まり」

オーレリアはパン、と手を叩きアルベルトに「今日は帰ろう」と言った。

すかさずアステルと令息たちは何かを言い募ろうとしたが、アルベルトが瞬時に殺気を放つ。

オーレリアが「帰ろう」と言うなら帰るのだ。

その邪魔をすることは誰であってもアルベルトが許さない。

さっきまで威勢の良かった彼らは、あるベルトの殺気により動けなくなり、優雅に去っていく背中を見つめることしかできなかった。

***

オーレリアは帰宅後素早く動いた。

まずはハーヴェストの元へ行き、計画を共有した。ハーヴェストは娘の提案をお願いを断ることはない。仮に王家が気に入らないからどうにかして、と言えば王太子を挿げ替えるくらいのことはするだろう。それくらい娘のことを愛している。

父の許可を得ると、家の人間を集めて根回しの指示した。相手は地位の低い貴族ばかりだ。それも大したことのないものばかり。少しだけ突いてやるだけでいい。

いくつか手紙を書いて送り、アルと出かけて贔屓の店で世間話をして、帰りにたまたま出会った噂好きな婦人に近況を報告する。

それだけ。

敬愛してやまないシャルロットにだけは迷惑がかからないように配慮をしながら。

この国で一番高貴なお嬢様が少し嘯いてやればいい。貴族たちはオーレリアの顔色を伺い、計算し、裏をかこうとして結局は従うしかないのだと知るのだ。

「アル、やること終わったから。今日は早めに寝ましょう」

「はーい」

「疲れたからベッドまで運んで」

「仰せのままに」

***

次の日、五人の令息たちは学校に来なかった。昨日の昼休みに居合わせた生徒たちだ。揃って急に実家に帰ることになったらしい。

周囲の生徒たちは彼らが休んだことに対して見て見ぬふりをした。十中八九オーレリアが何か手を下したに決まっている。決まっているから黙っている。

アステルだけは次の日も学園に来ていた。何も知らずに。

取り巻きたちが居ない。でもアステルは気にはしなかった。

同性の友達が居ないから代わりに彼らと一緒にいただけ。彼らが居ないなら数日くらいは一人で学園生活くらい送れる。

……そう思っていた。

アステルが自分の身の回りに起きた変化に気づいたのは、彼らが来なくなって一週間が経った頃だ。

いつも一緒にいる人がいつまでも戻ってこない。連絡も取れない。

仕方なく他の友達に声をかける。避けられる。おかしい、たまに会話していたはずなのに、今では授業で近くの席に座ってもあからさまに会話を避けられる。おかしい。

今までたくさん来ていた下位貴族からの縁談が一切来なくなる。

両親の顔色がよくない。詳細を聞くけど教えてくれない。

誰も私に何も言わない。でも何かがおかしい。

「ごめんね、アステルのことは嫌いじゃないんだけど、私も家が大事だからさ」

ある日クラスメイトに言われた。他のクラスメイトたちも同意するように頷いている。

「家? 家って何?」

「ごめんね。その意味がわかるようになったら、また一緒にお茶しようね」

こんなことができる人間に心当たりがある。だから文句の一つでも言ってやりたい。噂は本当じゃないかと。アルベルトを解放しろと。でも彼女に近づくことすらできない。どこにいるのかもわからない。

少し前までは探さなくとも見つけられたアルベルトの姿ですら見つけることは叶わない。教師陣の協力も得られない。無視される、全てに。

私がこんな目に合うのはおかしい。おかしいのにそれを主張することさえできない。主張する相手が居ない。

だから私にオーレリア様とアルベルト様の関係を教えてくれた人を探した。でも学園にはいなかった。他人が話していた会話を聞いたところによれば、彼はどこか遠い国へ留学へ行ったらしい。

ーー実際に大きな権力を目の当たりにしてみれば、アルを権力でなんて言えないと思うから。

人形のようなオーレリアの冷たく、美しい微笑みが脳裏に蘇る。

確かにもうアルベルトを権力で手に入れたなんてことは言えない。それどころではない。言ったところで誰も聞いてくれないだろう。だって全てが私を無視するから。

アステルは口を閉じるしかなかった。

***

「これで卒業まで静かに過ごせそうね」

「だなあ」

何事もなかったかのように、いつもどおり中庭で転がっているオーレリアとそれを愛おしく眺めるアルベルトがいた。

二人の前に煩わしい小娘が現れることはもうない。

同時に二人の関係を疑う妙な噂も消え去った。それについて触れるような野暮な人間はこの空間にはいない。

「アル、ユアンの腕を折ったのはあんたでしょ」

「バレた?」

「あのタイミングでバレないわけないでしょ……まあでも、よく腕だけで我慢したわね。いいこ」

「リアに何か思うところがあったから隣国に飛ばされただけで済んだんだろうなって思ったから。でもどうしても気が済まなくて折っちゃった。大丈夫、俺だって証拠は残してないよ」

オーレリアもそこは疑っていない。

アルベルトはハーヴェストの教育を受けているのだ。証拠を残すようなことはしない。万が一何か痕跡を残していたとしても、もみ消せるだけの準備はしてあるはずだ。

アステルを唆し噂を流させたのはユアンだった。オーレリアの従兄弟。

どうしてもオーレリアとアルベルトを仲違いさせたかったらしい。こんな幼稚な噂で二人が破談になるわけがないのに。

ユアンが昔からアルベルトをライバル視して、あわよくば自分がオーレリアの婚約者に、と考えているのは知っていた。

ユアンがもしもオーレリアの従兄弟でなかったならば、早々にアルベルトがユアンを片付けていたことだろう。

オーレリアが美しすぎる故に、二人の仲は何度も邪魔をされてきた。

そしてその度にアルベルトは相手を叩き潰してきた。

ユアンにだけは手を下さなかったのは、彼女の従兄弟だったからだ。それだけに過ぎない。

今は仲良くなくとも、幼い頃にはそれなりに交流があり、ユアンの母親である叔母にオーレリアが懐いているのも知っている。

だからユアンは生かしていた。ユアンを叩き潰すことでオーレリアに傷ついてほしくないから。

オーレリアはアルベルトのその気遣いに気づいていた。

だから今回はオーレリアがユアンに手を下すことにしたのだ。

オーレリアは彼を隣国の厳しい学園へ飛ばした。

今頃規律の厳しい学園の中で身動きが取れずにイライラしていることだろう。いい気味だ。

この機会に消してしまうか悩んだが、いざという時のためにとっておくことにした。侯爵家の四男という立場はいつか役に立つだろう。

今後アルベルトに近づく面倒な女が目の前に現れたらユアンと結婚させてみるのもいいし、関係が悪化気味の西国の皇女に供物としてあげてしまうのもいい。きっとお受けに恩を売れるだろう。ユアンは愚かだけど顔だけは悪くない。

ユアンの処分について叔母の許可はすでに貰っている。

「アルは過激な私は嫌い?」

「いや? 俺の方が過激だし」

「確かに。それはそうね」

「妹の方はあれでよかったのか?」

「あれでいいのよ。苦しみが一瞬で終わるのは罰にならないわ。数年は不幸になってもらわないと。家を潰すのは簡単だけど、シャルロット先輩に迷惑かけちゃうからね」

「あー、なるほど。……ほんと妬けるよ」

「アルが一番だから安心なさい」

そうでなければいくらリアのお気に入りとはいえシャルロットにさえ手が出そうだと苦笑した。

「一刻も早く先輩離れしてくれ。嫉妬でどうにかなりそうだ」

「はいはい。しょうがないわね、おいで」

起き上がって両手を広げてやればアルが抱きついてくる。

本当にこの男は仕方がないな、とオーレリアは苦笑した。この国で最も高貴なお嬢様にこんなことをさせるのはこの男くらいだろう。

だけどそんな姿も愛おしいから本当に仕方がないのだ。