軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

書籍13巻発売記念 おまけ 魔人王対応マニュアル

これはヴァンダルーが『ザッカートの試練』に挑戦する以前の、ある早朝の出来事……

ふと気が付くと、彼は夜の草原に立ちつくしていた。

(ん? どこだ、ここは? 儂はたしか……ああ、これは夢か)

星どころか月もない闇夜に、漠然と広がる平原に生える草。そして何より妙に頼りない五感と、ほろ酔いの時よりも鈍い思考。それから魔人国の王、ゴドウィンは自分が今夢を見ているのだと悟った。

(妙な夢だな)

そう思ったゴドウィンだったが、気が付くと歩き出していた。それに夢とはそんなものだろうと、深く考えもしなかった。

そうして歩いているうちに別の場所になったり、何かと出くわしたり。そうした脈絡もない変化が起きるのが、夢というものだ。そんな事をぼんやりと考えていると、その通りになった。

『皇帝ではないか』

前方に最近知り合ったダンピールの皇帝、ヴァンダルーの顔が現れたのだ。

『……』

ヴァンダルーは無言のままだ。闇夜で人形じみた無表情とロウソクのような白い肌でそうしていられると、それだけで恐怖を覚える者もいるだろう。顔立ちが整っているから、余計に。

『おおい、皇帝。奇遇だな、こうして夢でも会うとは!』

そんなヴァンダルーに、ゴドウィンは気さくに声をかけ、頭の一つも撫でてやろうと手を伸ばした。だが、その手は空を切った。ヴァンダルーの頭に届かなかったのだ。

ふと覚える違和感と、ぼやけた意識によぎる嫌な予感。

『んん? ……ちょっと待て、皇帝』

魔人族は夜目が利く種族で、これは夢だ。だから、闇夜でもヴァンダルーの顔がはっきり見えていることはおかしくない。だが――

『首から下は、どうした?』

何故、ヴァンダルーの頭しか見えないのか。その問いにも彼は無言だったが、答えてはくれた。

『……』

ヴァンダルーの顔が俯いた――と思ったら、回転したのだ。そして、そのままゴロゴロと回転しながらゴドウィンに向かって転がってくる。

ゴドウィンの夢に出てきたヴァンダルーに、首から下は無かった。頭だけだったのだ。

『お、おいおい、ちょっと待て』

そして、その頭は巨大だった。五感が鈍っているのと闇夜のせいで距離感が掴めず、ゴドウィンがすぐ近くに現れたと見誤るほど大きかった。

『ま、待てと……うおおおおおおっ!?』

身長が三メートル程あるゴドウィンよりも、ずっと。そんな巨大生首が自分めがけて転がってくる。その迫力に、豪傑と称えられる彼も堪らず逃げ出した。

『儂、何かやったか!?』

全力で闇夜の草原を疾駆するゴドウィン。それを追うヴァンダルーの巨大生首。

地面を蹴る脚は泣きたくなるほど頼りなく、空を飛んで逃げようにも背中の翼は風を掴めない。鍛え上げた自慢の肉体が役に立たないとは、夢とはいえなんと理不尽な事か。

『待てっ、謝る! 多分、儂が悪かった!』

だが、もっとも理不尽なのはゴドウィンにはこんな悪夢を見る理由の心当たりが無いことだった。

『皇帝に負い目を感じるような何か――分からん! 身に覚えがない!

いや、そもそもこれは儂の夢だ! 目覚めろ、儂!』

自分自身が見ている悪夢からどうすれば逃げられるのか。それには目覚めるしかない。そう結論を下すゴドウィンだったが、何をどうしても目覚められそうな手ごたえはなかった。

『うおわぁぁぁ!?』

そうこうしているうちにヴァンダルーの生首に追いつかれ、全身に衝撃が走る。

『ぬごっ!? おぼっ!? ぐあああっ!?』

そして、回転するヴァンダルーの生首の頬にくっついたまま、ゴドウィンは地面に何度もキスをする羽目になったのだった。

魔人国では、多くの民……人種、ドワーフ、エルフや、ランクを持たないヴィダの新種族が暮らしている。

「時間か」

その民達の中でも重責を担うのが、魔人族に直接仕える秘書や執事、文官等の職に就いている者達だ。それは、主人に仕事をさせなければならないからだ。

何故なら、魔人族は種族的に享楽的な刹那主義者や凝り性の趣味人が多いからだ。彼らは武術や魔術の腕を磨くことと、個人毎に異なる趣味に没頭するのを好む。

芸術品の創作活動や、楽器の演奏や歌唱。植物の育成や鑑賞、盤上遊戯やギャンブル。魔人族が魅了される趣味は様々だ。

そんな魔人族に国家運営をさせるのは難しい。なので、魔人国では魔人族以外の種族出身者が内政の多くを司っている。しかし、この国の支配者は魔人族である以上必要な業務が発生する。

「行ってくるわ」

魔人国秘書室の仕事は、そんな業務を現魔人王ゴドウィンにさせるための部署だ。

「大丈夫か? 陛下は昨日はだいぶ飲んでいたから、なかなか起きないかもしれない」

「レイナリア、我々も手伝おうか?」

「いいえ、今日のゴドウィン様の担当は私だから」

レイナリアはその秘書室に所属して五年で、ゴドウィンの専門家と言っても過言ではない。彼女が秘書室に所属してからそれだけの年月でその域に至ったのは、偉大な先人たちが記した記録のおかげだ。

(ゴドウィン様を起こすのが遅くなると、ぐずる。深酒をした翌朝は、特に。攻撃魔術を何度か打ち込んででも起こさないと)

秘書室の書架にある、分厚い対ゴドウィンマニュアルに記載されている内容を脳裏に思い浮かべる。

もちろん、本気で傷つけるつもりはない。唱えるのは一般人が当たれば大怪我をする程度の、魔人族にとってはデコピン程度の威力しかない攻撃魔術だ。

……当然だが、アミッド帝国等の人間社会で主君に同じことをすればその場で反逆罪で処される。しかし、ここは魔人国。誰もレイナリアの行いを咎めない。

ゴドウィンが魔人王に就任してから、人種であるレイナリア視点では長い時が過ぎた。最近ご息女が出来、言動に変化の兆しがある。しかし、今のところマニュアルを大幅に変える程ではない。

「今日もマニュアル通りに。

陛下、秘書室のレイナリアです。入ります」

レイナリアは腰に下げた短杖を右手に握り、ゴドウィンの私室のドアを開けた。返事を待たずに。

「陛下?」

そしてレイナリアが見たのは、寝台の脇で突っ伏したゴドウィンの姿だった。

「おごっ、うぐっ、やめ、やめてくれ~」

むにゃむにゃと寝言を漏らしながら、手足や尻尾を震わせている。そんな主君を、レイナリアはしばらく眺めた後呟いた。

「これは……とりあえず【電撃】」

しばらく困惑したレイナリアだったが、予定通り攻撃魔術をゴドウィンに打ち込むことにした。

「ふぐおっ!? お……おおっ! 目が覚めたっ! よく起こしてくれた、助かったぞ! 儂がうなされていたら、次もこの調子で頼む!」

それによって目覚めたゴドウィンは、レイナリアに今後も攻撃魔術で起こすようにと命じると上機嫌で寝室から出ていった。

一人残された彼女は、深刻な様子で呟いた。

「これは、マニュアルの改訂が必要ね。今日は残業かも」

以前のゴドウィンには見られなかった行動だ。それにいち早く対応するために、専門家――秘書室に所属する者達を集めて検討する必要がある。

その結果、マニュアルに新たな一ページが刻まれる事だろう。

何気ない一日に過ぎないが、歴史は常に動いているのである。