軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四十七話 殺意を高く打ち出そう

タロスヘイムの王城は、現在浴場のみが賑わっていた。国家運営が機能していないため、そこしか用が無い為だ。

「良い湯だった~」

「キングが作ってくれたマッサージゴーレムも良かったわね」

「そう? あたしは泡がぶくぶく出る『じゃぐじー』の方が良かったと思うけど」

今まで水浴びだけで入浴の習慣が無かったグール達は、すっかり熱い湯に浸かる事に夢中に成っていた。ヴァンダルーが思いつくままに、しかし力を入れて作るゴーレム製品もあるが、やはり湯船に浸かるのは気持ちが良いようだ。

「そう言えば、知ってる? 最近タレア長老が毎日のようにキングの寝室に呼ばれてるって噂」

「知ってるけど、ただ人恋しいだけじゃないの? だってキングってまだ四歳じゃない。寂しがり屋だって聞くし。それよりもう長老じゃなくて職長でしょ」

「そうだけど、長老の方が呼び慣れてて――」

二人のグールの女性が話しながら歩いていると、不意にその噂のタレアが走って前を横切って行った。

「あれ? 職ちょ――」

そして、そのすぐ後にヴァンダルーが横切って行った。音も無く、何故か両手足を使って天井を走っていた。

「…………」

あまりと言えばあんまりなグールキングの姿に二人が言葉を失っていると、タレアが戻ってきた。ヴァンダルーに捕まって。

「いやあああああっ! もう今夜は許してぇぇぇっ!」

「いえいえ、明日は投石機の試射があるので今日中に後十は行きましょう」

涙目で悲鳴を上げるタレアを、ヴァンダルーは【念動】で宙に浮かしながら連れて行ってしまった。それを見送った二人は、ゴクリと唾を飲み込んで言った。

「寂しがり過ぎじゃない?」

手足を放り出したままのあられもない姿のまま、荒い息を繰り返すタレアの横でヴァンダルーは言った。

「後数日で【若化】は完了です。頑張って行きましょう」

「はうぅ~……」

ヘロヘロに成って足腰が立たない様子で、タレアは変な声を出した。

色々と経験豊かなタレアだったが、【若化】は彼女が今まで覚えた事の無い感覚が全身に走る。異物が体中を這い回る不快感と、逆に体中をマッサージされ凝りの様なものが解れて行く快感と。

身体は活力が満ちているのと同時に激しい運動の後のような疲労を感じるという、訳の分からない状態になる。

ヴァンダルーとザディリスしか知らなかった秘密を共有できて、自分も若返る事が出来る。タレアにとって良い事尽くめなのだが……。

「ううっ、確かに疲れやすかったり息がすぐ上がったり、目が霞んだりしなくなりましたし、腰が痛む事もなくなりましたけどぉ……」

思っていたよりタレアの老化症状は進んでいたらしい。流石二百六十越えだ。

「もう十歳程若返っておきますか?」

「ひぃっ!? 今夜はもう堪忍ですわっ!」

いくつかある【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカを奉じる吸血鬼達の集会場。そこに数千年に一度しか揃わない原種吸血鬼達が集まり、ここ数万年無かった事を行っていた。

床に搾りたての特別な生き血で描かれた、所々歪んだ七芒星。その中心に向かって三人の原種吸血鬼達が腕を伸ばし、拳を作った。

「我、テーネシアが尊い血を注ぐ」

テーネシアの指の間から、血が一滴落ちる。彼女は贈られたプレゼントの入った箱を開こうとする子供の様に、瞳を輝かせている。

「我、グーバモンが尊い血を注ぐ」

豊かな髭に全ての養分を吸われたような、大きい目をギョロギョロさせた枯れ木の様な老人。グーバモンの指の間からも血が一滴落ちる。

彼の目は、正体不明の欲望が目障りなほど浮いている。

「我、ビルカインが尊い血を注ぐ」

そしてビルカインの白い手からも赤い血が落ちた。彼の瞳には、不気味なほど何も無かった。普段は紳士然とした微笑を絶やさない唇は、何かを堪える様に引き絞られている。

彼等三人の原種吸血鬼が一度に揃い、そして全員が協力して一つの事を行うのはここ数万年無かった事だ。

超人と呼ばれるA級冒険者だけで構成されたパーティーでも、彼等原種吸血鬼はそれを一人で圧倒できる力を持つ。

彼らはこの吸血鬼コミュニティの纏め役であると同時に、【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカの加護を受ける邪神の従属神に等しい存在でもあるのだ。

そんな彼らがどんな儀式を行おうと言うのだろうか。

「……ふん、儀式は失敗した様じゃな。セルクレントめ、裏切りおったか」

グーバモンが何の反応も示さない七芒星を見て、嬉しそうに唇を釣り上げ牙を剥き出しにする。

「じゃあ、次はエレオノーラだね。さっさとしな」

「……ああ」

促されるままにビルカインは控えていた貴種が差し出した子供を受け取ると、意識の無い子供の首を手刀で斬り落とした。

噴出した血が床に落ち、そして妖しく光るとまるで生きているかのように蠢き、既に描かれている七芒星と同じ形になった。

そして、先程と同じようにビルカイン達三人は血を一滴ずつ落として行く。

しかし、その結果も同じだった。何も起きない。

「エレオノーラも裏切ったようだね」

「ククク、死んでいたらここにアンデッドとして復活するはずじゃからのぅ」

この儀式は、死亡した貴種吸血鬼の魂を召喚しアンデッドとして復活させると言う物だった。

一人の男しか知らない女から生まれた幼子の首を刎ね、その血で描いた七芒星に原種吸血鬼全員の血を一滴ずつ捧げなければならないと言う手間がかかり、その癖復活させると言っても生前よりもずっと弱いアンデッドにしかならないと言う、割に合わない儀式だ。

そんな儀式を何故態々行ったのかと言えば、一月前に大事件が起きたからだ。

【従属種吸血鬼ヴァレンと、ダークエルフのダルシアの間に生まれたダンピールを抹殺せよ】

そう原種吸血鬼達に【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカから神託が下ったのだ。

問題のダンピールの抹殺は、セルクレントとエレオノーラに任せていた。あれから一年程経つが、そこは時間の感覚が異なる吸血鬼、精々手こずっているようだと思う程度で殊更状況を確認しようとも思っていなかった。

問題のヴィダ派の原種吸血鬼が動いた様子も無い以上、焦るような事でもなかったからだ。

だが邪神から直接神託を受けたと成れば、話は別だ。かの邪神は加護を与えた原種吸血鬼達にも、滅多に神託を下す事はない。

その邪神が態々抹殺を命じて来たのだ。普段から集会に出ていないグーバモンですら、コレクションを愛でるのを止めて出て来たくらいだった。

そして抹殺の為に動いているはずのエレオノーラ達に連絡を取ろうとしたが、既に遅かった。

だから儀式を行ったのだ。返り討ちにあったのなら、アンデッドに成って復活し、報告させる事が出来る。

復活しなかったら、裏切った事がはっきりする。

「どうやら、あたし達はダンピールを侮ったみたいだねぇ。まさか差し向けた刺客を籠絡したか生け捕りにして嬲ってるのか、どちらにしても失敗したって事か」

「セルクレントの奴めも、特別優秀ではなかったにせよ並程度には使える男じゃったからの。それを裏切らせたとするなら余程の力をダンピールが持っているという事じゃろうな」

テーネシアの言葉に頷くグーバモンは、本当に嬉しそうに部下の裏切りを期待する。何故なら、それはセルクレントが親である自分と他の貴種や従属種達を全て敵に回しても構わない、そう思う程の何かをダンピールが用意した、若しくはそれほどの危険を冒してもダンピールの方に従いたいと思う程彼が強大であると思ったという事だからだ。

「ふははっ! 手元に置きたい物じゃのぅっ、それほどのダンピールの死体を! 今からどんなアンデッドにするか考えるのが楽しくて仕方ないわい! キィーヒヒヒヒヒヒィ!」

英雄の死体を集め、それでアンデッドを作りコレクションする事を一生の趣味にしているグーバモンにとって、【悦命の邪神】からの神託は次のコレクションすべき死体を指し示す物だった。

邪神から直々に死を望まれる程危険なダンピール。それはそこらのA級冒険者よりも価値のある存在ではないか。何を危険視しているのか、それとも大きな恨みでも買ったのか、それは分からないがヒヒリュシュカカの注目を集めているという事なのだから。

「だったら精々頑張っておくれよ。あたしはあまり興味――いや、ちょっとあるね。そのダンピール、グールを数百匹率いてたね? グールでアンデッドを作るのも面白そうだ」

テーネシアもアンデッド作りを趣味とするが、それは芸術作品を作るが如くで、グーバモンのように素材の強さや知名度に拘る事はなかった。

ここ数百年の創作テーマは「家族」で、父親は既に始末され母親が既に火炙りにされていて死体の無いダンピールに興味は無かったが、グールの灰褐色の肌をアンデッドの素材にすると映えるかもしれない。

そう彼女の歪んだインスピレーションが囁いていた。

そしてビルカインは……。

「糞……」

ぽつりと、小さく呟く。

その内容が糞と言う、普段のビルカインの言動なら絶対に口にしない単語だったため、空の籠を持って控えていた貴種吸血鬼が思わず目を見張る。

「ビルカイン様……? ヒギ!?」

思わず自分の名を口にした貴種吸血鬼の頭を掴むと、ビルカインは軽々と「それ」を持ち上げた。

「ビルカイン様っ、何をなさるのですっ!? ぐげぇっ!?」

慌てて騒ぐ「それ」を、ビルカインは滅茶苦茶に振り回した。

「畜生がアあああぁあア! 僕のエレオノーラをっ! 何十人もの人間共の中から選んだ僕の玩具を! 盗りやがってええええええっ! 糞ダンピールウぅぅううぅ!」

上下左右に振り回される腕によって、「それ」が床や壁に何度も叩きつけられ色々な物が砕け散って行く。

「これから百年は彼女で遊ぶつもりだったのにぃぃぃぃっ! 自分は特別だって思い込ませて、思い上がらせてから、じわじわ肉を削ぎ落とすようにして壊すつもりだったのにぃぃぃっ!

良い所で盗るなんてズルイじゃないかあぁああ! 糞糞糞クソダンピールゥゥゥゥ!」

「な、何だっ!? ひぃっ! ビルカイン様っ!?」

「お止めくださいビルカイン様っ! 何があっげぼぉ!?」

「ヒイイイイイッ! ビルカイン様が狂乱されたぞっ! 逃げろ、逃げろぉぉっ!」

「いやあああああああっ!」

ビルカインは髪を振り乱し、目を血走らせ、口から泡を吹いて暴れ回った。

貴公子然としていた姿は既になく、その様子は怒り狂う獣ですらなく、壊れた狂人と言うのが相応しい物だった。

そして大きく腕を横に振りぬき、まだ辛うじて立っていた柱を砕くと、大きく肩を上下させて息を付いた。

「はぁ……はぁ……ふぅ」

空を見るととても綺麗な月が、青白く輝いている。星々もそれを引き立てるために、キラキラと輝いている。

ビルカインはまだ掴んでいた「それ」……貴種吸血鬼の、既に男だったか女だったかすら分からない首を適当に投げ捨てると、何事も無かったかのように立っているテーネシアとグーバモンに話しかけた。

「それで、これからどうするかだがテーネシア、何か考えは無いかな?」

懐から出した絹のハンカチーフで口元と手を拭い、髪をさっと手櫛で整えて。

「ああ、戻ったのかい。今回は短かったね」

「前は何日かずっとじゃったからな。暫く続くようなら、儂とテーネシアで止めねばならんかと思っとったところじゃ」

「フフ、すまないね」

すっかり何時もの様子を取り戻したビルカインだったが、周囲の様子は惨憺たる有様だった。

大貴族の屋敷でもおかしくない豪奢な集会場は、グーバモンとテーネシアの周囲一メートル以外は瓦礫の山と化している。

その瓦礫に混じって血や千切れた手足が間から覗き、首やその破片が転がっている。

集会場に来ていた貴種吸血鬼の半分、そして従属種吸血鬼の大半が物言わぬ骸に成っていた。

「まあ、いいさ。こうなるだろうと思って、あたしの手下は今日の集会を休ませたからね。来てるのは数合わせの従属種だけさ」

「カッカッカ、上手くやったのぅ! じゃが儂はちゃんと手勢の貴種を全員参加させたぞ!」

「それは悪い事をしたね、何人か潰してしまったかな?」

「気にするな気にするな! セルクレントのような事が二度と起きんよう、並以下の者はバッサリ切り捨てようと思うてな。お主の癇癪に巻き込まれても生き残れる者を選別したまでじゃよ!」

「そうだったのか。酷いな、僕を利用するなんて」

「ところで、何でアタシなんだい? 確かに興味があるとは言ったが、ダンピールを殺した後グールの生皮を剥げればそれで良いんだけどね」

「簡単な話さ。最初はグーバモンの配下のセルクレント、次は私のエレオノーラ、そう来たら次は君だろう?」

そう言われたテーネシアは、「そうだね。あんまり動かないのも、恰好がつかないか」と言うと、暫し考えた。

「じゃあ、軍でも動かすかね。アミッド帝国の軍に、永遠の命を欲しがってる奴が居るのさ。吸血鬼にしてやるだけで、何でもしてくれるって便利な奴が」

そいつに働きかけて、他にも幾つかの貴族や高官を……そうすればまあ二年ぐらいで軍を差し向ける事が出来るだろう。

並の貴種一匹と歳の割には優秀なのを一匹、従属種を十数匹か? それくらい送り込んでも標的のダンピールは対処してみせた。

どういう手で戦ったのか分からないが、態々邪神が神託まで下すぐらいだ。きっと尋常ではない方法だ。

なら大勢送り込んでみよう。数千の兵と騎士と冒険者、後あのダンピールの母親を火炙りにした高司祭も混ぜてやれば良い具合に事が運ぶだろう。

その軍勢にばれない様に手下を潜り込ませてやれば、万が一も無いだろう。流石に百は多いとして、貴種を数十匹も送れば十分か。

「ただ、例の情報をくれてやってもいいかい? 用が済んでアタシがこの手で崩せばヴィダ派の連中も使えないだろうし」

そう言われたグーバモンとビルカインは、「構わない」と言った。

「元々ヴィダ派の連中なら知っていてもおかしくない情報だったからね」

「ああ、テーネシアが崩すのじゃったら確実じゃろう。しかし、軍を動かすとなると大事じゃぞ、お主、人間を使うのは苦手じゃったじゃろう?」

「なんだい、自分は得意だなんて思ってんじゃないだろうね」

「ヒヒヒ! そうじゃったわいっ、儂も苦手じゃった!」

「とりあえず、考えは纏まったようだね。では作戦が進んだら教えて欲しい。我が神から神託が下った以上、我々も協力する必要があるからね」

「そうじゃのぅ、ヒヒリュシュカカ様からの罰は身に応えるからのぉ」

違いないと笑って、よろめきながら何とか生き残りの吸血鬼達が立ち上がった頃に、三人は次の集会場に場所を移すために移動を開始した。

彼らは実は同じ事を考えていた。ヒヒリュシュカカの神託に付いてだ。

何故邪神が、自分達より唯一確実に強大な力を持つ存在が何故態々、ダンピールを殺すように神託を下すのか。

そんな事をしたからには、ヒヒリュシュカカは例のダンピールに注目を引かれたという事だ。信者でもないダンピールに。

つまり、あのダンピールはヒヒリュシュカカにとって脅威に成り得る何かを……情報なのか力なのかは分からないが、そういった物を持っているのではないだろうか?

(だとしたら、それを手に入れる事が出来れば邪神すら支配し、従える事が出来るのではないか?)

ヒヒリュシュカカは原種吸血鬼達がそう考える事を解っていた。当然だ、彼らは自らが授けた教義を実践しているのだから。

だからヒヒリュシュカカはヴァンダルーに関する情報を神託で教えようとしなかった。

ブオン! そんな唸りを上げて投石機から人間大の岩が飛ぶ。

そして岩は狙い違わず目標地点の平原に置かれた木製の的に落下し、爆砕した。

人間の貴婦人のように椅子に座り、魔物の皮を使ったパラソルで日陰を作ったバスディアは、大きくなったお腹を撫でながら凄いなと息を漏らした。

「投石機というのは凄いな。頼もしいぞ」

「まだ試射の段階ですよ」

バスディアの横でパウヴィナに高い高いされているヴァンダルーは、そう答えながらもまんざらでもなさそうだ。

彼は基本的に無表情で目も常に死んだ魚の様で声も平坦だが、慣れると口調で感情が分かるようになる。普通よりややのんびりとした今の口調なら、機嫌が良い証拠だ。

「通常弾の結果は上々。次、ゴーレム弾の試射を開始します」

「はいっ、じゅんびちてっ!」

パウヴィナが舌足らずな口調で号令をかけると、投石機がぐうんと自分から動いて準備を開始する。この投石器は、ヴァンダルーが【ゴーレム錬成】で作り上げた投石機型ゴーレムと言うべき存在だ。

普通の投石機には無い、石で出来た腕や車輪が取りつけられている。

そのため、投げるための岩や弾を自力で装填し、自力で狙いをつけ、発射する。そんな運用が可能だった。

しかもボディにはエント製の木材を使用している事で、金属並の頑丈さと優れた耐火性能を持っている。

「はっしゃー!」

そんな忠実な投石機ゴーレムから、次の岩が発射される。

それは先程試射された岩と同じような軌跡を空に描いて、先程とは違う的……何故か的の周囲に木製の人形が並べられている……に着弾した。

『う゛おおおおおおおおおん!』

すると、弾が唸り声を上げながら立ち上がった!

「あれは、もしかしてゴーレムを投げたのか?」

立ち上がった弾改めゴーレムが周囲に並んだ木人を破壊するのを見て、バスディアはあっけにとられた。

ゴーレムは落下時の衝撃で多少ダメージを受けているようだが、痛みも何も感じないため戦闘に支障は無い。その怪力を使って、バラバラにされるまで暴れ回る。

これが実際の戦いで使われたら、凄い事に成るだろう。ゴーレムの弱点は、足の遅さだ。それを補うと同時に敵への攻撃手段にしている。

敵にしたら前線を易々と突破してゴーレムが暴れ回るのだから堪った物ではないだろう。

「はい。後一応従属種吸血鬼と戦う可能性も考えて、両拳と爪先に銀メッキを施してあります」

「徹底しているな。そこに痺れるぞ」

「ありがとう、でもゴーレム弾はまだ改良の余地があるようです」

「そうなのか?」

ここで見ている限り敵に見立てた木人を素早く全て破壊する等、完璧に見えるのだが。そう思っていると、的の近くに配置した虫アンデッドの視覚を借りていたヴァンダルーは首を横に振った。

「木人の内、一体が足は砕かれていても胴体から上が無傷です。ちゃんと殺すように……人に致命傷を与える形で破壊しろと命令したんですけど」

人種は両足が砕かれたら、治療を受けなければ戦線に復帰するのは絶望的だ。しかし、吸血鬼の場合両足が砕けても、何とか戦闘を続行しようとする可能性がある。

念のために頭を踏み潰して欲しい所だ。

「ヴァンは殺意が高いな」

「高いーっ」

ぽーんっと、パウヴィナがヴァンダルーを真上に投げた。どうやら、「高い」と言う言葉に反応したらしい。

以前室内で同じ事をして、天井にヴァンダルーの鼻血の染みを作ってしまい、室内で高い高いを禁止されてしまった彼女は、今日は存分に楽しむつもりのようだ。

ばしっと、落ちて来たところをパウヴィナがキャッチする。

「……着地の衝撃が大きいから、もっと優しくして」

「うんっ!」

「お願い、本当にお願い。

それは兎も角、次の特殊弾の試射を開始します」

心なしかグデっとしたヴァンダルーがそう言うと、今度は大きな樽が投石機にセットされる。

そして、それは打ち上げられた。空中で大きく孤を描き……パカンと真っ二つに割れた。

「何だっ!? 失敗か?」

樽の中から大量の透明な液体が撒き散らされ、的より前の平原に水滴が降り注ぐ。

「いえ、そこそこ成功です。あれは毒や病原菌をばら撒くために作った樽型ゴーレムです。投げられた後、決まったタイミングで割れて地面に中身をぶち撒けます」

「ど、毒っ?」

「ええ、毒。今は水しか入っていませんけど」

毒も病原菌も、ヴァンダルーは魔力さえあれば作る事が出来る。何処でも何時でもバイオテロが実行可能だ。

ただ、気を付けないと自分も作った毒や病気にやられてしまうのだが。【状態異常耐性】スキルを超える威力の、一瞬で意識を失う様な猛毒や死病を受けたら、魔術を使う間もなく倒れてしまう。

「毒や病気か……良いのか?」

「それが、撒き方よりも何を撒くかが問題で。アンデッドやゴーレムは良いけど、バスディア達には毒や病気が効きますからね」

実に悩ましい問題だ。

撒くなら感染力のある病原菌の方が良いのだが、それでバスディア達が、特に免疫力の弱い子供達が倒れては意味が無い。すぐに【殺菌】【消毒】が出来れば良いが、戦いでは何があるか分からない。

やはり毒だろうか? しかし戦場にヴィガロ達が出ていたらやはり使えなくなる。

「グールの麻痺毒と同じ成分の物を使えば大丈夫かな? うーん、人間にしか発症しない空気感染して感染力が高くて治療困難な死病って無いかな」

「ちょっと待ってくれ、私が聞きたいのはそういう事ではなくて。そんな事をして良いのかという事なんだが。

相手は人間かもしれないんだろう?」

多少は優しくなったパウヴィナの腕で上下に飛びながらヴァンダルーは「そうですが……?」と答えた。どうやら、彼にはバスディアが何を心配しているのかすぐには思い至らないらしい。

「いや、私も別に人を殺すのは良くないとか、言うつもりはないんだ。でも、あまり多く殺し過ぎると、問題があるんじゃないか?」

「ああ、確かに必要以上に殺すのは問題ですよね」

っと、言いながらうんうんと何度も頷いている……のだろう。激しい上下移動のせいで、分かり難いが。

「大丈夫ですよ。必要以上に殺さない様に心がけますし、こうして作った武器も別に絶対使わなければならない訳じゃないんですから。

母さんも嫌がりますし」

ダルシアは別に平和主義者ではない。しかし、殺戮を好む訳でもない。だから必要性の無い殺人は当然嫌うし、ヴァンダルーが行おうとするなら止めようとするし、行った後なら悲しむだろう。

バスディアの場合は、彼女は冒険者と無暗に争うなと教える集落出身のグールだ。そのため人間を殺す忌避感が大きいのかもしれない。

そしてヴァンダルーも別に悪鬼羅刹に成った覚えはないし、人間のつもりだ。

人間は社会性のある生き物で、そうである以上人間の幸福は社会の中に在る。

そしてヴァンダルーの最終目標は幸福に成る事、幸福であり続ける事だ。不必要な殺人は、そこから遠ざかる行為でしかない。

「だから必要以上に殺さないようにします」

「うん、殺さないよ?」

二人揃って宣言するヴァンダルーとパウヴィナだった。しかし、こうも続けた。

「でも皆を守るために必要な最低限が、皆殺しだった時は皆殺しなので、その時に成ったら怒らないでくださいね」

「ねー?」

必要性の無い殺人はいけない。でも、この世界で生き残るためには、自分達の種族を殺し尽くす事が正義であると掲げる神と宗教があり、それを国教にしている帝国がある世界で皆が生き残るためには、必要なら敵を皆殺しにしなければならない時がある。

そう言われたバスディアはややむっとしたようだ。

「当たり前だ。私だってこの子とヴァン達を守るのに敵を皆殺しにするのが必要なら、止めるものか。喜んで斧を振り下ろす」

「頼もしいお母さんですね」

「そうだろう、二人目を作らせたくなったら何時でも言うんだぞ」

「言うのはあと十年は先ですよ~」

バスディアに返事をしている途中で、ヴァンダルーはパウヴィナに一際大きく空に向かって投げられた。

流石にこの高さだと着地の衝撃も強くなりそうなので、【飛行】でふわりと浮かぶ。

そして、ここ数か月の出来事を思い返した。