作品タイトル不明
二百八十話 嵐に焼かれる法の帝国
ゴーン達を倒すよりも先に、ボティンの封印に直接到達し、封印を解く。
この作戦の目的は、ゴーン達に追い詰められていると気がつかれず、アルダにボティンの守りは維持されていると誤認させたまま、ボティンに施された封印を解く事にある。
正面から戦っても、ヴァンダルー達はゴーン達を倒す事が出来る。かなりの激戦になるし、消耗もするだろう。それに生半可な実力の者は、戦いの最中で散る事になるかもしれないが。
それ以外の方法で、ゴーン達を罠に嵌めて倒せば犠牲も出ないかも知れない。しかし、追い詰められたゴーン達が、そしてアルダが無茶をする可能性がある。
何故なら、ゴーン達はヴァンダルーがボティンの封印を解きに来たと考えてはいない。ボティンの魂を喰らうために来たと思い込んでいるからだ。
今までヴァンダルーに魂を喰われた従属神の損失は、かなり痛いが替えが効かない訳ではない。数千年から数万年の時が必要だが、信者の中から神に至る資格がある者を選び出せば、数は戻る。
しかし、ボティンのような大神の替えを育てるのは不可能に近い。仕組みとしては従属神と同じだが、大神に至る程の人間はまずいない。従属神となってから、更に成長して大神の領域に至る可能性もあるが……それは十万年程度の時間では不可能だ。
勇者の一人であり、冒険者ギルドの創始者であるファーマウン・ゴルドが、未だに『炎と破壊の戦神』ザンタークに戦闘力以外では追いついていない事からもそれは明らかである。
だからこそ、ボティンが目覚めれば自身を支持すると考えているアルダ達からすれば、彼女を失うのは何としても防がなくてはならない。
そのため、追い詰められればヴァンダルーを倒す為に何でもする可能性がある。
人跡未踏の地で魔境が広がらないよう魔物を間引きし、邪悪な神や魔王の欠片などの封印を守っているため、防衛隊に参加させられなかった亜神をかき集めるのは勿論、アルダ自身が疑似神域を利用して降臨する可能性もある。
それらと戦いながら、ボティンに施された魔王の封印を解くのはヴァンダルーとしても避けたい事態だ。
……それに、解放されたボティンが本当にヴィダの味方をしてくれるかも分からない。『水と知識の女神』ペリアはユリアーナに加護を与え、ボティンの封印を解くよう神託も授けてくれたから、まず確実にヴィダ派に協力してくれるはずだ。
しかし、ボティンに関しては判断材料が殆ど無いのだ。十万年前の魔王との戦いで、今に至るまで封印されているのだから。
精々、十万年前にザッカートと同じ生産系勇者である、ヒルウィロウを選んだと言う事しかない。
しかし、それでも問答無用でヴァンダルー達を……魔王の欠片を無数に宿した存在と、アンデッドを敵と見なして攻撃する事はないはずだと、彼女の従属神である『山の神』ボルガドンは保証してくれた。
ボティンは大地母神でもあるので荒々しい一面を持つが、職人の守護神でもある。怒る事はあっても短気な女神ではないとの事だ。
「このガルトランドは魔王の大陸の三分の一の面積があります。ボティンの封印を避けるようにして、ちょっと大陸からはみ出ていますが。
しかし、壁から掘り進めば封印されているボティンに繋がるトンネルが掘れるはずです」
まだ応援グッズの鉢巻きを締めたままのユラク町長にヴァンダルーがそう語ると、彼は「確かにその通りです」と頷いた。
「しかし、壁の岩盤は硬いですし、何万メートルも掘り進めなければなりませんよ。それに、地中の魔物が途中何百何千と出現するでしょう。
私としては、ガルトランドの平和が脅かされるような事業は認められない。今の私は素晴らしいステージを見た事で、気分が高揚していますがそれは譲れません」
広大な地底空間に存在するガルトランドは、地上とは環境が異なる。雨は存在するが、台風や竜巻、雷に悩まされる事はない。大きな地震が起こる度に天井や壁の崩落が起こる。
守護神達が創り、支えているガルトランドでは大規模な崩落が起こる事は無い。しかし、全く崩れない訳ではなく、最大で家程の落石が幾つも降ってくる。
今まではそれらを魔術や武技で撃ち砕くなどして対処してきた。しかし、ヴァンダルーが大掛かりな掘削作業をすれば、それでは対処できない程大きく天井や壁が崩れるかもしれない。
「掘削作業に関しては細心の注意を払って行います。ポヴァズ達と定期的に相談し、天井や壁の状態を確かめながら進めます」
「なるほど。それなら安心ですね」
ヴァンダルーに導かれているユラクは、あっさりヴァンダルーの言葉を信じた。彼が神々と直接対話できる事を知っていたし、ガルトランドの住人の内何人かが謎の加護を、「ヴ」だったり、「ァ」や「ン」、「ダ」に「ル」や、更には「-」がつく存在から与えられた事を知っていたからだ。他ならぬ彼自身もその一人である。
「では、現れる魔物に関しては……退治に不安はありませんが、大規模な爆発などは起こさないでくださいね。どんな魔物が出現するのか、今までの記録を纏めた物をお渡しするので。
後、念のために同じ魔物が出現するダンジョンで魔物を退治して見せてください。皆もそれで安心するでしょう」
「分かりました」
こうしてガルトランドからボティンが封印されている場所を目指す、掘削事業が始まった。
「ですが、その前に、各種族の集落に挨拶回りに行こうと思うので紹介状を書いてもらえませんか?」
ユラクはガルトランドの地底塩水湖の畔にある町の長であって、ガルトランド全体の長ではない。
ガルトランド全体に影響が出る事業を行うのだから、他の重要人物にも話を通しておくべきだろうとヴァンダルーは思っていた。
「氷雪系巨人種の長のゾルク殿なら、私と一緒にコンサートを見た後、何故かボークス殿と酒場で飲み比べの勝負をすると言っていましたよ。アンドロスコーピオンとグラシュティグの長は、明日にはこの町に着くそうです」
しかし、どうやら長の方からこの町に向かっているらしい。
「恐らく、神々から神託があったのかと。地上で何か起こっているのは、我々も気がついていましたから」
どうやら、ヴァンダルー達が訪ね歩く必要はないようだ。
ガルトランドで掘削事業がスタートした頃、アミッド帝国の都市の一つである、マルメ公爵の領都では火の手があがり、人々が悲鳴をあげていた。
「金貨よっ! 金貨が降ってきたわ!」
「拾えー! 拾うんだ!」
ただし、あがっているのは喜びの悲鳴だが。
みすぼらしい衣服を着た、やせ細った人々が空から降ってくる金貨や宝石を夢中で拾い集めている。
「幾らでもあるから喧嘩しないでねー。はいはい、今度はこっちに撒くから、下に居たら危ないわよー」
そう言いながら、空中に浮いている覆面を被った女が金を惜しげもなくばら撒いていく。顔を隠しているが、体格から見てドワーフらしい彼女は、スラム街を移動しながら適度に金を撒いて行く。
「お恵みだ、お恵みだ! ありがてぇ!」
「ええい、あの女を早く射落とせ!」
ありがたがる者がいる一方、女ドワーフに向かって矢を射かける者達もいた。この都市の治安を守る衛兵達である。
「義賊気取りの盗人が! それはマルメ公爵様の財産だぞ!」
そう言いながら矢を射かける衛兵達だが、女ドワーフの舞うような動きを捕える事が出来ず、矢は女の背後の建物の壁に突き刺さるだけだ。
「だから撒いてるんだって。って、危ない! 【舞風脚】!」
女ドワーフが蹴りを放つと風が巻き起こり、金貨を拾っている者達に向かっていた矢が吹き散らされた。
更にその風を受けて、衛兵達が堪らず転倒する。地面に転がる彼らに向けて、女ドワーフは怒声と共に殺気を叩きつけた。
「危ないでしょ! 狙うならあたしにしなさいよね! じゃないとこの場で殺すわよ!」
「ヒィッ!? この気迫……それに今の【格闘術】の武技は! まさか『暴虐の嵐』の――」
「詮索無用!」
『暴虐の嵐』のメルディンは、自分達の正体を当てかけた衛兵達の隊長に向かって、再度蹴りによる衝撃波を飛ばして、死なない程度に蹴散らした。
その頃スラム街から離れた表通りの広場に面したアルダ神殿では、惨劇が起きていた。
片手で神殿長だった肥満体の男の首を掴みぶら下げている、筋肉の塊のような男。彼に向かって神官戦士団が驚愕の叫びを挙げた。
「馬鹿なっ! 何故、何故聖なる光が効かない!?」
「奴は本当に吸血鬼なのか!? 鬼人か、巨人種なのではないのか!?」
「おやおや、相手の種族を間違えるとは失礼な方々ですな。私は見ての通り、凡庸な吸血鬼に過ぎませんぞ」
ゾッドこと、深淵原種吸血鬼のゾルコドリオはそう言いながら、神殿長の首を握り潰した。飛び散る鮮血に笑みを深くする。
「し、神殿長をよくも!」
「馬鹿者っ! 奴に近づくな!」
首から上が無くなった神殿長の姿に激高した神官戦士の一人が、メイスを振り上げてゾッドに向かって挑みかかる。
「【超即応】! 【限界突破】! 【御使い降臨】! 【重剛壊】! 死ね、薄汚い化け物め!」
【鎧術】の武技やスキルで身体能力を強化し、更に御使いをその身に降ろした神官戦士が、【棍術】の武技を発動させてメイスを振り下ろした。
それはゾッドの肉体に確かに減り込んだ。神官戦士の顔に、やったかと笑みが浮かぶ。
「私の身体に傷をつけるとは、中々の一撃ですな」
だが彼の必殺の一撃は、ゾッドにとって掠り傷程度のダメージしか与えられなかった。
神官戦士は目を見開き、顔から血の気が失せていく。
「くっ、何でもいいから奴を攻撃しろ! 隙を作るんだ!」
神官戦士団の隊長らしい人物が、部下を救おうと攻撃を指示する。放たれた【空弾】や攻撃魔術を受けて、ゾッドの肉体が、小刻みに震えだした。
それを神官戦士達は、攻撃が効いているのだと思い込み、ゾッドをメイスで殴った神官戦士も隙が出来たと思って駆け出した。そうではなかった。
「ですが、薄汚い化け物ですか。……種族が異なるとはいえ、妊婦や幼子も区別なく弾圧し、時には命を奪うお前達が、私を薄汚い化け物と……宜しいでしょう」
ゾッドの震えは速く、そして大きくなって行く。青白いスパークが弾けた時、神官戦士達は気がついた。あの震えは攻撃の予備動作だという事に。
「化け物らしい振る舞いを見せてさしあげましょう! 【神鳴り】!」
ゾッドの怒声と共に【筋術】が発動し、彼の筋肉から強烈な電撃が放たれる。それは神官戦士達の防御魔術や装備を突き抜け、肉体を炭化させるのに十分な威力だった。
ゾルコドリオは深淵原種であり……十万年前から存在する亜神の一柱。真なる巨人や龍、獣王と同等の力を持つ存在である。
更にヴァンダルーの血によって深淵原種に変異した彼に対して、いかに精鋭でも常人が敵うはずはない。
「ゾッドの奴、かなり荒れてるな。あいつ、嫁と子供が出来てから落ち着くどころか、逆に沸点が低くなってないか?」
「きっと、殺されたのが自分の奥さんと子供達だったらって考えちゃうんでしょ。人間らしくていいじゃない。……目的を忘れてそうなのは、よくないけど」
ゾッドが放った電撃によって、火の手があがりつつあるアルダ神殿の宝物庫で覆面を被った男女……ダークエルフのドルトンと、エルフに転生した邪神のリサーナはそう話しながら目的の物を探していた。
「人間らしいねぇ……ここにいた大勢の人間は、殺す時そんな事考えなかったらしいが?」
「それはそれで、人間らしいわ。悪い意味でだけど。まあ、人間だしね」
そう言いながら、『堕酔の邪神』ヂュリザーナピペの転生体であるリサーナは、目当ての物を探した。宝石や金貨の詰まった箱は適当にマジックバックに放り込み、絵画や彫像も少し迷ってから放り込む。
「お前も忘れてないよな、目的?」
「いや、そう言う訳じゃないんだけど、瓦礫と一緒に埋まるのは勿体なくない? あ、あった!」
胡乱気な眼差しのドルトンから視線を逸らした先に、隠し部屋の入り口を開ける仕掛けがあった。
「ここの神殿長も、流石に肥やした私腹と一緒にする訳にはいかなかったか。ええっと、【欠片】は一つだけか。駄賃代わりとは言えシケてんなぁ」
「他は邪神悪神の封印が三つか。【欠片】だけ持って行きましょうか。邪神悪神の方は、動かしたら封印が解けそうだから」
「いいのか? 実はヴィダ派だったりするんじゃねぇの?」
「んー……それはないわね。確認したけど、三柱とも魔王軍よ。まあ、実は説得すればこっちにつく奴もいるのかもしれないけど、試みて失敗したらまた封印するのが手間だし、ここにヴァンダルーはいないしね」
そして【魔王の欠片】の封印だけを手に持つと、崩れそうなアルダ神殿から脱出した。
こうした重大な犯罪に、領地を皇帝から預かるマルメ公爵家は黙っていなかった。
「貴様、おの――!?」
「冒険者ふべひっ!?」
「助けて! 金なら幾らでもはりゃげぎ!?」
「誰が冒険者風情だ! 俺は覆面をした謎の暴漢だって言ってんだろうが!」
覆面を被った男によって、次々に黙らされていたのである。向かって来た騎士の頭を拳で砕き、胸板を抜き手で貫き、命乞いをしながら逃げ出そうとした騎士の足を払い、転倒したところを踏み潰す。
「じ、『迅雷』のシュナイダー! いくら貴殿でもこんな事が許されると思っているのか!?」
だが、覆面を被った男の正体は騎士達の目には明らかだったようだ。シュナイダーは、そう聞いて来たマルメ公爵の騎士団長らしい人物に向かって、鼻を鳴らした。
「許さなかったらなんだ? 俺を捕まえて牢獄に繋いで、公開処刑にでもするのかよ?」
「くっ! き、貴様……!」
挑発的な物言いに、騎士団長は悔しげに顔を歪めながらも何も言い返す事が出来なかった。
シュナイダーが暴れているのは、マルメ公爵家の城だったからだ。
彼等は不意に襲ってきた訳ではない。突然現れた『暴虐の嵐』達は、それぞれ隠れる事なく、真正面から殴り込みに来たのだ。
シュナイダーは衛兵を気絶させ、門を叩き壊し、庭園に魔術を雨のように降らせ、出てきた騎士を惨殺した。
そして今に至る。
当然騎士達や魔術師はシュナイダーを止めようと……はっきり言えば殺そうと試みたが、無駄に終わった。
隊列を組んだ魔術師と騎士の攻撃魔術と【弓術】の武技によって撃ちだされた矢が降り注いでも、元A級冒険者の護衛達が束になってかかっても、シュナイダーを止める事は出来なかったのだ。
騎士団長の脳裏に、「強制力の弱いルールは、圧倒的な暴力の前に意味をなさない」という言葉が過ぎる。
上位の冒険者は、並の人間では束になっても敵わない戦闘能力を持つ。戦いは数と言う本来なら常識のはずの法則が、当てはまらない連中だ。
そんな者達が一度犯罪に走ったら、為政者はどうやって彼らを拘束し罰すればいいのか? それは多くの者達が考えて来た。
同程度の武力を為政者側が持つ事や、冒険者ギルドとの連携、上位の冒険者に社会的な地位を与える等、体制側に取り込む試み等が、その結果行われている。当然、マルメ公爵領でもそれは行われている。
だが元A級冒険者の護衛達はシュナイダーによって倒され、時間稼ぎにしかならなかった。冒険者ギルドには伝令を出して、現役の冒険者の協力を要請しているが増援が来る様子はない。
そしてシュナイダー達を体制側に取り込む試みは、成功したと思われていた。
「あ、アルダに愛されたあなたが何故このような無法者の真似をするのだ!? 何か不満があるのなら、世に訴えたい事があるのなら、暴力ではなく言葉で表し、法で世の中を動かすべきだ!」
「喧しい! 俺は二十歳になる前からずっとヴィダ信者だ! 今日から世に訴えてやるよ、『法命神』アルダの教義はおかしいってなぁ!」
「な、何だとぉ!?」
それまでアルダ信者だと思われていたシュナイダー本人からの暴露に、騎士団長は顎が外れる程驚いた。アミッド帝国において、気に入らない貴族を表通りで撲殺する等おおよそ蛮行らしい蛮行は全てやり尽くしていた彼だが、それでもヴィダの信者とは思われていなかった。
何故なら危険なヴィダの新種族……魔人族やラミアの討伐依頼を真っ先に受け、アルダ大神殿の前教皇がアルダは彼の身を案じているという神託を三度受け取っていたからだ。
実際には、魔人族やラミアの討伐依頼を真っ先に受けるのは彼女達を逃がす為で、前教皇が受け取った神託は「シュナイダーが危険だ」と彼の身を案じるものではなく、「シュナイダーは危険だ」と警告する為の物だったのだが。
「あー、すっきりした。これで毎年アルダ神殿に喜捨を払ったり、収穫祭とか行事の度に神殿で祈る振りをしたり、面倒な事をしなくて済むぜ。
いや~、信仰を偽るのって大変だよな。そのストレスですっかり老け込んじまったが、ようやく肩の荷を降ろせる」
シュナイダーはすっきりしたと言わんばかりに肩を回して、上機嫌な様子を見せている。覆面の下の顔は、晴れ晴れとしているに違いない。
「さて、んじゃあとっとと――」
「待て! シュナイダー! これを見ろ!」
騎士団長とシュナイダーの間に、別の騎士が何かを抱えて飛び出して来た。彼はその抱えて来た何か……若い兎系獣人種の女性の首筋に剣を当てる。
「この娘の命が惜しければ投降し、自ら呪いの首輪を嵌めろ!」
A級以上の冒険者が重大な罪を犯した場合、その罪を裁くために作られた特製の奴隷の首輪が存在する。
人的及び経済的なコストが高く大国でなければ作れない事や、首輪が機能を発揮するためには罪人が自らの意思で……脅迫や毒薬で意識を奪った状態ではなく、本人の自由意思で呪われる事を了承する契約書にサインし、首輪を嵌めなければならないと言う、かなり実用性の薄い代物だが。
しかし、大国であるアミッド帝国の公爵であるマルメ家にはその首輪が存在する。それを嵌めれば、シュナイダーと言えどもただの囚人になり下がる。
「貴様っ、何を考えて――」
「団長は黙っていてください! どうした、シュナイダーっ! 何ならまずこの女の邪魔な耳を切り落としてやろうが!?」
「い、いやぁ! 助けてっ、助けてください!」
騎士団長の制止を遮って、騎士は兎系獣人種の女性の耳を切り落とすと宣言し、女性は恐怖のあまり悲鳴をあげて助けを求める。
それに対してシュナイダーは言った。
「やってみりゃぁいいんじゃねぇか? 何なら両方とも一度に、スパッとよ」
兎の耳を手で一つに纏め、もう片方の手で切断するジェスチャーまで交えて。
「な、何だと!?」
シュナイダーの返答に騎士は驚愕に目を見開いた。
「出来ないのか? じゃあ、俺が代わりにやってやるか」
「「っ!?」」
そして、シュナイダーは一瞬で騎士と女性の眼前に踏み込むと、腕を振った。
「【一閃】」
【剣術】の武技が発動し、シュナイダーの手刀によって騎士と女性の身体が切り裂かれる。
「ぐああああっ!?」
だが、若い兎系獣人種の女性の口から出たのは絹を裂くような悲鳴ではなく、太い男の断末魔の叫びだった。姿も床に崩れ落ちる前に、黒い短剣を握った若い人種の男に変わる。
「な、何故気がついた……?」
胸から大量の血を流しながら訊ねる騎士に、シュナイダーは事もなげに言った。
「幻術で頑張ったようだが、兎系獣人種の体臭がしなかった。それに、お前が現れた時、あの胸の大きさなのに揺れないのはおかしい。
若造が、俺が何年女好きをしてると思ってんだ?」
幻で声まで偽った仲間を人質に見せかけ、自分が殺されても仲間が呪いの短剣で始末する。決死の作戦をそんな理由で見破られた騎士は、「無念っ」と呟いて倒れた。
「馬鹿者が……そんな作戦が通用する男ではないと言うのに。だが、よくやった」
目の前で部下が倒された騎士団長はそう言いつつも、剣を抜いた。
「あの『迅雷』のシュナイダー相手に十秒以上稼いだのだ。アルダもお前の働きを認めるだろう。
さあ、次は私の番だ! 立ち会ってもらうぞ、シュナイダー!」
「いや、別にあんたはどうでも良いんだ。もう殺す予定の奴は殺したし」
「な、何だと!?」
決死の覚悟でシュナイダーの足を止めようとした騎士団長に対して、シュナイダーは手を振った。
「いや、俺達の目的はもう済んだからな。あのとっちゃん坊やのガキ、新公爵ならとっくに逃げたから、あんたが命を張って時間を稼ぐ必要もないぜ。
そこで気絶してる若造共を拾って、どこかに行けよ。……いや、俺が引き上げりゃいいのか」
そう言いながらシュナイダーは踵を返し、騎士団長に対して背を向けて歩き去って行こうとする。
「どう言う事だ、確かに生きている!? 我々を見逃すと、情けをかけると言うのか!?」
胸板を切り裂かれた事で出血量は多かったが、今は気絶しているだけの部下の騎士達にポーションをかけながら騎士団長が叫ぶが、シュナイダーは「勘違いするな」と答えた。
「今のスポンサーが殺しに厳しくてね。巻き添えは極力無し、殺すに足る理由の無い奴も殺すなって言うんだ。アミッド帝国の公爵本宅とアルダ神殿を襲撃してだぞ。
ただ、『殺すに足る理由』についての判断は一任するって言うんで、引き受けた。あんたは先代の馬鹿を諌める役回りだったし、その若造は見たところまだ新米だから大した事はやらかしてねぇだろうから、殺す理由が無い」
ゾッドが襲撃したアルダ神殿の神殿長や神殿戦士達は私腹を肥やし、弱い立場のヴィダの新種族の者達を迫害していたので、殺した。
衛兵は上の命令に従っていただけだろうから、とりあえず殺さない。
他に殺した騎士は、前にヴィダの新種族の集落を焼き打ちした事のある別の騎士団所属の騎士だったので殺した。
他に殺した騎士や貴族、魔術師もそんな理由で殺し、半殺しにした者達は理由が無かったので殺さなかった。
意識のある者のいない屋敷の廊下を歩きつつ、シュナイダーは自分が空けた壁の穴の向こうから、大きな音が響いて来たのを聞いてむっと呻き声を漏らした。
「ゾッドの奴、雷を落としたな。神殿が倒壊するのは構わないが、火事になったりしないだろうな?
【神鉄体】、【炎鉄の腕】」
不意に【鎧術】の武技と魔術を使って腕を強化したシュナイダー。次の瞬間、風が虚空を裂いて彼の腕に一筋の切り傷が刻まれた。
「……相変わらずの出鱈目ぶりだな。俺の剣を素手で受けて掠り傷とは」
そしてシュナイダーの視界に、突然片刃の長剣を下げた壮年の男が現れた。
「俺に武技も使わず傷をつけておいて、どっちが出鱈目だ。確か、今は四剣だったか?」
「明らかに貴様だ。俺が十剣だった頃から容姿が全く変わっていない。人種ではないなと確信していたが、寧ろ貴様がパーティー唯一の人間とはどう言う事だ?」
壮年の男の正体は、アミッド帝国が抱える秘密部隊『邪砕十五剣』の一人、『斬影』のレオナルド。
指揮官である零剣を除けば、現存するメンバーで最も長く十五剣を務めている男だ。
「唯一って、メルディンはドワーフで、リサーナはエルフだろ。それにダークエルフも人間の内に入れろよ、アルダ信者が。……まあ、ゾッドを人間に数えられない気持ちは分からんでもねぇけど」
「戯けが。あの娘がエルフでない事等、分かっておるわ。貴様等は泳がされていただけに過ぎん」
「はっ! 釣り上げる竿も無い癖に、泳がしていたとは言ってくれるぜ。正直に、自分達では対処できないので指を咥えて見ていましたって言ったらどうだ、偏屈爺?」
「フッ、声を荒げるな。歳を取って堪え性が無くなり、攻撃的になったようだな、若作り爺。貴様、男爵や子爵程度ならまだしも、帝位相続権を持つ公爵家を襲撃するとは、ただでは済まん事は分かっているはずだな?」
レオナルドの言葉には、シュナイダー達自身……冒険者ギルドからの追放や首に賞金がかけられる事だけではなく、彼と関わりの深い者達の命が危険に晒される事が含まれていた。
『邪砕十五剣』ともなれば、冒険者ギルドでも把握していないシュナイダーの女や子供、友人知人の居場所も掴んでいる。
「おう、やれるもんならやってみな。……もっとも、テメェにあの山脈を越えられるかは知らねぇが」
だが、シュナイダー達もそんな事は分かっている。既に彼らの深い関係者は、アミッド帝国が手を出せない境界山脈の内側、ヴィダル魔帝国に移住済みである。
「……チッ、定期報告を寄越した部下共は、貴様等に寝返ったか」
それをだいたい察したレオナルドは、苦い顔で舌打ちをした。
「まあな。ああ、何ならちょっとした顔見知りや知り合いでも俺の縁者って事にして吊るすか? だったら、目の前に昔からの顔見知りがいるんで、手伝ってやるよ」
「いやいや、それには及ばんさ!」
シュナイダーとレオナルド、【超即応】や【雷光突き】、【八影斬】と、お互いに武技を発動させた二人の影が交差した。屋敷の壁が余波で切断され、床が砕け、爆発が起きたように瓦礫が周囲にはじけ飛ぶ。
「狙いは公爵家が秘匿していた【魔王の装具】と神殿の【欠片】か」
シュナイダーのマントの下には、屋敷に隠されていた【魔王の装具】の一つがあった。
「残念だったな。三つあった装具の内の一つしか手に入らんで。残り二つは俺が回収した。神殿の【欠片】も、新教皇の命で共に殆ど大神殿に移送された後だ。
あとは、ついでに公爵達が冤罪や言いがかりで奴隷に堕としたヴィダの新種族の解放と言ったところか」
シュナイダーはそう語るレオナルドに、「違うね」と答えた。
「俺達の目的はマルメ公爵共が権力を笠に着て奴隷に堕としたヴィダの新種族の解放! その次に殺し! そのついでに【魔王の欠片】と【装具】を拾って集めていたって訳だ!」
シュナイダーの言葉に、てっきり新たな魔王ヴァンダルーに欠片を集めて来いと依頼されたのだろうと考えていたレオナルドの目が、やや見開かれる。
「それじゃあ、あばよ! このまま勝ち逃げさせてもらうぜ!」
そしてシュナイダーは、一目散に逃げ出した。既に目標は達成されており、助けたヴィダの新種族達は安全な所にいる。
なら、一対一で強敵と戦う意味はない。
レオナルドは、正に『迅雷』の如く走り去るシュナイダーを追いかけようとしたが、深追いは禁物と思い直して立ち止まった。
「俺でも五人一度に相手をするのは無理か。皇帝陛下……新皇帝にも深追いはするなと言われているし」
現皇帝は、未だマシュクザールだ。しかし、既に実権は彼の手から離れつつある。
『邪砕十五剣』は、既に新しい皇帝に従っていた。その新しい皇帝が、アルダ大神殿の新教皇であるエイリークの傀儡であり、そのエイリークも神の傀儡である事はレオナルドの目から見れば明らかだったが……。
「エルヴィーン辺りならマシュクザールについただろうが、俺には知った事じゃない。それに、今の立場の方が斬り甲斐のある奴が多い」
レオナルドはそう言うと、長剣に舌を這わせ付いたシュナイダーの血を舐め取った。