軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百八十三話 深海の闇対海上の闇

その日蝕を、『ラムダ』世界の各地で様々な者達が目にしていた。

神々は今日がアルダ勢力が人間達の社会、アミッド帝国への影響力を増すきっかけの日になると注目していた。

リクレントは『アルダは世界を神治時代に巻き戻すつもりか』と顔を顰め、ズルワーンは更に面倒事が増えそうだと嘆き、ヴィダは深いため息をついた。

そしてロドコルテはアルダ勢力が本格的に動き出した事を認めつつも、未だ彼等と協力する事を躊躇っていた。

『アルダ勢力に協力すると、たとえヴァンダルーと境界山脈内部のヴィダの新種族が一掃されたとしても、私は『ラムダの神』として認知され続けてしまうかもしれない。迂闊には手を出せない。

フィトゥンの憑代となったハジメ・イヌイ、選王国に潜んでいるムラカミが成功してくれれば……だと言うのに、既にハジメを支援する事が出来ないとは』

『雷雲の神』フィトゥンに改造されつつあるハジメとは、ロドコルテとの精神的な繋がりが断たれている。記録を見る事は可能だが、神託を下す等手出しは出来ない状態にあった。

『まさか私が半ば以上見限っていた転生者に目を付ける神がいるとは……。

だがフィトゥンは、アルダ勢力の戦神でも力のある神の筈。その憑代と成り、御使いでは無く分霊を降ろしている状態なら、私が新たに加護を与える必要は無いか』

神としての格ではロドコルテの方が圧倒的に上だが、やはり輪廻転生の神と戦神の加護ではどちらが戦闘に向くかは明らかだ。

与えた加護や幸運、ターゲットレーダーが現在どうなっているか確認できないのが気になるが、強引に介入するよりも今のまま放置した方が良いだろう。

『ならば、支援はムラカミ達に行うか。アサギ達への支援は私が口を出すまでも無く、亜乱達が行うだろう……気のせいか?』

ふと自身の神域に違和感を覚えたロドコルテだったが、侵入者の気配は無く輪廻転生システムに何者かが接触した様子は無い。

やはり気のせいかと納得すると、今度は『オリジン』に目を向ける。

『六道聖。プルートー達がいなくなった事で潰えたはずの死属性の研究を続けるつもりのようだが、今のままでは無駄に終わるのは間違いない。やはり、私が止めるまでも無い。

『オリジン』の人間達が、何をしても死属性は二度と手に入らないのだと思い知るための教訓と、雨宮寛人の踏み台には丁度良いか』

地上ではアミッド帝国の現皇帝マシュクザールが、「やはり起きたか」と苛立ちを諦観に変えて溜め息と共に吐き出していた。

宮殿から見上げる日蝕は、彼の目には禍々しく映ったがあれが神の意思だと言うのなら仕方がない。

「今まで散々信仰を利用してきたのだ。立場が逆になったからと言って、文句をつけるのは筋違いなのだろうが……」

神は人の為に存在するが、人は神の為に存在するに非ず。それがマシュクザールの神に対する認識だった。

その上で彼の望みは、アミッド帝国の存続と繁栄だ。皇帝を名乗る以上、それが当然。しかし、神殿の力が増せばそれも危うくなる。

神殿で説かれる教えと、国の利害は一致するとは限らないからだ。

マシュクザールも別に好んで悪を成そうと考えてはいないし、善行を積む事で国が富むなら喜んでそうする。正直に、誠実に、偽りと悪徳を廃し、邪悪を撲滅するために剣を振るえば良いのなら、マシュクザールもそうした。

しかし現実はそうでは無い。無数の陰謀を成し、他人の悪徳は糾弾するのではなく秘して利用し、白を黒に、黒を白にする事が求められる。

アルダが廃するべしと教えるヴィダの新種族も、根絶せずにやり過ぎない程度に抑えなければならない。民や貴族が所有する奴隷を強制的に集めて処刑しても予算が減るだけで、得られるのは経済の疲弊と奴隷を所有できる中流層以上の者達からの反感だけだ。

各地にあるヴィダの新種族の隠れ里への遠征を繰り返せば、戦費と将兵を浪費するばかりだ。確かに、遠征が成功すれば一時的に奴隷や財宝を得られるかもしれないが、ヴィダの新種族の隠れ里があるのは人種が治めるのには向かない土地ばかりであるため、優良な領地は得られない。

サウロン領にあったスキュラ自治区等がいい例だ。人間が住めない訳ではないが、十分な領地収入を得るためには大規模な開拓か、先住していたヴィダの新種族達の知恵と技術が必要になる。

そんな土地を領地として与えるのは、将兵たちにとっては刑罰に等しいだろう。勿論、マシュクザールもそんな辺境に帝国の直轄地が増えても喜べない。

だからヴィダの新種族は、属国が付け過ぎた力を削り取るためのヤスリ代わりや、国民の不満を受ける生贄の羊役、そして労働力として残しておくのが丁度良いのだ。

この日蝕の預言をもたらした次代の教皇、エイリークがそれを考慮するだろうか?

「『零剣』のカーマイン、余が帝位を保てるのはどれ程の間だと思う?」

マシュクザールがそう尋ねると、彼以外無人の筈の私室に前触れも無く壮年の男が現れた。直属の秘密部隊、『邪砕十五剣』の司令塔である『零剣』のカーマインだ。

今は老齢の為現場から退いているが、彼自身も元『邪砕十五剣』の正規メンバーである。

「随分と悲観的ですな」

「当たり前だ、相手は神とそれに選ばれた聖人。皇帝如きの権威で勝てるはずがあるまい。天からの光に包まれ神の声を聞けば、どんな堅物でも踊り狂うものだ」

人間、誰もが自分は特別だと思いたいものだ。伝説の英雄が持っていたユニークスキルを、もし自分も持っていたら。そうした想像を誰もが一度はした事があるだろう。神の加護や声は、それを甘く刺激する。

そして神の声に従う事で「正しさ」が保証され、逆らう事で「悪」の証明となってしまう。

「治世を維持する上でアルダの教えは都合が良いと、利用しすぎたな。こんな事なら、余が帝位についた時に国教をズルワーンかリクレント、ボティンに変えるべきだった」

「御冗談を。ボティンはまだしも、国民を全てズルワーンやリクレントの信者にするなど狂気の沙汰です。十年ももたず帝国が崩壊しますぞ」

カーマインがそう言いながら苦笑いをする。ちなみに、ペリアが候補に挙がらなかったのは国教に据えた場合、属国の一つである海国カラハッドが聖地になってしまいそうだからだ。

「無論、冗談だ。さて、恭順を示しつつ裏で抵抗を続けるとして……どんなに悪足掻きをしても五年と持たんだろう。悪ければ半年で王冠の代わりに縄を頂く事になるな。つくづく、我が子をシュナイダー達一党に潜り込ませておいて良かった。最悪でも血は残る」

そして血が残れば、限りなく零に近くても帝国再興の可能性も残るだろう。

「そんなに悲観なされるのであれば、いっそシュナイダーや境界山脈の向こうのヴァンダルーに保護を求めますか?」

「カーマイン、それこそ冗談だ。余はすぐさま殺され、それで終わりだろう」

「陛下を生かしておけば利用価値があると考えるのでは?」

「いや、奴らにとって余に……帝国を追われて命乞いをする皇帝に価値は無い」

シュナイダーの場合は元々潜在的な敵同士である以上に、既に皇帝の血を引く子供……ジークと名付けられたらしい男子がいる。皇帝の血を利用する気なら、マシュクザールを消して幼いジークを傀儡にした方が良いだろう。

……彼の気性だと、そうした事を考えなくてもマシュクザールを殺すだろうが。

ヴァンダルーの場合も、権威を失った皇帝に用など無いだろう。拉致した前マルメ公爵を人質として利用しない点から考えても、やはりマシュクザールをすぐ始末するだろう。

「いや、幼い子や姫達なら案外受け入れるかもしれんな。余の直系でないなら、尚更。……検討するとしよう」

マシュクザールは寿命が人種より長いハーフエルフであるが故に、今まで後継者作りは最低限にしてきた。今から子供を作っても、生まれた種によっては彼より早く死んでしまうからだ。

その分直系の子供の数が少なく、ジーク以外にはまだ少年とも言えない幼い皇子が一人しかいない。

他の親類を残せるのなら、一人でも生き残らせた方が後の為になるだろう。

マシュクザールはそう頷いた時、私室のドアがノックされた。日蝕が預言通りに起きた事に対して、至急会議を行う必要があると言う宰相からの報せであった。

「分かった、すぐ向かおう」

マシュクザールがそう答える前には、カーマインは姿を消していた。

日蝕が起きた事を知ったビルカインは、苛立ちと焦燥を抑えるために指を噛んだ。

「拙い……アルダが動き出すのは拙い……!」

十万年バーンガイア大陸の闇を牛耳ってきた、『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを奉じる三人の原種吸血鬼の一人である彼だが、それは『法命神』アルダと渡り合ってきたからではない。

誘惑した人間達を操り、その背後に潜んでいたからだ。

神治時代が終わり、人治時代の始まりと共に作られた人間の国の複雑な階級社会は、ビルカイン達が暗躍するのに十分な暗い影を内包していた。

それにビルカイン達は適応していたのである。勿論、それでも危機に陥った事が何度もあった。その度に力を合わせて乗り越えて……逃げ切って来た。

だがここ数万年はそういった危機に陥らず、彼等の闇での地位は安泰だった。

その結果それぞれの派閥を纏める三人の原種吸血鬼達の結束は緩み、仲間は蹴落とすべき競争相手となってしまった。それがヴァンダルーの出現と重なり、十年に満たない時間でテーネシアとグーバモンは滅ぼされてしまった。

「このタイミングで、今更アルダが動くだと!? ふざけるなぁっ! 神治時代に逆行でもするつもりかっ、地上に降臨する事も出来ない身で!」

苛立ちと悔しさを怒りに変え、噛んでいた自身の爪を指ごと喰い千切り、血の混じった咆哮を上げるビルカイン。

一度癇癪を起こすと部下も屋敷も全て破壊するまで止まらない事で知られるため、既に彼の周囲には部下は一人もいない。

空気が咆哮で震え、繰り返した地団駄が床材を砕きそのまま一階に落下する。無人の屋敷に轟音が響く中、一階に着地したビルカインは、そのまま腕の一振りで壁を砕く。

「……いや、アルダを罵っても何も変わらないな。私とした事が」

壁を破壊した事で、日蝕を直接目にしたビルカインは冷静さを取り戻した。黒く陰っていても、久しぶりに太陽を目視した事で狂気が静まったのかもしれない。

「アルダは我々の事等眼中に無い……いや、事のついでに一掃しようとするだろうが、その程度だ。我々は十万年前から『悦命の邪神』を奉じ、吸血鬼を増やしてきたのだからね。

ならば、やはりアルダが動いた原因はヴァンダルーか」

ここまで性急にアルダが動く理由と言えば、それしか思いつかない。それなら、物のついででしかない自分は組織と一族の大部分を切り捨て、数名の腹心と隠れ潜むという手もあるかとビルカインは思った。

どうせアルダが始めるだろう不完全な神治時代は、千年と持たないだろう。その間何処かで眠り、アルダが力を失って地上から離れた隙に、再び人間社会の裏で根を張るのだ。

神が直接治めようが、所詮人間の本性が変わる事は無い。一握りの善良で純粋な者と同じ数だけ、悪徳だけで構成された者がおり、それ以外の大多数はどちらにも転ぶ半端な者達だ。

その大多数の者達を誑かし、利用すれば良い。大きく減った一族を増やし、再び組織を創り上げるのだ。

「いや……もしヴァンダルーが勝てば千年後に私を待っているのは確実な敗北。そうでなくても、眠っている間にアルダの手の者に見つかれば命は無い。

やはり、穴熊を決め込む訳にはいかないか。モルトール! モルトールはいるか!?」

「はっ、ただいまっ!」

屋敷の外に避難していたらしいビルカインの四人の腹心の一人、ドワーフ生まれの貴種吸血鬼が主人の元に駆けつける。

「食事をご入り用でしたら、すぐにご用意いたしますが……」

何時もより早く癇癪を治めた主人の機嫌を伺うモルトールに、ビルカインは「いや、喉は乾いてないよ」と穏やかな微笑で返した。

「あの、ヴァンダルーに接触した人間達の動向は掴んでいるね?」

ビルカインは、サウロン公爵領の旧スキュラ自治区を配下に見張らせていた。そのためカナコやアサギがヴァンダルーと接触した事に気がついていた。

「はい。カナコ・ツチヤと他二名はヴァンダルーと共に姿を消しましたが、アサギ・ミナミと他二名は現在サウロン公爵領で【魔王の欠片】の封印に関わる文献や、その物を探しているようです」

一度捕捉すれば、各ギルドに根を張る邪神派の吸血鬼の情報網を辿れば名前をすぐ調べる事が出来る。

組織の再編が未だ完全では無い現在でも、それくらいは可能だった。

「【魔王の欠片】の封印の文献は兎も角、その物を? 随分と危険な真似をしているな。異世界から来た人間ともあろう者が」

「なっ!? あの人間共は異世界から来たのですか!? 確かに、聞き慣れない名だとは思いましたが……」

驚くモルトールに、そう言えば教えていなかったなとビルカインは口を開く。

「恐らくそうだろう。ベルウッド達も、最初は彼等のように妙な名前だったのさ。たしか……ショウヘイ・スズキだったかな?

それに、結局彼等の出身地は分からなかったのだろう?」

「はい、目下調査中です」

モルトールは手の者にアサギ達が登録を行った冒険者ギルドの周辺の町や村を調べさせているが、誰も彼等の事を知らなかった。親兄弟は勿論、幼馴染や友人知人の一人も見つける事が出来ない。

それは、あまりにも妙だった。

冒険者ギルドへの登録は、支部なら何処でもできる。そして冒険者ギルドの支部は、町なら必ずある。

だから冒険者を志す者は、当然生まれ育った場所から一番近い冒険者ギルド支部で登録を行う。態々遠い支部に向かい、路銀を消費し山賊に襲われる危険性を冒してまで登録する利点が無いからだ。

「それも、奴らが異世界から突然現れたと言うのなら納得がいきます。なるほど……しかし、カナコ・ツチヤと仲間のメリッサ・J・サオトメはエルフで、もう一人のダグ・アトラスは人種ですが普通の名前ですが?」

「さあね。そっちは知らんよ、どの道ヴァンダルーと一緒に消えたのなら、追えないんだ。再び姿を現すまで無視しておこう。

それよりも彼等が相次いでヴァンダルーと接触したという事は、やはり彼も異世界から来た? いや、異世界には人種しかいないはずだ。だとすると何故……?」

ヴァンダルーが異世界から召喚された存在ではないかと疑いを持つビルカインだったが、異世界の死者を記憶と人格をそのままの状態でこの世界に転生させた神がいるとは、彼も気がつかなかった。輪廻転生の概念を知っているが、それだけに前世の記憶や人格は来世に持ちこせないと言う常識も知っているからだ。

「まあ、それも彼等を調べれば分かる事か。彼等がどの神によってこの世界に召喚されたのか、そしてその思惑も合わせて。

それで調査の進捗具合は?」

尋ねられたモルトールは肩を震わせて平伏し、声を絞り出すようにして答えた。

「それが……奴らの一人、タツヤ・テンドウが妙に勘が鋭く、思うように近づけません。折を見て支援者を装った手の者を接触させる予定ですが……」

「なるほど。神から与えられた力かもしれないな……では通常ならしないような方法で探りたまえ。何処にでもいるネズミや鳥、蝙蝠等の使い魔を遠く離れた場所から……いや、いっそ地下室に籠もってそこから使役するとか。

若しくは、気づかれるのを承知の上で探り、そのテンドウと言う人種を観察するんだ。何度か繰り返せば、そのテンドウが何故こちらの手の者に気がつくのか分かるだろう」

「か、畏まりました」

失望した様子も無くそう命じるビルカインに、モルトールはほっと安堵した様子で更に頭を下げる。だが顔を上げた彼が目にしたのは、鉤爪の生えた指だった。

「次の報告では、私の期待に応えるように。いいね?」

ビルカインが五本に戻った指で何かを掻き斬るような仕草をしながらそう告げると、モルトールは「御意っ!」と半ば悲鳴に聞こえる返事を残して、逃げるように去って行った。

「もしアサギと言う人間がヴァンダルーと敵対関係にあるなら、奴らも交渉の材料になる。【魔王の欠片】について調べているのも、ヴァンダルーに与える為ではなく対抗するための何らかの手段を探そうとしているのだとしたら、理想的なのだが」

ビルカインはこの束の間の神治時代を、ヴァンダルーが勝つ事に賭けた。その上で、休戦協定を結びアルダと共に彼が疲弊するか、死ぬまで息を顰める。そしてその後、再び社会の闇に君臨する事を目標に定めた。

たとえダークエルフが母親でも、ダンピールは不老不死では無い。数千年は生きるだろうが、やはり一万年は生きないだろう。

ヴァンダルーがいなくなったタロスヘイムなら、境界山脈内部なら、自分が返り咲く芽もあるはずだ。そう考えているビルカインは、ヴァンダルーが【若化】の術を使える事をまだ知らない。

バーンガイア大陸の南の深海に封印されていた『暗海の邪神』ギュバルゾーは、狂気の声を上げた。

『愚かな神々め! 何故日蝕を起こしたのかは知らんが、感謝してやるぞ!』

その姿は、邪神悪神の中では比較的シンプルと言える。魚の頭部に牙をぞろりと生やした口、鱗に覆われた四肢にヒレの生えた尻尾。細部は異なるが、ほぼギルマンと同じだ。

ただ大きさは城を越え、大型の帆船を一掴みに出来る程の巨体を誇っている。

『日蝕のお蔭で、海は星々も無い暗闇となった! ズルワーンとリクレントの眷属の監視も無く、トリスタンの施した封印が弱まった今、この我を縛るものは何も無い!

集まれっ、我が眷属共!』

ギュバルゾーの叫びが冷たい深海に響き渡ると、闇の中から次々に彼の眷属が現れた。

「ギュブブ!」

「ギョッパブギュゲ」

口々に神であるギュバルゾーを称える言葉を唱えるのは、馬の代わりにサメや深海魚に似た魔物に騎乗したギルマンの群れだ。

ギュバルゾーはギルマンを創り出した邪悪な神々の一柱であり、その中でも特に『海の神』トリスタンと激しく争った邪神だった。

激戦を繰り返した末にトリスタンと、彼に協力した神々の手によって封印されてしまったが、眷属であるギルマン達に命じ続けていた。トリスタンに祈る者を、トリスタンの眷属を殺せと。

ギルマンが人間と見なす種族の中でも特別人魚を憎悪するのは、彼等を創り出した邪悪な神々の多くがギュバルゾーのように、『海の神』トリスタンを恨んでいるからだった。

そして自由となったギュバルゾーがまず恨みをぶつけるのも、やはりトリスタンとその子等である人魚であった。

『我に続け! この海からトリスタンとその眷属を、そして海を往く全ての人間共を排除し、我等が真の支配者だと証明するのだ!』

ギュバルゾーは海の底を蹴ると、千を超えるギルマンの精鋭を引き連れ海面に向かって上昇を開始した。

闇を見通す彼の目には、海面を往く一隻の船を捕えていた。水中で息をする事も出来ない下等生物が使う船を、彼はトリスタンと人魚の次に嫌悪していた。

『復活の祝いだ! 腹の足しにならんだろうが、喰らってやろう!』

船を嫌悪している彼だが、船を破壊して乗っている人間を海に落とすのは大好きだった。ヒレも水掻きも無い手足でもがく姿は、堪らなく滑稽だ。

その船はどうやら龍の眷属に船を引かせているようだが、ギュバルゾーはそれを歯牙にもかけずまず船を狙おうとした。神の身にとっても永かった封印からの解放感が、彼から慎重さを奪っていたのだ。

『んっ!?』

そのギュバルゾーが一瞬動きを止めたのは、自分を覗き込む二つの大きな眼球に気がついたからだ。

その眼球に宿った、青白い輝きが強くなって行く。

『何だあ――』

何だ、あれはとギュバルゾーが言いきる前に、眼球から光が放たれた。

「クワトロの真下、五百メートルぐらいに巨大なギルマンっぽい影が」

『こいつぁでけぇ! タロスヘイムの王城より大きいですぜ!』

暗い海の中も、【闇視】スキルを持つヴァンダルーやアンデッド達は見通す事が出来る。流石に海水中の不純物までは透視は出来ないのではっきりとは見えないが、ギュバルゾーの巨体は見逃しようが無かった。

『如何します、主? リオーは潜るのはあまり得意では無いので、迎え撃ちますか?』

『馬鹿言ってんじゃねぇっ! クワトロ号が沈んじまうぞ! 大急ぎで逃げるんだよぉっ!』

落ち着き払った骨人に、彼と同じく骨しかない元海賊船の船長が食ってかかる。ここ一週間の航海でリオーや骨人が適度に弱らせた魔物を倒し、ランクアップしたクワトロ号と船長達だがそのランクはまだ5程度だ。とても巨大なギルマンを相手に出来る程では無い。

寧ろ、近くで暴れられただけで余波で海の藻屑になりかねない。彼が慌てるのも当然である。

『面舵いっ――』

「狙いがずれるので、このままでお願いします」

『取り消しぃ! この場で停止しろぉぉっ!』

ヴァンダルーは元船長の叫びを聞き流しながら、触角の先端で発動させた【魔王の眼球】で照準を定め、【魔王の発光器官】を最大限発動し、光線を続けざまに放つ。

海が青白く輝き、何かの耳障りな吠え声がパウヴィナやオニワカの耳に突き刺さる。

「な、何て不気味な声だ……!」

「煩いよね」

本能的な恐怖を隠せない様子のオニワカに、耳を手で押さえるだけのパウヴィナ。

『坊ちゃんっ、仕留めましたか?』

サムの問いかけに、ヴァンダルーは海面に垂らしていた二本の触角を引き上げて答えた。

「……外れました。どうやら、水で光線が拡散してしまったようです。ただ巨大ギルマンに掠りはしたので、ダメージは与えたと思いますが」

その頃水深約五百メートルでは、ギュバルゾーが耐えがたい苦痛に咆哮を上げていた。水で歪曲し拡散されたお蔭で直撃こそしなかったが、青白い光の柱は彼の鱗を引き裂き、肉を焦がしていたのだ。

致命傷には程遠いが、生皮を剥がされたような激痛は彼のプライドを大きく傷つけた。

『これは、魔王様の気配……!? そんな馬鹿なっ、魔王様が……魔王が健在の筈が無い。ならば【魔王の欠片】を宿した人間の仕業か!

おのれっ! 敗北し欠片を利用される魔王も、それを利用する小賢しい人間も、何と忌々しい!』

怒りに任せてギュバルゾーは再び上昇を開始した。あの光線を幾度撃たれても、海の中である限り本来の威力は出せないだろう。そもそも、幾ら【魔王の欠片】を宿していても脆弱な人間の身であれほどの光線を何度も放てるはずがない。

撃てたとしても、後一発か二発のはず。

『我の復活に泥を塗った人間めっ! 我が牙で引き裂いてくれる!』

数を三分の二ほどに減らしたギルマンの群れを引き連れて、ギュバルゾーは再びクワトロ号に狙いを付けた。

『そう言えば、ザディリスさんが水中では光属性魔術が効きにくいって言っていましたね』

『【魔王の発光器官】の光線も、光なのは変わらなかったようですな。それでどうします坊ちゃん? 【虚砲】の出番ですか?』

特殊空間であり、通常なら破壊不可能なダンジョンすら破壊する虚王魔術の【虚砲】なら海中の巨大ギルマンでも倒せるのでは?

しかしヴァンダルーはそのサムの質問に首を横に振った。

「【虚砲】なら水で拡散する事は無いと思いますが、軌道上の物も消滅させながら進むので……ここから巨大ギルマンに向かって放つと、クワトロ号の下に大渦が出現する事になるかもしれません」

『ひぃっ!? そんな事になったらまた沈没してしまうっ!』

『難破するのはもう嫌だ~っ!』

恐れ知らずの船乗りたちも、二度目の海の藻屑は嫌なようで悲鳴を上げた。

『でもどうするんで? あっしの電撃は光以上に拡散しますぜ』

『私の炎はまず届かないですし』

『アタシの冷気は、もっと近づかないと……って、また近づいて来るよ!』

海を覗き込んでいるオルビアがギュバルゾーが再び上昇を始めた事に気がついて声を上げる。

「仕方ない……決定打には欠けますが、連打しますか」

そう呟いたヴァンダルーは【魔王の節足】を発動させ、背中から蜘蛛の足を思わせる八本の節足を生やした。

「【死砲】、一斉砲撃」

黒い光線がギュバルゾーに向かって降り注いだ。光線と言っても、実際には凝縮された死属性の魔力であるため水中でも拡散せず、ギュバルゾーの身体に直撃した。

『――――!?』

先程の光線と比べれば圧倒的に細い、しかし強固な鱗や肉、骨すら無視して命を直接削り取ろうとする【死砲】の一斉砲撃に、ギュバルゾーは声にならない絶叫を上げた。

だが流石は神と言うべきか、ギュバルゾーはまだ死ななかった。

『アアアアアアアアア!』

海面に向かって上昇するのを止め、悲鳴を上げたまま逃走に移る。数秒前に誤った判断を下した自分を罵る事も忘れる程、死に物狂いで海水を掻き、少しでもクワトロ号から遠ざかろうする。

八発の【死砲】はギュバルゾーの生命力と魔力を大幅に削り取り、心を圧し折るほど追い詰めたのだ。

『坊ちゃんの【死砲】に耐えきるなんて……何者でしょう?』

「攻撃した時、【神喰らい】スキルが発動したので、邪神か悪神の類だと思います。位は……フィディルグやゾゾガンテよりちょっと上くらいかな?」

「神!? じゃあ、逃がすと拙いんじゃないか!?」

オニワカが顔を青くする。神は基本的に、アルダの『法の杭』等の神威を受けない限りどんな傷でも回復する。必要な時間は神としての格や信者の数によって変わるが……深海から延々狙われ続けるのは確かに拙い。……傷の再生を止める【無治】の魔術をかけるには距離があり過ぎるし、そもそも何年も効果を持続させる事は出来ない。

深海に潜まれては流石にヴァンダルーでも殺しに行く事は出来ないし、魔術も攻撃も届かない。

『一旦クワトロ号を装備して空中に退避して、海面に上がって来るのを待つべきでしたな、主よ』

戦術的な失敗を骨人に指摘され、ヴァンダルーは「全くです」と頷いた。ギュバルゾーが海面近くまで上昇するのを待って攻撃していれば、骨人やリオーも戦闘に加わる事が出来たし、オルビア達の力を借りた死霊魔術も効果を発揮する事が出来た。

「仕方ありません。もうそれなりに魔力を使ったのですが……使い切ってでも禍根を断っておきましょう。皆はサムに乗ってついて来てください」

そう言うとヴァンダルーは【飛行】してクワトロ号から飛び上がると、遠ざかりつつあるギュバルゾーを追った。

そしてクワトロ号から十分に離れた頃に、ギュバルゾーの真上で指先に魔力を集中させる。

『坊ちゃん、我々はどうすれば?』

「俺が合図をしたら、あの巨大ギルマン神に向かって全力で攻撃してください。

では……【虚砲】」

ヴァンダルーの指先から黒い魔力の光線が放たれ、海を穿つ。空間が軋み、海水が砕かれ、柱状に何も無い空間を作りながら海底まで突き進む。

『ギュガアアアアアアア!?』

突然周囲の海水が流れを変え、猛然と渦を巻き始めた事でギュバルゾーや彼と共に逃げていたギルマン達が悲鳴を上げた。

『なるほど、今ですぞ皆さん!』

「は~いっ!」

『ヂュオオオオ!』

『後で回収するのが難しそうだから、骨は投げない方が良いと思います!』

「的が大きい分、当てやすいな!」

『まあ、参加する事に意義がありますよね! 【螺旋射ち】!』

パウヴィナやオニワカ、骨人が石や槍を投げ落とす。特に成果を上げたのは、ランク11のタルタロスメイドアーマーにランクアップしたリタの投げ槍と、サリアの【弓術】による連射だった。

死鉄製の槍と矢が、ギュバルゾーの再生して間もないためまだ柔らかい鱗を容赦無く貫く。

だが追い詰められ弱っていてもギュバルゾーは神。それぐらいでは倒す事は出来ない。

「【冥轟雷槍】、【紅円氷斬】、【大骸炎獄滅弾】」

しかしそこにヴァンダルーの【死霊魔術】が降り注ぐ。ザッカートの試練でそれぞれランクアップしているキンバリーが変化した黒い雷の槍、オルビアが変化した氷の巨大円刃、止めにレビア王女が変化した大型船も噛み千切れる程巨大な髑髏の顎に、ギュバルゾーは為す術も無く蹂躙された。

『ギブバアアァァァァァァ……海上にこそ、真の闇があったか……』

海の支配者だと思い込んできたが、それは海にしか君臨できない弱者の思い込みだった。打ちのめされたギュバルゾーは絶対的な敗北感を味わいながら、渦に呑まれて消滅した。

「なんだか、失礼な事を言われたような気が……おっと」

ふらりと、ヴァンダルーが体勢を崩した。意識が危うくなるほど魔力を消費してはいなかったが、長時間【虚砲】を持続して撃ち続けた反動で左腕だけでは無く左半身全体にダメージが及んでいたせいだ。

すぐ体勢を立て直そうとしたが、その前にしっとりとした手がヴァンダルーの右手を掴んだ。

「迎えの時間には少し早いけど、ランクアップした姿を見て欲しかったのと、こっちでも何か起きてないか気になったから来たのだけど……やっぱり何かあったの?」

白い簡素なワンピースを着た、漆黒の髪と瞳をした病的に白い肌の少女が空中に浮かんだまま尋ねる。

ヴァンダルーの視界の隅で、サムやレビア王女が驚いている。彼は微かに見覚えがある姿と、よく聞き覚えのある声の少女に訪ねた。

「もしかして、プルートーですか?」

尋ねられたプルートーは、嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、私はレギオンのプルートー。この姿で会うのは、十年ぶり以上ね」

彼女のずっと下の海では渦が鎮まり、バラバラになったギュバルゾーの肉体が次々に浮かび上がっていた。

気がつくと日蝕は終わり、明るい太陽の輝きが世界を照らしていた。

《魔力が五千万、生命力が一万上がりました!》

《【怪力】、【高速再生】、【冥王魔術】、【魔術耐性】、【魔力回復速度上昇】、【限界超越】、【虚王魔術】、【同時発動】、【死霊魔術】、【欠片限界突破】、【神喰らい】、【魂喰らい】スキルのレベルが上がりました!》

・名前:サリア

・ランク:11

・種族:タルタロスメイドアーマー

・レベル:77

・パッシブスキル

特殊五感

身体能力強化:10Lv

水属性耐性:10Lv

物理攻撃耐性:10Lv

自己強化:従属:10Lv(UP!)

自己強化:殺業:10Lv(UP!)

殺業回復:9Lv(UP!)

能力値強化:創造主:6Lv(UP!)

身体強化:霊体:5Lv(UP!)

自己強化:導き:5Lv(UP!)

槍斧装備時攻撃力強化:小(NEW!)

魔術耐性:1Lv(NEW!)

魔力増大:1Lv(NEW!)

・アクティブスキル

家事:6Lv

槍斧術:10Lv

連携:9Lv(UP!)

弓術:8Lv(UP!)

霊体:10Lv

遠隔操作:10Lv

鎧術:10Lv

恐怖のオーラ:8Lv(UP!)

無属性魔術:3Lv

魔術制御:4Lv

水属性魔術:5Lv(UP!)

限界突破:4Lv(UP!)

・ユニークスキル

■■■■ルーの加護

・名前:リタ

ランク:11

・種族:タルタロスメイドアーマー

・レベル:79

・パッシブスキル

特殊五感

身体能力強化:10Lv

火属性耐性:10Lv

物理攻撃耐性:10Lv

自己強化:従属:10Lv

自己強化:殺業:9Lv(UP!)

殺業回復:9Lv

能力値強化:創造主:6Lv(UP!)

身体強化:霊体:5Lv(UP!)

自己強化:導き:5Lv(UP!)

魔術耐性:1Lv(NEW!)

魔力増大:1Lv(NEW!)

・アクティブスキル

家事:5Lv(UP!)

薙刀術:10Lv

連携:9Lv

弓術:8Lv(UP!)

投擲術:10Lv

霊体:10Lv

遠隔操作:10Lv(UP!)

鎧術:10Lv

恐怖のオーラ:6Lv

無属性魔術:2Lv

魔術制御:3Lv(UP!)

火属性魔術:5Lv

限界突破:2Lv(NEW!)

・ユニークスキル

ヴ■■■ル■の加護

・魔物解説:タルタロスメイドアーマー ルチリアーノ著

タルタロス……師匠によると、あの世や地獄を意味する言葉の一つらしい名を冠するリビングアーマーである。

外見はリビングジェノサイドメイドアーマーの時と変わりは無いが、より濃密な【恐怖のオーラ】を纏うようになり、師匠やレギオンによると、「悪の女幹部っぽさ」が増したらしい。

そしてもちろんだが、ラムダ初の魔物だ。そもそもリビングアーマー系のアンデッドは、多くの場合素材になった鎧によってランクやその強さが決定される。

いくら元がマジックアイテムの鎧だったとはいえ、11までランクアップする個体なんて普通はいないのだ。

リタとサリアの戦闘能力は、一人でもA級冒険者に匹敵し、二人揃えば【連携】スキルの効果も合わせて更に強くなる。

本人達は、『魔王でもある坊ちゃんのメイドらしくなった』と喜んでいるようだ。