軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百六十九話 ザッカートの試練攻略開始

『ザッカートの試練』の真の入り口は、表の看板がある入り口から入ってすぐのドーム状の部屋にあった。

そこにはこの世界の大神十一神を象徴する聖印が壁に描かれており、壁に文字が刻まれていた。

『真なる勇者を選びし神に祈りを捧げよ』

それを見上げたヴァンダルーは呟いた。

「……外の人達は、ここでまずザッカートを選んだヴィダじゃなくて、ベルウッドを選んだアルダに祈りを捧げたのでしょうね」

これは、このダンジョンがザッカートの第一使徒を自称する『迷宮の邪神』グファドガーンが創ったと知っている境界山脈内部の者達にとっては、見え見えのブービートラップだ。

しかし、境界山脈の外の人間社会ではザッカートは『堕ちた勇者』であり、邪悪な吸血鬼達の片親として尊敬よりも畏怖の対象だ。

真の勇者と言われて思い浮かべる事はまず無いだろう。

「真なる勇者となると、人間社会ではどうしても魔王を倒したベルウッド達が思い浮かぶはず。

しかも外の世界だとこのダンジョンはベルウッドの後継者を選ぶための試練とされていたので、大抵の挑戦者はアルダやベルウッドの信者でなくても、アルダに祈りを捧げると思います」

イリスが言ったように、人間社会の挑戦者達は殆どの場合ここでアルダを選んできた。『五色の刃』のハインツ達も同じく。

「ファーマウンを選んだザンタークは?」

ベルウッドと同じく英雄神のファーマウンは冒険者ギルドの創始者だ。挑戦者の多くを占める冒険者達が彼に祈りを捧げる場合もあるのではないかと、ヴァンダルーは思った。

グファドガーンはファーマウンがアルダ派から離れた事を多分知らないだろうが、ザンタークがヴィダ派である事を知っている。だからシザリオンやアルダに祈りを捧げるよりはマシなのではないだろうか?

「ザンタークは、外の世界のヴィダ信者にすら邪悪な神と融合して堕ちたとされているので……」

「なるほど。ではとりあえずヴィダに祈りを捧げましょうか」

イリスの説明に頷き、ヴィダの聖印に祈りを捧げるヴァンダルー。特に何時もと変わらない方法で手を合わせる。

「今の私はヴィダ信者です、今の私はヴィダ信者です」

「ヒヒリュシュカカの信者は止めました。本当です、本当です」

『私はヴァンダルー様の装備品のような物です、だから気にしないで』

ただ元アルダ信者のイリスや、ヴァンダルーの体内から出てきた『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを奉じていた邪神派に属していたエレオノーラとアイラは手を合わせて真剣に祈りを捧げていた。

特にアイラは、ヴァンダルーから態々出てきて祈りと同時に自己の人格を放棄する発言までしている。

実際、グファドガーンからすれば魔王軍残党もアルダ派と同様に敵として認識しているだろうから、必死になる気持ちは分からなくもない。

「まあ、大丈夫だと思いますよ。ヴィダの神域に行った時も、何も言われませんでしたし」

だから少なくとも、ヴィダ達はエレオノーラやアイラの存在を問題視していないはずだと宥めるヴァンダルー。

「そうだったら良いのだけど……」

「坊や、儂は終わったのじゃが、もう少し時間をかけた方が良いかの?」

『ヴァンダルー、何時の間にか扉が出現したからもう祈るのは良いんじゃないかしら?』

そして巨大な扉が出現した事で彼女達は祈りを終え、ヴァンダルー達は奥に進んだのだった。

『迷宮の邪神』グファドガーンは、自らが創り出した『ザッカートの試練』の最奥で夢想していた。

在りし日の、最も輝き幸福だった日々の事を。

その夢想を中断させたのは、ダンジョン内部に発生した気配だった。

『新たな挑戦者か』

第一の選別の間でヴィダに祈りを捧げたと言う事は、境界山脈内部の者達だろう。外部の者達は、何故か揃って忌々しいアルダにばかり祈りを捧げる。

神々の長を気取るアルダは、己の信者達にこのダンジョンについて何と言ったのだろうか? 余程素質の無い者に神託を託しでもしたのか。

尤も、境界山脈外部ではヴィダの新種族の者でもアルダに祈るのだが。

特に嘆かわしいのは、看板を設置しても一向に効果が無い事か。入口の前に選別の為の簡単な設問を設置したが、そのせいだろうか?

『しかし、主を探し出す為にはどんなに小さな可能性でも否定はできない。それに、我が真意があからさまに成るのも拙い』

何かの間違いで主がアルダの信者となっている可能性も、極小ながら存在するはずだ。グファドガーンの真意が広がり、試練の攻略では無くグファドガーンの討伐が目的となっても困る。

兎も角、新しい挑戦者に意識を集中させる。ザッカートの、貴き主の御子に連なる吸血鬼達は勿論、ヴィダに祈りを捧げる者達を無暗に死なせる訳にはいかないからだ。

そうして『視えて』来たものの中に、グファドガーンの意識に鮮烈に訴えかけるものがあった。

『……この思念! 我が主、ザッカートの気配を……そしてヴィダの加護を感じる』

驚愕しながらもグファドガーンは扉を開けて進むヴァンダルーの姿を映しだした。

見た限り、彼が主と仰ぐ勇者ザッカートとは欠片も似ていない。だが、彼にとって重要なのは外見では無い。

問題はこのダンピールの少年が、本当にリクレントからの神託にあったザッカートと彼と志を同じくした勇者達の転生した人物なのかどうかだ。

それは未だ確実では無い。しかしグファドガーンは胸が高鳴るのを止める事が出来なかった。

『おお、永劫に想えた虚しき時が終わるのか。少年よ……願わくば、我が虚ろを満たしたまえ』

扉を進むと、そこは薄暗い空間が延々と広がっていた。見た限り壁も、そして天井すら無い。

シンプル過ぎて妙なダンジョンだなとヴァンダルー達が思っていると、不意に扉が音を立てて締まりそのまま消えてしまった。

『気を付けて! 聞いた話通りなら、大量の魔物が現れるわ!』

ダルシアがそう警告するのと同時に、何も無かったはずの階層に数え切れない程の魔物が出現した。

巨大な鉄人形のアイアンゴーレム、穢れた魔力に汚染されて力と狂気を手に入れた炎の精霊マッドサラマンダー、光属性の魔術を疑似的に行使する魔物化した発光ガスの塊プリズムストーカー。

他にも多種多様な、弱くてもランク6の魔物が数十匹、一斉に襲い掛かって来た

これが『ザッカートの試練』に有象無象を幾人送り込んでも無駄に終わる理由だ。最初の階層で、出口も無いまま無数の魔物と戦わなければならない。そのため挑戦者にB級ダンジョンで余裕を持って攻略できる実力が無いと、瞬殺されてしまうのだ。

「確かに、父さん達から聞いていた通りだ」

だが既に試練の挑戦経験がある者達から話を聞いていたイリスや、他の者達に動揺は無かった。

「やっと新装備が試せるというものじゃ。変身!」

変身杖を掲げたザディリスが羽織っていたローブを脱ぎ捨て、コマンドワードを唱える。すると冥銅製の変身杖の装飾部分が瞬時に液体化し、彼女の身体に降りかかって肢体を這い回る。

そして数秒とかからず冥銅はザディリスの衣服と一体化して形を変え、彼女の手には変形杖の本体である死鉄製の柄が残った。

「【輝烈刃:乱舞】!」

スカート状の装飾を翻してザディリスが唱えた高位の光属性魔術の乱れ射ちが、殺到しようとしていた魔物達を切り裂いた。

「続けて受けよ! 【轟雷】!」

それでもまだ動いていたアイアンゴーレム等の魔物に、高位の風属性魔術を叩きつける。

【詠唱破棄】スキルによる連続魔術攻撃。このザディリスの大活躍で、出現した魔物は殆ど狩り尽くされてしまった。

「うむっ! 素晴らしい使い心地じゃ。呪文の行使の補助と威力への補正は期待以上で、しかも殆ど重さを感じんし動きやすい!」

『あんまりはしゃぐ……まあ、良かったんじゃないかい?』

「あ、ああ、凄いな」

残った数匹の魔物も、レギオンとイリスが容易く屠った。

ダンジョンに入ったらすぐ退路を断たれ、次の瞬間襲い掛かって来る最低でもランク6の魔物の群れ。D級以下の冒険者や並の騎士や兵士では瞬殺、C級でも数人程度ではまず生き残れない。最低でもB級以上の実力が無ければ、この襲撃で命を落とすだろう。

そんな難問も、元からB級ダンジョンでも余裕で活動出来る事を最低条件にしたヴァンダルー達の前では、どうと言う事も無い。

ザディリスの新装備、変身杖の性能テストに丁度良いぐらいだ。

「とりあえず、変身杖は上手く出来たようですね。……戦闘中に長々とコマンドワードを唱えたり、ポーズを取るのは危険なので省略したのが良かったようです」

変身杖のモチーフは地球の女の子向けアニメのアイテムだが、流石にそのまま採用する訳にはいかなかった。ロマンの為に使用者を危険に晒しては本末転倒だからだ。

そのため杖の装飾部分の冥銅が形を変え、使用者が着ている服を取り込む形で衣服になる方式を取った。

「坊や、これは中々の品じゃ! 皆にも同じ物を作れば、戦力が格段に上昇すること間違いなしじゃぞ!」

余程使い心地が良いらしいザディリスが瞳を輝かせてそう言うが、彼女の後方から「無理だ!」と言う声が即座に響いた。

「私には、無理だと思う……その、ザディリスには似合っていると思うが」

「そうだな、我も勘弁して欲しいぞ」

イリスと、そしてザディリスの変身に呆然自失状態だったヴィガロが首を横に振る。

『……将来オリジンで生きていた時と同じ姿に成る事が出来たとしても、それだけは勘弁だよ』

『右に同じく。何でもするからそれだけは許して欲しい』

『そう? バーバヤガーも閻魔も似合うと思うけど。ワルキューレはフリルが嫌みたいね』

「私は母さん程魔術が得意じゃないからな。でなければ試してみたいが……私より先にザンディアやプリベルに勧めてはどうだろうか?」

レギオンは個人毎に意見が異なり、バスディアが問題にしているのは自分の魔術の技量だけの様だ。

その時に成ってはしゃいでいたザディリスは冷静になって、自分の格好を確認した。

「【投影】……む、むむむ!」

光属性魔術で自分の姿を目の前に映し出したザディリスは、想像と異なる自分の姿に呻き声を漏らした。

ローブの下に着ていたビキニ状の服をベースに、冥銅が極細の繊維となってフリルやリボンを形作り、脚と手はハイソックスと長手袋に成って覆っている。更に、背中にはマントが揺れている。

そして色は、光属性の白を中心にデザインされていた。

一見すると白いドレスを纏っているように見える、しかしよく見るとレオタードにドレス状の装飾が付け足された露出度の高い格好になっていた。

それを知ったザディリスは、キッとヴァンダルーを睨みつけた。

「坊やっ、大人っぽくと言ったのにリボンやフリルが多すぎじゃっ! これでは子供の格好じゃぞ!?」

「いや、子供でも問題があると思うが……そうでもないのだろうか」

イリスが冷静に指摘しようとして、最近常識が揺らいでいるため言葉を濁して黙り込んだ。

一方クレームを受けたヴァンダルーは、そのザディリスの反応を予想していたらしくすらすらと反論を口にした。

「この装飾には、技術的な理由があります。この冥銅製のボディスーツには錬金術で小さな呪文を刻むことで対物理、対魔術防御が向上され、さらに各種魔術が付与されていますが、その為には一定以上の表面積が必要です」

「ひょ、表面積?」

「はい、文字を小さくするにも限界がありますから」

リボンやフリル、スカート状の装飾はただ可愛らしさを演出するための物ではない。編み上がってそれらを構成する液体金属の極細繊維には、杖形態とコスチューム形態に変化する機能を含めた、幾つもの効果を発揮するための呪文が複雑なプログラムのように刻まれているのだ。

「それを必要最低限に抑えれば装飾を大分減らせますが、その分余裕が無くなります。少しの損傷でただの冥銅製の服に成ってしまうので、今のデザインに成りました」

決して魔女っ子のコスチュームに似せるために、ザディリスをからかうために今の可愛らしいデザインにした訳ではないと、ヴァンダルーは主張する。

変に大人っぽくすると逆に似合わないとか、そんな思いが無かったとは言わないが。

腕を組んでヴァンダルーの言い分を聞いていたザディリスは暫く「むぅ~」と唸っていた。

「そう言う訳なら仕方あるまい。試作品の首から下に張り付いて覆う形だと、妙な動き難さがあったからの」

しかし、ちゃんとした理由があるならと納得してくれた。

イリスやヴィガロは「納得するのか!?」と驚いていたが。

『それに、それほど子供っぽくは無いと思うわよ』

『そうなの、瞳ちゃん?』

『そうよ、ジャック。『地球』と『オリジン』にだけど、もっと凄いのもあったから』

レギオンの人格の一つとなっている転生者の見沼瞳が、異世界の魔女っ娘物のコスチュームを思い出して感想を言う。

鮮やかな色とりどりのフリルに、段が幾つもあるフレアスカート、大きすぎて明らかに邪魔になりそうなリボン、歩くと足が痛くなりそうな靴。

それらと比べたら今のザディリスの格好は、大分大人しい。

「そうかそうか、まあ恰好だけ大人っぽくしても儂の顔や体つきが変わる訳では無いしの。それに最近神経質になっていたが、フリルやリボンが殊更嫌いと言う訳でも無かったはずじゃしな、儂。

すまんな、坊や。年甲斐も無く我儘を言ったようじゃ」

それを聞いて彼女なりに整理を付けたのか、ザディリスがそう言いながら最近随分近くなったヴァンダルーの頭を撫でる。

「しかし、儂がランクアップして大人っぽくなったら、大人っぽい見た目に作り直すのじゃぞ。約束じゃからな」

一転して据わった目つきでそう要求するザディリス。別に吹っ切れた訳では無いらしい。

「分かりました。外見が大きく変わったら、コスチュームも合わせないと動きにくくなりますからね」

逆らわず約束を交わすヴァンダルー。実際、体形が大きく変わったら変身杖の改良は必須なので、どうと言う事も無い。

「でも今のままでも可愛いと思いますが」

「坊や、年寄りをからかうものでは無い。そういう言葉は、自分と同じか年下の娘に言ってやるべきじゃ」

「……母さん、それだとヴァンの場合言う対象が少なすぎると思うぞ。ジャダルを可愛がってくれるのなら大歓迎だが。

ところでヴァン、母さんだと装飾を多くしなければならない理由は分かったが、身体の大きい私の場合はどうなるのだろうか?」

『……バスディアだと、女幹部っぽくなりそう』

『記憶は同じだから、落ち着いて考えるとヒトミちゃんが何を考えているのか分かるよ』

『ところで確認したい事があるからちょっといいかい、ジャック?』

『分かったよ、イザナミ』

雑談に興じていたレギオン達の姿が不意に薄れ……そのまますぐに元通りに戻った。

『ダメだ、外に【転移】出来ないよ』

今ジャックは、『ザッカートの試練』の内部に入ったまま外に【転移】して行き来できるかどうか試したのだが、失敗してしまった。

『ヴァンダルーはどう? 【迷宮建築】でダンジョン内を行き来したり、壁や部屋を作れる?』

「ん~……俺も外には出られないようです」

【迷宮建築】スキルでの【転移】でも、外に出る事は出来ないようだ。

『ザッカートの試練』の境界山脈の内外の挑戦者の中には、空間属性魔術の【転移】で内外やダンジョン内の各階層を行き来する事を目論んだ者が今までも存在した。しかし、それらの試みは全て失敗していた。

外と出入り出来れば損傷した武具に代わる新しい武具や、食料やポーション等の物資を補給できる。ダンジョンの外に知恵者や交代要員を待機させておけば、謎掛けや攻略を有利に進める事が出来る。

それでなくても、自分が使える魔術が有効かどうか確かめるのは当然だろう。しかし『ザッカートの試練』の内外を空間属性魔術で行き来する事は、誰も出来なかった。

これは創造者であるグファドガーンが、空間属性に分類される性質を持つ邪神である事が関係していると思われる。彼が意図的にダンジョンの趣旨に反する攻略方法を禁じているのだろう。

レギオンの【限定的死属性魔術】や、ヴァンダルーの【迷宮建築】スキルの【転移】ならもしかしたらと思ったのだが、それも不可能なようだ。

「でも、こうして内装を弄る事も出来ます。魔力は普段より使いますけど」

しかし流石に全てを封じる事は出来ないらしい。ヴァンダルーが指差す先で床から四角い壁が音も無く生え、伸びていく。同じ要領で階段を作る事が出来るかまでは、まだ一階層目を攻略したばかりなので分からないが。

「この分なら攻略済みの階層になら【転移】する事は出来そうですね。

ゴブリン通信機はどうですか?」

ヴァンダルーが作ったゴブリンの干し首を利用した通信機を試していたイリスが、「残念ながら」と首を横に振った。

「……こちらはダメそうです。今までの挑戦者が試したのと同様に、通信が遮断されています」

「通じていればジャダル達と話せたのだがな。仕方ない、出来るだけ早く攻略して戻ろう」

「そうですね」

外への通信や【転移】は「多分無理だろうけれど、もし出来たら便利」と思っていた程度なので無理でもヴァンダルー達はあまり気を落さず攻略を再開した。

……物資も人員も既に山ほど持ちこんでいるのだし。

因みに、ザディリスの脱ぎ捨てたローブは勿論回収した。

『ザッカートの試練』の二階層目からは、魔物と遭遇しないが複雑に入り組んだ迷路に成っていた。

『この迷路の階層は確か最初は魔物が出ないけど、一時間の間に一定の距離を動かないと……どうなるんだったかしら?』

「壁が出てきて閉じ込められて、しかも魔物が十数匹現れるんだよ!」

「そのまま倒すまでどこにも行けないと言う階層じゃったな。しかも、迷路の構造が『ザッカートの試練』が移動する度に変わるというおまけつきじゃ」

ダルシアの説明にパウヴィナとザディリスがそう付け足す。

この迷路はつまり、迷っても立ち止まらず歩き続ければ時間はかかっても安全に攻略できると言う代物だ。途中で休憩を取る事は出来ないが、その程度だ。

これは勇者ザッカートの「絶えず行動し、思考する」という行動や、「即断即決」でヴィダを散々困らせた逸話が元になっているものと思われる。

……因みに、勇者ベルウッドは「時には立ち止まり、仲間達と話し合うのが大切だ」と言う言葉を残したとされる。本人がそれを実践していたかは兎も角、この階層でそれを実践した人間社会の挑戦者は大変な目にあった事だろう。

「まあ、俺は【迷宮建築】スキルのお蔭で階層の構造がすぐわかる訳ですが。こっちですよー」

ただヴァンダルーの前には迷路は何の意味も無い。落とし穴等の罠も無いので、そのまますいすいとクリアしてしまった。

『壁を動かしてゴール直通の道を作れば、もっと早くクリアできるのでは?』

「あまり反則技を繰り返すとグファドガーンに怒られそうなので、安全にかかわらないなら普通にクリアしましょう、閻魔」

『なるほど、確かに心証を悪くして良い事は無いか』

試練をクリアしても、グファドガーンに認められなければ意味が無い。そのため気を使いながらヴァンダルーは迷路の階層を進んだのだった。

グファドガーンが創り上げた『ザッカートの試練』の各階層で挑戦者に出される謎掛けは、ザッカートを先頭に生産系勇者達への賛美と、法命神アルダとベルウッド達戦闘系勇者達への悪意と皮肉に満ちていた。

例えば、迷路の階層を抜けた五層目からは壁が石では無く、アンデッド化した骨の壁ボーンウォールで構成された階層に変化する。

この骨迷路の階層では、最初に配置されている魔物はボーンウォールだけだ。挑戦者はただ骨の壁で出来た迷路を進み、少し注意して見れば分かる簡単な隠し扉を見つけて、その向こうの階段に到達すればいい。それだけだ。

しかし、一回でもボーンウォールを傷つけダメージを与えると迷路を構成する全てのボーンウォールが、ランク6から8までのスケルトン系の魔物に変化し、挑戦者に殺到してくるのだ。

アンデッドを絶対的な討伐対象としているアルダ信者、特にアンデッド化したザッカートを倒したベルウッドの後継者足らんとする者は、大抵ボーンウォールを攻撃するか、浄化しようとしてダメージを与えて数百から千体程の上級スケルトンの群れと延々戦う事になる。

スケルトンを倒し続ければ迷路も無くなるのでクリアする事が出来るのだが、難易度は明らかにA級ダンジョン並である。

「あ、どうもどうも」

『お~おぉぉん』

しかし、ヴァンダルーの場合は彼が先頭に居るだけでボーンウォールが自主的に退いてくれるので簡単に進む事が出来た。

クノッヘンが同系統のアンデッドの出現に喜んだぐらいだ。

階段に辿り着いた時には、若干クノッヘンが大きくなっていた。骨を分けて貰ったらしい。

骨迷路の階層を抜けた六層目からは緑豊かな明るい森、清らかな湖、爽やかな高原等美しい自然をそのまま再現した階層が続く。

挑戦者が足を踏み入れて暫くするとその自然を壊す、森の木々を喰らうヒュージグラトニーワームや、毒を全身から分泌して水を汚す巨大な毒蛙の魔物アグリィヴェノムフロッグ、空気を汚染する毒鱗粉を撒くアッシャービックモス等が現れる。

自然環境を守る事に拘っていた勇者ベルウッド、そして彼の意見に最初に賛成していたナインロードに倣って、その魔物を攻撃すると、状態異常を引き起こす毒や胞子を持つ魔物が次々に出現する。そして激闘の結果荒れ果てた森や高原の中央に、次の階層へ続く階段が出現するのだ。

「正解は魔物を放置するか、自然破壊を手伝う事なんだよね。……別にザッカートも自然破壊が好きだった訳じゃ無いと思うんだけどなぁ」

「拙者達もそう思うが、この階層はベルウッドの後継者に成りたい者達への罠だと思う」

プリベルとギザニアがそう言いながら、次々に伐採されたり引き倒されたり、砕かれる森を若干哀しそうに見つめる。

「今こそ我の【伐採】スキルが活きる時!」

『フハハハハ! 木々がまるでボーリングのピンの様だ!』

『おおおおおおおおん!』

「……もう少し落ち着いてできませんか?」

斧を振り回して伐採作業を繰り返すヴィガロと、【サイズ変更】で巨大化して森を回転しながら走り回るレギオン、巨大なブルドーザーの様な形態に成って大地を削りながら進むクノッヘン。そして特製の糸で木々を輪切りにするベルモンド。

この分では森が丸裸にされるまで数分もかからないだろう。自然が破壊される光景は、やはりどこか悲しい。

仕事を奪われたヒュージグラトニーワームも、寂しげに倒木の葉を食べている。

「材木が勿体ないですけど、流石にサムでも全部運ぶのは無理ですしね。あ、プリベルとギザニアもマンモス汁食べます?」

そしてヴァンダルーはマンモスの肉を豚汁風に煮込んだ料理を作っていた。この階層は休憩していても魔物が出ないので、息抜きと食事に丁度良いポイントなのだ。

今回大勢の仲間を装備しているヴァンダルーは、装備している間仲間が必要とする分の栄養を摂取しなければいけないので食事のチャンスは見逃せない。

「味噌仕立てで絶品でござるよ!」

「食べよう」

「そうだね」

ヴァンダルーとミューゼに誘われるままに、二人もマンモス汁を頂くのだった。

そして同じような要領で湖と高原の階層もクリアした。

尚、本来なら自然破壊担当だったヒュージグラトニーワーム等はヴァンダルーにテイムされた。

他には、七人の勇者の像の足元に彼等の功績が描かれた石板が乱雑に置かれており、それを正しく並べるパズル。法医学者を目指していたザッカートなら簡単に攻略できただろう、人体の構造を模した迷路の階層。更には複雑な構造と危険な魔物と罠に満ちた迷路だが、壁に模様に偽装された英語やドイツ語に似た言語で攻略法が記されている階層もあった。

勇者達の功績を正確に知らない人間社会出身の挑戦者にはパズルを正しく解く事が出来ず、医療知識が未発達であるため迷路の正しい出口に辿り着けず、更にアルファベットは伝わっていても外国語の知識は何も伝わっていないため危険な迷路を独力で攻略しなければならない。

ヴァンダルー達の場合は事前に『ヴィダの寝所』で勇者達の功績や、ザッカートやアークが残した資料を見ていた。それに人体の構造については、【手術】スキルを持つヴァンダルーやレギオンにとっては簡単すぎる。

特に外国語に関しては、ヴァンダルーとレギオンは『オリジン』で複数の言語を習得している。ヴァンダルーの場合は軍事国家の研究所で使われていた二か国語。レギオンは世界を股にかけて活動する『第八の導き』だった時に習得した複数の言語だ。

勿論『アース』の言語と『オリジン』の言語は似てはいるが微妙に異なっている。しかし、壁に描かれていた攻略法は簡単な短文で書かれていたので、意味を間違う程では無かった。

『グファドガーンとやら、良い趣味をしている』

アイラが感心した様子でそう評した。

「確かに凄くアルダやベルウッド達の信者に対して厳しい作りをしていますね」

じゃらりと音を立てながらヴァンダルーが同意するが、アイラは『それだけでは無いわ』と言った。

『ヴァンダルー様、このダンジョンは目的を誤解している挑戦者たちにとって厳しい上に、『これは正しい選択なのだ』と誤解するよう誘導するよう仕向けられているのよ』

「……どういう事なの?」

険のある口調でエレオノーラに聞き返されたアイラは、優越感を滲ませた態度で応える。

『分からないの、小娘? 今までの謎掛けでは不正解の場合挑戦者は確かに危険な状況に追い込まれる。しかし、それを乗り越えれば、階段が現れ進む事が出来る。

だからアルダやベルウッド信者の挑戦者達は、『これはベルウッドの後継者に成るための試練で間違いない』と考え、次の謎掛けでも誤解したまま間違った選択を繰り返す。……そして何時か死ぬ』

不正解で与えられたペナルティを、試練だと勘違いし続ける。他に解釈しようのない行き止まりという形で、自分達が根本的に間違っている事を突きつけられないから。

アルダやベルウッドに対する信仰や尊敬が強い者ほど、試練では無くただのペナルティである事に気がつくのは難しいだろう。

勿論途中でおかしいと思う者も多いだろうが、だからと言っていきなり考え方を百八十度変える事は出来ないだろう。

出来ても、突然ザッカート達生産系勇者に関する正しい知識が生える訳でもない。

そしてアイラ達には関係無いが、この『ザッカートの試練』は攻略を辞めて自分の足で外に出ようとする者に対して魔物を出現させ、逃亡を妨害する。

疲弊して攻略を諦めた境界山脈外部の挑戦者は、そうして倒れるのだ。

『そう言う事よ、分かった?』

説明を終えたアイラがエレオノーラに視線を向けるが、彼女の顔に納得の文字は無かった。

「違うわっ、私は説明を求めたのではなくて何故あなたの鎖をヴァンダルー様が持っているのかと聞いているのよ!?」

エレオノーラが指差す先では、【飛行】で空に浮いているヴァンダルーがアイラの首輪に繋がる鎖を両手で持ちながら、何か作業をしていた。

『一体何が疑問なのか分からないわ。僕である私の鎖を主人であるヴァンダルー様が司るのは当然の事よ! 悔しいのならあなたも鎖か紐を持ってもらえば良いのよ。ああ、あなたの首輪に鎖は付いていないのだったわね。なら仕方ないわ、残念ねぇ』

「くぅ~っ!」

胸を張ってこれ見よがしに首輪と鎖を見せつけるアイラに、エレオノーラが悔しげに指を噛む。

「いや、ただ鎖を【錬金術】的に改造しているだけなんですが。決して散歩ではありません。後、エレオノーラの首に在るのはチョーカーです」

死鉄製の鎖を改造しているヴァンダルーは、二人に対して冷静に指摘した。

その様子を横で眺めているダルシアは、アイラと鎖が微妙に短い為【飛行】しながら作業しているヴァンダルーを評してこう言った。

『そうしていると、まるでヴァンダルーが風船に成ったみたいね』

彼女には微笑ましい光景に見えているらしい。

「さっきのアイラの推測じゃが、あながち間違っているとは思えん。しかしそれだとある疑問が浮かんでくるのじゃ」

「疑問ですか?」

アイラとエレオノーラが火花を散らしている後ろでは、ザディリスとイリスが真面目な話をしていた。

「うむ、これまでの謎掛けにはザッカート達に関する正しい知識があったとしても正解を選ぶことが難しいと思えるものが幾つもあった。

それを初期に挑戦した境界山脈内部の者達はどうやってクリアしたのじゃろうかと思ってな」

ヴァンダルー達は経験者の情報があったが、最初に挑戦した者達には事前の情報など何も無い筈。グファドガーンがどんな趣旨でダンジョンを創ったか知っていたとしても、全てに正解する事は不可能なのではないだろうか。

そう言うザディリスにイリスは第二の父であるゴドウィンや、挑戦経験のある他の魔人達の話を思い出して答えた。

「第一回目の挑戦者にはダークエルフ王であるギザン殿や、普段は『ヴィダの寝所』に籠もっている貴種吸血鬼の方々等、多くの識者が参加していたそうです。それで殆どの謎掛けはクリアする事が出来たそうで……不正解だった場合は、父さんの他数名が腕力でどうにかしたと自慢していました」

「なるほど、境界山脈内部でも勇者達に関しては専門家に等しい頭脳派と、最強の武闘派が集まった黄金チームだった訳か。それなら納得じゃな」

アイラも言った通り不正解でも現れる魔物や発動した罠を乗り越えれば先に進める。ゴドウィン達なら嬉々として魔物の群れを駆逐し、罠を平気な顔で粉砕した事だろう。

そうして手に入れた情報と経験を第二回以降の挑戦者達に伝えたのだろう。

「私はそれよりも、外の挑戦者で唯一生還したという『五色の刃』が気に成るな」

バスディアがそう言って二人の会話に加わるが、それは流石にイリスでも知らなかった。

「さあ、彼等は『ザッカートの試練』に関する詳しい話は明かさなかったそうなので……最低でも自分達に匹敵する力が無ければ無駄死にするだけだと語ったとだけ聞いています」

「そうか。まあ、ヴァンならグファドガーンかダンジョンで死んだ者の霊から聞きだしてくれる事だろう」

バスディアがそう話し終わると同時に、次の階層に繋がる階段が見えてきた。

こうして彼女達は十日で約三十階層をクリアしたのだった。