軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百五十四話 絶たれた絆

何かが、鼻息を荒くさせながら人気の無い森を進んでいた。

「「「ふぅ~っ! ふぅ~っ! ぱふぉ~っ!」」」

何かの臭いを求めているのか周囲の空気を激しく吸い、そして吐き、鼻をラッパのように鳴らす。

「「「ふがふごふぶぐっ!」」」

それでも探している臭いが見つからなかったのか、何かは鼻を伸ばしてそこら中の物に押し付け始めた。

木に、地面の土に、石に、手当たり次第だ。

そんな事が出来る存在は、勿論人間では無い。

「に、にほおィ……ほ……ぃ……」

正確には、以前は人間だったが今は人間では無い存在に変化してしまった存在だ。

額や頬に傷痕が残る、見るからに人相の悪い男の顔がある。その顔の目や鼻の形や数に異常はない。傷跡以外は、普通の人種の男の物だ。

だが、その顔がある場所が異常だった。巨大な、巨人種の成人男性が両腕を限界まで広げても抱えきれない程巨大な、人間の鼻。その鼻の頭に顔が張り付いているのだ。

「ニオイィィィ!」

鼻の化け物としか評せない存在は金切り声を上げながら、苛立った様子で移動を再開する。巨大な鼻の根元に当たる部分には、手足の代わりに何本もの太い触手が……いや、鼻が生えていた。一見触手に見えるが、それは全て象の物と似たような形をした鼻だったのだ。

常人が直視したら恐怖と異様さに言葉を無くすだろう鼻の化け物が、生き物の気配がしない森を進む。本来森に居るはずの動物や魔物は、この化け物が発する禍々しい存在感を恐れて既に逃げ散ったらしい。

その時、冷たく澄んだ冬の気配を孕んだ秋の風が吹いた。

「「「っ!」」」

その瞬間、鼻の化け物は全身を硬直させた。そのまま、静かに風の臭いを吸う。

「アアァ……」

男の顔が、喜色に歪む。遂に求めていた臭いを嗅ぎつけたのだ。

鼻の化け物はその場で方向転換し、猛然と北に向かって進みだした。邪魔な木や岩を鼻で薙ぎ払い、求めていた臭いに少しずつでも近づく事が出来る喜びに鼻を鳴らしながら。

「そこまでだ!」

だが、森を抜けた所で化け物の前に立ちはだかる存在が居た。

「森からただならぬ破壊音と何かの鳴き声が聞こえたから駆けつけたら、大当たりだったな。欠片に飲み込まれた奴は馬鹿で助かるけど、斥候職の意味が無いから嫌いだぜ」

「エドガー、軽口は後にしてくれ。……自称トレジャーハンターのベガだな? 私の言葉は分かるか?」

S級冒険者ハインツ率いる【五色の刃】が鼻の化け物、ベガの成れの果ての前に立ちはだかった。

ベガと言うトレジャーハンター気取りのコソ泥が、既に探索し尽くされたと思われていた遺跡にお宝が眠っていると信じて一人探索に向かった。その数時間後、化け物になって出て来たと彼の泥棒仲間から町の警備隊に通報があった。

それを聞いた警備隊は、自分達が対処できる問題では無いと冒険者ギルドに依頼を出そうとし、話を聞いたギルドマスターが、もしかしたら【魔王の欠片】と関係があるかもしれないと直感し、偶々町に滞在していたハインツ達に指名依頼を出したのだ。

そしてそれは、どうやら当たっていたようだ。

「ハインツ、確実に理解していないと思うけど」

「テーネシアの時とは違って、人としての原形も残ってないよ」

女ドワーフの盾職、デライザと、人種の女格闘家ジェニファーが口々に言う。彼女達の後ろの『眠りの女神』ミルの女神官、エルフのダイアナは何も言わなかったが、それは呪文の詠唱をしているからだった。

ハインツ自身も望みが薄い事は分っている。

「かもしれない。だが、まだ彼の意識が残っているなら助けられる可能性があるはずだ。ベガ、自分の名前が分かるか? クリフが心配していたぞ!」

しかし諦めず、ベガのコソ泥仲間の名前を出した。

「グ……ク……」

その名前を聞いたからか、ベガの顔が唇を痙攣させながら小さく何かを呟く。ハインツの顔に淡い期待が浮かんだ。

「クソガァァァァ! ドケェエエエエ!」

だが期待に反して、ベガの口から出たのは耳に突き刺さるような甲高い罵声だった。

求めていた臭いの元へ続く道を邪魔された憤怒に顔を歪め、足代わりに使っていた象の鼻を鞭のように振り回してハインツ達に襲い掛かった。

「やはりダメか!」

「ああ、早く楽にしてやろう!」

ハインツ達は約二年前、【魔王の角】を発動させた原種吸血鬼テーネシアを相手にした時はそれまで追いつめていた戦況を一瞬で覆され、防戦に追い込まれてしまった。

その時と同じ【魔王の欠片】が相手だ。しかし、ハインツ達五人の顔に悲壮感は無かった。

何故ならあの時とは違うからだ。

「我が神ミルよ、我等を守りたまえ! 【大活性】!」

「【真鉄壁】、【真鉄体】!」

「【ギロチンスラッシュ】!」

ダイアナが仲間達の身体能力を活性化させる【生命属性魔術】を発動し、デライザが象鼻の鞭を盾で受け止め、エドガーがナイフで他の象鼻を切断する。

「「「バボオオオオオ!」」」

「【千穂突き】!」

その後も続く象鼻の攻撃を、ジェニファーの高速で繰り出される鋭い抜き手が弾き、逆に傷つけていく。

そして出来た隙を、ハインツがこじ開けた。

「【御使い降臨】! 許せっ、【瞬輝一閃】!」

ハインツの放った一撃が、ベガの顔を真一文字に断ち割った。

ハインツ達は二年前と比べて更に腕を上げ、それぞれ神の加護を得た。【導士】系ジョブの【聖導士】に就いたハインツと、彼の仲間達の成長は著しく、今では全員がS級冒険者の名に相応しい実力を手にしている。

更に二年前の装備はミスリルやアダマンタイトだったが、今は【魔王の欠片】に対抗する事が出来るオリハルコン製のアーティファクトをそれぞれ装備している。

「ギエエエエエ!」

そして相手も二年前とは違う。【魔王の角】を高い【投擲術】スキル等で巧みに操り、武技を使用した原種吸血鬼テーネシアでは無い。

【魔王侵食度】が限界まで上昇し、完全に【魔王の鼻】に乗っ取られたコソ泥だ。既にこの段階に至っては宿主の素質は殆ど関係無いのかもしれないが、武技も魔術も使わないのであれば身体能力頼みの獣と変わらない。

「よし、このまま押しきるぞ!」

勝てる! そう確信したハインツが叫び、ジェニファー達が士気を上げる。

「待てっ、様子が変だ!」

だがそれにエドガーが待ったをかけた。彼はベガの割れた顔が上げる絶叫以外にも、鼻を啜る汚らしい音がする事に気がついたのだ。

エドガーの制止に応じて間合いを取ったハインツ達の前で、【魔王の鼻】がぐるんと後ろに巨大鼻を倒す。一瞬杞憂だったかと思ったが、大人の頭でもすっぽり入る巨大な鼻の穴が自分達に向いた瞬間、敵の意図を理解した。

「皆っ、私の後ろに!」

デライザがそう言って前に出るのと、巨大な鼻の穴から赤い液体が噴射されたのは同時だった。

高圧で噴射された鉄臭い液体を盾で凌ぎ、デライザは顔を顰めた。

「こいつっ、鼻血を飛び道具に使うなんて何を考えてるの!?」

【魔王の鼻】は、象が鼻で水を吸い上げる様に自分の血を吸い上げ、更に高圧をかけて噴射したのだ。ウォーターカッターならぬ、ノーズブラッドカッターだ。

もし受け止めたのがデライザでなければ、彼女が構えているのが普通の鉄や鋼鉄の盾だったら、身体を両断されていただろう。

「ドケッ、ドケェ! オレハ行ク! 我ノ元ヘ!」

勝ち誇ったようにベガの顔が叫ぶが、デライザはそれに怒りでは無く哀れさを覚えた。

「でも、ここまでだね」

デライザの言った通り、【魔王の鼻】の抵抗もここまでだった。鼻血を噴射するブラッドカッターの攻撃力は驚異的だった。しかし、燃料が血である以上自分の身を削っているのと同じだ。

次第に鼻血の勢いは衰え、そこをハインツ達の反撃を受けると、【魔王の鼻】はあっけなく倒れたのだった。

「オ、オオォ、ほんた……」

新たな宿主に寄生するため、ボコボコと不気味な変形を始める【魔王の鼻】に、ハインツはアルダ神殿から託された剣を鞘から引き抜いた。

「お前は、何処にも行けない。ここまでだ」

そして剣を【魔王の鼻】に突き立てた。

「っ!」

それだけで【魔王の鼻】の動きが、変形が止った。ベガの顔に、はっきりと分かる恐怖が浮かぶ。

「嫌ダ、俺ハ我ニ! 我ハ俺ニ! 本体ニ合流スル! 本体ニィィィィ!」

必死に叫び少しでも逃げようと足掻く【魔王の鼻】だったが、その姿は黒く溶けだし液体状に成ると、突き立てられた剣に吸われるように消えていった。

後に残ったのは、ベガだったものの残骸だけだ。

「本……体ィ……」

その残骸も、小さな呟きを漏らしたのを最後に動くのを止めた。

「助けられなくて済まない。せめて、安らかに眠ってくれ」

ハインツは剣を鞘に収めると、動かなくなったベガの瞼を閉じさせた。

「封印はどうですか?」

ダイアナが心配そうに見つめる剣は、アルダ神殿に保管されていた魔王の欠片を封印するためのアーティファクトだった。既に宿主に寄生している状態では効果は無いが、死を前にした宿主から分離しようとしている、若しくは分離した【欠片】に突き立てる事で、封印する事が出来る。

ベルウッド由来の品である。

「そんな小さな剣で本当にあの化け物を封印できるのかい? 何かの拍子に鞘から抜けたらまた飛び出して来るんじゃないの?」

疑わしげなジェニファーに、ハインツは暫く剣の具合を見てから答えた。

「問題無いと思う。欠片を封印すると剣と鞘が融合するようだから、間違って抜ける事は無いみたいだ」

「それに見た目は地味だけど、オリハルコン製だから簡単には壊れないよ。後は神殿が管理する聖域に安置して貰えば、一安心さ」

「少なくとも、オルバウム選王国が健在である内は、ですけどね」

この世界では、国は長くても千年程で滅びと建国を繰り返してきた。神殿は建前では世俗の権威とは関係の無い組織だが、実際にはそれほど無縁でも無い。

虐げられた貧民の怒りが神殿に及ぶことも珍しくないし、戦争や革命のごたごたに乗じて神殿に納められたアーティファクトや【魔王の欠片】の封印を盗み出そうとする者達も存在してきた。

長命なエルフであるダイアナはそれを案じているのだ。

「だからと言って、今のエルフにこの封印を管理できるのかい?」

ジェニファーにそう言いかえされたダイアナは苦笑いを浮かべて答えた。

「確かに、難しいですね。ペリア様は姿を隠し、シザリオン様亡き今となっては、私達エルフは神代の時代の様な力は有りませんから。

アミッド帝国にある大集落なら、あるいは……」

「だけどここから帝国まで封印を運ぶよりも、最寄りの神殿の方が安全だろ? サウロン領も暫くの間はゴタゴタしているだろうし、現実的に行こうぜ」

エドガーがそう言い、ダイアナも「それもそうですね」と答えた。神や伝説の勇者が施した封印でも、永遠にはなり得ないのだから、実際に取れる方法で最上の物で納得するしかないのだ。

「だけど、不思議ね。魔王っていったいどんな姿をしてたの? あの【魔王の鼻】がそのまま顔にくっついていたとは思えないけど」

町に向かって戻りながら、デライザがそんな事を呟いた。それをきっかけにダイアナやエドガーも、魔王グドゥラニス本来の姿を想像しようとして、出来なかった。

「形が人間そっくりなのはいいとして、あの大きさは?」

「それに、あの象の鼻はどうなっていたのでしょう?」

【魔王の鼻】が足代わりに使っていた無数の象鼻。あれは【魔王の鼻】が本来あるべき場所、顔に張り付いていた時には必要のない器官だ。

攻撃手段としても四肢や、それこそ【魔王の角】のように他にもっと有用な器官がある筈。それともあの象鼻には、何が他の用途があったのだろうか?

「これは昔の記述だけれど、【魔王の欠片】はそのまま魔王グドゥラニスの部位に相当している訳では無いらしい」

すると、ハインツが以前アルダ神殿で目にした古文書の記述を思い出して、そう口にした。

「それって、どう言う事?」

「ある複数の【魔王の欠片】を封印した、昔の英雄が残した古文書の記述には――」

伝説の勇者ベルウッド達が魔王グドゥラニスと戦い、その身を千々に切り裂き、その邪悪な魂を神々が封じた。

だが無数の欠片に分かれた魔王の肉体に宿るおぞましい生命力は、魂を封印されても衰える事は無かった。

再び集まり再生しようとする魔王の欠片を滅ぼす事は出来ないと悟ったベルウッド達は、欠片を一つ一つバラバラに封印した。

しかし封印されても欠片は活動を止めず、それぞれが別々の器官に変化し、一つに戻る機会を虎視眈々と狙っているのだという。

「封印の大部分は中にどんな欠片が封印されているか記録されていないのは、その為らしい。封印された後変化したから、誰にもわからない。神々、特に魔王と同じ世界から来た邪悪な神々には中身がどんな欠片なのか分かるらしいけれど」

ハインツの説明にデライザ達は顔を顰めた。

「つまり開けてみないと中身が分からないと……嫌なくじ引きね。今回のベガは財宝か何かと思い込んで手にしたようだけど、そんな物を望んで欲しがる奴の気がしれないわ」

「確かに。幾ら力が欲しくても、【魔王の胸毛】なんて欠片が当たるかもしれないだろ? あたしだったら御免だね」

「鼻でもあれだけ強かったのですから、仮にその【魔王の胸毛】が当たったとしても、力は手に入ると思いますけどね」

そう口々に言う女性陣に、ハインツは「そうだな」と頷いた後、ふと北の方に目を向けた。

「本体、か。北に他の【魔王の欠片】の所有者がいるのか? もしかしたら――」

「サウロン公爵領に現れた、英雄にレジスタンス、マルメ公爵軍を壊滅させた謎の魔物がそうじゃないかって?」

「……エドガー、心配のし過ぎだと思うか?」

サウロン領で起きた事はオルバウム選王国にも、そして選王国の名誉貴族であり国家の問題にも関わるS級冒険者であるハインツの耳にも、僅かだが入っていた。

アミッド帝国の英雄、『邪砕十五剣』の一人『光速剣』のリッケルト・アミッド公爵。レジスタンス討伐の任務に派遣された彼が、連絡を絶った。

マルメ公爵は彼の派遣を皇帝に願った自らの責任を感じ、公爵軍の精鋭を集めた一大隊でレジスタンスが支配する元スキュラ族自治区に捜索にでたが、そこで恐ろしい魔物達に遭遇したらしい。

数少ない情報に寄ればその魔物は巨人種のアンデッドらしく、顔の半分が白骨化し巨大な黒い剣を振り回す恐ろしい剣士なのだとか。

剣を一振りするだけで騎士も木々も木の葉のように吹き飛ばされるそうだ。

恐らく境界山脈を越えて現れた魔物で、その魔物にリッケルトもレジスタンス組織『サウロン解放戦線』もやられたのだろう。

「その黒い剣……もしかしたら、何かの欠片かもしれないと、【魔王の鼻】がベガに言わせた言葉を聞いて思ったんだ」

「やっぱり、今からでも受ける? 軍のサウロン公爵領奪還作戦への協力要請」

レジスタンスが失われたのは痛いが、マルメ公爵軍と帝国の混乱に乗じた軍事作戦が近々決行される。それに協力して欲しいと、ハインツ達は冒険者ギルドを通じて選王国の現軍務卿、ドルマド侯爵から打診されていた。

しかし、既に一度断っている。

「いや、止めておこう。帝国には他に英雄がいるし、『真なる』ランドルフが秘密裏に参加しているって噂もある。

私達は『ザッカートの試練』と、選王国内の問題に集中しよう」

ハインツはそう言って、しかしやはり気がかりなのか北を遠い眼差しで見つめた。

「思い過ごしなら良いが……」

ヴァンダルーはふと、胸が締め付けられるような感覚を覚え、反射的に南を見つめた。

『坊ちゃんっ、どうしたんですか? 急に胸を押さえて』

傍に控えていたサリアとリタが、主人の様子がおかしい事に気がついて声をかける。しかし、かけられたヴァンダルーもこの感覚を何故覚えたのか分からない。

【幽体離脱】して霊体の頭を増やして考えてみても記憶を探ってみても、身体に不調が無いか自己診断しても、原因は見つからなかった。

「よく解りませんが、急に切なさを覚えました」

そう言って再び南に視線を向けるが、そっちには木々が茂る斜面があるだけで、何も見えない。だが、そのずっと向こう、遠い何処かで何かが起こった。そんな確信があった。

『坊ちゃん……分かります。ブルーな気分なんですね』

『父さんが人生の節目には、急に不安になって落ち込む事があると言っていました』

『結婚とか、妊娠とか、出産とか』

「俺の人生には、そのどの出来事もまだ起きていませんが。あと、念のために聞きますが、俺が将来結婚する人の妊娠とか、出産って意味ですよね?」

姉妹でしみじみとそう言いながら手で肩に触れる二人に、ヴァンダルーはそう聞き返した。しかし、二人は答える代わりに笑顔になると、腕をヴァンダルーの身体に回して左右から抱きしめた。

『でも大丈夫です! 何も心配する事はありません』

『こういう時は安心させるのが大事だって聞きましたから、安心してください坊ちゃん!』

ぎゅっと、装飾が増えても相変わらず露出度が高いビキニアーマーとハイレグアーマーのリタとサリアは、恥ずかしげも無くヴァンダルーを挟んで埋める様に抱きしめる。

本来二人の本体は鎧その物であり、それ以外の部分は【霊体】スキルで作った部分であるため、「露出度が高い」と評すのもおかしいのかもしれないが。

『もうすぐクインが蛹から羽化するかもと話していましたし、サウロン領の奪還作戦の準備も進んでいますし』

『何よりダルシア様の復活が目に見えてきましたからね。人生の節目です! ですから私達と遠慮無くスキンシップして安心してください』

二人の間でヴァンダルーは最近の出来事を顧みると、「確かに節目と言えるかもしれません」と頷いた。

そのせいで情緒不安定になっているのかもしれない。

「それに、もうすぐ俺も思春期ですからねー」

来年の初夏には十歳になる。早ければそろそろ思春期を迎えて、いわゆる「難しい年頃」になる頃だ。早くもその影響を受けているのかもしれない。

一度目と二度目の人生で迎えた思春期はどうだったろうかと記憶を探るが、自分自身の心理状態はあまり記憶に残っていなかった。

『おや、どうしました坊ちゃん?』

『おぉぉん?』

そこにサムが本体である馬車の荷台の後ろに、クノッヘンから分離した骨が組み合わさって出来た骨馬車を牽引してやって来た。

『父さん、坊ちゃんがブルーな気分みたいです』

『なるほど、人生の節目ですからな。無理も無い事です……私も毎日寝食を共にした愛槍をミハエル殿に返す前日は、気分が落ち込んだものです』

うんうんと、娘達の間から頭だけ出しているヴァンダルーに頷きかけるサム。そう言いながらも、彼は滞りなく仕事を進めていた。

『おぉ~ん』

牽引してきた馬車の荷台に積まれた中身……元スキュラ自治区に侵入し、ヴァンダルーのアンデッド達に討ち取られたマルメ公爵軍を含めた占領軍の兵士や騎士、斥候兵の死体やその装備を地面に描かれた巨大な魔術陣の中に捨てていく。

今『サウロン解放戦線』のアジトがあるこの旧スキュラ自治区には、リタやサリア、ボークスを含めたアンデッド達が配置され日々侵入してくる占領軍やその依頼を受けた傭兵を退けていた。

外周部には「これ以上侵入するな」と警告文を刻んだ石碑や立札を建て、それらの説得力を増すために既に討ち取った将兵の兜を設置してあり、それを無視した者達をボークス達が皆殺しにしているのだ。

しかし数百人以上の軍団を成して攻め込んでくる相手は兎も角、数人程度の小隊でこっそりと忍び込んでくる斥候に対応するには、この旧スキュラ自治区は広すぎる。

そこで十分な防衛戦力を得るためにヴァンダルーが設置したのが、この『自動アンデッド化魔術陣』である。

【ゾンビメイカー】ジョブの効果を【錬金術】スキルで付与した魔術陣で、染料には【魔王の墨】を使用し、中心には【魔王の血】で満たされた壺の中に【魔王の眼球】を浮かべてある。動力は魔術陣の近くに設置した巨大魔晶石だ。

この魔術陣の周囲に漂う霊は魔術陣から発せられるヴァンダルーの魔力に惹かれて集まり、魔術陣内に転がる生前の自分の肉体や、鎧、武具などに宿って自動的にアンデッド化する。

ゾンビやカースウェポン、リビングアーマーが魔力の続く限り自動生成される便利な施設だ。

『ところで魔力の方はどうです?』

「中々チャージが追いつきませんね」

そしてヴァンダルーが何をしているのかというと、巨大魔晶石に施設の動力である魔力を充填しているのである。

この巨大魔晶石、タロスヘイム周辺や『ボークス亜竜草原』で大量に狩る事が出来る恐竜系魔物の魔石を、ヴァンダルーが【ゴーレム創成】スキルで一つに合成した物で、大きさはちょっとした住宅程もある。

しかし込められる魔力の総量は一億程と、ヴァンダルーにとってはそれ程でもない。その充填が終わらないのは、魔術陣の近くにヴァンダルーがいるせいで、この旧スキュラ自治区に漂う霊が殺到して次から次にアンデッド化しているからだ。

こうしている今も続々と魔術陣から新たなアンデッドが誕生し、宿る物が無くなった霊達が追加を待ちきれず、ゴースト化している。

『ゲギャァ!』

『待てぇっ! それは俺の武器と鎧ぃっ!』

紛れ込んだらしいゴブリンの魂が宿ったリビングアーマーと、それに武具を取られた兵士のゴーストなんてものまで出来ているし。

「俺がいなくても戦力を補充できるようにと設置しましたが、逆に離れられなくなりそうです」

『坊ちゃん、そろそろ戦力は十分なんじゃないでしょうか?』

「……それもそうですねー」

『でも坊ちゃん、以前と比べて最初から強いアンデッドも作れるようになりましたね』

以前はランク1のリビングボーンやリビングデッド、それらの十倍程魔力を使ってランク3のリビングアーマーが作れる程度だったヴァンダルーだが、今は違う。

以前の三分の一程の魔力でランク2のゾンビや、材料の霊と肉体の素質次第ではランク3のゾンビソルジャーや、ランク4のヘビーアーマーを作る事が出来るようになっている。

それら、アンデッド化直後から並の兵士と互角以上、個体によっては圧倒できる戦力が大量に増えているのだから、これ以上無理に増やす必要はないかもしれない。

「そうですね、ここで作った粗製アンデッドはレジスタンスの皆の留守番役が揃えば十分ですし」

『サウロン領奪還作戦ですね!』

『これはミハエル殿の戦働きに期待しなければなりませんな。私が返した愛槍の分も』

アミッド帝国に非公式に宣戦布告したヴァンダルーは、さっさとサウロン領を奪還する事にした。勿論、『サウロン解放戦線』と、オルバウム選王国主体で。ヴァンダルーが前面に出ては、アミッド帝国は撃退できても結局サウロン領の民が付いてこないのは変わらないのだから。

そのため『サウロン解放戦線』にはオルバウム選王国との繋ぎを取ってもらい、帝国が浮足立っている間に作戦を決行。対占領軍戦には、変装したボークスやミハエル、リタやサリア達上級アンデッドや、ベルモンド達深淵種吸血鬼、そしてヴァンダルー本人もこっそり参加する。

リタ達は少し変装すれば、近くでよく観察しなければアンデッドだと分からないだろうし、ボークスも頭をすっぽり覆うヘルメットを被れば問題無いだろう。

多少おかしいと思われるかもしれないが、まさかアンデッドが組織的な軍事活動を行うとは誰も思わないだろうから、真実に気がつかれる事も無いだろう。

ベルモンド達も、昼間に日光を浴びて見せれば誰も吸血鬼とは思わない。

そしてヴァンダルー自身は裏で皆を援護しつつ、『邪砕十五剣』の様な突出した戦力に備えて待機だ。

この作戦の為にレジスタンスの本拠地ががら空きになるので、その防衛部隊としても使うために粗製アンデッドを量産していたのだ。

材料はヴァンダルーの魔力以外は侵入してくる敵の霊と肉体、そして武具であるため、環境にも優しい。

「唯一の懸念は、未だに選王国が『サウロン解放戦線』に応えない事ですけど、待ち続けるにも限度がありますしね。チェザーレの血管が切れてしまいます。

こうして兵力も増えたので、防衛戦力が揃うまで待つという理由も無くなりましたし」

『そうですね。粗製アンデッドの中には、使えそうな新人はいませんでしたけど』

「まあ、粗製ですからね」

一体一体の質、特に将来性に関して若干疎かになるのは仕方がない。【冥魔道】で多少は補正できるが。

『メイドになりそうなリビングアーマーやゾンビ、ゴーストはいませんでした』

それは【冥魔道】でも補正できない。

「……アミッド帝国って女兵士や女騎士は殆ど居ないみたいですからね。傭兵も、ほぼ男の仕事でしょうし」

密偵やスパイの中には女性も相応に存在するが、野外での斥候を行う斥候兵は軍人であるため、やはりいなかった。

『坊ちゃん、この際男の人にもメイドの門戸を広げませんか?』

「広げません。リタ、それは素直に執事やホールボーイにしてください」

『女の子に見えるぐらい可愛かったらよくないですか?』

「サリア、断固拒否します」

『二人とも、坊ちゃんを困らせてはいけません。それよりも折角ランクアップしたのだから、敵兵を一人でも血祭りに上げる事を考えなさい』

『『はーい、父さん』』

サムの父の威厳によって恐怖の計画が止った事にほっと胸を撫で下ろすヴァンダルー。

そこにベルモンドが現れた。

「旦那様、傭兵団を囮に使った斥候兵が侵入して参りました。斥候兵の方は私が始末しましたが、傭兵団の方は骨人殿が率いる部隊が相手をしています。如何しますか?」

「傭兵団の中に突出した戦力はいなかったのですね? じゃあ。とりあえず放置で。傭兵ぐらいなら骨人の練習台になるのが精々でしょう。一応、【魔王の眼球】を持たせた蟲に様子を見に向かわせますけど」

「畏まりました」

一礼して身を翻し戻ろうとするベルモンド。その背に、リタとサリアが声をかけた。

『ベルモンドさん、坊ちゃんがブルーな気分なんです』

『慰めるのを手伝ってください! 主人を慰めるのも執事の仕事ですよ』

「ええっ!? とてもそのようには見えませんが……」

驚いたベルモンドが改めて視線をヴァンダルーに向けると、彼はリタとサリアの間で何時も通り無表情のままのんびりしているように見える。一応今も【魔王の眼球】を【遠隔操作】スキルで操っているはずだが。

基本的に彼女の主人であるヴァンダルーは、誰かと一緒に過ごしている間は機嫌が良いので、今も上機嫌だと思っていたのだが。

「超ブルーです」

「……本当ですか?」

「すみません、嘘です」

やはり落ち込んでいる訳では無かったらしい。

「でも何か切ない事が起きたらしいのですよ。それが何かは分かりませんが」

「それは本当らしいですね。……仕方ありません、ちょっとだけですよ」

暫く葛藤した後、ベルモンドはふさふさとした尻尾をヴァンダルーに差し出すのだった。

『では、私とクノッヘンは傭兵団とやらの死体と遺品を回収して参りますので』

『おおぉーん』

傭兵団の誰かの物だろう断末魔の絶叫が響く美しい夕暮れを眺めながら、サムとクノッヘンは来た道を戻るのだった。

・名前:サリア

・ランク:9

・種族:リビングキラーメイドアーマー

・レベル:28

・パッシブスキル

特殊五感

身体能力強化:9Lv(UP!)

水属性耐性:9Lv(UP!)

物理攻撃耐性:8Lv(UP!)

自己強化:従属:7Lv

自己強化:殺業:6Lv(NEW!)

殺業回復:5Lv(NEW!)

・アクティブスキル

家事:4Lv

槍斧術:9Lv(UP!)

連携:6Lv(UP!)

弓術:6Lv(UP!)

霊体:9Lv(UP!)

遠隔操作:9Lv(UP!)

鎧術:8Lv(UP!)

恐怖のオーラ:2Lv(NEW!)

無属性魔術:1Lv(NEW!)

魔術制御:2Lv(NEW!)

水属性魔術:1Lv(NEW!)

・名前:リタ

・ランク:9

・種族:リビングキラーメイドアーマー

・レベル:29

・パッシブスキル

特殊五感

身体能力強化:9Lv(UP!)

火属性耐性:9Lv(UP!)

物理攻撃耐性:8Lv(UP!)

自己強化:従属:7Lv

自己強化:殺業:5Lv(NEW!)

殺業回復:6Lv(NEW!)

・アクティブスキル

家事:4Lv(UP!)

薙刀術:9Lv(UP!)

連携:6Lv(UP!)

弓術:6Lv(UP!)

投擲術:8Lv(UP!)

霊体:8Lv(UP!)

遠隔操作:8Lv(UP!)

鎧術:8Lv(UP!)

恐怖のオーラ:3Lv(NEW!)

無属性魔術:1Lv(NEW!)

魔術制御:1Lv(NEW!)

火属性魔術:2Lv(NEW!)

・魔物解説:リビングキラーメイドアーマー

メイドアーマーが命を奪い続けてランク8のマーダーメイドアーマーにランクアップした個体が、更に人間を含めた様々な命を刈り取った末にランクアップを果たした魔物。

戦闘時には敵の精神を直接攻撃する【恐怖のオーラ】を纏い、更に他者を傷つけ殺す度に一定時間能力値が強化され、生命力が回復する【自己強化:殺業】と【殺業回復】スキルを持つ。

ラムダ世界の人間社会ではまだ認知されていない魔物だが、存在を知られたらまず災害指定種とされ討伐依頼が出されるだろう。

サリアとリタの場合最近魔術の研鑽も始めたため、まだ更に成長するものと思われる。