軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十一話 美少女を助けたと思ったか?

その日ザディリスは集落の若い女を連れて薬や食料になる草や木の実、茸に関して教える勉強会を行っていた。

ザディリス達の種族に生まれたものの多くは知識の伝達をあまり重要視しないが、こうして若い世代を教える事の重要性を彼女は解っていたし、日頃から周囲の者に言い聞かせているので彼女の集落の者も多分解っているはずだ。

連れてきているのが女ばかりだったのは、ザディリスの種族では性別によって姿と素質が大きく分かれるからだ。男は戦いと肉体労働に、女は頭脳労働に向きやすい。所詮は目安だが、今のところ集落の男で頭の良い奴には既に十分教えているから、今日は連れてこなかった。

勿論他の魔物からの襲撃が無いと油断した訳ではない。ザディリス自身腕と魔術に自信があったし、勉強会をするのは森の端だ。強い魔物は出ないし、この季節には冒険者も来ないはずだった。

「そっちに行ったぞっ!」

「クソっ、すばしっこいっ! 逃がすなよっ!」

だが、こんな状況に成ったのはやはり油断していたからだろう。

五人組の冒険者に見つかってしまった。

「気を付けろっ、そいつはメイジっ、上位種だ! 油断するなよっ!」

「当たり前だっ、こいつ以外には逃げられたんだ、こいつを捕まえないと冬が越せないだろっ!」

ザディリスは魔術で冒険者達を惑わし、女達を逃がす事に成功していた。だが、その代わりに魔力を使い過ぎてしまった。これから冒険者達と戦って、勝つ事は難しいだろうと思う程度に。

なら逃げるしかないのだが――――。

「はっ、はっ、はっ」

まるで犬か何かのように、勝手に息が早くなる。心臓が早鐘を打ち、苦しくて仕方がない。

『もう息が上がるとはっ! 寄る年波には勝てんか』

そう嘆くザディリスの横を、矢が通り過ぎて行く。冒険者が狙っていると、ザディリスは反射的に右に曲がった。

「あぁっ!?」

その三秒後、足が宙を蹴った。崖だ。森と森の外の境界線にある、小さな崖だ。落ちても死ぬ事は無いし、普段なら、森の中なら簡単に飛び下りられる高さの崖だ。

だが、この時は致命的だった。

まともにバランスを崩したザディリスは、毬のように崖の斜面を跳ねて転がり落ちるようにして落下した。

「ぅっぐっ」

ざざっと地面を転がり、うつ伏せの状態で止まる。起き上がろうとしたが、手足に力が全く入らない。命の危機だというのに、そんな事より休むのが先だと、言うことを聞きやしない。

ただでさえ息が上がっていたのに、魔境から出た事で影響を受けているのだ。本当に歳は取るものでは無い。

『だが、まあよい。儂一人が死んだところで、一族が滅びる訳ではない』

後継者は既に指名してある。頼りになる男衆も居る。次代を担う若い者達は逃がした。

余命十年ほどの自分にしては良くやった方じゃないか。これ以上耄碌する前に、そろそろ死んでおいた方が良いだろう。

複数の笑い声と足音が近づいてくる。冒険者達だ。きっとこれからザディリスにトドメを刺し、魔石や素材になる部位を奪うのだろう。

それは別に構わない、似たような事は今までザディリス自身数え切れないほどやって来た。積極的にはしなかったが、冒険者を殺した事だってあったのだ。

恨みはすまい。一思いにやるがよい。

うつぶせのまま静かに目を閉じるザディリスだったが、冒険者達は彼女を足に引っかけて仰向けにさせた。

止めを刺すなら背中から刺し殺せばよいだろうに何故? そう訝しく思って目を開けたザディリスの視界には、下卑た笑みを浮かべる冒険者達の顔が映った。

「へぇ、追いかけ回している時から思ったが、上玉じゃないか」

「そうか? 俺はもう少し育ってる方が好みだが」

「お前の好みなんか聞いてねぇよ。重要なのは、こいつが高値で売れるかどうかだ」

売るという言葉に、殺す前に素材の吟味でもしているのかと思ったザディリスだがそうでない事がすぐに分かった。

「こいつらの雌は裏の奴隷商に高く売れるからな。お蔭で今年の冬は楽に越せるぜ」

冒険者達はザディリスを殺して魔石と素材を採るために追いかけていたのではなく、彼女を生け捕りにして奴隷商に売り飛ばすつもりだったのだ。

冗談ではないとザディリスは目を見開いた。負けた以上殺されるのも仕方がないが、奴隷にされて死ぬまで慰み者にされるなんて冗談では無い。

「貴様等っ!」

「おお、言葉が分かるのか。流石メイジだ、これは相場より高く売れるぜ」

牙を剥いて睨みつけるザディリスの眼光を見下ろす冒険者達は、笑みを深くするだけだ。何とか残り少ない力を振り絞り、一人ぐらいは道連れにしてやろうとしたが、冒険者の一人がナイフを彼女に突き刺した。

「あぐっ! あっ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

その途端、激痛がザディリスの全身を駆け巡った。

目の前が真っ白になり、まるで小娘のような悲鳴を上げるのを我慢できない。

「痛いよなぁ、お前等は痛みに強いが、このナイフはペインアップっていう魔術が付与されたマジックアイテムで、このナイフで傷つけられると通常の三倍以上の痛みを感じるのさ」

「この前捕まえた山賊も、このナイフで軽く切られただけで泣きながらアジトの場所をゲロしたからな」

「あぐぅっ……はーっ……はーっ……」

激痛からザディリスがやや持ち直した時には、もう気力は何時の間にか零した涙と一緒に流れ落ちてしまっていた。

「へへっ、どうせやりまくってんだろう? だったら売り飛ばす前に味見してもいいよなぁ」

「おいおい、気を付けないと引っかかれるぜ」

「良いけどあまり無茶はするなよ。後、さっさと済ませろ、他の魔物が来たら面倒だ」

冒険者の一人がザディリスに跨るように腰を降ろし、彼女の服を脱がしにかかる。灰褐色の胸の膨らみを露わにして、鷲掴みにするが彼女から男が期待する反応は返って来なかった。

「チッ」

それが不満だったのか、男がザディリスに刺さったままのナイフに手を伸ばした。

「ひっ」

またあの激痛を味わうのかと、ザディリスは悲鳴を上げようとしたが――。

「ぎゃあ!?」

森から魔物が出てこないか警戒していた冒険者達の内、盗賊の男が濁った悲鳴を上げた。

盗賊の背中には、矢が生えていた。ザディリスは咄嗟に、集落の仲間が助けに来てくれたのかと思った。冒険者達も、同じ事を考えたようだ。

「こいつを助けに来たのか!?」

ザディリスに跨っていた男も含めて、冒険者の戦士達が武器を抜いて森に対して構える。だがローブ姿の魔術師は、盗賊に刺さった矢を抜いてやりながら叫んだ。

「馬鹿野郎! 森からじゃないっ、後ろだっ!」

魔術師の視線の先には僅かな音しか立てず、しかし猛スピードで近づいてくる馬車と、骨だけの獣の一団があった。

「あ、アンデッドモンスター!? なんで魔境じゃなくて草原の方からくるんだ!?」

「知るかっ! それより弓矢を持ってる奴がいる、さっさと前に立ってくれ!」

狼狽える盾職の仲間に、身に着けているレザーアーマーのお蔭で致命傷を免れた盗賊の男が怒鳴ってからポーションを口にする。

そうして傷を癒し態勢を整えようとしている冒険者の一団に、ヴァンダルー達は襲い掛かった。骨人が矢を番え、第二射を放つが、これは盗賊の男に回避されてしまった。仕方ない、所詮スキルレベル1だ。

遠距離攻撃の手段が少なすぎる。サリアとリタにも弓矢を覚えさせようかな。

そう思いながら荷台に隠れているヴァンダルーは、呪文を唱えているらしい魔術師に向かって術を放った。

「……【吸魔の結界】」

黒い魔力の塊が、魔術師の男に向かって飛んでいく。彼は咄嗟に何かの防御魔術を使って防ごうとしたが、黒い魔力の塊はその術の魔力を吸収して無効にしてしまう。

「う、うわぁっ!? あのゴーストキャリッジ、妙な魔術をっ! 何だこれは!?」

魔術師の男を黒い魔力の塊がドーム状に包み込むが、今のところ何のダメージも受けていないように見える。

「それより早く術を唱えろっ!」

剣や槍、斧と盾を構える前衛達が迎え撃たんと前に出るが、次の瞬間整いかけていた戦線が大きく崩れる。

『はぁっ! 退かなければ踏み潰して参りますぞ!』

ゴーストキャリッジの御者台で手綱を握るサムが、そう叫びながら加速を指示したのだ。白い朧のような馬が嘶きながら、猛スピードで迫ってくる。

『突撃ぃぃぃぃぃっ!』

「に、逃げろぉぉぉぉっ!」

盾職の男が叫ぶと、冒険者達が一斉にサムの進行方向上から飛び退く。幾ら防御力があろうが、【石盾】や【石壁】といった盾術や鎧術の武技があろうと、三頭立ての馬車がアンデッド化したサムの【高速走行】+【突撃】のコンボを受け止めきる事は出来ない。

早めに逃げたお蔭で冒険者達は全員が回避に成功し、サムはザディリスの爪先から二メートル離れた位置で華麗なドリフトターンを決める。これも、霊体の馬が実際はサムの一部だからこそ出来た芸当だ。

本来ならシェイクされるはずの荷台の中も、【衝撃耐性】スキルのお蔭でヴァンダルー以外は体勢を保っている。

「ガァァァァァ!」

「グォォォォォン!」

そして体勢と戦列を崩した冒険者達に、骨狼や骨熊、骨猿が襲い掛かる。それでも冒険者達はそれなりの腕を持っていたのか、何とか武器を構え直してそれぞれ初撃を回避する。

「ゲェェェェェ!」

「オォォォォォォ」

上空から襲撃する骨鳥の鉤爪と、背後から襲撃する馬車から飛び降りた骨人が加わった事で劣勢どころか早くも敗色が滲んでくる。

「な、何でランク3の魔物が魔境の外にいるんだ!」

「知るかっ! 【一閃】っ!」

「おいっ、援護の魔術はまだか!?」

盾を叩き割る勢いで振るわれる骨熊の前足をある男は何とか防ぎ、ある男は剣術の基本武技【一閃】を骨猿に回避され、最後の一人は何時までも援護しない魔術師に振り向かないまま怒鳴りつける。

「炎よ、我が手に集まり……ダメだ! 魔術が、魔力が吸われて魔術が使えない!」

魔術師も言われるまでも無く呪文の詠唱をしているのだが、体内の魔力を練り上げる度に奪われていく。それはヴァンダルーが放った【吸魔の結界】の効果だ。結界内で魔術を使おうとすると、完成する前に魔力を奪われてしまう。

結界を破るには吸収できない程の魔力を放出するか、耐結界用の魔術を使うか、単純に纏わりついて来る結界が追い付けない速度で逃げればいい。だがヴァンダルーが桁外れの魔力を注ぎ込んで唱えたこの結界を破れるのは、魔術の大達人ぐらいだ。

当然、この魔術師の魔力や術では不可能だ。だったら全力で走ればもしかしたら結界を振りほどけるかもしれないが、まさかそんな方法で脱出できるとは思わない魔術師は只管狼狽していた。

「ち、畜生っ! 何だこいつ等!? 何処を攻撃すればいいんだ!?」

一方、盗賊はサリアとリタを相手に戦っていた。本来なら純粋な戦闘力では劣る盗賊が正面から魔物と、それも一対二で戦っては分が悪い。

しかし、サリアとリタはそれぞれの武器を何とか振り回しているだけの状態で、俊敏な盗賊にとって彼女達の攻撃を回避するのは難しくない。

だが盗賊は短剣を握ったまま二人に対して攻めあぐねていた。通常のリビングアーマーなら、倒すのは難しくない。短剣を鎧の隙間に突き入れ、兜や胴体の繋ぎ目を破壊してパーツ毎にバラバラにしてやればいい。

だが、サリアとリタには兜の部分が無い。特にリタは、胴体部分も上下で既に分かれている。

バラバラにしようにも、既にバラバラなのである。リビングハイレグアーマーとビキニアーマーの彼女達は。

「頭は、急所は何処だ、チクショーッ! ギャン!?」

冷静に成ろうとするが、頼りになる前衛の仲間達は劣勢。魔術師は役立たずと化している。混乱した盗賊は、戻ってきたサムに轢かれて、ゴム毬のように跳ね飛ばされ犬のような悲鳴を上げた。

逆転の機会を潰され続けた冒険者達は、骸となって横たわった。

ヴァンダルー一行の被害は、骨狼や骨熊の骨が何本か折れたのとサムの荷台で一人転がっていたヴァンダルーの怪我ぐらいだ。

『も、申し訳ありません、坊ちゃん』

「……良いって。すぐ治るから」

思いっきり額が切れていて血が流れているが、【高速治癒】スキルがあるから何日かで治るだろう。

骨狼達の骨も、最近死属性魔術でアンデッドの損傷を治せる事が分かったのですぐ回復可能だ。

結果、損害は軽微と言える。

「ふぅ、反省が必要だな」

しかし、ヴァンダルーは反省していた。軽はずみに冒険者達を襲撃した事を。

今回簡単に勝てたのは奇襲が上手くいった事と死属性魔術による初見殺し、そして冒険者達の腕がそれほど高くなかったからだ。

ギルドカードという冒険者ギルド発行の身分証を確認したが、冒険者達はD級だった。これがC級以上なら返り討ちに遭っていた可能性が高い。

パッと見て強さが分からない冒険者を襲撃するのは、それだけ危険度が高い行為なのだ。

でも、女の子を襲う暴漢を見逃すという選択肢は無い。

「次は、もっとちゃんとしっかり奇襲しよう」

反省終了。

冒険者達の身ぐるみを剥いで死体の始末や、早速擦り寄ってきている冒険者達の霊から情報を収集するのは後にして、まずは襲われていた女の子を助けなければ。

【生命力探知】でさっき調べた時は、今すぐ死ぬような状態では無かったが大分弱っているようだった。もしもの時はこの前ダンジョンで手に入れたポーションの出番だろう。

「うっ……」

一方ザディリスはてっきりこれから殺されるのだと覚悟していた。冒険者を殺したのは仲間では無く、アンデッドなのだから、当然自分も殺すだろうと思っていたからだ。

「大丈夫ですか?」

思っていたが、何時まで経ってもアンデッドは彼女に対して襲い掛からず、それどころか何時の間にか近くに立っていた、額から血を流している幼児にそう話しかけられた。

驚きと困惑、もしかしてこの幼児は死霊の類ではないかという恐れ。そして何よりまだナイフを生やしたままジンジンと激しい痛みを訴える傷のせいで、質問に答える事が出来ない。

そんなザディリスを見下ろして、ヴァンダルーは「肌の色は変わってるけど、可愛い子だな」と思った。

年齢は十代半ばか、その前後ぐらいだろうか。可愛らしい顔立ちに、濡れた瞳が庇護欲を駆りたてられる。地球なら余裕でアイドルデビューできる容姿だ。

灰褐色の肌というのは変わっているが、ここは異世界だしそう珍しくはないのかもしれない。

露わになっている胸も――。

『おっと、これ以上見るのはいけない』

あっさりとヴァンダルーは美少女の胸から視線を逸らした。精神的には兎も角肉体的には乳幼児なので、性欲に目覚めていないのが幸いか。視線が嫌らしくなっていなければ良いのだが。

まあ、実際にはアンデッド並に生気の無い死んだ瞳なので、じっと見つめられると羞恥心や嫌悪より恐怖心の方を抱かせる視線なのだが。

それに気がつかずに、ヴァンダルーはまずは傷の治療だとザディリスの腹に刺さっているナイフの柄に手を伸ばした。

「まっ、やめ……っ!」

だがそのナイフは痛みを増すマジックアイテムだ。抜かれればまたあの激痛を味わう事になると、ザディリスはヴァンダルーの手を止めようとした。

「……【無痛】」

痛みが激しいのかと気が付いたヴァンダルーは、死属性魔術でザディリスが感じている痛みを消した。

「っ!?」

一瞬で痛みが消えて驚くザディリスの腹部から、ヴァンダルーはナイフを一気に引き抜く。そして三級ポーションを傷に振りかける。

するとまるで冗談のように傷が塞がっていく。肉が覗いていた傷口が見る見るうちに塞がり、新しいつるりとした皮膚が出来る。傷跡が全く残っていない。

外科的な治療と傷跡を残さない整形技術と、地球で同じ事をするには時間と手間がかかるのにラムダではポーションをかけるだけ。こういう分野ではラムダの方が地球より進んでいるなと、ヴァンダルーは思った。

三級ポーションの正確な販売価格を知ったら、その感想も吹き飛ぶだろうが。

「俺はヴァンダルーと言います。良ければ身体を洗う水や、拭く布を用意しましょうか?」

呆然とした様子で自分を見上げる女の子に話しかける。きっとパニック状態なのだろう、荒くれ者に刺されたうえに強姦されかけたのだから無理も無い。

『地球ならこういう時婦人警官が対応するんだろうけど……』

女性なのは幽霊のダルシア(ヴァンダルーとアンデッド以外には見えない)、サリアとリタ(動く鎧にしか見えないので女性と認識してくれるかどうか不安)だけだ。なので、消去法でヴァンダルーが彼女に対応する事になる。

(絶対不適材不適所だと思うけど)

地球とオリジン、どちらの人生でも異性と碌に付き合いの無かった自分に、性犯罪の被害者に対応するなんてデリケートな真似が出来る訳がない。

その証拠のように、女の子の目に涙が浮かんでいる。傷を治す前から涙や汗で顔が濡れていたが、再び泣き出しそうだ。

「うっ……うぁぁぁぁぁぁぁっ!」

そして案の定泣き出し、その上ヴァンダルーを抱きしめた。

その勢いは猛烈で、反射的にサリア達がザディリスからヴァンダルーを取り戻そうとしたぐらいだ。それを手で制して、彼女の成すがままに抱きしめられているヴァンダルーは夢心地……っと、いう訳では無かった。

彼女が見た目よりずっと力が強かったからだ。

流石に骨が折れる程じゃないが、呼吸がし辛い。ついでに爪が地味に食い込んでいる。

(け、結構苦しい……でもオリジンで受けた改造手術や人体実験程じゃないし)

そう強がるが、流石に可愛い女の子に抱きしめられる事を喜ぶ余裕は無かった。

「いや、本当に助かった。主は儂の命の恩人じゃ、冒険者達を倒してくれたのみならず、貴重なポーションまで使ってくれて、何と礼を言えばよいか」

「はぁ……」

ガラガラとヴァンダルー達は魔境の中を進んでいた。ザディリスが落ち着くのを待ち、冒険者達の死体から装備を剥ぎ取ったあと、ヴァンダルー達は魔境に入ったのだ。

「すまんな、集落まで後少しじゃ」

ザディリスを送り届けるために。

何故魔物が跋扈する魔境の中に彼女の集落があるのかというと、彼女が一般的には魔物と呼ばれる種族出身だったからだ。

「儂らグールは痛みに強いが、あのマジックアイテムはまさに地獄の苦しみじゃった。その上まさか奴隷にして売り飛ばそうとは……人間は恐ろしいわい」

そう、ザディリスはグールだったのだ。

肌の色からもしかして人種以外の種族かもしれないとは思っていたが、まさかグールだとは思わなかった。

しかし、御者台に腰かけているザディリスの腿に腰かけるようにして抱かれているヴァンダルーは、自分の持つグールのイメージが彼女と違い過ぎて、どうにも違和感を覚える。

「グールって、アンデッドじゃ無いんですか?」

そもそもヴァンダルーの中のグールのイメージは、アンデッドの一種でゾンビより強く死肉を特に好んで喰らうモンスターという物だ。後、爪や牙に毒を持っているくらいか。

しかしザディリスからは、ダルシアが殺されてからは感じた事の無かった心地良い人のぬくもりが伝わってくるし、そもそも【生命感知】で彼女から生命力を感知している。彼女は人間ではないかも知れないが、紛れも無く生物なのだ。

『坊ちゃん、私達一般人の間ではグールは吸血鬼に近いゾンビの上位種だと言われております』

サムが言うには、ラムダ世界のグールは吸血鬼の劣等種のような扱いらしい。生きているし、子孫も残す。しかし人を襲う凶暴な魔物であり、力が強く痛みに対する耐性を持ち、手足の爪から毒を分泌する。

そして新鮮な死体を邪悪な儀式で同族に変化させてしまうらしい。

「うむ、ゾンビの上位種ではないが前半はやや正解じゃ、サム」

しかし、ザディリスが言うには実態は違うらしい。

グールは吸血鬼の劣等種というか、劣った親戚のような関係らしい。そしてゾンビとは全く関係無い生態をしている。

「簡単に言えば、儂らグールの始祖は吸血鬼の始祖の双子の弟、若しくは妹だったらしいのじゃよ。グールもまた、女神ヴィダの子という事じゃな」

「母さんから聞いた神話に、グールは出てこないけど?」

「まあ、正確には分からん、儂も先々代の最長老から聞いただけじゃからな」

ヴァンダルーがダルシアから聞いた神話では、ヴィダはラミアやスキュラ、ハーピィー、アラクネ、ケンタウロス等を生み出したらしいが、そこにグールが加わるとは聞いていなかった。

だがまぁ、ダルシアも全てを知っている訳ではないし、地方によって神話の内容が変わるのはあり得る話だ。その話は彼女が起きた時に聞いてみればよい話だ。

だが少なくともザディリスが属する集落のグールは、彼女が語った話を信じているらしい。……だからと言って、別に人間に友好的な訳ではないが。誰だって、自分を魔物の一種として殺そうとする連中と仲良くしたいとは思わないものだ。

実際、ザディリスも若い頃は何人もの冒険者を返り討ちにしたし、仲間を冒険者に殺されている。

「しかし、まさか奴隷にして売り飛ばそうとは。殺されるのなら負けた以上仕方がないと、諦められるのじゃがなぁ」

ザディリスにとって、自分が人間の性欲の対象になるというのは衝撃の体験だったようだ。だが、彼女が知らないだけで裏社会ではそういう事は珍しくないのが現状だった。

魔物の中には肌の色や一部の形が違うだけで後は人間と姿形は変わらないという種族がいるため、その種族の女を奴隷として売り買いしようと人間達が思いつくのは当然だった。

「全く、オークのように女なら何でもいいというものでもあるまいに。そう思わんか?」

そう問いかけられたヴァンダルーは、ザディリスを見上げて首を横に振った。

「あなたは魅力的だと思いますよ」

グールだと聞いた後で改めてザディリスを見ても、ヴァンダルーの目には彼女が可愛らしく映った。

黄色い瞳と灰褐色の肌はエキゾチックだなと思うし、牙も八重歯のように見えて可愛い。幼さの残る頬の曲線に、その癖艶めかしい唇は、もし彼がもっと年上の普通の少年なら初恋に落ちたとしてもおかしくない。

その点、なんだか損をしているような気がするヴァンダルーだったがそれはさて置き、つまりザディリスには奴隷としての価値が十二分にある。

「だから連中は女なら何でもいいとあなたを襲った訳では無く、最初から狙いを付けていた可能性があると思います。これからは気を付けた方が……どうかしました?」

「い、いや、何でもないっ」

言葉通りの意味で魅力的だと言ったヴァンダルーの言葉に、ザディリスは妙な胸の高鳴りを覚えていた。

(待て待て、幾ら命の恩人と言えど赤子と言っても良い子供相手に何を考えている)と思っても、高鳴りは中々収まらない。

(みょ、妙な坊やじゃな。アンデッドを使役したり、未知の魔術を使ったり。それに、じっと見つめられると妙な気分に……こ、これが吸血鬼の魅了の視線かっ!?)

ダンピールに関して中途半端な知識があるため、ザディリスはヴァンダルーに対する気持ちを若干誤解するのだった。

「確かにそうじゃなっ、これからは気を付けねばなるまい。

集落の女衆にも注意を促さねばならんな。老い先短い儂が狙われたんじゃ、若い者が狙われないとも限らん」

そしてザディリスはグールコミュニティの最長老だった。なんと、今年で二百九十歳らしい。そしてグールは三百年前後が寿命らしい。老い先短いと言う自己申告に嘘は無かった訳だ。

ヴァンダルーが【生命感知】で調べた時、弱っているように感じられたのは腹の刺し傷のせいでは無く老いのせいで弱っていたからだったのだ。

「……冒険者にグールの実年齢は分からないと思いますけど」

皺ひとつない十代の瑞々しい肌を保っているザディリスに言うと、苦笑いを浮かべた。

「ふむー、グールだけで暮らしているとそういう事に鈍くなるようじゃな。儂らグールの女は、初めて子供を身籠った歳で外見が止まるが、集落の者は大体女の歳を知っておるからな。

ん? どうした坊や? 眠いか?」

「いえ……」

俯いて溜め息を吐いたヴァンダルーは、ザディリスの言葉を聞いて理由もわからずがっかりしていた。

「そうか? なら、今の内に約束して欲しいのじゃが……儂が小娘のように泣きじゃくった事は秘密にしてくれんか? 無論、サム殿もじゃ」

「構いませんよ」

『私は坊ちゃんに従うだけですので』

「うむ、重ね重ね感謝じゃ。

っと、話している内に何か来たようじゃな」

穏やかに会話しているが、今ヴァンダルー達が進んでいるのは魔境だ。他の通常の森林や原野と比べ物に成らない数の魔物が、高密度で生息している。サムの周囲を骨人や骨狼が守っているため、今まではとち狂ったゴブリンが一匹襲い掛かって来て返り討ちにされただけだったが。

ザディリスに言われて【生命感知】を使用すると、五十メートル程前方に人間大かそれよりやや大きな生命反応が、十数個存在する。

しかし、常に発動している【危険感知:死】には反応が無いので、血に飢えた魔物が待ち伏せている訳ではないようだ。

『坊ちゃん?』

「とりあえず、そのまま進もうか」

森なので骨鳥に空から偵察させても効果が薄いだろうと、そのまま様子を見ていると木の影や茂みから魔物が姿を現した。

現れた魔物は五体のある人と大まかには同じ形をしていた。しかしその頭部は獅子の物だった。それも百獣の王らしい誇り高さを凶暴さにすり替えたような、牙を剥き出しにし鬣を振り乱している獅子の頭だ。

首から下は灰褐色の肌に、背筋を伸ばして直立していても地面に指が付きそうな程長い腕と言った異様さに目が行きがちだが、野生の肉食獣のような強靭さと柔軟さを併せ持つ筋肉が付いている事も見逃してはいけない。

同じ人型の魔物でも、これまでヴァンダルー達が倒してきたゴブリンとは一線を画する存在だ。

しかし、何故かその魔物達は殺意では無く困惑を浮かべていた。

「おお皆よ、良く迎えに来てくれたっ」

っと、ザディリスがヴァンダルーを抱いたまま立ち上がった。

「長老様、おで達、助けに……なのに、何故アンデッド連れて戻ってきた?」

「無事なの嬉しい……だども、そいつら何?」

グルグルと唸るような口調で、しかし獅子の口で器用に言葉を話す魔物達。この状態は一体と彼ら同様に困惑するヴァンダルーに、サムが小声で囁いた。

『坊ちゃん、グールは雄とめ……男と女で大きく姿が違うと聞き及んでいます。実際に見るのは、初めてですが』

同じ種族なのにザディリスは肌の色と牙を除けば人間そっくり、片や男はどう見ても人外の姿。グールというのは随分個性的な生態をした種族のようだ。

「うむ、冒険者共に襲われて危ないところをこの坊やに助けられたのじゃ。アンデッドもこの坊やが従えている」

「その小さな子供が冒険者を!?」

「それにアンデッドを従えている……?」

一方、ザディリスの言葉にグールの男達は信じられないと顔を見合わせた。まあ、すぐには信じられないだろうなと、ヴァンダルーも思う。

すると、ぬっと森の奥から他のグールの男達よりも二回りは大きい、背の高さが二メートルまで達しているだろう巨大なグールが姿を現した。

モンスターの皮を使ったレザーアーマーを身に纏い、鮮やかな鳥の羽根飾りで鬣を飾っている。

背中には、ヒグマでも両断できそうな巨大なバトルアックスを背負っている。恐らく、このグールが男達のまとめ役だろう。

「ヴィガロ、お主まで出て来たのか。長が軽々と集落を空けるなと、何度教えた」

「まだ長はお前だ、ザディリス。長の危機なら、戦士長の我が出るのが当たり前だ」

「実質的な長はお主じゃ。儂が居なくてもお主が居れば集落は回る」

「じっしつてき? 集落がまわる? お前は何を訳の分からない事を言っている? 冒険者に襲われた時に頭を打ったのか?」

「……前言撤回じゃ。この物知らずめ、後しばらくは頭の方を鍛えねばならんな」

「ゼンゲン? 言っておくが、我は頭も鍛えている。この前、オークを頭突きで倒した」

自信満々に胸を張るヴィガロに、深々とザディリスがため息をついた。吐息が後頭部に当たってくすぐったい。それにしてもあのヴィガロってグール、丸太のような二の腕だ。どうやったらあれぐらい筋肉が付くのだろうか? ぜひ教えて欲しい。

「それで、その子供はどうするつもりだ?」

「無論、集落で持て成すつもりじゃ。この坊やは気前が良くての、宴で出す肉まで提供すると言ってくれておる。問題あるまい?」

「ぐる……」

ヴィガロはザディリスの言葉に首を傾げた。普段の彼女なら、幾ら命を助けられたとは言え他の種族の者を集落に入れる事を許しはしないからだ。

そもそもグール達が暮らすのは魔境であり、同族以外の生物は天敵兼獲物という環境だ。場合によっては他の集落のグールと殺し合いになる事も珍しくない。

だからザディリスも、そしてヴィガロも、排他主義でありそれは生き残るためには間違っていない。

ヴァンダルーがダンピールだという事にはヴィガロも気がついている。提供してくれるという肉にも興味はある。しかし、集落の場所を知られるのは危険ではないかという思いの方が強かった。

まるでオークのスープに浮かぶ眼球のように生気の無い瞳で、ザディリスを見上げているヴァンダルーから敵意や危険性は感じないが……いや、何かが妙だ。

あの死んだ瞳に自分を映して欲しい、この子供のために何かしてやりたい。そんな気持ちになっている自分にヴィガロは気が付いた。

「ダメなら俺達はここで失礼しますけど……」

そうヴァンダルーに言われると、ヴィガロや彼に従うグールの男達は胸を締め付けられるような感覚に小さく呻いた。罪悪感、そしてここで引き止めなくてはヴァンダルーが去ってしまうという焦り。

「ダメじゃねぇっ! 我達の集落まで案内するっ、是非歓迎させてくれっ」

咄嗟にヴィガロはそう叫んでいた。おお、っと歓声を上げる男衆。

「ヴァンダルー、お前は我達の客だ、歓迎する。

グルルルルルルルルウゥゥゥゥゥゥゥ!!」

そして突然天を仰ぐと、猛獣の咆哮のような大声を上げるヴィガロ。ビリビリと空気を震わせる大音声に驚くヴァンダルーに、ザディリスが言った。

「集落の者に伝えているのじゃよ。長老は無事、客が来る、宴の準備をしろとな」

こうしてヴァンダルーは、生まれて初めて自分に友好的なコミュニティに迎えられたのだった。

・名前:ザディリス

・ランク:5

・種族:グールメイジ

・レベル:100

・ジョブ:無し

・ジョブレベル:100

・ジョブ履歴:無し

・年齢:290歳

・パッシブスキル

暗視

痛覚耐性:3Lv

怪力:1Lv

麻痺毒分泌(爪):2Lv

魔力回復速度上昇:4Lv

・アクティブスキル

光属性魔術:4Lv

風属性魔術:2Lv

無属性魔術:2Lv

魔術制御:5Lv

錬金術:2Lv

・状態異常

老化

グールメイジ

通常のグールが魔術を一定以上習得した存在。その腕前は新米冒険者を上回り、また肉弾戦も優れた身体能力と爪の麻痺毒を活かしてある程度こなす事が出来る。

他のグールよりも頭が良く、族長やその参謀的な立場になっている個体が多い。そのため単独で居る事はほぼ無く、周囲に配下のグールが複数いる事が多い。なので、討伐する際はパーティーを組む事をギルドでは推奨している。

討伐証明は右耳。素材は両手足の爪に、魔力が籠った眼球と舌、肝臓が薬の材料に、脊髄が錬金術の触媒に出来る。ランク5の魔物の中では討伐の危険度は高く、討伐報酬と素材の売買を合計しても割に合わないと考える冒険者が多い。

ただし、グールメイジは雌である事が多いため闇の奴隷商が高値で買い取っている。しかしその場合生け捕りが大前提であるため危険度が高く、返り討ちに遭う場合が圧倒的である。

裏市場で取引されるグールメイジは、通常のグールの雌に魔術を教え込み、ランクアップさせた個体が一般的。

グールメイジにランクアップするためには最低でも一つの属性魔術のスキルレベルが3以上である事が必要。

ザディリスはグールメイジとしては魔力制御に優れ、平均的な個体より上の実力を持つが、老化によって体力と魔力が減退しており戦闘能力が著しく下がっている状態である。