軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第27話

そのまま森を食い荒らしていると、さすがに分かってくるものがある。

獣は減る。

魔物も減る。

減ったぶんだけ、私のお腹は減る。

「……よろしくないわね」

私は高い樹の枝へ腰掛け、足をぶらぶらさせながら小さくため息を吐いた。

子紬たちは、その周囲の枝という枝へ鈴なりにぶら下がって、きゅうきゅう鳴きながら木の実や小動物をつまみ食いしている。

「ごはん」

「たりない」

「にく」

「おなかすいた」

「まち」

「にんげん!」

「……最後のだけは、あまり大きい声で言わないでちょうだい」

可愛いといえば可愛いのよ。

私をそのまま縮めて、飢餓と知能を少しだけ雑にしたみたいな見た目をしているし、群れてぴいぴい鳴いているぶんには、なんだか小動物めいて愛嬌すらある。

でも、食費換算を始めた瞬間、可愛げなんて綺麗に蒸発する。あの子たち、鳴くたびにお腹が空いているのだもの。

ママは昔から時々、「あんた、どうして一人しかいないのに七人分くらい迷惑なの」とか、「一匹見つけたら七匹いると思え」みたいな、ひどいことを言っていたのだ。

当時はゴキブリ扱いに傷ついたものだけれど、今こうして自分の分体を七匹もぶら下げていると、あながち誇張でもなかったのかもしれないわね。

……いや、でも普通、実の娘へその言い草は無いでしょう。空腹のあまり醤油を一気飲みしてバターを食い荒らして調味料を全滅させただけなのに…

私は半透明のメニューウィンドウを開き、マップを呼び出した。

目的地はもちろん【人族領】。

あの神のような【一週間連続・食べ放題チケット】を使うためにも、王都へ行かなければ始まらない。

ただ、問題がある。

徒歩で三日。

遠い。とても遠い。

しかも、今の私は一人ではない。私と、子紬七匹。食欲の総量だけで見れば、もはや移動というより災害の移送である。

途中で食料が尽きる未来しか見えない。

「ファストトラベル手段くらい、用意した方が良さそうねぇ……」

私は続けて掲示板を開いた。

ついさっきの配信事故――もとい、大変楽しいPK食事会の切り抜きは、どうやらもう十万再生を超えているらしい。嫌なバズり方もここまで来ると、いっそ清々しいわ。

掲示板は案の定、ひどく賑わっていた。

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【暴食さん、また人食ってて草】

【いや草じゃねえんだわ】

【戦士丸呑みはほんとに夢へ出る】

【魔法食ったところで腹筋壊れた】

【“ピリ辛で美味しいわ”←これ好き】

【僧侶の浄化を苦いで済ませるな】

【甲殻類の食べ方みたいに騎士を啜るな】

【暴食さん、完全にボス側の生き物だろ】

【王都の食べ放題チケットで釣られてるの草】

【いやでも実際あれは欲しい】

【暴食さん探し、次どこ行けば会える?】

【迷い人の大樹海の南西、最近やたら更地になってる辺り】

【更地って言い方やめろ。元生態系だぞ】

【有志百人くらいで作ったクラフト街あるじゃん? あの辺近いぞ】

【白梟工房街のこと?】

【そこなら転移陣あるし人族領行く前の補給地点にはちょうどいい】

【でも今、暴食さんが湧いてるなら街の方が危険地帯では】

【逆だろ、暴食さんが補給できる街の方が危険だろ】

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「……なるほどね」

近くにそういう街があるらしい。

有志百名程度で築いた、クラフト好きな連中の街めいたギルド拠点。

転移陣あり。補給向き。王都方面への中継地点としても優秀。

ギルド。

その文字を見ただけで、少し吐き気がした。

私は昔から、ああいう横の繋がりと善意と共同作業で成り立つ集団へ、徹底して近寄らないようにしてきたのだ。

入れば絶対にトラブルを起こす。

関われば、たぶん私の方が災厄になる。

なら、最初から関わらない。完璧なリスク管理でしょう? ふふん。

「……ん?」

けれど、掲示板の空気が少し妙だった。

荒れるどころか、やけに受けている。

私の存在が。

私のやらかしが。

あまりにも受けている。

ちょっと気になったので、私は匿名で質問を投げてみた。

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【質問】仮にクラフト街が壊されたら復旧ってどれくらい面倒?

【壊れ方によるけど、素材と金さえあれば割と戻せる】

【むしろイベント発生みたいで燃える】

【レイドで街半壊とか、MMOの華だろ】

【むしろ一回壊れた方が防衛コンテンツ盛り上がる説ある】

【追加質問】レイドボスが街へ襲いかかってきたらどう思う?

【最高】

【お祭り】

【防衛戦うまうま】

【動画映えする】

【祭りの匂いしかしない】

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「……楽しそう、なのね」

私は枝の上で小さく首を傾げた。

うん。なるほど。そういう文化圏なのだわね。

壊されたら泣くのではなく、壊されたらコンテンツとして味わう。

……なんだ、ずいぶん逞しいじゃない。

そして、私は理解した。

やるべきことが決まったのだ。

補給。

移動手段の確保。

そして、ついでに少しばかり盛り上げてやること。

「いいわ。街へ行きましょうか」

私は子紬たちを引き連れて、掲示板で得た位置情報を頼りにそのギルド街へ向かった。

街は、想像していたよりずっとちゃんとしていた。

木と石で組まれた防壁。

一定間隔で立つ見張り台。

中央へ伸びる広い通り。

鍛冶場の煙。

露店。

酒場。

食堂。

プレイヤーたちの笑い声。

あちこちから漂ってくる焼けた肉とパンとスープの匂い。

「おお……」

思わず、素直な感嘆が漏れた。

そして、その次の瞬間に、目へ入ったのは当然ながら飯である。

串焼き。

シチュー。

煮込み。

分厚いパン。

果実酒。

焼き菓子。

何なら、ちゃんと食欲を煽るように、屋台の鉄板の上でじゅうじゅう音を立てている肉まである。

……お腹が空いたわねぇ。

けれど、現実は残酷だった。

一文無し。

いや、正確には、現金としてまともに使える資産がない。

さっきの配信者たちを倒したのは事実だけれど、PKで金は入らないし、奪ったものにはきっちり盗品フラグが立つ。掲示板いわく、闇市なら売れるらしいけれど、少なくともこの街のど真ん中で堂々と換金できるような代物ではない。

私は屋台の前で立ち止まり、ふうっと息を吐いた。

……見ているだけで、なんだか胸の奥がむずむずしてくる光景だった。

ちゃんとした人間の暮らし。

ちゃんとした社会。

ちゃんとした会話。

ちゃんとした笑い方。

ちゃんとした居場所。

そういうものを、あの連中は息をするみたいに当然の顔で持っている。

羨ましい。

それはもう、ひどく羨ましい。

同時に、ひどく気に食わない。

あそこへ自然に混ざれる人間と、どう足掻いても城壁の外からよだれを垂らして眺めるしかない側の人間がいるのだと思うと、どうにも腹の底が煮えるのよね。

「……まあ、だからって本当に現実で襲いかかったら、流石に良心が咎めるし」

良心。

あるのかしら、私に。

と、一瞬だけ自分で自分へ疑義を差し挟んだけれど、いちおう、ゼロではないと思いたい。たぶん。できれば。”

けれど、これはゲーム。

そう、ゲームなのだ。

そして今回の目的は、PK。

この街を滅ぼすこと。

掲示板を見る限り、私が歯車として行うべきことは、どう考えてもPKだった。

街を襲う災厄。

防衛イベント。

コンテンツ。

盛り上がり。

需要と供給。

実に綺麗に噛み合っているじゃない。

それに、私自身の意思としても、普通にPKしたい。

性格のクソさをフル活用して、蹂躙と暴虐を振りまいて、全員食いたいし、飯も全部奪いたい。

お互いの需要と供給が一致している。

歯車が、完璧に噛み合った。

どうせゲームだもの。

プレイヤーもNPCも蘇る。

問題ナッシングでしょう。

「ギャハハハッ……あー、駄目。ちょっと笑い方が下品だったわね」

私は喉を整え、【偽装経典】の補正が乗った、上品で感じのいい笑みを作り直した。

その間にも、子紬たちは私の足元でそわそわしていた。

屋台の匂い。

人間の匂い。

鍛冶場の熱。

全部があの子たちの食欲を刺激しているらしい。

「ごはん」

「まち」

「にんげん」

「たべる?」

「いいにおい」

「おなかすいた」

「たりない」

「ええ、そうね」

私はそっと目を細めた。

まずは、どこから崩すか。

防壁か。

鍛冶場か。

あるいは、食堂か。

……食堂は最後に取っておきたいわね。どうせなら温かいうちに回収したいもの。

私は再び掲示板を開き、最新ログを流し見る。

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【白梟工房街、今日も平和】

【暴食さん、今どこ】

【誰か街イベント起こしてくれ】

【防衛コンテンツ不足】

【レイド来たら起こして】

【最近平和すぎて暇】

【クラフト勢しかいなくて戦闘民が腐ってる】

【大型襲撃とか来ねえかな】

【お前ら縁起でもないこと言うなw】

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「……ふふっ」

私は静かに笑った。

来るわよ。

いまからね。