軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 偏屈婚約者は有言実行

二週間後──。

使節団を見送る慰労も兼ねた式典パーティーが開かれた。

かの令嬢らが帰国してからは本当にスムーズに事が進んでいった。こちらはもちろん、使節団の一員として参加した者も憂いなく過ごせたようで、今回の成果に満足そうにしている。交流も深まり二国間の友好にも繋がったことだろう。

「あの国交を揺るがすお騒がせ人間さえいなければ大成功と言って良かったかもしれませんね。まったくもったいないことです」

ローレンスはワインを片手に揺らしながら涼しげに言う。

「そう思うと彼女らがいた一週間はなんと無駄だったことでしょう」

一口味わって、再びグラスを揺らす。

盛り上がったパーティーも終わり、それぞれが個別に開かれている親睦会へと流れて行った。その中の一つに彼の姿もあった。

「ましてや自国の品位を下げることしかできない人材を選出した責任はいったい誰にあるんでしょうかね」

「………………」

他国の王族を目の前にネチネチと言い綴っている不届者は平然とワインを飲み干した。

「──ああ、ああ、全部私が悪い! お前の言うとおりだ! 悪かった、本当に悪かったよっ」

「独り言のつもりでしたが声に出てましたか? それは申し訳ありません」

「………………」

王宮のとある客間で繰り広げられているのはこの二週間ネチネチと毎日耳にしているローレンスとヴェッセルとの会話だった。

ヴェッセルはもちろん、セレイ国の側近や従僕さえもどこかげっそりしているのは気のせいか。いや、サヴォーイン国の関係者もヒヤヒヤしながら聞いている。なんせ他国とはいえ王族に不敬すぎる。

ここには二国間でプライベートに関係した者だけが集まっていた。つまりセレイ国は代表を務めたヴェッセルら数人、サヴォーイン国からはローレンスなど宰相補佐室から数人がいる。

私的な空間なので政治的、外交的な話は基本しないが、そういう方面の話があったとしても内輪ごとなのでなんの効力もない。

パーティーの余韻のまま、楽しい時間を持ち越していくかと思った矢先に開口これが始まり、一気に雰囲気はどんよりしたものとなった。

「……お、おい、ローレンス。何もここに来てまでそんな話は……」

同僚が小声で諌めるがきれいに無視して給仕から注いでもらったワインを満足そうに見ている。

「コホン、ああ、ローレンス。今朝がた国から使者が来た」

ヴェッセルは咳払いして口を開いた。

「その今回の不祥事についてだが」

「不祥事という認識があるようで安心しました」

本当に一言多い。その場にいる誰もが思っただろう。

「……アネージアン含め同行した令嬢らは帰国後すぐそのまま陛下が直接呼び出しをしたようだ。同時にその家族も呼び出しを受けたらしい」

家族からすれば何事かと思ったはずだ。予定より大幅に早く帰ってきたのだから。

「陛下には今回の件に関して先触れを送っていたのである程度のことは耳に入れていたため早急に対応してくれた。王太子である兄も同席し、彼女らに説明を求めたということだ」

「泣きつきましたか?」

「……そうだな。何か行き違いが起きただの侮辱されたのは自分らだのと、まあ、兄からの書状の言葉を借りると『喚き散らかした』とあったが、そうなのだろう」

「ある意味、自らその姿を見せて証明してくれたようですね」

「…………おそらく陛下含めてその場に居合わせた者はアネージアンの醜態に驚いただろうな。アネージアンの今までの姿というものはなんだったんだと思うよ」

「アレに裏の顔があったのではなく、これまで物事が己の思い通りいっていたからこそ今回のような事態になったんですよ。一応は可愛い従妹だと思っていたようですが、そちらでも多くの者に何かしらの迷惑をかけていたと思いますよ。まあ、公爵という爵位が好き放題させていたとは思いますが、なんせ我が国にはそれこそ見本となる公爵令嬢がいますからね。アレを作り上げた責任をそちらは取らなければいけないと思いますよ」

「…………。陛下もそして兄も自国の文化、いや、偏った教育がもたらす弊害と重く受け止めたようで、早急に異文化への理解と尊重に力を入れていくと仰っていた」

「当たり前です。ですが、それを助長させていた責任はどうなるんですか」

「帰国すれば私も叱責をいただくことになるだろう」

「それも当たり前です」

人の上に立つ貴族というものはその分責任が伴うのだ。ただ身分をひけらかすだけの「肩書き」ではない。その教えをしっかりしないとどうなるのか。これはセレイ国だけのことではない。このサヴォーインや他の国でもそんなどうしようもない連中は一定数いる。

だからこそ、更にその上にいる者が公然としてそれを許してはいけないのだ。

「今回は誰かさんが身内に甘かったことで起こったことです。アレらの代わりにもっと優秀な人材を送り込めたにも関わらず、です。しかしながら、そういう甘さ云々ではなく、アレが家格に沿った教えと考えを学んでいればこんな大きな事柄にならなかったはずです」

「………………」

「まあ所詮は他国の自爆ですから私には知ったことではないですが」

またさらりとヴェッセルの胸を抉ることを言う。

「……私も外交の何たるかを思い知ったよ。確かに始めに外交官から進言を受けていた。この使節団は我が国の発展のために結成されたもので、いわば部外者を入れることは問題があったときに対応できかねる、と」

「良識のある方の意見を無視した結果ですね。きっと危惧していたことが起こるべくして起こったわけです。先見性のあるいい進言であったのに」

「まったくその通りだ。私の判断によりサヴォーイン国はもとより我が国の同行してくれた使節団員、そして陛下にも迷惑をかけてしまった」

ガックリと落ち込むヴェッセルに一同が同情の眼差しを送る。いや一名を除いて。

「しかし私が言いたいのは人としての、そして貴族としての責任です」

「……アネージアンを含めて同行した令嬢には戒律の厳しい修道院にてしばらく修行させることになった」

「まあ、身分を笠に好き放題した結果、いくら公爵令嬢であろうともそういう罰を受けるという見せしめになりますね。私としてまだ不本意ですが」

皆がギョッとしてローレンスを見る。高位の令嬢が修道院ともなれば相応の重い罰のはずだ。

「彼女をああいう風にしてしまったのは公爵家にも責任があります。そのこともお忘れなく。また戒律の厳しいというのも「令嬢にとって」では、意味ないですからね。侍女付きや修道院にいる方々を奴隷のように扱わないとも限りませんし。しばらくという曖昧な期日も気になります」

「………………」

あれだけ迷惑極まりない令嬢らであったが、ローレンスの言葉は厳しく彼女らの処遇に満足していないのは明らかだ。もし彼が先ほど言った通りの罰だとして、生まれた時より甘やかされた彼女らには侍女付きだったとしても辛い日々であろう。この男を本気で怒らせたらいったいどのような目に遭うのか。

「まあ、私としては二度とこちらに害を与えないのであれば構いません。そうすれば両国の友好は続くでしょう」

にこやかに告げるが次はないとその瞳が言っている。

「……肝に銘じよう。彼女らの更生をしっかりとこの私が見届ける。それが今回の使節団の代表として、またこのような事態を引き起こした一因である私の責任だ」

「ええ、それはぜひともよろしくお願い致します」

「────という感じで釘を刺しときました」

一連のことを聞いたアンマリンは半ば納得し半ば呆れた。

本日から使節団はサヴォーイン国内を単純に観光する旅に出ており、一週間後に帰国する予定だ。

「……今頃使節団の方々は嫌味ったらしいうるさい補佐官がいなくて、やっと羽を伸ばして楽しんでるでしょうね」

久しぶりに「いつものところ」である屋敷に帰宅したローレンスはアンマリンと夕食を摂りながら先日のことを報告していた。

アンマリンもパーティーにはローレンスのエスコートで参加していたが、あの親睦会には顔を出してなかったために何も知らされていなかった。

使節団は観光へ行っているが、残務処理や通常業務などでまだまだローレンスは多忙である。しかし一応の区切りついたということで帰宅してきた。

基本、アンマリンは深夜になることもあるが屋敷には毎日帰ってくる。今回の使節団での忙しさで数回は王宮に泊まり込んだこともあったがローレンスの比ではない。

「私は言うべきことを言ってるだけです」

「……言わなくていいことも言ってるわよ」

「そこは認識の違いですね」

「まったくもう、屁理屈ばかり」

食べ終わった皿をメイドが下げると、違うメイドがテーブルにデザートを置いた。それを見たアンマリンが目をぱちくりさせる。大きめのデザート皿にはチョコレートで文字が書かれていた。

──婚約七周年 愛を込めて

「……今日、だったね」

「忘れてると思ってましたよ」

「うっ、バタバタしてたし」

この偏屈男は意外とマメだったりする。得意げな顔で、しかし愛おしそうに見つめてくる。それにはアンマリンも笑顔で返した。

皿には他に二種類のケーキとアイスクリームを添えてあり、どれもアンマリンの好きなパティスリーのものだった。そういえば最近甘いものを食べてなかったと思いながらスプーンでアイスを掬って一口入れた。広がる冷たい甘さが幸せをくれる。

「美味しいわ。ありがとう、ローレンス」

「その顔を見られるなら毎日でも用意しましょう」

「もう、そんなことしたらありがたみがなくなっちゃうわ。特別な日だけのお楽しみよ」

二人は目尻を下げて笑った。

宵闇が覆い隠す時間。

小さなランプだけが揺れる寝室には愛を確かめ合った二人がベッドで抱き合うように微睡を楽しんでいた。

「アン」

「ん……」

「結婚しましょう」

「? どうしたの、いきなり」

「いきなりでもありません」

「一応ですね、私たちは婚約者なんですけど」

「いえ、式ではなく届けを出しましょう」

ローレンスはアンマリンの長いブラウンの髪に手を滑らせながら続ける。

「先に届けを出して、正式に夫婦になるという意味ですよ」

「ええ!?」

「そんなに驚くことですか?」

「だって…」

「今回のを例にするのもなんですが、私たちのことを『いつまでも結婚しない』というふうに取られてしまっては困りますからね」

実際に婚約期間もそこそこあって、しかもすでに学生でもない。なのに結婚をしないのは貴族社会では少しめずらしいかもしれない。女性の社会進出も多くなり適齢期も二十才前後となっている。かといって、それを過ぎ結婚していないからといって変な目で見られることも少なくなった。それはあのフィーレナ・ルーベンス公爵令嬢が婚約者も作らず独身の二十二才でバリバリに前線で活躍しているのもあるだろう。遡れば彼女の母親である公爵夫人も女性騎士隊長として名を馳せており、高位貴族の女性らがその道を作ってくれたからだ。

「君も外交に携われば諸外国の人間とも接点が出てきます。その時に同じように取られたら、まったく以って不愉快ですから」

「まあ、確かに」

二人の場合は単に多忙すぎたという理由で結婚まで時間がかかっただけである。

「だいたい私たちは常に忙しいのです。落ち着いたらと悠長に構えていてもいつになるか。そんな単純なことを頭に入れてなかったことが悔やまれます」

強い風が窓を揺らす音が時折聞こえるくらいの静けさの中、アンマリンの髪を遊んでいた手が今度は滑らかな肩肌へと移る。行ったり来たりとなぞる感覚の気持ちよさに、意外と逞しいローレンスの胸へと彼女は頬を擦り寄せた。

「あなたの……、というか宰相補佐室の人たちが特別なのよ。みんな優秀過ぎる人材の集団なのに、それでも忙しく動いていないと捌けないというのが異常だと思うわ」

「国の中心にいる人間はそんなものでしょう。それでもみなさん子煩悩な父親ばかりですよ。しっかりと両立されていますから。私もそうなる予定です」

「ローレンスが子煩悩……」

とても想像つかない。

「何ですか? 私だって自分の子どもは可愛いし愛情をもって接しますよ」

「あー、そうかもしれないけど。何というか……」

「失礼ですね。──なら子どもも早めに作るとしましょうか。子連れの結婚式もなかなかいいですね」

「え」

「君の仕事も今回の使節団が終われば、三ヶ月後の在外公館会議に向けて本格的に動くでしょうから、それが終了した時がいいタイミングかと思います」

「え、や、ちょ……」

どうも変な方向に話が進んでいる。というよりこのスピード感はいったい。

「すぐ妊娠した場合は来年の今頃は産まれてる可能性もありますね。つまり、式はそれから最低でも六ヶ月先がいいでしょう。そのくらいであれば子どもの首も据わって生活のリズムも整ってきてるでしょうから────」

「ちょっと待ってっ!!」

思わずローレンスの口元を押さえる。

「勝手に将来のスケジュールを決めないでくれるかしらっ」

「嫌ですか?」

「い、嫌もなにも……。まずは届けがどうこうって話だったわよね?」

「ええ、ですから、届けを出した場合の考えられる選択の内で一番いいものを言っただけです」

ローレンスに半分のしかかる体勢になったアンマリンを見上げながら彼はさも当たり前のような口調だ。口元を引き攣らせたアンマリンはしばし言葉を失くす。それをいいことに両腕を彼女に絡ませて己の上に乗せた。

「いい眺めです」

胸元が丸見えだと気付き咄嗟に隠そうとするがすでに遅く両の手をそのまま握られる。そして、そのまま起き上がると向かい合わせに抱き合う形をとった。

「まあ、先ほどの案が最有力候補ですがまずは────」

「……届けを出してから、ね」

「いえ?」

「?」

「もう一度君を堪能してから、です」

ゆっくりと近づいた唇は触れた途端深く貪り出し、それからは再び熱い時間が始まった。

眩しい陽射しが降り注ぎ、天窓から差し込んだ光は厳かな神の領域なる聖堂を一段と美しくさせる。

光舞う中、重厚な扉が少しずつ開かれると一斉にそこにいた人々が高揚した眼差しで迎える。その先には純白に金糸の刺繍が鮮やかに練られたドレスを纏う新婦が現れた。

聖歌隊による讃美歌が始まると父親とゆっくり歩き出す。

そして中央に待ち構えるのは背の高いスラリとしたシルエット。日頃の伶俐さは持ちつつも、その目元と口元は緩やかな弧を描いている。

本来なら父親から新郎にと託される新婦だが、この結婚式では腕に抱いているまだ乳児である孫を新郎へと託し、そのまま親族席へと戻った。

見慣れた父親である新郎の顔を見て嬉しそうにキャッキャと甲高い声がその場を和ませ、そして三人で祭壇前へ向かう。

「……まさか本当にあなたの言う通りになるなんて」

「有言実行は私の信条ですよ」

あれから二人はすぐに婚姻届を提出した。そして数ヶ月後にはアンマリンが妊娠し、本当に一年後にローレンスの黒髪を受け継いだ元気な男の子を出産した。

それから半年経った今、こうして子連れの結婚式を挙げている。

レイノルトと名付けられた子は、ローレンスのアスコットタイに手を伸ばして引っ張り出そうとしている。それをやんわりと避け軽く抱き直す。

「だめですよレイ」

優しく諌める。そんな姿にかつて子煩悩とは縁遠いと思っていた彼の新たな一面が見える。ローレンスは良き父親であり、最大限にレイノルトとの時間を作ってくれていた。

「あなたがこんなに父親っぽくなるなんて未だに嘘みたい」

「失礼な。我が子は可愛いと言っていたはずです」

「そうなんだけど」

「……では君に一つ教えてあげましょう。一年後にはもう一人家族が増えてると思いますよ」

「は?」

「二年後にはもう一人ですかね」

「ス、ストップっ」

アンマリンはローレンスの腕を小さく叩いた。彼が口にすると今回のように本当になりそうで怖い。

「まあ、大家族を望んでますので五人はほしいですね。いやもっと────」

「だ、だからストップっ!」

焦るアンマリンの声にレイノルトが不思議そうな顔をする。

「レイも早くお兄ちゃんになりたいですよね?」

ローレンスが愛息の額にキスを落とせば、生えてきた小さな白い歯見せてにぱぁと笑った。

「老後は大勢の孫や玄孫と賑やかに過ごすのが今から楽しみですね」

永遠の愛を誓うこの場で戦々恐々な気持ちになるアンマリンだったが、数十年後に彼の言った通りの光景が広がり、この結婚式を思い出して幸せな笑みを浮かべているなど今の彼女には知る由もない。