軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 偏屈婚約者は容赦ない

「これは……」

令嬢たちの姿を見つけたヴェッセルはその場の纏う空気に言葉を続けられない。なんだか嫌な予感がする。目の前にはアネージアンといわば犬猿の仲と言わざるを得ないアンマリンもいるのだ。思わず一緒にいるローレンスにも目を向けるが、彼は素知らぬ顔で前を向いている。

「あー、何があったのか聞いても?」

できれば聞きたくはない。一斉にばつが悪そうに俯いて頭を下げている自国の令嬢を見れば何かしでかしたのは一目瞭然だ。

「……アネージアン、何があった?」

「────っ」

極力表情を出さないようにしているアネージアンだが、口元は歪んでいるし握りしめた扇はわずかに震えている。本来なら己の非を謝罪できるチャンスであるのに公爵令嬢という履き違えたプライドがそれを許せないようだ。

「……ジョスラン嬢」

ヴェッセルは大きなため息をつくとアンマリンに声をかけた。

「恐れながら申し上げます。貴国からの使節団におかれましては我が国は総力を上げて出迎え、両国の友好とともに技術向上へ協力を惜しまないところでしたが、どうやら我が国に不手際があったようでございます」

「は?」

「つきましては第二王子殿下には心よりお詫びと謝罪を申し上げます。後ほど国王陛下による陳謝のお時間を頂けたら幸いです」

「あ、いや、待ってくれ。話が見えないんだが」

突如謝罪などという言葉を言われたヴェッセルは戸惑った。まったく意味がわからない。

「申し訳ないがわかるように説明をしてほしい」

自国の令嬢は下を向いて動かずただ震えている。謝罪をするのはどう見てもこちら側ではないのか。

「第二王子殿下。発言の許可をお願いしてもよろしいでしょうか」

「あ、ああ」

ルーベンスが一歩踏み出した。

「ありがとうございます。女性騎士隊の隊長をしておりますフィーレナ・ルーベンスと申します」

「ええっ!? ルーベンス嬢!?」

「夜会ではダンスのお相手をありがとうございました」

ヴェッセルは見開いてルーベンスを凝視する。確かにあの美しかった公爵令嬢と同じ顔だ。しかし。

「申し訳ない。まったく気付かなかった。そのような姿をされてるとは思いもしなくて……」

「構いません。今は騎士としてここにおりますので」

ルーベンスの姿は帯剣した騎士の服装だ。長い髪は後ろでしっかりと纏められており眼差しも鋭い。

「さすがサヴォーイン国が誇る女性騎士隊だ。我が国にも女性騎士はいるがかなり少数でこのように隊もない。これも使節団が持ち帰る課題とするにしよう」

「……ですが」

「何か?」

「我々では力不足ということなので、今を以て貴国の使節団の警護は辞退させていただきたく思います」

「は?」

「令嬢らの安全面は我が騎士隊にかけて全力でお守りする所存でしたが、我らでは力量不足ということで不安を与えてしまったようです。同じ「女性」では頼りなく、セレイ国の使節団の警護をさせるには十分ではないとお叱りを受けました」

ヴェッセルは青くなって固まっているアネージアンたちを見る。彼の後ろにいる護衛騎士や使節団の一員らもギョッとした顔をして慌てる者や眉を顰める者もいた。

使節団は遊びではない。自国では遅れている技術を学ぼうと少ない枠を掴み取って参加した者がほとんどだ。彼女らのせいで参加できなかった者もいるというのに。

「国王陛下から拝命を受け、我ら騎士隊も全力で任務を遂行しておりましたが、しかしながらそれこそが令嬢らを不愉快にさせてしまったようです。つきましてはこの件についてこちらの待遇に問題があったと判断し、第二王子殿下には国王陛下より陳謝のお時間を──」

「申し訳なかったっ!」

ヴェッセルは勢いよく頭を下げた。

王族は滅多に頭を下げることはしない。謝罪するにせよ言葉で表すものだ。しかしだ。これは自国の国柄に関するものであり、国益にまで片足を突っ込んでいる。国王に陳謝までさせては引き返すことはできない。それも大事であるならまだしも、その理由というのがお粗末すぎる。

彼女らは使節団を何だと思っているのか。一人一人が国の代表なのだ。その所作や動向が国の品位を左右しかねないのだ。あれほど言っていたのに。

「すべての非は私にある。この人選を許可したのは私だ。ここまで愚かだと先見できなかった私の責任だ。心から謝罪する。ルーベンス嬢を始め騎士の方々、そしてジョスラン嬢も申し訳なかった!」

ヴェッセルの謝罪に後ろに控えていた使節団の一員らも同じように頭を下げる。自国の王子だけに頭を下げさせるわけにはいかない。

アネージアンはふらつきそうな足でやっと立っていた。何が起きているのか理解が追いつかない。ただ従兄である王子が厳しい顔で謝罪しているのを呆然と見ていた。

後ろでは事のなりように啜り泣く声も出てきて振り返るとガタガタ震えながら同じように頭を深く下げている令嬢たちがいた。

アンマリンはそれを冷めた目で見ていた。今になって己の振る舞いを後悔しているようだが知識不足と認識の甘さ、何よりそれが罷り通ると思っている段階で同情の余地などない。

「どうか国王陛下の陳謝に持って行くことは私に免じて控えていただけるとありがたい」

一斉に頭を下げられてルーベンスはアンマリンを見やる。彼女は肩をすかしてルーベンスに一任するよう促した。

「頭を上げてください」

ルーベンスが言うとヴェッセルはそっと顔を上げた。

「第二王子殿下の誠意あるお言葉を受け止め、これでこの件は終わりと致しましょう」

「……感謝申し上げる」

ヴェッセルはもう一度軽く頭を上げて礼を言った。何とかこの場が落ち着いてきたところで空気を読まない人間が一人。

「そういえば」

ローレンスが腕を組んで難しい顔で口を開く。アンマリンは嫌な予感に胡乱な顔になった。

「あまり言いたくはないのですが……」

もったいぶったローレンスの言い方に皆の視線が集まる。

「そちらの使節団の令嬢方ですがね、我が国の者から苦言が出ていたところなんですよ。まあ、私も気を遣って口出ししなかったのですが、この際ですから言わせていただきます」

静まり返った廊下にローレンスの声と緩やかな風の音だけが漂う。

「我が国には女性の文官や騎士が多く活躍しています。実力というものは男女関係ないですからね。そこは公平に判断するという方針なのですが、どうやらそれを理解できない方もおられるようで。ええ、そこの令嬢方ですけどね」

傷口に塩を塗るとはまさにこれだろう。

「王宮にて働いている女性を見掛けると、はしたないだの貰い手がないからだのと口々に罵って、女性の活躍を否定する言葉ばかり。そちらの令嬢らは自国の価値観を押し付け、この国の女性を貶めるために使節団に参加されたのでしょうか」

一旦口を閉ざして、奥で真っ青になっている集団を一瞥する。

「いえ、女性ではなくそれを受け入れているこのサヴォーイン国を貶めたいのでしょうか。そうでなければ「野蛮」という言葉は出てきませんからね」

彼女らが一様に口にしていた言葉が「野蛮」だ。

「──それは本当のことか?」

ヴェッセルの怒りを含んだ声が令嬢たちを震え上がらせる。

「どうなんだっ!?」

「も、申し訳ありませんっ!!」

一斉に頭を下げる令嬢たちだが、ここにきてもアネージアンはグッと俯くだけだ。

「文化の違いというにはあまりにも本末転倒な解釈にセレイ国の淑女教育はいったいどうなってるのでしょうかね。使節団として来られたからには何か学ぼうとする意思があるならまだしも、単にこの国をこき下ろしにきただけでしょうか。あまりにも低俗すぎて殿下の耳に入れることを憚っておりましたが、こんなことになってはそれも意味ないこと──、ということで殿下にお伝え致します」

何もこんなところで言うものでもないが、これをするのがローレンスという男だ。ここぞとなればぐうの音も出ないほどに追い詰める。

「私個人としては別に勝手に仰ってればいいとは思います。が、遊び気分でいようが何であれ彼女らは使節団の一員ですからね。自身の言葉の重さを分からない人間を使節団に選出すべきではありませんでしたね。わざわざ自国の品格損失を与えることしかできないとは。────殿下」

「…………なんだ」

「殿下の名の下、彼女らの家に抗議を出していただけますか?」

ヒッと令嬢の声が聞こえた。王家からの抗議の意味することがどういうものなのか。約束されたはずの華々しい未来に一つの汚点が加わるのだ。軽はずみだったと言い訳さえ通らないことをここにきて彼女らは思い知ったことだろう。

「…………そうしよう」

「ありがとうございます」

ローレンスは蒼白に泣いて震える令嬢を満足げに見た後、わざとらしく恭しく頭を下げた。だが頭を上げると何かを思い出したようにまた口を開く。

「ちなみにですね、我が国の女性は気品や所作の美しさはもとより場を弁えた思慮深さとともに向上心をもつ方が優秀とされており、またそれを認めることのできる男性も多くいます。これこそがこの国を繁栄させている根幹となっています。今回のことで文化の違いと一蹴するならばその時点で我が国や他国から取り残されてしまうことでしょう」

「────肝に銘じよう」

本当にわざとらしい。そして一言多い男だ。アンマリンはやりすぎた感のある婚約者に呆れた目を向けた。

「ほんっっーとにお前は容赦ないな」

その夜、宰相補佐室では筆頭補佐官であるサイオンが頭を抱えて、そして笑っていた。昼間の出来事を耳に挟んだ彼はローレンスを諌めるどころか面白そうに両手に顎を乗せている。

「まさか、あれでも言いたいことの半分で我慢したのですよ」

ローレンスは机に向かったままペンを走らせながらつまらなそうに言う。補佐室に居合わせている同僚からもクスクスと笑いが漏れる。

「いや、私もその場にいましたが、自業自得とはいえ令嬢方が不憫でしたよ。あんなこと言われたことないでしょうし、ショックで気絶しないかとヒヤヒヤしてました」

補佐官数人も使節団と行動をともにしていたため、あの惨事を目撃していた。だが令嬢たちの態度の悪さは日に日に目に余るものがあったため、これで多少なりとも不満の解消にはなっただろう。

「殿下も昔から甘いところがありましたが、これで少しは顧みられたことでしょう」

他国とはいえ王族に対しても不遜な物言いをするから困りものだ。だが今回は少々やりすぎのようにも思えた。

「なあローレンス。お前、実はかなり虫の居どころが悪いんじゃないか?」

「……そうですね。否定はしません」

「なるほどな」

「このままでは殺人犯になりそうなので。まあ、足跡を残すヘマはしませんが」

「……お前が言うと洒落にならん」

「いくつかいい案があるんですよ? ただネックはこの国で事を起こしたら余計な面倒があるのが難点ですが、そこは抜かりなく進めるとして」

「待て待て待て。もう口を開くな」

サイオンが疲れた顔で遮った。ローレンスという男は本気なのか冗談なのか、その見分けが筆頭宰相補佐官さえ頭を抱えさせる。

国を挙げての使節団によくもまああんな連中を入れ込んだものだとローレンスは思う。最初に名前のリストを見たときから嫌な予感がしてた。まったく関係ないはずなのに「勉学の一環として」という枠に十名ほどの令嬢がいた。すぐにアネージアンが取り巻きを連れて来たとわかった。

ローレンスにとってセレイ国の留学はその前に行っていた隣国で師事を仰いでいた教授について行っただけの、あくまで「ついで」に滞在したものだった。

留学は確かに実のあるものだった。セレイ国は海に囲まれた半島だ。そのため造船や海洋の技術は進んでいる。だが 国としてはこのサヴォーイン国が遥かに先進国だ。

今回使節団の代表をしている第二王子であるヴェッセルとはその教授の紹介で出会った。学院の学生という身分であったが、王族としての公務もしっかりとやっているようで、多少頼りないところもあるが温厚な性格で、ローレンスの不躾な性格にも懲りずに気さくに話しかけてくるほど何故か気に入られた。

そんな中、従妹でもあるアネージアンと会う機会があった。ただ興味もないためいつもの如く対応していたが、どういうわけかローレンスに固執するようになった。

婚約者がいることは伝えていたが、その婚約者よりも自分を選ぶのが当たり前かのように振る舞う。公爵家の実家に泣きついて、ローレンスの実家テルガ侯爵家にまで手を回してきた。そこは当主である父もわかっているようで丁寧に断ってくれたが、それでもまったく懲りない。果てには外堀を埋めたいのか、叔父に当たる国王の名を借りて夜会でのエスコートも言ってきた。誤解を招きかねないし、それに応える必要もないためはっきりと断った。何故アンマリン以外をエスコートしなければいけないのか。

こちらが袖にすればするほど意固地になっているようだが、だからといって甘い顔をするつもりもない。

何不自由なく大切に育てられたのはいいが、そこで傲慢にならないように教育するのも貴族として必要なことだ。ヴェッセル曰く、教養もあり淑女として申し分ないといっていたが、あまりにも贔屓目だといえよう。

教養があるなら相手の意を汲めるし、淑女というなら仮面をかぶるものだ。それがまったくないのによく言える。

国が違えば文化も違うのが常だが、セレイ国では男尊女卑とはまた違ったものがあった。決して女性の地位が低いわけでもない。ただ男社会と女社会がくっきりと分かれており、お互いそのどちらにも介入しない。男は国を動かし、女は家を動かす。平民に至っても家族を養うのが男であり女は家庭を守る。家族を養えない男は蔑まれ、家のことをこなせない女は白い目で見られる。

確かに昔ほど凝り固まっていないが、それでも外に働きに出る女を見る目は冷たいものだ。

ただ、ヴェッセルら若い王族や貴族が少しずつ動き出したのは大きな一歩かもしれない。

「殿下は令嬢らをすぐさま帰国させることにしたようだぞ」

「遅いくらいですよ。多少情報を耳に入れるようにしていたのに。アレが王太子だったらセレイは滅ぶでしょうね」

「……お前、友人だろ?」

「まあ、悪い奴ではないんですよ。楽天家で呑気でトロくて押しに弱くて優柔不断で」

「王族としては致命的じゃないか」

「その分、王太子を始め他の兄弟姉妹がしっかりしてますから。ただ、頭だけは飛び抜けていい。勉学方面で」

愛嬌のある第二王子ではあるが、頭脳はあっても為政者には向かない。

「でもあの公爵令嬢は未だ納得してないみたいですよ。さっき使節団の班長数人と殿下の部屋まで行って来たんですが、帰さないで欲しいと頼み込んでましたからね」

「押しに弱い優柔不断なら……」

「うわぁ、居残りとかやめてくれよ〜」

同僚らがうんざりげに顔を見合わす。

「そういやさ、どっかの国の王女がやはり他国でやらかして結局幽閉になったとかあったよな?」

「あー、あったあった。数年前だったか?」

「やっぱり他国へ行くと気が大きくなるというか。似たようなことをするんだな」

「これで残られて公な場で何かやらかされたら後始末が」

「やめてくれっ! これ以上仕事増やされ家にも帰れなかったら離縁されるっ」

「おいローレンスっ! 頼むから帰国させてくれっ!」

あちこちで焦ったような声が上がるが、当のローレンスは書類を書きながらいつもの口調で言う。

「一応、アレでも馬鹿ではないですからね。自国の損失になると判断したのなら最善の道を選ぶでしょう。こちらもすでに帰国の手配は済んで朝一にでも出ていけるようにしてますから。いやでもなんでも殿下の命で従者が今頃荷造りしているはずです」

何事もないように答えるが、それを聞いた同僚らは胸を撫で下ろした。

「だ、だがそうは言っても公爵令嬢はお前にベタ惚れって聞いたぜ? いわゆる大きな魚ってやつを逃すのになんとも思わないのか?」

「アレが大きいとは思いませんが、もっと大きな魚がいるのに選ぶわけないでしょう。私は好きでもない相手を選ぶような、つまらない人生を送るつもりはさらさらないので」

「おいおい、まさかお前から惚気が聞けるとはなぁ」

「惚気ではなく事実ですよ」

ローレンスはペンを置いて手元の書類をパラパラと確認してから立ち上がった。そのままサイオンの執務机まで持っていく。

「これは?」

「セレイ国への抗議文です。すべての令嬢の家名宛とついでにその旨をセレイ国王宛に報告する書状も用意してるので公的文書として閣下の印をお願いします」

「………………」

サイオンは黙って渡された書類を見る。言葉は丁寧だが侮辱ギリギリの辛辣な単語が並んでいた。アネージアンが連れてきた令嬢の実家は国でも有力貴族であろうに、これはちょっとした醜聞にもなりかねない。

「……殿下の名でも抗議文を送らせるんだろう? この国からも必要か?」

「必要です。お花畑層は徹底的に思い知らせないと繰り返しますからね。あとは、私とアンへの迷惑料も一ミリくらいはありますが、そのくらいは許容範囲でしょう」

絶対一ミリではないだろう。ここにいる誰もが一斉に心で叫んだが突っ込むようなことはしなかった。こんな面倒くさい奴に絡まれたくはない。

「私情をさりげなく堂々と入れ込むのもお前らしいな」

「このくらいで済ませてあげたのだからお礼くらいほしいものです」

「本当、容赦ないな……」

サイオンは苦笑し、呆れながらも嬉々としてその書類に印を捺した。