軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

だから、あの日、わたしは泣いたの

「 婚約者(わたし) さえいなければ完璧な王太子」と呼ばれている十三歳年上の婚約者のディルニアス・ギア・ウィンダリアは、わたしさえいなければ何処に出しても恥ずかしくない「完璧な王太子」なのだから、わたしを排除しようとする人たちは勿論いた。その中には「まだ嫁にやりたくない」というわたしの父もいた。

わたしに執着、溺愛するディーは、わたしに関することだと政治的バランスとか善悪とか罪とか罰とか常識とか自制とか理性とかその他色々が無くなってしまう。

だから彼らはわたしを排除してディーに「完璧な王太子」になってもらおうと思うのだろうけれども、わたしが排除されるよりもディーが彼らを排除する方が早かった。わたしの父を除いて。

命は無事だと思う。恐らく。多分。

「大丈夫。居なくなっても困るような人たちじゃないんだから」

ディーはにこにこと笑って、それ以上のことは教えてくれない。

そんなディーの容赦のない態度に、「王太子のような独断を許してはならない。やはり第二王子の方が王太子に相応しい」と言い出す所謂「第二王子派」が少数ながら存在した。彼らは、王太子妃教育を受けているわたしはそのままで、第二王子のレイモンド様を王太子にすれば、歳の差も五歳で丁度良いではないかという主張であった。

「つまりは、僕が王になった方が御しやすいって馬鹿にされているってことだよね。それとも、僕を殺そうとしてるのかな? ヴァイオレット嬢を婚約者になんてしたら、僕は確実に兄上に殺されるよね!」

そう言って、レイモンド様はあっさりと彼らの名前や弱味をディーに差し出していた。

「第二王子を守る為の尊い犠牲だよね……」

レイモンド様は遠い目をして呟いた。

その次に指摘されたことは、「世継ぎ」についてだった。まだ幼いわたしとでは結婚が出来ず、世継ぎを作ることが出来ないので、せめて妾を娶って子供を作れということだった。

「おかしなことを言うね? 立派な世継ぎのレイモンドがいるじゃないか。なんなら、王太子も彼に譲ろう。うん、それが良いよね。ほら問題解決だ」

「え、嫌ですよ。僕は延々と兄上と比べられて病む王になる未来しか見えないですよ」

「大丈夫だ、お前はそんなに繊細じゃない」

結局、本当に王太子を譲る手続きを始めようとするディーと、本気で嫌がるレイモンド様と、必死で引き留めようとする家臣の人達とでうやむやになったらしい。ディーはとても残念がっていた。

「万が一、私に妾候補を紹介したり、寝所に送り込んできたりしたら、諸々に……消すからね」

微笑んだディーの瞳が本当に怖かった、とレイモンド様は青褪めながらわたしに報告してくれた。

「どうか、あの子の傍に居てあげて」

「兄上の傍からヴァイオレット嬢が消えたら、世界も消えちゃうからね」

両陛下もレイモンド様も、わたしに言う。

わたしの父も、わたしが産まれた時に自分よりも先に抱っこしたことでディーをいつまでも恨んでいるけれども、「あいつだからなあ」と仕方のないことだと理解してはいるようだ。

わたしが大人だったら、もう少しディーを上手くフォローできたのだろうか、と申し訳なく思ってしまう。

「いいんだよ、気にせずゆっくりと大人になってくれて。ヴィの成長を見守ることが出来るのも、私の幸福なのだから」

だけど早く結婚したいのも本当だから困るね、とディーはわたしを抱きしめる。

そうね、お言葉に甘えさせてもらうわね。

わたしね、その日が来たらあなたに言おうと思っていることがあるのよ。

あなたは、驚くかしら? 知っていたよって言うかしら?

「…………待っていてね」

わたしは、そう、ディーの耳元で囁いた。

そうして。

ディーが三十一歳、わたしが十八歳になって、ようやく結婚式を挙げる日になった。

ヴィの隣にいても釣り合うようにありたい、って若く見えようと頑張ってくれているらしいけど、そんなことをしなくても十分かっこいいし、歳を重ねて色気も出てきて今でも妾で良いから、と縁談が申し込まれて対処に困る、と外務大臣が言っていた。

そんなディーが軽く髪を上げて整え、飾りをなるべく削ぎ落した白い式服姿は逆にディーの足の長さや金の髪や瞳を際立たせている。

「主役はヴィだから、変に飾りたくない」

いえ、そのお陰でディーの素材の良さがずば抜けて目立ってるんですけどね。でも、ここに色々と宝石や勲章を飾っても、それはそれで煌びやかになるだけかしら?

ディーを見慣れている筈の侍女や従者たちも、今日のディーには見惚れてしまっている程だ。

そんなディーは、今、式を挙げる前の待合室でわたしと二人きりになって、わたしを前にボロボロと涙を零して泣いている。

「ディー泣かないで」

全身を覆うようなベールを後ろに流し、裾が幾重にも長いウェディングドレスを着ている私は、動くと裾を踏みそうで迂闊に動けない。ハンカチを差し出すと、ディーは屈んでハンカチに顔を自分から摺り寄せた。わたしに拭けと言うことらしい。

「……だって、ヴィが綺麗で、今日、やっと、ようやく、結婚出来るのかと、思ったら……」

拭いても拭いても涙を流すディーに笑ってしまう。

ちょっと不安だったりもしたのよ。何しろディーは人外級の美貌だから、花嫁が霞むんじゃないかしら? って。ディーがアクセサリーを外したのなら、わたしも最小限にしなければ、花嫁は色々と着飾っていたのに完璧に花婿に負けていたとか言われるかしら? いえ、わたしには若さがあるんだから大丈夫かしら? とか色々と考えていたのよ。

でもね、そんな心配をした自分が馬鹿馬鹿しくなってしまったわ。

他人からの評判なんてどうでも良いわよね。だって、こんなに可愛い人とわたしは結婚出来るのだもの。

「……貴方が泣くのを見るのは、二度目になるわ」

ディーが、怪訝そうにわたしを見た。

「一度目は……、わたしが産まれた時。ディー、泣きながらわたしに『やっと会えた』って言ってくれたでしょう? わたし、嬉しくて。わたしも、あなたに会えて、嬉しくて」

憶えているの。

どうしてか分からないけれども。

「だから、 あの日(産まれた時) 、わたしは泣いたの。大きな声で 産声を上げたの(泣いたの) 」

ずっと、貴方に伝えたかった。

驚いたように目を見開いたディーに、わたしは微笑んだ。

「憶えていて、くれた……?」

「……分からない。わたしが憶えているのは、貴方が愛しい、ということだけだから」

「………………十分、だ」

ディーは泣きながら腕を広げて、困ったように顔を顰めた。

「……酷いな。思いっきり抱きしめたいのに、こんな抱きしめられない状況で言うなんて」

わたしとディーの間には、ドレスの裾が広がっている。ディーがわたしを抱きしめようと思ったら、ドレスの裾を踏まないとわたしに近づけないものね。

「配慮をしてくれて、嬉しいわ」

さすがに、ドレスの裾にディーの足跡をつけて、結婚式を挙げるわけにいかない。

「化粧を崩すな、ドレスに皺をつけるな、結婚式は花嫁の戦場だって散々言い聞かされたからね」

戦場なんだ? 知らなかったわ。

「大丈夫、式が終わったらいくらでも抱きしめてね」

「もう、そんな可愛いことを言う! 早く式が終わって欲しいよ!」

ディーは諦めたようにわたしからハンカチを受け取り、自分の両の目を覆った。

「………………三回、だよ」

「え?」

ディーは俯いて、ハンカチを目に当てたまま呟くように、言った。

「 君(・) が(・) 死(・) ん(・) だ(・) 時(・) も(・) 、(・) 泣(・) い(・) た(・) 」

────ああ、そうなの。

貴方は、まだ憶えているのね。

亡くした 悲しみ(恐怖) を憶えているのね。

「……ディー、大丈夫よ」

そっと、ドレスの中で床を 弄(まさぐ) りながら一歩進み、俯いているディーの頭に手を置いた。

「だって、今回はわたしが十三歳年下だもの。きっと、わたしの方が長生きするわ。 今(・) 回(・) は(・) 、絶対にわたしが看取ってあげるから」

十三歳年下で良かった、って初めて思えたわ。

「……ああ、本当に、君って人は」

ディーは、泣きながら、嬉しそうに笑った。

ハンカチを宝物のように大事そうに折り畳んで胸ポケットに納めた後、ディーはわたしの手を取りそっと口づけた。

「────────死んでも逃がさない」

「嬉しい……。絶対に、追いかけて、わたしを見つけてね」

「もちろん。ヴィがいなければ、僕は生きることは出来ないのだから」

恐らく、神の前で誓うには由々しい想いを、わたしたちはお互いに誓い合った。