軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お買い得だよ? 6

ディルニアスを見送った後に、ダイアナもさり気なくその場を去ろうとしたが、レイモンドから逃げることは出来なかった。

「兄上が、偶々通りかかったなんて嘘だよね。庭伝いの外回りの廊下なんて、ヴァイオレット義姉上の部屋に行くのに一番遠回りになるんだから、普段なら絶対に使わない道だよ。少しでも長く義姉上の傍に居ようとする兄上がさ」

ガゼボへと戻る道すがら、少し早口にレイモンドはそう言った。どこか楽しそうな声音に、ダイアナは首を傾げた。

「そう言われてみれば、そうですね。どうして、あんな所を通ったんでしょう?」

「さあ? でも、君に会いに来たのは間違いないと思うから、僕と同じ理由で喜んだんだと良いなあ」

喜ぶ? 何を?

ダイアナは意味が分からなかった。だけど、理由を説明しようとせず、一人で納得している様子のレイモンドに苛ついた。

こういう所、本当に兄弟そっくりよね!

ディルニアスが何も説明せずに一人で納得している様子は、そういう人だから何も思わないが、優しい王子様だと思っていたレイモンドにされると、何て意地の悪いと思ってしまう。

しかし、今はそれよりも。

「あの、殿、下……」

もう限界だった。

「もう、少し、ゆっくり……」

「あ、ごめん!」

早足で歩くレイモンドの速度に何とか合わせていたが、ダイアナはもう限界だった。

「ごめん。本当に、あの」

「いえ。運動用の靴でしたら大丈夫なんですけど、仕事用の踵が高い靴なので……」

ダイアナは、悔しかった。この位の速度で「速度を落としてください」と頼むのは、何だか負けたような気がして悔しくてぐっと唇を噛みしめた。

「……いや、そこはきちんとエスコート出来ていない僕を責める所でしょう。どうして悔しそうな顔をするのかな」

レイモンドは頑張っていたが、堪えきれずに声を出して笑いだした。

「まあ、何となく分かるけど。君は、なかなか足が速いものね」

「何で知っているんですか!」

驚いた声を出すダイアナを、「否定しないんだね」とさらにレイモンドは笑い続けた。

身体を折って笑っているレイモンドを、「よく笑う人だなあ」とダイアナは眺めた。いつもは、王子様然とした、口角を上げて目を細めて微笑を浮かべている笑顔なのに、酸欠にならないのかな? と心配になるほど声を出して笑っている。

「城の兄上の中庭で、偶にヴァイオレット義姉上と寝転がったり走ったりしているよね?」

「何で知っているんですかああぁぁっ!」

あのディルニアスが、ヴァイオレットが寛いでいる姿を誰かに見られるようなへまをする筈がない、とダイアナは信じ切っていた。太陽が毎朝昇るように当たり前だと思っていた。だから、二十歳のダイアナは誰憚ることなく思いっきり走り回って転がって、ヴァイオレットと花冠を作ったりして偶に遊んでいた。因みに、ヴァイオレットは運動神経を持ち合わせていないので、走り回ることはしていない。

「何でって、僕は王族だよ? 第二王子だよ? 王族が使う建物の廊下からはよく見えるよ?」

「ヴァイオレット様があの庭を使う時に、例えご家族であってもあの方が廊下を通行止めにしていない筈がない!」

「よく兄上のことを理解しているよねえ。確かに通行止めにしているよ。でも、僕が兄上に仕事の相談で通してもらうことが度々あってね。お前でも出来る、って仕事を僕に押し付けて、自分は義姉上と一緒に居ようとする為の仕事の相談だから、僕は通してもらえるんだよ」

ヴァイオレット様と一緒に居る為だったら、渋々通すだろうなあとダイアナは納得した。

そう言えば、ヴァイオレット様だけを室内に呼んでいた時が度々あったけど、あの時にレイモンド様が廊下を通って見られたってこと? ヴァイオレット様だけを見られないように部屋に呼び込んでいたの? いや酷くない? わたしも呼んで部屋に入れて欲しかった。でもあの方がわたしを隠そうとする筈ないよね……、とダイアナは力なく笑うしかなかった。

はあ、と一つ大きく息を吐く。

「もう、お嫁に行けない……っ!」

「いや、僕が結婚を申し込んでいるんだから、嘆く必要はないでしょう?」

片手で顔を押さえながらしゃがみ込んだダイアナと一緒に、レイモンドも向かい側にしゃがみ込んだ。

「……どうして、殿下までしゃがんでいるんですか」

レイモンドは、ずっと繋いでいたダイアナの手を黙って揺らした。

握っていれば、それは一緒にしゃがみ込んでしまうだろう。手を離せば良いのに、何故手を離さないのだろうか、とダイアナは不思議だった。

「どうして、ずっとわたしの手を握っているんですか」

「それ、訊くの遅くない? 逃げられない為に手を繋いでいたんだけど、何も訊いてこないからどきどきしたよ」

「どきどき?」

俯いていた顔をそっと上げると、レイモンドは落ち着いた金色の髪を風に揺らしながら、心外だと言うように軽く目を見開き瞬いていた。

「そりゃあ、好きな女の子と手を繋ぐんだから、どきどきするでしょう」

何を当たり前なことを、というように言われたが、ダイアナはそれどころではなかった。

「好きな女の子……?」

ダイアナは言われた言葉をそのまま呟き、繋がれた手に視線を落とし、そうしてレイモンドに視線を戻した。

「好きな、女の子……?」

理解できずにもう一度ダイアナが呟くと、レイモンドが眉根を寄せて口を尖らせた。

「結婚を申し込んでいるんだから、好きに決まっているじゃないか」

「いえ、条件が丁度良いって言っていましたよね?」

「丁度良い、じゃなくて、結婚の条件にぴったりと当て嵌まる、って言ったんだけど?」

「ほらっ!」

「同じじゃないよ?」

レイモンドは、強くダイアナの言葉を遮った。

「僕の言う結婚の条件の中には、君であること、つまりはダイアナ・ブルーム子爵家令嬢であること、という絶対条件が含まれているからね」

ダイアナは、唖然とレイモンドを見つめた。

しゃがんでいるレイモンドの背景には、ヴァイオレットが好む小さな花が色取り取りに咲き乱れている。

鮮やかな花々を背景に顔をうっすらと赤らめているレイモンドは、まるで物語の中の王子様のようにダイアナには思えた。

「いや、あり得ないでしょう!」

ダイアナは思わず叫んだ。

王子様が、花を背負って告白してくれるなんて、物語の中でもあり得ないだろうに!

「あり得ないって……」

心なしか顔を青褪めさせているレイモンドに、ダイアナは慌てて首を振った。

「だって、わたしですよ? わたしみたいに可愛くない女が、殿下のような見目麗しい方の隣に立つなんて烏滸がましい! あり得ないですよ!」

ダイアナは心の底からの本心として力説したが、レイモンドはきょとんと目を見開いた後に、ふわりと笑った。

「嬉しいな。僕のこと、見目麗しいって思ってくれているんだ?」

「わ、わたしが思うとかじゃなくて、じ、事実じゃないですか! 純然たる、当然な、当たり前なことです!」

必死なダイアナの言い草に、レイモンドはますます笑みを深めた。

「そうでもないよ? 兄に比べたらみすぼらしいとか、地味だとか、残り滓とか言われたりしているし」

「はああっ? 何処のどいつがそんなことを?」

握られている手にぐっと力を込めてダイアナが叫ぶと、レイモンドはげらげらと笑った。

「まいったな。ロイと同じことを言っているよ! 双子って凄いね。いや、ブルーム子爵家は皆そうなのかな?」

「当たり前なことを当たり前に怒っているだけです!」

「ふふふ。ありがとう、でも嬉しいな。大丈夫だよ。兄上だって、気味が悪いとか、人の心がないとか、頭がおかしいとか色々と言われているからね。兄上はあの通り気にしたことはないんだけど、ライアンが凄く怒ったらしくてね。兄上の為に怒る人がいるんだ、って僕は驚いたよ」

そうなのか、とダイアナも驚いた。いつもディルニアスのことで胃を痛めて辞めることを考えている兄が怒るというのは、ダイアナは想像がつかなかった。

「あと、外見は儚げなのに何事も受け流す鋼の精神であるあのヴァイオレット義姉上が、お茶会で一人の令嬢の為に怒っていた。相手に社会的止めを刺そうとまでして、珍しいなと驚いたら、ブルーム子爵家の令嬢だと言うじゃないか」

殿下が学園に入学する時のお茶会だろうか、とダイアナは思い出した。レイモンドも居て、ダイアナの為に言い返してくれたお茶会と言えば、あの時しか思い浮かばない。

「それで、わたしに興味を持ったのですか?」

「きっかけは、そうだね」

レイモンドは苦笑を浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。手を握られたままのダイアナも、つられて立ち上がる。

「取り敢えず、お茶を飲みながらゆっくり話そうか。今度は逃げないで、最後まで話を聞いてよね」

「わたしは、逃げてません! 殿下が意地悪だったからです。大体……」

条件が合うから結婚を申し込むと言われて傷ついた、と言いかけて、ダイアナは慌てて口を閉じた。傷ついた、なんて言ったら何を期待していたんだと呆れられてしまう、と考えて、気が付いた。

好きな女の子……って、言われたような?

混乱したダイアナは、そのままレイモンドに手を引かれてガゼボへと向かった。

ダイアナは気が付いていなかったけれども、それはとてもゆっくりとした速度だった。