軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お買い得だよ? 4

ガゼボから背を向けて、ダイアナは駆け出した。

ぐっと唇を噛みしめる。

早くここから離れなければ。

だけど、何処に行けば良いのか分からない。

今思い出しては駄目だ、と思っても、もう明確にあの時の感情を思い出してしまった。

────ああ、駄目だ。無理だ。もう、限界だ。

ダイアナは、庭園に面している外廊下の階段脇へと駆け寄りしゃがみ込んだ。ここなら人の通りが少ないし、万一誰かが通りがかってもしゃがんでいれば見つからないだろうと無意識に考えた。

「あああああああああああぁぁぁっっ!」

ダイアナは叫んだ。

恥ずかしくて恥ずかしくて、叫ばずにはいられなかった。

心の奥深くに沈めて思い出さないようにしていたダイアナの幼い頃の出来事が、鮮明に思い出されてしまった。

昨日のことのように思い出せてしまう。

子供の頃、いつものように公爵家でヴァイオレットと遊んでいた或る日、その日は公爵夫人のお茶会が開かれていた。庭で遊んでいて良い、という許可をもらってヴァイオレットと遊んでいたのだが。

「まあ、なんて可愛らしい」

聞き覚えのない声に、ダイアナは振り向いた。そこには、見知らぬ婦人たちが三人並んでいた。誰だろう、と見上げていると、婦人たちはたった今ダイアナに気が付いたというように片眉を上げ、見下すように嗤いを浮かべた。

「いやだ、あなたのことを言ったんじゃないわよ」

「自分で可愛らしいと思っているの? まあ、なんて厚かましい」

「何を勘違いしているのかしら」

ダイアナから少し離れた場所には、ヴァイオレットがいた。先ほどダイアナが作った花冠を頭に乗せて、花壇の花を手折っていた。ここの庭は公爵家がヴァイオレットとダイアナが自由に遊ぶために造ってくれた庭だった。知らない人が入ってくるなど、ダイアナは思わなかったから、振り向いたのだ。

だが、三人の婦人たちに嗤われて、ダイアナは恥ずかしくて真っ赤になった。

違う、そんなことは思っていない、と言いたかったが、身近で聞こえた声は自分のことを言っているのかと思ったのは事実だったから、ダイアナは彼女たちの言うことを否定することが出来なかった。

それに、ダイアナは自分を可愛いと思っていた。今まで何度も、家族からも、初めて会う人からも、近所の人からも言われていた「可愛い」という言葉を、ダイアナは喜んで受け入れていた。公爵家の人たちも、みんなダイアナを「可愛い」と言ってくれていた。ヴァイオレットとお互いに、「かわいい」と言いあったりもしていた。

だけど今、三人の婦人たちに指摘され、嗤われて、確かにヴァイオレットという存在がいるのに自分を可愛いと思っていたのは、なんて愚かな思い込みだったのだろう、とダイアナは気付き、消えてしまいたいほどに恥ずかしくなり、俯いた。

もう、顔を上げることが出来なかった。

慌てて駆け寄ってきた侍女に促されてその婦人たちとは引き離されたが、その後のことはダイアナはよく憶えていない。ただ、その時の激しい羞恥心だけがダイアナの心に、深く、鋭く刻み込まれた。

ここから先のことは、ダイアナは知らないが、その後、侍女が直ちに婦人たちを庭から連れ出した。経緯を侍女から聞いた公爵夫人は激怒した。公爵家としてこの三人の婦人の家とは金輪際関わりたくはない、と絶縁宣言をした。公爵家としては、ダイアナはヴァイオレットが明るく笑うようにしてくれた恩人なのだ。そのダイアナになんて失礼なことを、そもそもダイアナは明るくて利発なとても可愛らしい少女ではないか! と公爵家は皆、激怒した。

そしてもう一人、自分が大事に囲い込んでいるヴァイオレットを勝手に覗き見た、ということで当然ディルニアスも激怒した。王家と、公爵家の怒りに慄いたそれぞれの夫たちは、妻を領地に幽閉し、決してヴァイオレットのことは他言させません、今後一生許しがない限りは領地から外に出しません、と誓約書を書いて王家に提出した。

そういったことをダイアナは知らない。だが、この時から、「わたしは可愛くない」と思い込むようになった。自分が可愛いだなんて、烏滸がましい、嗤われる、そう思うようになってしまった。

その後「可愛い」と言われても、社交辞令だろう、気を遣ってくれているのだろう、と聞き流すようになった。恋愛ものの小説を読んでも、可愛くない自分とは関係のないことだ、と自分とは無縁のものだと思っていた。

あの時の、三人の婦人に嗤われた恥ずかしさを、ダイアナは自分の胸の奥底に蓋をして、鎖で雁字搦めにして、決して思い出さないように封印していた。

だけど、ダイアナは思い出してしまった。

あんなに厳重に蓋をして縛って沈めてなかったことにしていたのに、 そ(・) れ(・) は浮かび上がって蓋がぱっかりと開いてしまった。

もう勘違いなんてしないと思っていたのに。可愛くない自分には関係のないことだと分かっているつもりだったのに。

ダイアナは、レイモンドの言葉にがっかりしてしまったのだ。

レイモンドに結婚を申し込んだ目的を尋ねながら、本当に目的があったことにがっかりしてしまった自分に気が付いた。

何故自分はがっかりしたのだろう? 目的がない方が良かったのにと思ったのは何故だろう?

じゃあ、どんな理由だったら良かったのだろう?

レイモンドと会話をしながら、無意識に考えてしまっていた。

そうして。

「君は、条件に合う男を見つけ出して結婚しようとした、私も条件に合う女性を見つけ出して結婚しようと申し込んでいる。何か違いがあるかい?」

酷い、と思った。

条件が丁度合うからって結婚を申し込んだなんて、条件さえ合えば誰でも良かったということだ。だったらまだ、「ブルーム子爵家の娘だから」と言って貰った方がマシだった。ブルーム子爵家の娘で独身は自分だけなので、ダイアナでないと駄目だった、という理由になるからだ。

だけど、その酷い、と思ったことを、自分は同じようにやろうとしていたのだ。声高に叫んでいたのだ。誰でも良いので好きではないけどこの条件を満たす人と結婚する! と言っていたのだ。

何も違いはない。

そこに思い至り、ダイアナは恥ずかしくなった。

恋愛を知らないからと言っても、余りにも失礼すぎたと羞恥と自分への怒りで涙が出てきた。

「えっ!」

レイモンドの心底驚いたような声に、ダイアナは何故だかほっとした。そうして、安堵からさらに涙が溢れて来たので、これ以上は駄目だ! と慌てて席を立った。

「殿下がこんなに意地悪な方だったなんて!」

完璧な王子様だと思っていたのに、こんなに酷いことを言う人だったなんて! もっと優しくやんわりとぼかして伝えてくれても良いではないか! 自分を言いくるめることなんて簡単でしょうに!

ああ、でも酷いのは自分もだ。愚かなのは自分だ。好きじゃないけど目的の為に条件が合えば結婚するわ、なんて何様なことを言っていたのだろう。

どうしよう。

蓋が開いてしまう。

昔、心の奥底に封印したモノが溢れ出てきてしまう。

溢れ出てきたら自分はどうなるか分からない。

駆け出しながらも、これだけは言ってやると思ったことを、条件での結婚ではなく愛のある結婚を女性は望んでいることを、兄を怖いって言っているけどあなたたち兄弟似てるんだからね! と言うことだけは言って駆け出した。悔しくて、ちょっとした意趣返しのつもりだった。

歩いてきた小道とは違う道を駆けた。駆けながら、 そ(・) れ(・) の蓋が開いてしまった。押さえつけようとしたけど、駄目だった。

ああ、そうだ。

わたしだって、本当は愛されて結婚したい。

でも、自分は可愛くないんだから仕方ないじゃないか。

愛される筈がない。

出来る筈がない。

分かっている。

なのに。

わたしのことが好きで結婚を申し込んだんじゃないんだ────。

好きだと言って欲しかったのだ。

目的などないと言ってくれることを期待していたのだ。

泣いた時に驚いた声をあげられて、嫌われてはいないようだと安堵したのだ。

目的があると言われてがっかりした自分が、期待していた自分が恥ずかしくて、恥ずかしくて。

我慢できずに叫んだ。

恥ずかしすぎて声を出さずにはいられなかった。

「あああああああああああぁぁぁっっ!」

恥ずかしい! わたしなんかが、完璧な王子様に好かれているかもって考えるなんて厚かましすぎる! 愚かすぎる! そんなことはあり得ないのに。

「いや、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うちが」

ああ、違うの違う違う。ちょっと、わたしは勘違いをしてしまっただけ。分かってる。わたしは可愛くないんだからそんなことは起こる筈がないって分かってる。違うの、わたしはちゃんと分かってる。

ダイアナはしゃがみ込み、自分で両耳を押さえて声を上げた。

恥ずかしい、可愛くないあんたなんかが好かれるわけがないでしょう? また昔のように勘違いをするなんて。しかも、好かれてるかもって思ったの? 本気で好きになってもらえたと思ったの? 相手は住む世界が違う人なのに? 物語のようなことが自分の身に起きると思ったの?

自分を嘲笑う心の声を消そうと、ダイアナは必死で声を出していた。

その時。

こん、と頭のてっぺんを手の甲でノックするように叩かれた。

ダイアナが反射的に顔を上げると、外廊下の手すりに肘をついて、ディルニアスがダイアナを見下ろしていた。

何故王太子殿下がここに居る? と驚きの余りダイアナは湧き上がっていた羞恥心が引っ込み、声を上げていた口を閉じた。しかし、どういう反応をすれば良いのか分からないままダイアナは、ディルニアスを見上げた。

ディルニアスは、何も表情を変えないまま、じっとダイアナを見下ろすだけだった。