軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神はここに在る(2-1)

世の中には「精霊憑き」の人間が稀に存在する、と言われている。ディルニアスもそう言われている一人である。

しかし、「精霊憑き」と言われる殆どの人間は、指先を擦り合わせた時に小さな火花が出るとか、掌に水滴が幾つか出てくる等の何の役にも立たないようなとても小さな力だった。

ディルニアスのように、掌から人の頭ほどの大きさの炎を出せる者など他にはいない。「火の大精霊憑き」だから、と説明しているが、本当の所は少し違う。

ディルニアスには、火・土・水・風の四大精霊が憑いていた。

遥か昔、最初の時に。

彼女が、彼に 四大精霊(彼ら) を与えてくれた。

彼女を殺された時にも、四大精霊と共に報復を行った。いつの間にか仲間とやらが勝手に増えて大勢で王を、国を倒したが、四大精霊だけが彼にとって心の底から信頼できる仲間だった。

何度も、何度も。

生まれ変わっても、ずっと変わることなく傍にいてくれたが、四大精霊とはお互いに話す言葉は通じなかった。その上、神や精霊がお伽噺と呼ばれるようになっていくにつれて、四大精霊の姿も変わっていった。最初の頃は、人の形をしていたが、今生ではそれぞれが手に握り込める程の小さな球体になってしまっている。

「これは、どういうことだろう?」

自分の周囲にプカプカと浮かぶ球体に、ディルニアスは夜眠る前の自分の部屋の中で、困惑したように話しかけた。

「マリーベル・グランドリア侯爵令嬢のお腹が小さく光って見えるんだけど?」

球体たちは、何も答えてはくれない。ただ、クルクルと回転しながらディルニアスの周りを回っている。

昔から、四大精霊と意思の疎通が出来たことは無い。いつも、彼女が通訳してくれていたからだ。そんな懐かしい光景を思い出してしまうのが辛くて、彼は段々と四大精霊を見ないようになっていった。

だが、今、この戸惑いを話せる存在は、四大精霊しかいないという皮肉だ。

「グランドリア侯爵令嬢から、彼女が生まれて来るということだろうか……?」

思考を整理する為に口に出し、心臓が痛いほどに鼓動が早くなった。腹の底から感情が溢れそうになると同時に、希望的観測に冷静に静止をかける自分がいる。

ディルニアスは、もう、失望に慣れきっていた。

毎回、毎回。

今生こそ彼女と会えるようにと期待して生まれ、成長するにつれて国内を整えてから死んだ筈なのにと国の腐敗に消沈し、彼女と出会えないことに失望した。

いつも、いつも。

全てに、失望した。

彼女の為に、生まれて来る彼女の為に素晴らしい国を創って迎えたかったのに、刈り取っても根絶やしにしても、生まれ変われば同じように金や権力に意地汚く弱者を平気で踏み躙る輩が跋扈していた。

何度も繰り返し、「金髪金目」の賢君は不正を断罪し処罰すると歴史に刻んでも、何故だか自分たちは大丈夫だとこちらに諂ってくる輩が多く、本当に意味が分からなかった。

不正腐敗の温床である政治家や貴族たちに向けては勿論、施されることが当たり前としてすぐに不平不満の声を上げる民にも苛立ちが増した。

何故、皆、好き勝手に自分に手を伸ばしてくるのか?

民たちは、「金髪金目」の賢君なのだから、自分たちの暮らしを良くしてくれるだろうと、好き勝手に要望を言い募った。

彼は苛立ちながらも、民を虐げてはならないという理性だけは残っていた。そんなことをすれば、彼女を悲しませるからだ。彼女が生まれてきた時に「素敵な国ね」と言われたかったから、彼は国を富ませようと努力した。

どんな無理難題も「金髪金目」の賢君だから出来て当たり前、出来ないのは手を抜いているからだと、誰も彼を思いやることはなかった。

彼を産んだ両親や兄弟たちは、物心がつく前には「気味が悪い」と彼を遠巻きにしていた。そうして「金髪金目」の賢君であるという期待が一心に彼に向かうのを厭い、腹いせのように何も伝授することなく王位を譲って隠遁し、決して相談に乗ろうとはせず、彼を孤立させた。

幾度も、幾度も。

親や兄弟たちから命を狙われることもあった。彼に憑いている大精霊たちが刺客を燃やしたり切り刻んだりして事なきを得たが、周囲がさらに彼を気味悪がったり、或いは狂信者のように拝み敬ったりと、どちらにしても更に孤立するという悪循環となった。

彼女が生まれてきたら、彼女と出会ったら。そう夢想することしか、彼には癒しはなかった。

彼はもう、疲れ果てていた。

だけど。

『わたしを見つけてね』

彼女とたった一つ交わした約束だけが、彼を支えていた。

その約束を果たす為だけに彼は生を繰り返し、失望を繰り返し、絶望を繰り返した。笑うことも泣くことも、彼女への想いに縋ることも出来なくなり、自死を選ぶことの繰り返しとなった。

彼が泣くことが出来るのは、産まれた時に産声を上げる時のみだった。

もう、何も期待はしないでおこうと思いながらも、正気を保っているうちは、彼女との出会いを諦めることは出来なかった。

しかし、それ以外のことは、全てを諦めていた。

人間への想い。

特に、家族間の関係に疲れ果てていた彼は、早々に関係を断っておこうと思い立った。

「おねがいがあります」

長文を話せるようになってきた三歳で、ディルニアスは両親に切り出した。

「何か欲しい物があるのかい?」

期待に目を輝かせた自分の両親である男と女の顔を、ディルニアスは無感動に見つめた。

「おとうとが、ほしいのです」

何故か微笑み合っている二人の男女に、ディルニアスは説明を付け足した。

「かのじょいがいとむすばれるきは、ありません。わたしに、あとつぎをきたいしないでください」

第一子として生まれた自分は、このままでは王太子となり、やがて王となってしまうだろう。そうなれば、後継者問題で煩く言われることは分かっていたので、自分は存在しない者だと扱って欲しかった。出来れば、早々に弟を作ってもらい、そちらを後継者にしてもらうことが、ディルニアスの望みだった。

「……あ、貴方は……」

「ええ、そうです。すべて、わたしです」

気が付いたらしい女に頷いた後に、説明が足りないなと気が付いた。

「このきんいろのめは、すべて、おなじにんげんです」

最初は「金髪金目」の賢君が生まれたと喜びながら、突然化け物を見るような目に変わり、突き放され、殺されかけるくらいなら、最初から第一子は存在しなかったと思ってもらった方が良い、とディルニアスは考え、正体を明かす事にした。

独りで良い。

欲しいのは、彼女だけ。

誰にも何も期待はしない。

ディルニアスは、最初から全てを諦めた。

怯えたように自分を見つめる二人の目を確認し、ディルニアスはその場を後にした。

あの二人が自分を構ってくることは今後ないだろう、とディルニアスは思ったのだが、意に反して、二人の視線をしばしば感じたし、顔を合わせれば挨拶をされたり、様子を訊かれたりした。

ディルニアスは、二人の考えが分からなかった。

怪訝に思いながらも、当たり障りなく返事をするようにしたが、二人をさり気なく避けるようにした。

心のどこかで、ディルニアスは既に今生も諦めていた。きっと、今回も彼女に会うこともなく、自分は将来また狂い死ぬのだろうとうっすらと思っていた。

しかし、そんな或る日。

光が、見えた。

細く、金色に輝くまるで糸のようにも見える細い光が、天から真っ直ぐに降りてきていた。

何だろう、とディルニアスは立ち止まり、城の廊下の窓からじっと空を見上げた。

「どうされましたか、殿下?」

世話係のジェフリーが、ディルニアスと目線の高さを合わせて屈み、同じように空を見上げた。

「あの光……」

「光? 何処にですか?」

少年の高い声が、不思議そうに低く潜められる。

だが、ディルニアスは構っていられなかった。反射的に窓を開けて飛び降りる。

この金色の瞳は彼女から貰ったものだった。だから、自分にしか見えないのならば、意味がない筈がないのだ。

「殿下!」

二階の高さとはいえ、ディルニアスは四歳児だ。王家の影として訓練されているジェフリーでも思わず驚きの声を上げてしまったが、ディルニアスは難なく着地をして駆け出した。

ジェフリーも急ぎ飛び降りてその後を追うが、ディルニアスは壁を飛び越え、屋根の上を走り、木の上へと飛び移った。まだ幼いながらも才がある、と言われているジェフリーであったが、鍛錬を増やそうと密かに決意しながら追いかけた。

「殿下、まずいです。こちらは、グランドリア侯爵家ですよ」

木の上から気配を消して庭を眺めるディルニアスに、ジェフリーは囁いた。

「用事があるなら、遣いを出してから訪問しましょう。こんな所に潜んでいるのがばれたらややこしくなります」

王子が訪問するのもややこしい話にはなるかもしれないが、ここで見つかるよりは何とかなるだろう、とジェフリーは考えた。

「あの、お茶をしている銀髪の小さな令嬢は誰だ?」

いや、殿下よりも年上のお子様なんですがと思いながらも、ジェフリーは答えた。

「こちらの家の御息女、マリーベル令嬢です。我が国で銀髪は珍しいので今、注目を集めている御令嬢です」

「そうか……」

動こうとしないディルニアスに、ジェフリーは諦めて気配を消して辺りを警戒した。ディルニアスは、天から降りてきていた細い光が、マリーベルの頭上に吸い込まれるように消えていくのをじっと眺めていた。

光がすっかり見えなくなっても、ディルニアスはマリーベルを眺めていた。訓練されているジェフリーでも、ようやく顔の判別がつく程度の距離である。だが、ディルニアスにははっきりと表情までもが分かったし、そして、マリーベルの顔を見ても何も思わない自分に気が付いていた。

無表情であったが、ディルニアスは内心困惑していた。

今の光に何の意味があったのだろう? 光は何なのだろう?

ディルニアスは令嬢のお茶が終わるまで眺め続けた。そうして、令嬢が立ち上がった時に、お腹の辺りが小さく光っていることに気が付いた。

彼女であれば、自分が気付かない筈がないという自信がディルニアスにはあった。

マリーベルは彼女ではない。

これは明白な事実だ。では、他に考えられることとしては、マリーベルから彼女が生まれて来るのではないか? とディルニアスは考えた。調べてみれば、マリーベルは十歳であった。何故、十歳という子供の時から母体が選ばれているのか?

ディルニアスには分からなかったが、彼女ならやりそうだなという気もした。恋愛に、結婚に、とても憧れを持っていたから、両親の恋愛を一緒に見守りたいと考えている可能性がある。

だとすると、マリーベルには恋愛をしてもらわなければならないなと、ディルニアスは思った。出来れば、大恋愛をしてもらわなければならない。小説に、劇になるような。彼女が、喜ぶような大恋愛を。

そう考え、ジェフリーが注目を集めている令嬢だと言っていたなと思い出し、慌てた。十歳ならそろそろ婚約話が出てもおかしくないが、政略結婚でそこに愛がなければ彼女が生まれて来ないかもしれない。

なので。

「おねがいがあります」

ディルニアスは、もう関わるつもりがなかった自分の両親に、再度面会を申し込んだ。

「な、何か欲しい物があるのかい?」

「はい。マリーベル・グランドリア侯爵令嬢を私の婚約者候補にして欲しいのです」

そう口にしながら、どう脅せば効果的か、とディルニアスは考えていた。自分が何度も生まれ変わっている化け物だと正体を明かしてしまっているのだから、普通に「お願い」を叶えてもらえるとは思っていなかった。

「マリーベル嬢が、貴方の探していた人なのですか?」

「いいえ、違います」

王妃からの問いかけに首を振りながら、ディルニアスは驚いていた。自分が探している「彼女」がいると、その当たり前の事実を第三者が口にしてくれたことに驚いた。

ずっと、頭がおかしいと言われてきたのだ。そう言われることに、扱われることに慣れていたディルニアスは、自分でも気が付かない程に僅かに動揺した。

「私も初めての経験なので、よく分からないのです。でも、マリーベル嬢は彼女に関係しているとしか考えられない」

後になって考えてみれば、こんな話を四大精霊以外にしたのは初めてだった。

「では、貴方の望む通りに致しましょう」

「王家も、マリーベル嬢に瑕疵が付かないように全力で保護をするようにしよう」

そう言って、二人に微笑みかけられ、ディルニアスは目を見開いた。こちらが何も脅すことなく、願いを叶えてくれたことが信じられなかった。

「貴方の大切な人に会えると良いわね」

「何か私たちに出来ることがあれば、相談しなさい」

そう気遣ってまでくれて、ディルニアスは戸惑った。困惑した、と言っても良い。

どうして、この二人はそんな言葉を自分にかけてくれるのだろう?

ディルニアスには分からなかった。

ただ。

「全て、自分でしようとすれば時間も手間もかかるものだ。人を上手く使いなさい」

王の言葉が、やけにディルニアスの心に残った。

「マリーベル・グランドリア侯爵令嬢、今日はお茶会の招待を受けてくれてありがとう」

「……いえ、とんでもないことでございます」

きちんと返事が出来たマリーベルに、ディルニアスは内心で満足した。四歳児がこんなにしっかりと喋る筈がない、と理解できなかったり、聞こえなかった振りをする者が多い中で、状況判断に優れているとディルニアスは評価した。

「さて、二人だけの内緒の話をしよう。この婚約は正式には結ばれない。私との婚約は、君は候補のままで終わる。だから、自由に恋愛をしてくれて良い」

というか、自由に恋愛をしてくれなければ困るのだ。しかも大恋愛だ。万が一にも、自分に惚れられたら閉口するのだが、マリーベルが怯えたように、戸惑ったように自分を見つめる視線に、その心配はないなとディルニアスは安心した。

「さすがは私の将来の 義母上(・・・) だ。理解が早くて助かるよ。申し訳ないけれども、婚約者のフリはよろしくね」

生まれて来る彼女の母体として、ディルニアスはマリーベルを気に入った。彼女の母体として、母として相応しい女性になるだろうと思えた。後は、マリーベルが大恋愛をしてくれれば。

ようやく、彼女と、会える────。

そう考えた瞬間に感情が溢れそうになり、そうして、失望に慣れた自分により本当に会えるのか? と冷や水を掛けられたように腹の底から冷たくなるのだ。

ディルニアスはとりあえず、流行りの恋愛小説や劇を勉強するようにした。

そんな日々を過ごすうちに、ディルニアスは八歳になり、弟のレイモンドが生まれた。

「良かったです」

二人の間に生まれてきた赤ん坊と対面させられた時、ディルニアスは本当にそう思った。自分が将来居なくなっても、この子供がいるなら二人は安心するだろうと思ったのだ。

そう考えた事に、ディルニアス自身気が付いていなかったが。

赤ん坊には、どう接して良いのか分からないから近寄らないようにした。弟を殺そうとしたと冤罪を着せられて、殺意を向けられないように気を付けた。

だが、ディルニアスは、今生は思ったよりもまともに政治が機能しているなと気が付いていた。怪しい反乱分子や不正腐敗の芽は転がっているが、いつでも摘める程度の小ささである。レイモンドがもう少し大きくなったら分からないが、暗殺を唆すような第二王子派は今のところ見当たらない。今の王はなかなか優秀なのだなと、少し見直した。