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お茶会にやって来た婚約者が、とびきり可愛いお嬢さんを侍らせています

作者: 瀬嵐しるん

本文

うららかな春の午後。

わたしは、王都に暮らす従姉が送ってくれた小説を読んでいた。

「あらまあ大変よ、セリア」

「お嬢様、何が大変なんでしょう?」

ゆったりとソファで寛いだまま、大変だなどと口にする主人に対し、呆れた思いを隠さない声音を返すのは、専属侍女のセリアだ。

「 お従姉様(おねえさま) によると、王都の恋愛小説の流行は、お茶会に可愛い従妹や身近な女性を同伴する婚約者をやり込めたり、婚約破棄したりするものらしいわ」

「おやまあ……」

お従姉様のお手紙によれば、他にもいろんなパターンはあるものの、女性側が思い切って何らかの行動に出る、というのが人気らしい。

「明日のお茶会、ユベール様は可愛いお嬢さんを同伴してもいいかと、手紙で訊いて来たわよね」

「左様でございますね」

「わたしも、何かの行動に出ないといけないかしら?」

「とりあえず、お茶会用のお菓子を仕上げてしまった方がよろしくないでしょうか?」

「そうだったわ! 忘れてた。

思い出させてくれてありがとう」

「どういたしまして」

わたしは、読みかけの小説を閉じると、厨房へ向かった。

のどかな田舎にあるボナール子爵領。

農業が主な産業で、静かなことが取り柄の領地だ。

屋敷には、それなりに使用人がいる。

けれど、手伝ってもらいながらも、自分で出来る事はやっていくのが田舎流。

今のわたしは両親の手伝いの他に、家族と使用人、そして来客用のお菓子作りを任されている。

「お嬢様、食紅が届いていますよ」

料理長が声をかけてくれる。

「ありがとう、これでピンクのアイシングが作れるわ」

明日は、婚約者を招いてのお茶会だ。

手作りの焼き菓子を、うんと可愛く仕上げたい。

一人娘のわたしは、当然婿取り。

自分でも、子供の頃から家庭教師をつけてもらい、いろいろ学んできた。

だが、どっちかというと領地経営より家事、特に料理が得意だ。

領地経営を手伝ってくれる……出来ればその方面が得意で引っ張ってくれるお婿さんが必要だった。

しかし、田舎領地でも乗っ取りの危険性は皆無ではない。

情報を開示し過ぎずに有望な婚約者を探すのは、なかなか大変だったのだ。

そんな中、隣領の次期子爵夫人であるクリステル様が弟さんを紹介してくれた。

八歳年上のクリステル様は、十年前に嫁いで来られた時から頼れるお姉さんという感じで、わたしの様子を見て、いろいろ察してくれたようだ。

『コンスタンス様、わたしの弟が王都の学園で学んでいるのだけど、そろそろ卒業なの。

文官試験にも受かったらしいけど、ちょっとのんびり屋でね。

王城の慌ただしさについて行けるか不安で。

ねえ、よければ一度、会ってみてくださる?』

王城の文官試験に受かるほど事務仕事に向いた人なら、お婿さんには最高だ。

是非是非、とお会いしてみることにした。

「初めまして。ユベール・ラガルドです」

「コンスタンス・ボナールです。ようこそ、子爵領へ」

初めて目にしたユベール様は、王都で誂えたらしいお洒落な姿。

わたしも一張羅でお迎えしたが、さぞや野暮ったく見えるだろうと思った。

けれど、彼は気にした風も無く、わたしが作った焼き菓子を、旨い美味いと品よく食べた。

「ああ、この服は、実は貰い物なんです。

逆玉の輿で婿入りが決まった先輩が、気前よく一度しか袖を通していない服を譲ってくれたんですよ。

験が良さそうなので着て来ました」

「あら、黙っていれば、わからなかったのに……」

「ああ、本当だ。ですが、もし婚約となれば、懐事情など全て知れる事ですし」

ははは、と笑う彼。

その飾り気の無い笑顔に、わたしは好感を持った。

話はトントン拍子に進み、婚約へと進む。

ただ、ユベール様は学園を卒業後、一旦、実家の伯爵領に帰ることになった。

丁度、嫡男のお兄様が爵位を譲られることになり、その前後のごたごたする事務作業の手伝いを頼まれたのだ。

ご実家の領地は遠いので、しばらくは手紙での交流となった。

文官を目指していただけあって……かどうかはわからないが、彼は筆まめだ。

ロマンチックな内容ではないけれど、綴られた日々の出来事や、その感想などから彼の考え方が少しずつ伝わって来る。

そうして半年が過ぎた今、隣領を訪ねる用事があった彼が、久々にわたしにも会いに来てくれることになった。

お茶会当日も、よく晴れた。

これなら、外でお茶が飲めると嬉しくなる。

「ようこそ、ユベール様」

「今日はお招きありがとう。これ、お土産」

「まあ、ありがとうございます」

領地の屋敷を訪ねてくれた婚約者。

従者から受け取ったバスケットには、珍しい果物のジャムが入っていた。

思わず顔が綻ぶ。

「この果物、このへんでは採れないのですけど、わたし、大好きなのです。

嬉しいです」

ホッとした顔のユベール様。

「喜んでもらえて良かった。

おまけが付いて来たことへのお詫びの意味も兼ねてるから」

「お詫びだなんて、お気になさらなくてもいいんですよ」

「ほんと、申し訳ない」

彼の腕には、とびきり可愛いお嬢さんがギュッとしがみついている。

それまで大人しくしていた彼女たちは、口を尖らせた。

「おじさま! おわびってなんですの!?」

「おじさま! おまけって、わたしたちのことですの!?」

「わたし、ぷんすかですわ!」

「わたし、ぷんすこですわ!」

彼の両腕に、それぞれしがみついていた双子の幼い美少女が、可愛らしく囀る。

「アリーヌ様、フルール様、淑女がすぐに腹を立ててはいけませんわ」

「ごめんなさい。コンスタンスおねーさま」

「しつれいしましたわ。コンスタンスおねーさま」

「お二人ともさすがですね。素直なのは淑女の美徳です」

「もちろんですの」

「わたしたち、しゅくじょですもの」

「素敵な淑女のために、たくさんお菓子を用意していますよ。

さあ、一緒に食べましょう」

「「はい、おねーさま」」

二人の小さな淑女はユベール様から離れて、今度はわたしの両手につかまった。

クリステル様のお嬢さんであるアリーヌ様とフルール様のお二人。

彼女たちが生まれた時からの、親しいお付き合いである。

今日のお茶会は、婚約者同士の交流が目的だが、二人の小さなお客様も一緒。

木陰に敷いたカーペットに誘い、お茶会を始める。

「ピンクのかざりがすごくかわいいですわ」

「ハートのかたちがとてもかわいいですわ」

上機嫌でお菓子を平らげた二人の淑女は、お眠になってしまったようだ。

用意しておいたお昼寝布団に寝かせると、すぐに寝息を立て始めた。

「ほんとうに可愛いわ」

「うん、可愛い。相手すると疲れるけどね」

「お疲れ様です。

お姉様の体調はいかがですか?」

「お陰様で、安定しているよ。

今日は双子がいなくて静かだから、ゆっくり休んでると思う」

クリステル様は、ご長男とこの可愛い双子に続く第四子を妊娠中。

ユベール様はご実家を代表して、お姉様のお見舞いに訪れたのだ。

「ご実家の方は?」

「そっちも大分、落ち着いて来た。

予定通り、こちらに移って来られると思う」

「そうですか、よかったわ」

「君の方は、何か変わったことは無い?」

「ええ、何も……あ、そう言えば」

「何?」

「王都に居る従姉が、恋愛小説を送ってくれたのですけど」

「恋愛小説?」

「ええ。今の流行の一つが、可愛いお嬢さんをお茶会に連れて来る婚約者を、断罪する令嬢のお話らしいんです」

「うわ、それは大変だ」

「ええ」

「可愛いお嬢さん、二人も連れて来ちゃってるよ。

頼むから婚約破棄などしないで欲しい」

「うふふ、どうしようかしら」

「君は少し、意地悪だね」

「あら、そんなふうに仰られたら、悲しいわ」

言葉とは裏腹に、ウキウキした声で会話をしていたわたしたち。

少し離れて控えている侍女は、きっとまた呆れているだろう、と視線をやれば、なぜか笑いを堪えているような表情で……

「これってイチャイチャですわね?」

「きっとこれがイチャイチャですわ!」

ん? と斜め下を見れば、いつの間にか起き出した双子が、うつ伏せで肘をつき、頬に両手を添えてじっとわたしたちを観察していた。

どうやら、音を立てないようにお昼寝布団から匍匐前進してきたらしい。

「あらまあ」

「こらこら、大人を揶揄うもんじゃない」

「おかあさまからの、しれいですの」

「ちゃんとふたりがイチャイチャしているか、みてらっしゃいといわれましたの」

二人は任務遂行中とばかり、フンスと鼻息も荒く見つめて来る。

「全く、姉さんと来たら……」

「クリステル様は仲人ですもの。ご心配なのでしょう。

アリーヌ様、フルール様、とってもイチャイチャしていたとお伝えください」

「……コンスタンス」

ユベール様が戸惑ったように訊ねる。

「あら、違ってました?」

「そう伝えてもらうには、イチャイチャが足りない」

「それは、もうしばらくお預けです」

「そんな殺生な」

ユベール様が役者のように額に手を当て、大げさな仕草で後ろ向きに倒れる。

すると、双子は彼の身体によじ登った。

「おねーさまのほうが、おじさまよりおつよいの?」

「そうなんだ」

「おんなのひとのほうがよわいってききましたのに、どうして?」

「それはね……私の方が、彼女に惚れてるからだ」

「ほれてる?」

「大好きってことさ」

双子は顔を見合わせて、きゃあと笑う。

「「とってもイチャイチャですわ!」」

そして、なぜかくすぐりっこを始めた三人。

わたしはといえば、思ったより熱い頬を押さえながら、幸福な困惑に包まれていたのだった。