軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミドルトン侯爵家の晩餐会

それから数日間は、これといった進展もないまま時は過ぎた。

といってもそれは首飾り盗難事件に限った話であって、それ以外の点では色々と動きがないではなかった。

まずフェリシア・エヴァンズがアーネストの新たな婚約者として正式に発表された。加えて「フェリシア・エヴァンズがペンファーザー公爵家に養女に迎えられることが内定した」との情報も、噂の形で伝わってきた。てっきりパーマー侯爵家に迎えられるのかと思いきや、色々と事情があるらしい。

王立学院内においても、くだんのニュースはしばらくの間、生徒たちの話題をさらった。

生徒たちの中には「まあ良かったじゃないか。将来の王妃が決まっていないのはなんだか心もとないし」と好意的に受け止める者もいれば、「あんなことがあったのに、よくまあ次が決まったものですわね」と白い目で見る者もいた。

またアーネスト本人に直接「おめでとうございます」と祝福の言葉を述べる者もちらほら見られた。対するアーネストは「ありがとう」と笑顔で礼を述べるものの、それ以上の発言はなく、どこか素っ気ない対応を取っている模様。

一方のフェリシア・エヴァンズは一躍時の人となり、話を聞きたがる者がしばらく周囲を取り巻いていたが、本人は内気そうにうつむくばかりで、学院生徒からの注目に困惑しているようだった。

「ほら、あの方よ」

「ふうん、まあまあね」

「ビアトリスさまの方がずっとお美しかったわねぇ」

「ええ、所作もなんだか野暮ったいし」

「所詮は田舎の子爵家ですから仕方ありませんわよ」

「本当にビアトリスさまとは比べ物になりませんわね」

時おりそんな声も聞こえてくる。ビアトリスが婚約者だったころは「あんな人が婚約者でアーネスト殿下がお可哀そう」などと言われていたのに、実にいい加減なものである。

もっとも婚約した当人たちがあくまで淡々とした態度を貫いているせいか、生徒たちの関心は次第に薄れていった。

変わって話題に上るようになったのは、学院内における連続窃盗事件である。

と言っても対象は首飾りなどではなく、教科書や文房具と言った比較的安価なものばかりだが、中には苦労して作成したレポートを提出前に盗まれたという気の毒な生徒もいるようだ。

犯行はいずれも移動教室などで無人のときを狙って繰り返されており、特に不審者の目撃情報もないことから、犯人は学院関係者の誰かだろうと言われている。学院内では「あいつじゃないか」「こいつかもしれない」といった無責任なうわさが飛び交って、そこから人間関係のトラブルにも発展しているらしい。

そんなぎすぎすした空気の中、ついにマリア・アドラー率いる生徒会が事件の解決に乗り出した。陣頭指揮を執っているのは、会長のマリア・アドラーだが、騎士団長の息子であるレオナルド・シンクレアも色々とアドバイスしているとのこと。

かつては通常業務に四苦八苦していた生徒会も、今ではすっかり安定しているようで、実に頼もしい限りである。被害生徒だけではなく、疑われている生徒のためにも、一刻も早い事件解決を期待したい。

一方、ウォルトン公爵領ではなにやらもめ事が起こっているらしく、ビアトリスの父は公爵領に戻って行った。なんでも母や代官が対応してもらちが明かないので、父が出向いて直接仲裁に当たって欲しいという手紙が来たとのこと。

父は「こんなときにお前を一人で残していくのは非常に心苦しいんだが」と辛そうな様子だったが、ウォルトン公爵である父が、領地のことを優先するのは仕方のないことである。

マーガレットの兄、チャールズの運命の相手はいまだ見つかっておらず、マーガレットは「もう母国に帰っちゃったのよ、きっと」と情け容赦ない推測を述べている。

ビアトリスは念のためチャールズ本人に確認してもらったものの、やはりフェリシア・エヴァンズは彼の運命の令嬢ではないようだ。「好きになった相手は王太子の婚約者だった」などという悲劇が起こらなくて幸いだったとつくづく思う。

ちなみにそのフェリシア・エヴァンズはといえば、学院内で時おり姿を見かけることもあったが、婚約者であるアーネストと一緒にいるところを見ることはなかった。

まあ学年が違う以上、一緒に行動することはなかなか難しいのだろう。噂によれば定期的にデートを重ねているそうだし、いずれ打ち解けるのだろう。ビアトリスはそんな風に考えて、あまり気に留めていなかった。

不安と焦燥の日々を送る中、ビアトリスはバーバラのつてで、「閣下」の一人であるミドルトン侯爵主催の晩餐会に出席する機会を得た。

ミドルトン侯爵は社交界きっての食道楽として知られており、その晩餐会に出席できるのはごく一部の親しい人間のみである。その権利を手に入れるのはさすがのバーバラと言えどなかなか難しいのではないかと思っていたが、あれこれと手を尽くして見事もぎ取ってきたという。

そして出席した晩餐会は山海の珍味が並ぶ実に豪勢な物であり、手入れの行き届いた屋敷の様子や使用人の立ち振る舞い一つとっても、金銭的に困窮している兆候は欠片も見られなかった。

またミドルトン侯爵は落ち着いた雰囲気の老紳士であり、ミドルトン夫人もふくよかで感じのいいご婦人で、あまり宝石に執着するタイプには感じられない。

ただ唯一引っかかったのは、侯爵夫妻のどこか探るような、意味ありげな眼差しだ。

積極的に話しかけて来ることはないものの、ふとした折に絡みつくような視線を感じる。それでいてビアトリスが目を向けるとさりげなく目をそらしてしまう。これは一体何なのか。

結局謎は解けないまま、ただ和やかな雰囲気のもとで晩餐会は終了した。

「本日はお招きいただいてありがとうございました。とても素晴らしい晩餐会でしたわ」

「ビアトリスさまのお口にあったようで光栄です」

「ぜひまたおいで下さいませ」

侯爵夫妻と型どおりの挨拶を交わしつつ、玄関を出て馬車の方に向かおうとしたところで、ふいに頭上から視線を感じた。

振り返って見上げると、三階の正面にある窓のカーテンが揺れている。

たった今、誰かがそこから覗いていたのだ。

「あそこはどなたのお部屋ですか?」

ビアトリスは見送りに出た侯爵夫妻に問いかけた。

「あそこは空き部屋のはずですが、どうかしましたか?」

「今、どなたかがいたような気がしたものですから」

「それは何かを見間違えられたのでしょう」

ミドルトン侯爵夫妻はこわばった笑みを浮かべて言った。