軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王宮の舞踏会

大広間に入ると、ビアトリスたちはさっそく主催者のもとへ挨拶に赴いた。

国王夫妻のビアトリスに対する態度は、いかにも無難で当たり障りのないものだった。

アメリア王妃は如才なくにこやかな態度を示し、国王陛下はかつての「未来の娘」に対するような親密さは影を潜めたものの、かといって冷淡でもないほどほどの親しみを発揮した。

一方、夫妻のカインに対する態度は、実に対照的だった。

王妃は「まあ、お父様そっくりになっていらしたわねぇ」という妙な含みを持たせた言葉をよこし、カインは、「ありがとうございます、父に会ったら伝えておきます」とすました顔で受け流した。

国王アルバートは、かける言葉こそ型どおりでありきたりのものだったが、その眼差しは奇妙に熱を帯びて、カインをじっと見つめていた。自分が選ばなかったもう一人の「息子」に、何か思うところでもあるのだろうか。

対するカインはまるで気づいていないかのように、すました態度を崩さなかった。

夫妻への挨拶を終えたあと、すれ違う知人たちとも挨拶を交わしてから、ビアトリスはカインを伴ってマーガレットたちに合流した。

マーガレットとシャーロットのドレスはそれぞれの個性を生かして良く似合っており、贈った人間の彼女らに対する思いが伝わってくるようだった。もっとも当の婚約者らの前でその点を指摘するのはさすがに遠慮しておいた。からかうのは後日のお楽しみである。

ちなみにビアトリスの衣装に関しては、「まあ、赤いドレスなのね」「ええ、赤いドレスなの」という端的なやり取りが交わされた。誰も赤紫とは言わないあたりが、実に心得たものである。

友人たちと歓談している間中、ビアトリスは周囲からの視線を常に感じた。皆がカイン・メリウェザーにエスコートされるビアトリス・ウォルトンを見て囁きを交わしているようだった。

やがて楽団の演奏が始まり、ビアトリスたちも踊りの輪の中に加わった。

予想通りカインのリードは巧みで完璧だったが、それ以上に自分とぴったりと息が合っていることに驚いた。初めて踊るというのに、まるで百年も昔から一緒に踊っているかのようにしっくりとくる。

ビアトリスが思わず微笑むと、カインも微笑みを返す。楽しくて心地よくて、このまま永遠に踊っていたいほどだった。

そのまま二曲目、三曲目と踊り続けて、ようやく踊り終えたときには、周囲から盛大な拍手が沸き起こった。いつの間にやら会場中の注目を集めていたらしい。賞賛の声と共に「本当に素晴らしいカップルね」なんて声まで聞こえるのがなんだか少し面映ゆい。

ナイジェル・ラングレーとの噂を払しょくするという目的は、これで完全に果たされたことだろう。

壁際によって、カインが飲み物をとってくるのを待っていると、見知った愛らしい少女が、「お二人とも素晴らしかったです」とおずおずと声をかけてきた。

「ありがとうエルザ、貴方も来ていたのね」

「はい。従兄にエスコートしてもらっています。先ほどのお二人のダンスは本当に見事で、思わず見とれてしまいました」

「ありがとう。カインさまのリードが上手かったからよ」

「いえ、ビアトリスさまも素敵でした。それであの……お願いがあるのですが」

「なにかしら」

「その、従兄はあまりダンスが好きではないので……図々しいのですが、その、一曲だけ、私もメリウェザーさまと踊りたいのです」

エルザはいつもの内気そうな笑みを浮かべていたが、その声音にはどこか必死な響きがあった。ビアトリスが口を開こうとした瞬間、飲み物を手に戻ってきたカインが代わりに返答した。

「エルザ嬢、すまないが、今日は初めてビアトリスと参加した記念すべき日だし、最後まで彼女のパートナーを務めるつもりなんだ」

「カインさま、どうぞ踊っていらしてください。私は少し疲れたので、あちらで休んでいますから」

「しかし……」

「私もカインさまが踊っているところを傍から見たいと思っていましたの。お二人のダンスを拝見するのが楽しみですわ」

ビアトリスが熱心に勧めると、結局カインはためらいながらも、エルザを伴って広間の中央に戻って行った。二人の後ろ姿を見送りながら、ビアトリスはそっとため息をついた。

エルザ・フィールズとの関係について、カインは「そういうのじゃない」と言っていたし、実際その通りなのだろう。彼のことだから変に思わせぶりな態度をとることもなかったはずだ。しかしエルザの方はカインに対してひそかな憧れを抱いていたのではなかろうか。

何も考えずに浮かれていたことに罪悪感が襲ってくるが、こればかりはどうしようもないことだ。

一曲だけ、とエルザは言った。

彼女はおそらくこれを最後の思い出にして吹っ切るつもりなのだろう。

(少なくともタルトの全種類制覇よりは、ずっとロマンティックな終わらせ方よね)

ビアトリスがそんなことを考えていると、ふいに耳元で笑いを含んだ声がした。

「パートナーを自分から譲ってしまうなんて、随分と寛大なのですね」

思わず取り落としたグラスが、音を立てて砕け散る。振り向くと、すぐ近くに見知らぬ男が胡乱な笑みを浮かべて立っていた。年は三十前後だろうか。中肉中背。茶色い髪に緑の瞳。会ったことはないものの、その特徴が当てはまる人物に、ビアトリスは一人心当たりがあった。

顔をこわばらせるビアトリスに、相手は楽し気に笑みを深めた。

「ああ、貴方にとっては初めまして、なのですね。以後どうかお見知りおきを。私はナイジェル・ラングレーと申します」