軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

俺のものだ

ややあって、アーネストは駄々をこねる子供に言い聞かせるような口調で言った。

「……トリシァ、もういい加減、拗ねるのはよせ」

「はい?」

「確かに俺は今まで君に少し冷たかったと思う。君だけを特別扱いするわけにはいかないと意識するあまり、君にことさらそっけない態度をとってしまったことは否めない。そのことが君を傷つけたのなら本当に悪かったと思う。でも、だからといって、婚約解消まで持ち出すのはやり過ぎだ。あまり俺を困らせないでくれ」

「アーネスト様、私は別に、貴方を困らせるために申し上げているのではありません」

「じゃあ何故そんなことを言う」

「先ほど申し上げた通り、貴方と共に歩む未来が見えないから、共にやっていけると思えないからです」

マーガレットもシャーロットも、己の婚約者と共に歩む未来を楽しげに思い描いている。しかしビアトリスとアーネストの間にあるのは過去ばかりだ。幸せな過去はたくさんあっても、未来への展望はひとつもない。こうして彼を前にしても、ただのひとつも湧いてこない。

「……本気なのか?」

「本気です」

「何故だトリシァ、君は、俺が好きだろう?」

「好きでした。ですが今はもう、貴方のことが分かりません」

「俺を裏切るのか? ……あいつの方が良くなったから?」

アーネストの目に狂気じみた憎悪がやどる。生徒会を辞めたときと同様に。

あのときビアトリスはおびえて混乱し、彼のさらなる暴走を招いた。

しかし今度はひるむことなく、彼の眼差しを受け止めた。

「あいつというのがカイン・メリウェザーのことをおっしゃっているのなら、まったく違うと申し上げます。彼は何の関係もありません。私たちの信頼関係を裏切ったのは私ではなく、アーネスト様の方です」

「俺が君を裏切った?」

「私が実家の力で無理やりアーネスト様の婚約者に収まった、とおっしゃいましたよね」

「なんの話だ? そんなことは言っていないぞ」

心底怪訝そうな、困惑した声音でアーネストが言う。彼を前にしていると、まるで何の落ち度もない善良な王子様に、無茶な言いがかりをつけているような、後ろめたい気持になってくる。この人は、なぜこんなにも仮面をかぶるのが上手いのだろう。

「複数の生徒から、貴方がおっしゃったと聞きました。探せば証人はいくらでも見つかるはずです」

「……覚えていないが、もしかしたらほんの冗談でそんなことを言ったことがあるかもしれないな」

アーネストが苦笑する。

「しかしそんなものはただ軽口だ。笑って流すような話だし、誰も本気になんかしていない。ただの軽口にむきになって怒るなんて、君はちょっとおかしいぞ」

「……確かにアーネストさまはほんの冗談として、そういえば一般生徒に受けるから、彼らが喜ぶからという軽い気持ちでおっしゃったのかもしれませんね」

ビアトリスは感情的になりそうになるのを必死に抑え、あくまで静かな口調で言った。

「その程度の理由で、そんな軽い気持ちで、私の体面を踏みにじっても構わないとお考えなのですね。それに腹を立てるのがおかしいのなら、私はおかしくて結構です」

「分かった。確かにちょっと軽率だったかもしれない。……つまりその件を俺が取り消して、両家が望んだ婚約だと公にすれば君は納得するんだな?」

「そういうことではありません」

「それじゃあ、他に何が気に入らないんだ?」

「ですからもう、個別の件がどういうという段階ではないのです」

「俺に不満があるんだろう? 他に何があるのか言ってみろ」

言葉が通じない。何を言っても伝わらない。いつからこんなにも離れてしまったのだろう。

「……試験で私が不正をしたと、マリア・アドラー副会長におっしゃいましたよね」

「なんの話だ? 不正を言い出したのはマリアだぞ」

「貴方が言い出したから、副会長は暴走したのではありませんか?」

「もしかしてマリアから何か吹き込まれたのか? それで君は怒っているのか? あいつの言うことなんか信じるな」

「誰を信じるかは私が決めます。私は副会長より貴方のことが信じられません。貴方と共に歩む未来が思い描けません。どうか私との婚約を解消してください」

「君は俺のものだ。何があろうと手放すつもりはない」

アーネストの両の手の平がビアトリスの髪に触れ、そのまま頭を包み込んだ。

「トリシァ、君は俺のものだ。絶対に誰にも渡さない」

ビアトリスの頭をおさえるアーネストの両手に力がこもる。

強く強く。

痛みを感じるほどに強く。

動けないままのビアトリスに、アーネストの顔が近づいてくる。

生温かい感触が唇に触れて、離れていくまで、ビアトリスはぎゅっと拳を握りしめていた。

「……気がお済みですか?」

淡々とした声で尋ねると、アーネストの手がゆるんだ。

「それでは失礼いたします。さようなら、アーネスト殿下」

しとやかにカーテシーをしてから、長い間恋い慕っていた王子様に背を向ける。

静かに立ち去るビアトリスの背中に、絡みつくような視線がどこまでも追ってくるようだった。

帰りの馬車の中、ビアトリスは己が震えているのに気が付いた。

(やっぱりこうなってしまったわね……)

すんなりとはいかないのは、半ば分かっていたことだった。それでも本人に直接ぶつかることを選んだのは、ビアトリスなりに筋を通したかったからである。

なんといってもアーネストは八歳のころに自ら望んで婚約し、ずっと付き合ってきた相手だ。最後はきちんと向き合って、直接決別を伝えたかった。

しかしこうなった以上は、公爵家から王家に申し入れて、婚約解消してもらうしかないだろう。

(大丈夫、お父様はきっと分かって下さるわ)

ビアトリスは震える肩を抑えつつ、何度も己にそう言い聞かせていた。