軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

正義の味方と悪役令嬢

「不正?」

「不正だって?」

「つまりビアトリス・ウォルトンが不正で一位になったってこと?」

「まさかそんな、いくらなんでも」

「いややりかねないだろ、何といってもあのビアトリス・ウォルトンだぞ」

「まあ確かに、無理やり王太子の婚約者におさまったような人間だしな、やりかねないよ」

「いきなり成績が上がったのは、ちょっと不自然だったよな」

潮騒のように、さわさわと悪意が広がっていく。

ビアトリスは好奇に満ちた周囲の視線に、胸が悪くなりそうだった。

忘れていた。

いや忘れていたかった。

この学院における自分が「嫌われ者の公爵令嬢」であることを。

一般生徒たちに聞こえよがしに陰口を叩かれ、あることないこと言い立てられる存在であることを。

――え、ええ本当ですわよ! ビアトリスは実家の力で強引に俺の婚約者におさまったんだ、俺が望んだことじゃないって、殿下ははっきりそうおっしゃってましたわ!

理不尽な言いがかりも、あからさまな侮辱も、相手がビアトリス・ウォルトンならば許される。そんな空気を久しぶりに思い出す。

「……アドラーさん、おかしなことを言わないでください。なんの根拠があってそんなこと言うんですか? 私がいったいどんな方法で不正を行ったというんですか?」

ビアトリスは相手の顔を正面から見据えて言った。

対するマリアも真正面からビアトリスを見据えた。

「どんな方法で行ったかなんて、そんなこと私には分かりません。でも貴方がどんな人間かは良く知っているつもりです」

マリアの声は良く通り、切々として心情にあふれていた。

ハシバミ色の目は信念に彩られて輝いていた。

声も眼差しも表情も、何もかもがまるで真摯さの化身のようだ。

己が正しいと心から信じている者特有の、類まれな説得力がそこにあった。

「ウォルトンさんがそんな風に堂々としていることからしても、今さら証拠を探してもきっと無駄なんだと思います。今から不正があったことを証明して、この結果を覆すのはおそらく難しいでしょう。でもだからって、何もなかったみたいに見て見ぬふりをすることなんて、私には耐えられないんです。ウォルトンさん、こんな形で一位になって、貴方本当にそれで幸せなんですか?」

今さら試験結果は覆せない。マリアもそれは分かっている。彼女の目的は公式記録をどうこうすることではなく、生徒たちにこの試験結果を不正だと認識させることだ。それによって教師はともかく学院生徒の間では、ビアトリスの首位と自分たちの転落をなかったものにしてしまうことだ。

そして実際に、それは半ば成功しつつあるように思われた。「婚約者である王太子アーネストに邪険にされる公爵令嬢ビアトリス」という格好の見世物を失って、しばらく退屈していた生徒たちは、「不正を行った公爵令嬢ビアトリス」という新たな題材に舌なめずりをしているようだった。

しかも糾弾するのは、人気者の王太子率いる生徒会メンバーの一員だ。正義の味方と悪役と、役割は最初から決まりきっている。

諦めろ。彼らはみんなアーネストと生徒会の味方。自分が何を言ったところで、どうせ信じてもらえない。そう囁きかける声がする。

(……だけど、それじゃだめなんだわ)

「成績が上がったのは、過去の試験問題を参考にしたおかげです。私は前回までそういう対策を一切やっていなかったんです。それに上級生のカイン・メリウェザーさまに勉強を教えて頂いたことも大変役に立ちました。なにもやましいことはしていません」

「ウォルトンさん、はっきり言いますけど、そんなことくらいで――」

「ビアトリスは不正なんてしていませんわ」

「そうですわ、貴方、さっきビアトリスがどんな人間かよく知っていると言いましたけど、いったいビアトリスのなにを知ってるんですの? どうせ噂で聞いただけでしょう?」

「ビアトリスさまは凄く頭が良くて、問題の解き方を色々と教えてくださいました」

「ビアトリスさまは、今まで過去問がないから効率的な勉強ができなかっただけで、本来ならトップで当然の方だと思います」

マーガレットとシャーロット、それにフィールズ姉妹も横からビアトリスに加勢した。

「待ってください。貴方がたがお友達を信じたいって気持ちはよく分かります。ですが――」

「……過去問なしでいつも五位前後キープなら、一位になってもそんなに変じゃないのでは」

誰かがぼそりと呟いた。

「おいおい、ビアトリス・ウォルトンの言ってること信じるのかよ」

「そうだよ、本当に過去問使ってなかったかどうかなんて、本人にしか分からないだろ」

「でもカイン・メリウェザーに教えてもらったってのは事実じゃないの。最近よく一緒に見かけるし」

「カインって最終学年トップの奴だろ。教師陣にも天才だとか言われてる」

「でもそいつに教えてもらったから即トップってのも変じゃないか」

「いや、でもさ」

少しずつ、少しずつ空気が変化していく。

生徒たちはどちらを信じるべきか、とまどっているようだった。

横からマーガレットがそっとビアトリスの手を握った。

ビアトリスはその温かさに一瞬泣きそうになりながら、何も言わずに握り返した。

大丈夫。うん、大丈夫。

何があっても大丈夫。

焦りの表情を浮かべたマリアが、場の空気を取り戻すべく、再び口を開きかけたとき――

「みんな、一体なにを揉めてるんだ?」

ぞくり、とビアトリスの背筋に戦慄が走った。

しばらく前に聞いたのと同じ科白、同じ声。

金の巻き毛に青い瞳の絵に描いたような王子様。

アーネスト王太子殿下のご登場だった。