軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

慰謝料の話をしましょうか

というより、どうして彼はここにいるのだろうか。

もしかして──

(待ち伏せしていたの?)

ゾッとした。

心底、関わりたくない。

手首を握られた温度、感触、それら全てを全身で拒否している。ぶわ、と鳥肌が立つのが分かったし、何よりこころが拒絶している。

一刻も早く、この場から立ち去りたい、という思いが強く、だけどそれ以上に吐き気がした。

思わずもう片方の手で口元を抑えると、クラレンスの手首をさらに掴んだひとがいた。

レナルディア卿だ。

「感心しませんね、女性の手を無理に掴むのは」

「は……!?」

一瞬、クラレンスは驚いたように目を見開いたがすぐにせせら笑った。

「なるほど。それならそうと早く言えよ!お前、この男とデキてたんだろう!?だから俺と離縁したかったんだろう!それならそう言ってくれれば──」

そして、なにか勘違いしたようにまくし立てる。

このひとは、いつもそう。

自分の推測が、考えが正しいと信じて疑わない。

「下世話な発言はご自身の品性を貶めますわよ」

「……あ?」

「ご用件は?ないなら帰ってください」

私はクラレンスの手を無理に払った。レナルディア卿がクラレンスの手首を掴んでいたからか、それは思ったより簡単に外れた。

……それから、私はひとつ、大事な疑問に気がついた。

「そもそも、どうしてここにいるのですか?」

答えようによっては恐怖案件だ。

いえでも──ぐうぜんなはずがない。

尋ねると、クラレンスはヤケっぱちのように笑った。

「ハッ、ハハハ!そんなの簡単なことさ。ミューテンバルト伯爵から聞いたんだよ!」

「……お父様から?」

父にも、新居は教えていない。

けれど、籍を抜ける時に新居の住所は記入した。

(そうでないと不受理になるもの。それに書類は家長が提出しなければならないから、どちらにせよ私の新居はお父様に知られる)

落ち着いたら引っ越そうとは思っていた、

もともと、好意で紹介してもらったあの家に長く住み着くつもりはない。それより。

(お母様からの手紙が届いた時もゾッとしたけれど。縁を切った娘に呪いの手紙みたいなものを送ってきたことに、心底気味が悪くなったけれど)

今、私はそれ以上の薄気味悪さを覚えていた。

ひとの新居を、勝手に教える──なんて、恐怖どころではない。頭おかしいんじゃないかしら?

縁を切って正解である。

恐怖や不安よりも、悔しさがまさった。

怒りがまさった。

どこまで私を、縛ろうとするの。

いつまで私を、どうとでもできるものだと思っているの。

まるで、どうとでもできるマリオネットのようだと思っているのだろう。きっと、その考えが正解。

私は貴族の娘だったのだから。

正しくお父様の操り人形だった。

「今ならまだ許してやるよ」

「あなたが許しても、私は許さなくてよ」

咄嗟に口をついて出た言葉に、クラレンスが目を見開いた。

「あなたはまだ何も分かっていないのね。一度同じ目にあってみたらどうかしら。それでも、今と同じセリフを言えるのなら考えてあげる」

「はあ?」

「何もかも失った、と仰せだけれど。クルルフォーツ公爵家から見限られでもしたのかしら?」

まさかね、と思いながら尋ねると、クラレンスが息を呑んだ。

沈黙が広がり、私はこの推測が真実だったことを知る。

「あら。……そうなの?ご愁傷さま」

こころにも思っていないことを口にする。

クラレンスは顔を覆って悲愴な声で喚き始めた。

「お前のせいだ!お前があんな……騒ぎ立てるから!黙っていればいいものを」

「近所迷惑です。さようなら」

「待て!!……エウラインからも連絡が来なくなった!!お前のせいだ!!」

思わぬ発言に、今度こそ私は目を見開いた。

エウライン、もしかしてクラレンス(の公爵位)を求めていたのかしら……。だとしたら彼女も相当である。

エウラインの子は結局誰の子か分かったのかしら。

クラレンスがこの世の終わりを見たかのような顔で叫んだ。

「俺は何もかもを失ったんだよ。……ミレイユ、お前のせいでな!」

「自業自得の間違いでは?」

「お門違いも甚だしい……」

私とレナルディア卿の心情が一致する。

上の発言がレナルディア卿で、下の発言が私だ。

どうしてそこで私に矛先がむくのかしら?

他責思考のひとはほんとうによく分からない。関わるだけ損だ。

私は そこでふと、クラレンスにまだ伝えていないことがひとつあったことを思い出し、足を止めた。

「ちょうどいいですわ。後日紙面で送ろうかと思っていたのですが──今件の慰謝料について、今お話をさせていただいても良くて?」

巻き込んでしまったレナルディア卿には申し訳ないけれど、いい機会だ。

私はにっこりと笑ってクラレンスを見た。

「この離縁は、クルルフォーツ公爵家の有責で成立しました。私は貴家に慰謝料を請求します」