軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20.今の優先順位

午前中は勉強をして、午後からはデザイナーとウエディングドレスの打ち合わせ。ヴァンスは仕事で来られないと聞いていたのに、予定を変更して来てくれた。

「お仕事は大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。妻のウエディングドレスの打ち合わせだと言ったら、ワイアットが午後を休みにしてくれた。それでセシルの気に入ったデザインはあっただろうか?」

(つ、妻!! まだ婚約者なのに、まだ結婚していないのに、もう妻って呼んじゃうの? 早いわよね? でも……嫌じゃない。ちょっと恥ずかしいけれど)

ヴァンスが平然としているのに自分だけが意識して恥ずかしがるのも変なのですましていたが、口角が勝手にあがろうとする! く、くちがにやけそう。こんな時こそ淑女の仮面をつけるのよ……って仮面が見つからない。どこー!!

「あ、はい! このデザインに決めました。一目惚れなのです。どうしてもこのドレスが着たいです。可愛くてエレガントでとにかく素敵で、このデザインは私の理想をすべて詰め込んだドレスなのです!」

「そ、そうか……」

ヴァンスが平坦な声で返事をした。ショック! 私が嬉しさを伝えようと勢いよく捲し立てて熱弁したからヴァンスが引いてしまった。ヴァンスは手で口を覆うと私から目を逸した。目を逸らすほど引かれた……。悲しい。

すると横にいたデザイナーさんがにんまりとした。

「ヴァンス様。よかったですね! ヴァンス様の指示通りに描いたドレスを気に入っていただけたのですもの。忙しい中、寝る時間を削ってまで私のデザインに文句を……いえ、修正案を出した甲斐がありましたね。もっともデザイナーとしては悔しいですけれど」

「ああ……ソウダナ……」

ヴァンスの顔が赤くなっている。もしかして引かれたのではなく、照れているのかな? でもデザイナーさんの言う通りなら、私の好みを理解してくれていたことになる。嬉しくて胸が震える。

「セシル様。ヴァンス様は参考にしたいからとドレスの資料を貸してくれと何冊も持って行ったのです。いつもアイリーン様に意見を聞かれても気のない『いいと思う』しか返事をしないヴァンス様がセシル様のドレスにはうるさい……じゃなく細かく口を出し……じゃなく熱心に意見をおっしゃっていましたよ」

デザイナーさん、色々本音を口に出しちゃっている。ちらりとヴァンスを見たが怒ってはいなさそう。公爵邸に通ってわかったが、オルブライト公爵家の人はみんな使用人や商人たちにおおらかに接する。だからいつも雰囲気が柔らかく居心地がいい。

ヴァンスを見ると耳が赤くなっている。それに気付いたら私の顔が熱くなってきた。

「ヴァンス様。あの……嬉しいです。ありがとうございます」

「ああ……」

侍女やデザイナーさんが冷やかすような視線を向けるので、私たちはしばらくお互いに目を泳がせて気まずい時間を過ごした。

お茶を三杯飲んで気持ちが落ち着いたところで、ブーケやベールそして靴に髪飾りなどの細かいもののデザインの希望を出し話し合った。ヴァンスも真剣に考えては意見を言ってくれる。

ちなみに採寸は先日済ませてあるので大丈夫。ただし私が太りさえしなければ! オルブライト公爵家で出してくれるケーキが美味しくて、手が止まらない。太ったら困るのにどうしよう。

夕食を誘われたが今夜はレックスの大好きな牛肉の煮込みトマトシチューを一緒に食べる約束をしているので、申し訳ないが次の機会にと断った。ヴァンスは怒ることなく「そうか」を口元を綻ばせていた。

帰るときにはヴァンスが玄関まで見送りに来てくれた。

「来週の王宮での夜会でセシルを婚約者として紹介するので、そのつもりでいてほしい」

「はい。わかりました!」

「あと夜会に着ていくドレスは明日届けるように手配してある。直しが必要か確認してほしい」

「えっ、ドレスなら以前にいただいたものがありますよ?」

「あれは普段用だ。夜会はお披露目を兼ねることになるから、別に用意した。気に入ってくれるといいのだが」

「それは大丈夫だと思います。ヴァンス様が選んでくださるものは全部私の好みですもの!」

ヴァンスが見立ててくれたドレスは全部がお気に入り!

「それはよかった」

ヴァンスの黒い瞳が安堵を浮かべる。表情がふにゃりと緩んだ。

(ヴァンス様が可愛い!)

「そうだ。これを渡そうと思っていたんだ」

小花の紙に包装された四角いものを渡された。固さと大きさから本のようだ。

「ありがとうございます。えっと、これは何でしょうか?」

ヴァンスはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「帰ったら見てくれ。それと次に会えるのは夜会当日になる。すまないが迎えに行けそうもない。伯爵には伝えてあるので伯爵と来てもらえるか? 私は王宮で待っている」

「わかりました。ヴァンス様。お忙しいとは思いますが、食事と睡眠はしっかりとってくださいね」

今回の夜会はワイアット殿下の帰国パーティーを兼ねている。留学の随行者で殿下の側近ともなれば雑務で忙しいのは仕方がない。それよりもヴァンスの体調が心配だ。

「ありがとう。そうするよ」

私は帰宅するとヴァンスから貰った包みを開けた。するとそこには『最新版:超難題! 計算問題集』があった。

私は見た瞬間、問題集を抱きしめて歓声をあげた。以前から欲しいと思っていたが取り扱っている書店が見つからず諦めていた。それがここにある!

「レックス! 見て見て!」

それをレックスに見せると、目を丸くして驚いていた。どうやらレックスがヴァンスに私が欲しがっていることを教えたらしい。いつの間にか二人で手紙のやり取りをしていた。

「一週間前に手紙でお伝えましたが、もう届いたのですか?」

王都では品切れだったのに、きっとレックスから聞いてすぐに手配してくれたのだろう。思わず感激して涙が出そう。ヴァンスは問題集を解くのが趣味な変わった女を馬鹿にしたりせずに喜ばせてくれる。ヴァンスから贈られたすべてのものが尊い……幸せ。

私にとって計算は息抜きであり気分転換でもある。計算に夢中になると悩み事や不安がどうでもよくなるのだ。一風変わった趣味なのに変な女だと嫌な顔をせずにいてくれた。それどころかこんな素敵なプレゼントまでくれたのだ。

「解くのが楽しみだわ」

「姉上が解き終わったら僕にも貸してくれますか?」

「もちろんよ」

レックスも計算大好きなのでいつも問題集を共有している。

「義兄上は本当に優しいですね」

「そうね。今日は夕食を誘ってくださったのだけど、遠慮させてもらったわ。でも不機嫌になったり怒ったりしなかったのよ。本当にいい人だわ」

呑気にそう言うとレックスが驚きの声を上げた。そして不安そうに聞く。

「ええ!? どうして断ったのですか? せっかく誘ってくださったのに、義兄上は怒らなかったのですか?」

「大丈夫よ。今日はレックスと夕食を一緒に摂る約束をしてたでしょう? ヴァンス様も先にした約束を優先するのは当然だとおっしゃってくださったわ。それでヴァンス様からレックスに伝言があるの。今度夕食に招待するからぜひ来てほしいそうよ」

「あにうえ……」

レックスが胸に手を当てて感動している。よく考えれば忙しいヴァンスと過ごせるチャンスだった。残念だったとは思うが、それでも私の中でレックスとの約束を破るという選択はなかった。

夕食に誘われた時、婚約者ならば受けるべきだと一瞬だけ迷った。でも今の私が大切にしたいのはどうしても家族だった。結婚したらきっと優先順位は変わる。だけど今はまだ……。

それをヴァンスは許してくれた。でもこれを普通だと思ってはいけない。レックスと話していてそれに気付いた。人によっては「婚約者よりも弟を優先するのか」と怒ったり、蔑ろにされたと思うだろう。

(あっ、きっとヴァンス様はシスコンだから、家族を優先したいと思う気持ちをわかってくれるのだわ!)

ヴァンスは最初の宣言通り私に対していつも誠実でいてくれる。そして私を喜ばせてくれる。

贈り物も嬉しい。

趣味の計算を受け入れてくれたのも嬉しい。

でも一番は私が弟を大切に思うことを尊重してくれたことが嬉しかった。

私も彼からもらった嬉しいと同じものを彼に贈りたい、心からそう思った。