作品タイトル不明
91.陋習を覆す皇帝
「アンガス・ブル。天顔を拝し光栄至極に存じます」
謁見の間、親王・大臣らが列席し、さらには多くの兵に守られている正式な場。
その場で、一人の青年将軍が片膝をついて、玉座にいる俺に正式な作法にのっとった礼をしていた。
「面をあげよ」
「はっ」
「誰か、ブル卿に座を」
俺が言うと、控えていた宦官が一人、椅子を持ってやってきた。
立ち上がったアンガス、それを見て慌ててもう一度ひざまづく。
「きょ、恐縮でございます」
「よい。そなたと余とは親戚。普通の家庭ならばそなたを兄上と呼ぶべきところだ。その上功績を立ててきたのだ、遠慮無く座るがいい」
「はっ、ありがたき幸せ」
アンガスはなおも恐縮しつつ、更に一礼してから立ち上がり、椅子の縁に遠慮がちに座った。
アンガス・ブル。
第十四王女アーリーンの夫。
庶民の出だが、戦功を幾度も積み上げ、先帝の時代に王女アーリーンを降嫁させた。
王女の夫という準皇族という立場にもおごらず、変わらず辺境で戦い続けている愚直なタイプの武人だ。
前から、割と好感を持っていた人物である。
「第四親王から報告を受けた。ここ数年、うまくトゥルバイフとやり合っているようだな」
「身に余る評価恐れ入ります。帝国の禄を食み、王女殿下を妻にいただいたご恩は、三生涯かけても返し切れる物ではありません。只々、粉骨砕身の思いで日夜過ごしているだけでございます」
「この前も、トゥルバイフが反乱したと見せかけた鉄砲玉を一騎打ちで倒したそうだな」
「はっ、状況に恵まれ、最小限の兵の損害で切り抜けられました」
短いやりとりで、大体の人となりが掴めてきた。
おそらく、この場ではいくら話しても上っ面のやりとりしか出てこないだろう。
「公」という物をよく弁えている人物だ。
それはそれで好感に値するが、少々つまらん。
「一騎打ちで勝ったということは、腕に覚えがあるということだな。その腕前を見せてもらおう」
「はっ、ご命令とあらば――えっ」
頷きかけたアンガス、驚愕で目を見開く。
他の親王、大臣もざわざわし出した。
俺がすっくと玉座から立ち上がって、魔剣リヴァイアサンを抜いたからだ。
「へ、陛下。それは危険です」
第六親王シリアス・アララートが列から一歩出て、諫めるようにいった。
十数人いる 親王(きょうだい) の中で、もっとも実直な男。
よく言えば実直、悪くいえばクソ真面目なシリアスは真顔で俺を止めようとする。
「安心しろ、誰にも怪我させん」
「し、しかし――」
言いかけたシリアスが息を飲んだ。
大臣らの大半がすくみ上がった、何人かは泡を吹いて卒倒した。
「逸るなリヴァイアサン、シリアスのそれはあくまで好意だ」
(わかった)
リヴァイアサンが渋々――というよりどこか拗ねた様子で引き下がった。
シリアスが俺に反論しようとしたら、それだけでぶち切れた。
その殺気が洩れて、親王大臣一同を圧倒したというわけだ。
覚醒してもなお狂犬――いやむしろ悪化しているリヴァイアサン。
「あれが魔剣レヴィアタン……」
「し、死ぬかと思った……」
「あれを完全に制御しているとは、さすがは陛下」
突発的にキレる事は多くなった気がするが、俺の言葉は絶対でそれには従うから、問題はない。
それはそうと。
「抜け、アンガス。余が相手だ」
玉座から進み出て、アンガスに近づく。
「はっ」
ここまでされては、とアンガスは一礼して、それから宦官がもってきた剣(謁見中の武将は武装解除するのが慣わし)を受け取って、引き抜いた。
「いくぞ」
先手を取って、斬りかかった。
殺す為ではないから、当然本気は出さない。
アンガスの腕を試す為に剣技を繰り出した。
「ほう……」
(なまいき――)
「待て」
(……わかった)
またまた拗ねた様子のリヴァイアサン、しかし俺の命令は絶対だとばかりに、今度こそ完全に引き下がった。
リヴァイアサンが反応したのは、アンガスの振る舞いだ。
本当の力を隠して、俺に花を持たせようという感じがアリアリと出ている動き方だった。
それを「舐められてる」と解釈したのだ、リヴァイアサンは。
だが、俺は少し違う見方をしていた。
一通り剣技のやりとりをした後、俺はリヴァイアサンを下ろした。
本気を出していないアンガスももちろんそこでやめて、同じように剣を納めた。
「なるほど、大体分かった」
「え?」
「そなた、余を上手く誘導して、勝たせようとしていたであろう」
「も、申し訳ございません!」
アンガスは剣を捨てて、その場で土下座した。
「よい、責めてはおらん。むしろ頼もしく思った」
「え?」
「いまの動きで得心がいった。あの一騎打ちも、相手が受けざるを得ないという状況を作り出したのはそなただろ?」
「……」
あんぐり。
まさしくそんな感じで絶句するアンガス。そしてざわつく周りの大臣。
「ふふ、余がただの親王であったのなら、そなたの将としてその用兵に従ってみるのも面白かったかもしれんな」
「きょ、恐縮です」
「今のはどういう事なのだ?」
「分からぬが、ブル卿が何かを企んでいたのが、あっさりと陛下が看破したのだろう」
「なるほど。さすがは陛下だ」
「気に入った、褒美をやろう。何か望む物はないか」
リヴァイアサンを収め、玉座に戻る。
ここから先は皇帝の振る舞いがいる。
アンガスはしばし逡巡した後。
「……非礼は承知で申し上げます」
「よい、余が褒美と言っているのだ。何が欲しい」
「アーリーン様と、もっと会えるように」
アンガスはそう言って、真っ直ぐな目で――挑むような目で俺を見つめた。
アーリーン――妻ともっと会えるように?
一瞬何の事かと思った。
すぐに理解出来なかったのは、それは皇女特有の事情だからだ。
親王の俺には無縁の事だったから、理解するまでに数秒かかった。
「なんだ、まだそんな 陋習(、、) がまかり通っているのか」
「い、いえ。当たり前のことと――」
アンガスは焦った。
俺はそれを遮った。
「ふっ、焦らなくて良い。余もそれを陋習だと思っていた。国の根本を揺るがす事ではないから後回しにしていただけだ」
「で、では――」
アンガスの目に希望の光が宿る。
「悪いようにはしない。準備が出来たら呼び出す」
「――っ! ありがとうございます!」
☆
「あれはどういう事なのですか、陛下」
謁見の間を解散させて、書斎に戻ってきた俺に、ついてきたドンが聞いてきた。
「アンガスの事か」
「はい」
「まあ、実情を知らなければ、皇女降嫁は逆玉の輿にしか見えないだろうな」
「ええ、民間でも羨望や美談として扱われる話です」
そうだろうな。
なにせ平民と皇女の婚姻だ。
成り上がりの王道の一つだし、夢がある。
この際政略結婚じゃなくて、お互い愛が故に――となればこの上なく美談だ。
「よし、お前に現実を見せてやろう。付いてこい」
書斎に入ったばかりだが、俺はドンを連れて外に出た。
馬車に乗りこんで、行き先を告げる。
暫くして、都の高級住宅地にある一軒の屋敷にやってきた。
屋敷の門番は皇帝の来訪だと知って、慌てて正門をあけて馬車を中に入れた。
「ここは……?」
「アーリーン、十四皇女の屋敷だ」
「はあ。しかし不思議な屋敷ですな」
「ほう?」
「屋敷のそばに……小さな屋敷がある。そういえばこのような様式をよく見かけるな……」
「あっちがアンガスの屋敷だ」
「え?」
はっきりと、「信じられない事を聞いた」って顔をするドン。
「ど、どういう事ですか」
「言葉通りの意味だ。でっかいのがアーリーンの屋敷、小さいのがアンガスの屋敷だ」
「な、なぜ」
「皇女と平民が結婚した場合、夫婦でありながら 主従(婦夫) でもある。夫の住処は皇女を上回ってはいけないという、陋習がまかり通っているのだ」
「ま、まさか。会うだけでも……」
ドンはおそるおそる聞いてきた。
俺が宰相に引き立てた男は賢かった。
一瞬で今回の話を理解した。
「そういうことだ」
ふっと笑った俺。
馬車が止まって、俺は飛び降りた。
皇帝来訪の事を聞きつけて、屋敷の中から慌てた様子で、年かさの女がでてきた。
女は俺の前にやってきてひざまづき。
「陛下のご降臨とは知らず、大変失礼を――」
「よい、思いつきで来たのだ。そなたらに咎はない」
「あ、ありがとうございます」
ジェスチャーをして、女を立たせてから。
「お前か、侍女頭は」
「はい。カサンドラと申します」
「アーリーンとアンガスの様子はどうだ」
「お気にかけ下さりありがとうございます。お二人の間柄はきわめて良好。互いの身分を汚さずに済んでおります」
「身分を……?」
そばにいるドンが信じられないって感じでつぶやいた。
彼は知らないが、俺は内情をよく知っている。
おそらくはアーリーンが待っている応接間に向かうべく、カサンドラとドンを引き連れて屋敷に入った。
「面会は?」
「週に一回でございます」
「夜は」
「二ヶ月に一度」
「少ないな」
俺の知識的にも、だ。
「はい、皇女殿下は世継ぎの為にも月に一度はとおっしゃっているのですが、ブル様の身分を考えて、二ヶ月に一度がベストと考えました」
「……」
ちらっとドンを見る。
ますます絶句しているのが分かった。
俺に着く前から皇族のもとについていたドンだが、そこも親王。
皇女を取り巻く「闇」はまったく知らなかったんだろうな。
ドンに聞かせるように話しつつ、応接間に案内された。
中に皇女とメイド達がいた。
十四皇女アーリーン。
俺より四つ年上の姉で、子供の頃は王宮の庭園で一緒に遊んだこともある。
「ご降臨、恐悦――」
「いい、姉上と俺の間にそういうのはいらない」
この先(、、、) の為にも、俺は皇帝としてはなく、弟として振る舞った。
これも一つの、親王と皇女の差だ。
親王相手では一つ間違えれば帝位簒奪の話になるから、俺は皇帝としての振る舞いを維持しなくてはいけないが、その心配が無い皇女相手には大分崩す事ができる。
アーリーンは少し驚いたが、すぐに微笑みを浮かべて。
「そうね。そうさせてもらうわ。皇女の特権だものね」
「その皇女の特権だが、姉上に話を聞きにきた」
「なあに」
「姉上はアンガスの事を好きか? 率直に、夫婦として」
「な、何を」
「アンガスは戦功の褒美に、もっと姉上に会いたいと言ってきた」
「あの男……無礼な」
カサンドラが呟くと、アーリーンは悲しげに目を伏せた。
「お前は何者だ」
「え?」
肩越しにカサンドラを睨んで、問い詰める。
「余と皇女が話しているのだ。それに割り込むとは……お前は 何様(、、) のつもりだ?」
「も、申し訳ございません!」
カサンドラは顔面蒼白になって、土下座して米つきバッタの如く何度も何度も頭を叩きつけた。
そのカサンドラは無視して、再びアーリーンの方を向いて。
「どうだ姉上、アンガスの事は好きなのか? これは皇帝としてではない、弟として聞いている」
「……ええ、すごく。優しくて、強くて。私のことを愛してくれて……信じられる?」
アーリーンはクスッと笑った。
「あっちの屋敷に、側室が一人もいないのよ」
「おいおい、本当なのかそれは」
「あり得ない事よね」
皇女と平民が結婚した場合、屋敷を分けて主従と見なされ、まともに会えない。
しかし、元平民とはいえ、皇女と結婚したら準皇族だ。
側室をとるのは当たり前の行動。
そして、皇女はそれに嫉妬をするのはこの上なくみっともない行為とされる。
主が従に嫉妬するなんて――という筋が通っているような通ってないような理由だ。
「本当にいないのか?」
「そうなの……バカだよね」
そうは言いながらも、アーリーンは嬉しそうだった。
「よし、姉上の気持ちはわかった。さてどうしよう、アンガスに爵位をやるのは簡単だが――」
「だめよ。それは男のプライドが傷つく」
「だな。姉上の皇族を剥奪するのも同じで良くない」
色々考えて、俺は。
「そもそもこの陋習がおかしい。法で禁じる。立法には――第四宰相」
「正式の手続きで約二週間。陛下の権限で、立法前のテストケースとして、即時発効が可能でございます」
淀みなく話すドン。
俺がカサンドラを睨んだ瞬間から、俺がやりたいことを完全に理解して、考えていたんだろう。
「よし、ならそうしよう。カサンドラ」
「は、はい!」
「今日から姉上夫妻の間で、身分に関係する話を一切してはならん。破ったら即刻打ち首だ」
「は、はいぃ!」
声が裏返ったカサンドラ。こっちへの脅しはこのくらいでいいだろう。
「見事なお裁き、さすがでございます」
「ありがとう……ノア」
これで、アーリーンの一件は片付いた――と思ったら。
その夜、珍客がやってくる。
第一皇女、レイン・アララートだ。