軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

233.白と黒

あくる日の昼下がり、総督官邸の庭園。

総督というのは、帝国においては「州」という行政区画の長の事をさす。

その地位の高さと権限の大きさは、限界まで雑に言えば皇帝のすぐ下にいる十数人の「副皇帝」ともいうべきものだ。

まだ実務的には封地入りした親王の方が位が高く扱われるが、法的にはその封地を統治する親王と同レベル、それくらいの立場だ。

そうなると、当然その地位の高さに相応しい邸宅を構えるもので、そこの庭園は格式と見栄が合わさった結果立派になったり広くなったりするのが常だ。

このエンリル州の総督邸にある庭園もそうで、前任者の好みからかとにかく面積が広く、もはや「林」とも呼ぶべきものに作りあげられている。

その林の中をアン・ロックふたりっきりで散策するかのように歩いていた。

木漏れ日の中、黒一色のドレスを纏うアンが手を揃えて、静かに俺の一歩後ろ、斜め後ろをついてきている。

黒は喪服という事だろうか。彼女はここ数十年で貴婦人の間で当たり前になったメイクをまったくの逆方向に――血色が極端に悪く見えるような白塗りをしていた。

黒ずくめに、白のメイク。

悼む。

その言葉をこれでもか! と言わんばかりの勢いで主張しているような格好にみえる。

そんなアンに、歩きながら話しかけた。

「昨晩はよくやってくれた。諜報網の力を改めて実感させられた」

「ありがとうございます。父ほどうまく扱えているとは到底いえませんが、それでもお役に立てて光栄です」

「あれでまだうまく扱えていない、という事になるか」

「はい」

アンは歩いたまま、はっきりと頷いた。

ちらりと肩越しに見ると、彼女の憂いのこもった瞳はまっすぐと前を見つめているのが見えた。

それともすれば人界ではなく、どこか更にその先の何かを見ているかのような瞳だった。

「父が残していったものを読みました、父が残していった人から話を聞きました」

アンはそこで一旦言葉を切って、力なく首を横に振った。

ふって、なにも言わなかった。

なにかその先に言葉があるはずなのに、それが出てこないといった様子だった。

だから俺が代わりに答えた。

その胸中を代弁するかの如く。

「読めば読むほど、そして聞けば聞くほど父親の背中が遠く見えるか?」

「……っ、はい。なぜそれを?」

アンはパッと顔をあげ、俺を見つめてきた。

その顔は驚愕の色に満ちている。

「すごいです……」

驚愕がおさまって、代わりに尊敬の色が浮かび上がってきた。

白塗りで血色悪く見えるのは変わらずだが、瞳の色が明らかに変わった。

「同じだ。俺も未だに父親の影を踏めてすらいない。そう思っている」

「そうでしたか……それでも一緒、というのは失礼なのかも知れません」

「一緒だ」

「だったら……すごいです。あなた様はそれほどの事を成し遂げてもそう思えるお方。父がのこした土台の上にただのっているだけの私とは違います」

「だからといって悲観するのも芸がない」

「芸……ですか?」

「古の哲人はこういった」

ポカーンとしているアンに、俺は思っている事を伝えた。

「親は子を産むもの、そして子は親を越えていくもの。それは生き物の摂理であり、その摂理を肉体のみならず学問や技術にも適応させていけるのが人間というもの」

「親は子を産み……子は親を越える……」

アンは舌の上に転がすかのように、その言葉をくり返しつぶやく。

「お前はまだ若い、残りの人生のどこかで親を超えられた、と思うようになっていけばいい」

「出来るでしょうか、 こんな(、、、) 私でも」

つぶやくように、アン。

その言葉に様々な、重い感情が込められている様に感じられた。

ここは今、念入りに ケア(、、) するべきところだろう。

「ふっ。人間というのは、自分の事になると分からなくなるものだな」

「え……?」

「 余(、) はお前を認めた」

「……」

「そして余がこうして時間をかけている」

「時間、を」

「皇帝の時間、だ」

俺はふっと笑った。

半分ほどからかうような感情を乗せながらつづけた。

「同じ時間で、余は1000人ほどの命を助け、あるいはその営みをまもり、よりよくする命令を下せる」

「……」

「それをお前につかった。お前にはその価値があると思っている。それではたりんか?」

「……それは」

アンは言いよどんだ。

一度は驚き、目を見開いて俺を見つめてきたが、すぐに慌てた様子で目を伏せた。

白塗りのメイクを 貫通(、、) して、顔の全体に朱がさした。

俺はふっと笑った。

その赤面が出るのであれば当面は大丈夫だろうと思った。

「さて」

俺は立ち止まって、体ごとアンの方をむいた。

同じように立ち止まったアン、何事か、という顔で再び俺を見あげる。

「せっかくだ、限定的ながらも手を取り合って親を超えようではないか」

「て、手を!? そんな! 私なんかが畏れ多い!」

「皇帝相手には畏れ多いか? 総督相手ならどうだ」

「そうやって都合の良いように使い分ける……ずるい方」

アンは顔を伏せ、上目遣いのまま、赤みが差したまま唇を尖らせた。

わかりやすく拗ねている顔だ。

厭世的になるより数百倍いい顔だと思った。

「ずるくなければ皇帝降格という裏技をそもそもおもいつかん」

俺はわらった、アンはますます拗ねたが、表情が更に一段階和らぎ、俺の提案を受け入れたように見える顔になった。

「ですが……どうやって? 父はともかく、1000年に一度の名君と呼ばれた先帝を超えるのは果たして可能なのだろうか」

「フンババ」

俺は直接には応えず、フッと口角を持ち上げた後、高らかにまるで歌い上げるようにその名を呼んだ。

親指の指輪から光が溢れ、それが集い、人の形を成していく。

幻想的な美しさをたたえた、精霊フンババが現れ、 彼女(、、) は顕現したあと、まるで母のような慈しみのこもった笑みのまま俺とアンの間に浮遊したまま静止した。

「これが……精霊フンババ……」

畏怖を込めた口調でフンババの名前をつぶやくアン。

そんなアンには際限なく優しさを込めた微笑みを向けるフンババ。

美しく、更に母親を思わせるような慈しむ穏やかな表情だが、その一方で圧倒的な存在感を放っている。

人ならざるモノの、超越した存在感。

それは人によってはプレッシャー感じるであろうもので、事実今のアンがそう感じているようだった。

「フンババ、一つ頼みを聞いてもらうぞ」

『なんなりと』

まるで天使のような、透明感のある声で応えるフンババ。

この短いやり取りを聞いて、アンはぼつり「精霊とまるで主従のよう……すごい……」とつぶやいた。

俺はフンババに言った。

「今やってもらっている帝国各地に伸ばしているフンババの糸。それに対して俺と同じ権限をアンにも与えろ」

『いいの? 全解放なんて、今まで誰にも他の誰にも与えていなかったのよ』

「ああ、それでいい。彼女が許可なく、手続き無しでも全部使える様にしてやれ」

俺ははっきりと頷いた。

フンババが少し驚いた。

無理もない。

全権限というのは、「全てを使える」という意味合いだけではない。

フンババの糸――現在帝国では即時逓信という形で使われている。

逓信という日常的に耳慣れない言葉を使っているが、要は通信の一種だ。

そして通信であるというのなら、「届ける」と同じくらい重要な事がある。

それは届けない――「届けさせない」ことだ。

全権限を与えるということは、やろうと思えば逓信を遮断することも出来るという事である。

無論、フンババはアンより俺に付き従っているわけだから、俺がとめれば、あるいはフンババがだめだと判断すればいくらでも止めることができる。

それでも――と、俺はあるものを思い出した。

ヘンリー、そしてオスカーに与えた「免死の剣」の事を思い出した。

特殊な素材で作られた、武器というよりは美術品としての剣。

それは美術品、芸術品としての価値もあるが、それ以上に帝国において、「一度だけならどんな死罪をも免除できる」という証のもの。

俺は皇帝の名の下に、それをヘンリーとオスカーに与えた。

それを持つ二人は例えどんな罪を犯そうとも、どんなことで死罪になろうとも、一度かぎり免罪を申し出ることができる。

その「免死の剣」は魔法アイテムの類ではない。

象徴としての「許可」というものだ。

つまりやろうと思えば、皇帝はそれを無視して死刑に処すことも出来る。

だからそれを与えたのは形式的なものにすぎない。

信頼している、というのを強調する形式的なもの。

それと同じだ。

父上が構築してきた諜報網、その一部ではあるが、それにフンババの糸の逓信に乗せたらもっとすごくなる。

悪用しようと思えばいくらでも悪用出来る。

それでも俺はそうした。

アンにそれを分け与える事を決めた。

視界の隅に常にあるステータスをみる。

――――――――――――

名前:ノア・アララート

エンリル州総督

性別:男

レベル:33/∞

HP SSS+ 火 SSS+

MP SSS+ 水 SSS+

力 SSS+ 風 SSS+

体力 SSS+ 地 SSS+

知性 SSS+ 光 SSS+

精神 SSS+ 闇 SSS+

速さ SSS+

器用 SSS+

運 SSS+

―――――――――――

アンを救い出して、父上が残した 諜報網(遺産) を手にした時からついた、「+」の表示。

それはアンが俺に心服しているという証だと俺は推測している。

今までの人生でそう推測した。

ならば、アンに分け与えても問題はない、そう思った。

俺がそう思ったのを読みとなったのか、そうではないのか。

フンババはしばし俺をじっと見つめたあと、

『わかったわ』

穏やかな微笑みのまま頷き、動き出した。

シュルル――と、足元から糸のように体が「ほつれて」いった。

その糸はアンに絡みついていく。

「な、なに?」

「アン」

「え?」

「安心しろ」

「……はい」

慌てだしたアンが俺の言葉で落ち着きを取り戻した。

あなたがそう言うのなら――という顔でアンは小さく頷いた。

フンババのからだは更にほつれていき、やがて、繭のようにアンを取り囲み、つつんだ。

それが一気にしぼむと――。

「な、なにが……」

パッと見、何も変わっていないような姿のアンがもどってきた。

「フンババから『やり方』を教わったはずだ」

「え? ええ……逓信の、やりかたを。いつの間にか頭の中に」

「それをやって見ろ」

「えっと……いま、ですか?」

「ああ、たぶん――」

顔がほつれる直前、フンババがいたずらっぽい笑みを残していったの見えた。

俺の想像通りなら、たぶん、とおもった。

アンはおずおずと頷き、目を閉じて念じた。

瞬間、アンのドレスが変わっていく。

形や作りはそのままに、黒い喪服のようなドレスが真っ白になっていった。

真っ黒なドレスから、真っ白なドレスに変わったアン。

フンババの力を行使する様に念じたあと、再び目を開けたアンは自分の格好に驚いた。

「こ、これは……」

「フンババの糸はそうやって色を変える事ができる」

「色をって……え? も、もしかして私の服を全てその糸に?」

「そういうことだな。予想はしていたが実際に目にすると中々に面白い光景だ」

「服一着すべてって……どれくらいの糸が……」

「帝国全土に張り巡らせてられるほどの糸だ。服一着分くらいわけない」

「す、すごい……」

白いドレスのアンは目を丸くさせた。

そして、顔から憂いの色が完全に払拭されたようにみえたのだった。