軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

169.速さの限界

俺は価格調査の紙をまとめたものを紙に書き留めた。

二枚書いて、片方は自分の懐にしまう。

もう片方をジジに渡して、言いつけをする。

「アルメリアの米が安くなった、次の報告で比較に使う、言われた時に出せるよう覚えておけ。最重要だ」

「は、はい! 覚えます!」

ジジはビシッ! と全身が強ばるほどの緊張感で、俺からその紙を受け取った。

俺は立ち上がり、歩き出しながらドンにいう。

「少し出てくる。後は任せた」

「アルメリアに人を走らせた方がよいでしょうか」

「そうだな……アルメリアは今でもエヴリンだったな」

「はい、陛下のご家人でございます」

「大事にするな、エヴリンにだけ『変わったことはないか』程度の聞き方でいい」

「御意。いってらっしゃいませ」

平服に着替えて、離宮を出て馬車に乗り込んだ。

皇帝用のではなく、皇帝の使いがつかう、「それなり」程度の格式の馬車だ。

俺がまだ親征先にあるというのと、密偵に探らせた情報を元に動こうとしているから、今の所大事にしたくなくて、こういう形にした。

馬車は一直線にバイロン・アランの屋敷にやってきた。

少年時代から何度も来たことのある屋敷。昔と違って、俺に連なる紋章を掲げているようになっているのと、昔よりも遙かに豪華な建物になっている。

その正面には当然の如く門番がいたが、俺が乗っているのは「皇帝の使い」が乗るような格式の馬車だ。

御者が門番に二三、何かを告げると門番はあっさりと馬車を通した。

屋敷の母屋の前で馬車がとまって、俺は御者がもってくる踏み台を待ってから馬車を降りた。

その間に通達がいっていて、バイロンが屋敷の中から出てきた。

バイロンは俺を見た瞬間、驚愕した顔で慌ててかけよって、その場で跪こうとした。

「陛下のご光臨とは知らず、大変失礼――」

「よい、中で話す」

「ははっ!」

バイロンを止めながら、先に屋敷の中に向かう。

バイロンが慌てて追いかけてきて、自ら俺を案内した。

途中で使用人達に俺のもてなしのあれこれを指示しながら歩いた。

そうして、これまた何度も来たことのある、屋敷の中でもっとも豪華な応接間に通された。

ひとまず使用人達を全員下がらせて、二人っきりになったバイロン。

改めて、という感じで俺の前に跪いた。

作法にのっとった一礼だった。

「かしこまらずともよい。あの馬車で分かるはず、今日は内々での訪問だ」

「は、はい」

「話がある、まずは座れ」

「ありがとうございます」

俺の許諾(、、、、) を得たバイロンは俺が座るのを待って、テーブルを挟んだ向かいに座った。

「まずはこれを見てくれ」

俺はそういい、懐に入れていた紙を取り出し、バイロンに渡した。

ジジに渡したのと同じ内容、アルメリアの民生物資の価格表だ。

バイロンはそれを受け取って、目を通した。

紙のメモを見たバイロンは眉間にしわを作り、困惑顔で俺をみた。

「これは……?」

「アルメリアのものだ。品目と数字はそのまま。ここしばらくの市場価格だ」

「ええっ!?」

驚くバイロン、もう一度メモに目を落とす。

「すごい……私が把握している物にまったく遜色がない――いいえ、それ以上に詳しい」

「聞きたい事はいくつかある。まずは前提だ。その情報は間違いなさそうか?」

「え、ええ……概ね間違いないかと」

「そうか。米の価格だけ下がっている理由は分かるか?」

「え?」

バイロンは慌ててもう一度メモを見た。

しばらく凝視して、難しい顔で考えるような仕草をした後。

「確かに……昨年のこの時期に比べると価格がはっきりと落ちております」

「……うむ」

「豊作だったのでしょうか」

「その線は薄いと考えている」

「アルメリアからはそう報告されていないと?」

そもそも豊作かどうかは各地の代官から報告がくる。

中には皇帝の歓心を買うために嘘をついて豊作だと報告するものもいるが、アルメリアの代官はエヴリンだ。

彼女は俺の事をよく知っていて、天候に左右される豊作不作では嘘はつかず、常にありのままを報告してくる。

アルメリア代官エヴリンの報告では、今年の天候は例年通り、豊作でも不作でもないものになっている。

「豊作という吉報を報告しない代官は存在しない。よって豊作ではないはずだ」

「たしかに!」

バイロンは大きく頷いた。

このあたり、バイロンも部下を使う人間だから、「報告されない吉報はない」というのは身にしみて分かっていることだった。

「そもそも豊作ではこうはならない」

「それはどういう……?」

「豊作は9割9分気候に恵まれたから起こるものだ」

「おっしゃる通りでございます」

「気候は広範囲にわたるもの。同じ土地での他の穀物の価格にほとんど変動がなかった」

「え? ……あっ」

「この手の物は幅はあるだろうが、常に同じ傾向で動くものだ。そうだろう?」

「さすが陛下。おっしゃる通りでございます」

バイロンはもう一度メモに視線を落とし、真顔で考えた。

「では……反乱?」

「ゼロではないが、その線も薄いと考える」

バイロンの推測は定番のものといえる。

計画的な反乱や謀反を起こす時、必ずと言っていいほど穀物の価格変動が起こる。

ちゃんと目的があっての判断であればそれなりの規模になるし、それなりの規模の反乱となると食糧を確保する必要がある。

それも「幅はあるが」変動が起こるものだ――が。

「そもそも反乱の場合下がるのではなく上がるのだろうが」

「あっ……し、失礼しました」

バイロンは慌てて頭を下げて、謝罪した。

通常が使う分よりも多い量を集めるというのは「買い」が多くなるということ。

買いが通常より多くなって、その結果が価格の下落になるというのは筋が通らない。

バイロンは自分の推測が的外れだと、俺の指摘ではっとして慌てて謝ってきた。

「……」

俺は少しバイロンを見て、話を変えることにした。

「まあいい、お前もよく分からない。それが分かっただけで収穫だ」

「も、申し訳ございません。少しお時間下さい、すぐに人を出して調べさせます」

「ああ。しかし不便な物だな」

「な、なにがでしょうか」

「調べさせるで思ったが。例えばバイロン、お前がアルメリアに人をやって調べさせるのにどれくらい時間がかかる? 最速でも10日前後はかかるだろう?」

「も、申し訳ございません」

「責めているのではない。余も似たようなものだ。こういう時に思うよ。情報くらい即時にやり取りしたいものだ、とな」

「はい……物品とは違い、簡単な情報であれば鳩なり使えば人や馬よりも早く伝達できますが、それでもアルメリアの距離だと一往復で三日は……」

「うむ」

俺ははっきりと頷いた。

バイロンのいうとおりだ。

伝書鳩で三日、というのは事実上最速だが、それでも遅い。

情報くらいはもっと早く伝達出来るようにしたい。

アルメリアの場合、一往復が一日で出来る様になればいろいろと変わる。

「こればかりは……情報の鮮度を大事にする我々商人でもどうしようもないのですから」

「そうだな……むっ?」

頷きかけた俺、バイロンの言葉に引っかかりを覚えて、目を見開いてバイロンを凝視した。

いきなり俺に見つめられたバイロンは慌てた。

「ど、どうなさいましたか陛下?」

「今なんと言った」

「え?」

「情報の鮮度……」

「は、はい。商人にとって情報の鮮度は命よりも大事なことでございます……けど……?」

それが何か? と言う顔をバイロンはした。

それ自体は問題ない、まったく問題ない。

商人にとって情報の鮮度は何よりも大事なのは諸手を挙げて同意する話だ。

問題は商人がどうこうじゃなかった。

情報の鮮度。

その言葉を聞いて、俺の頭に浮かび上がってきたのは父上の姿だった。

宮殿の中、父上の寝室。

昨晩と同じように、潜入して来た俺は父上の前に立った。

既に二度目という事もあって、また俺ももはや隠していない事もあって。

父上は俺の来訪に驚かなかった。

「商人からはほしい情報は得られなかったようだな」

さすがの父上だった。

俺がバイロンの屋敷に行っただけじゃなく、その目的も、更にバイロンとのやり取りもすべて把握しているようすだった。

俺は小さく頷いて、ため息交じりにいった。

「バイロン・アランはしばらくは使い物にならないでしょう」

「ほう? 情報が得られなかったからか?」

「いいえ、そうではありません。問題はこちらが指摘するまで、昨年の数字の違いに気付かなかったことです」

「ふむ」

「情報の鮮度よりも、前後の数字を持っていながら相場の変動に気付かなかった。そっちの方が致命的です」

「最近はすっかり子煩悩だと聞く」

「あの歳で初めての男の子供が生まれればそうもなります」

俺は真顔でいった。

その事自体は悪くない。

悪くない、が。

それだけ子供に夢中になっているということで、将来シンディを疎む可能性が少し高くなったということでもあると思った。

シンディは機を見て、はっきりと俺の配下にする、という形にした方がいいだろうと思った。

「バイロンの事はもういいでしょう。それよりも父上にお尋ねします」

「うむ」

「今より早い情報の伝達、父上の方でなにか心あたりはありませんか?」

「何故余に聞く」

「父上はこの帝国でもっとも卓越した情報網を築き上げ、今なお運用しておられます」

俺がバイロンの所に行ってきた事も把握しているのがまさにそうだ。

「俺が今感じている不満なんて、父上は数十年前に通り過ぎているはずだ」

俺はそういって、父上をまっすぐ見つめた。

それが俺がここに来た理由だ。

俺が今の情報伝達の遅さに不満を抱いたのと同じように、父上も情報をあれこれ扱ってきたのなら同じように遅さに不満を抱いたことがあるはずだ。

そして父上がそれにまったく何もしようとしなかったのはあり得ないこと。

だから俺はここに来て、父上に直接聞いた。

「……すごいな、ノア」

父上はしばらく俺を見つめ、感心した目で切り出した。

「糸 伝(、) 話で遊んだことはあるか?」