作品タイトル不明
163.成長の手立て
「よからぬ事を考えるものが出てくるでしょう」
俺は即答した。
考えるまでもなく答えられた。
それは日が東から昇ってくるのと同じくらい、当たり前の事だった。
俺が即答したのを、父上は満足げにうなずいた。
「そうだ。権力が交代する瞬間はいつの時代も、そしてどこの領域であっても動乱がつきまとう」
「……語弊を恐れずにいわせていただければ」
そこで一旦言葉を切って、一呼吸開けて、まっすぐ父上を見つめながら、言った。
「陛下が御罷られた後は、史上最大級の動乱が予想されるでしょう」
「だからこそ早めに譲位を行った」
「であってもゼロにまではなりません」
「だから体調不良を最大限に活かしたのだ」
「……不届き者をあぶり出すため」
「そうだ」
父上は小さく頷いた。
神妙な顔をして、視線を俺からはずして、窓の外を見つめた。
「人生の総仕上げという最後の大仕事をしている。一つでも失敗をすればやり直す時間のない、人生でもっとも難しい仕事だ」
「……お察し申し上げます」
俺は小さく頭を下げた。
人生の中で失敗をする事がままある。
若いうちは失敗をしてもやり直せばいい、というよりやり直す時間が残されているものなんだが、父上の歳になるともうそんな時間もない。
一切のミスが許されない最後の仕上げ。
「失礼ですが」
「うむ?」
父上はこっちに視線を戻した。
「今の陛下はまるで芸術家、渾身の名作の最後の仕上げにかかっている――そのように感じられます」
「上手い例えをする……その通りだ」
父上は俺の例えに笑ってくれた。
いかな父上でも、このような状況では神経が張り詰めッぱなしなのは容易に想像がつく。
少しでもそれを緩和させられればいいなと思った。
「……だから父上はずっとここに住んでおられるのですね」
「……ほう?」
「父上は帝位を譲ってくださった。権力も責務も移譲してこられた。しかし象徴だけ――この宮殿だけは渡してくださらなかった。その意味が今ようやくわかりました」
「……すごいな、ノアは」
父上は少し驚いて、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「二階の窓から飛び降りたら骨を折ってしまうかもしれん、しかし階段を一段ずつ降りていけばどうということはない」
「動乱を小出しにしていく――」
俺はそういい、そのまま膝をついた。
膝をついて、頭を垂れる。
それはごく自然な感情の発露、体が自然に動いた結果だった。
「ご自身の生死さえも手札とされる……言葉もございません」
「それは――」
「え?」
俺は顔をあげた。
父上は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
代わりに、という感じで口を開く。
「余は子に恵まれた」
「陛下……」
「アルバートの事を覚えているか?」
「……はっ」
俺は短く応じた。応じるだけで、余計な言葉は言わなかった。
アルバート、父上の次男つまりは俺の兄で、かつての皇太子だった男だ。
そのアルバートは色々あって、廃嫡されると情報を掴んだ瞬間、政変を起こそうとして、その結果 命を落とした(、、、、、、) 。
「アルバートがしたことは許せんが、あれはあれで有能な証でもあった。余が廃嫡を決意した瞬間に実力行使を決意した情報力、そして決断力。ただの無能ではそこまでの事はできん」
「……はっ」
「そのアルバートを抜きにしても、ヘンリー、オスカー、すこし離れてダスティン。余は子に恵まれ すぎた(、、、) 」
俺は無言を貫いた。
このあたり、相づちを打つのもはばかられるような、敏感な話題だ。
皇帝として、有能な子供に恵まれるのはうれしいが、恵まれすぎるとお家騒動の種になるから手放しで喜べない。
父上はまさにそれで頭を悩ませていて、俺は当事者だから相づちが打ちにくい。
「一人をのぞいて、全員がダスティンのようであればいう事は無いのだが」
「人間としては、彼が兄弟のなかでもっとも賢いのかも知れません」
「そうだな」
父上は頷き、少しだけ真顔になった。
「話を戻そう、余は危篤を演出し、少し様子を見させてもらった」
「はっ」
オスカーのことだ。
俺は直感でそう悟った。
「ノアよ、この先お前はもう少し横柄にふるまえ」
「横柄に?」
「もっと皇帝らしく、と言い換えてもよい」
「皇帝らしく……」
「皇帝として強ければ強いほど逆らえない。それに逆らうのは自身の矜持を真っ向から否定する事になる」
「……はい」
盲点だった、と思った。
父上は固有名詞をいっさい使わない、遠回しないい方に終始しているが、完全にオスカーの話だった。
俺はオスカーを籠絡する事に心血を注いできた。
そのほとんどは「懐柔」というものだった。
今回の親征でオスカーを摂政親王にしたのもそのためだ。
そういう意味では、オスカーに対しては「弱い皇帝」になってしまっている。
しかし父上はそうじゃないと言った。
オスカーは「皇帝の権威」を重んじている。
それはつまり「強い皇帝」であれば自分の生き様をも否定してしまうから逆らえない、というのだ。
完全に目から鱗だった。
「むろん、全てを振りきって、ということもあるが。性格上そこまでは踏み切れないだろう」
「分かりました。そうします」
「うむ」
陛下は満足した表情で頷いた。
このあたり、逆に無条件で信じられると思った。
オスカーに反乱を起こさせない、最悪でもアルバート同様「起きる前に止める」というのは、「終活」に入っている父上にとっての最重要事項だ。
だからそれは信用出来ると思って、いうとおりにしようと思った。
「話を変えよう。余がいなくなった後の話だ」
「はっ」
「ノアはこの先、皇帝として何をなそうと考えている? どのような絵図を思い描いている?」
「……人口停滞を破ろうかと思っております」
「ふむ」
父上ははっきりと頷いた。
人口というのは言うまでもなく国力そのものだ。
ここ数十年、帝国の人口はほぼほぼ横ばい、停滞期に入っている。
更なる繁栄を目指すのなら人口増は最重要事項――いや、「前提」レベルの話だ。
「何をどうすれば増やせると考えている?」
「人口の上限は、時代ごとの技術力と、その技術力で得られる食糧と金――諸々ひっくるめての『資源の上限』と連動している」
「うむ」
「陛下はそこを、領土を拡大する事でまかなった。領土が拡大すれば、同じ技術でも得られる資源の上限が増えるのは道理」
「そうだな」
「父上が領土を拡大していった結果、領土は拡大したが、戦争未亡人たちに払う年金が増大した。その戦争未亡人達に集まった富は吐き出されないため、『資源の停滞』になった」
「すごいなノア。そこまで理解しているのか」
「歴史から学びました」
俺は即答した。
「イポーニヤ帝国だな?」
「はい。医療技術が異様に発展し、国民の平均寿命が80代にまで伸びたあの国です。資源を持っている者達が老いるが死なず、老いたが故に活力もなく資源を使おうともせず持ったまま。結果、若者達にそれが回って来ず、一世代である30~40年ほど停滞した暗黒期にはいっていました」
「それを踏まえてどうする?」
「戦争未亡人達には孫がいる者も多い。あの年齢になると、もはや孫を可愛がるだけが生きがいのものが多くなってくる」
「孫をダシにするのだな?」
「はい、具体的な方法はこれから煮詰めていくが、『孫に金を使えばつかうほど得をする』という形にしたいと思っています」
「例えば?」
「例えば……孫に1リィーンを使った場合、国庫から同じく1リィーンを補助する、などでしょうか。数字は例えに過ぎませんが、孫をかわいがれて得もするともなれば財布の紐を緩めて 財産(資源) を吐き出すことでしょう」
「すごいなノア、孫をかわいがる老人の気持ちを上手く利用している」
父上は嬉しそうにいった。
父上が俺に帝位を譲った決め手は、「いい孫」のセムがいたおかげだ。
「孫を可愛がる」話は理解してくれると思っていた。