軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

153.立法帝ノア

「……ふう」

俺は密かに、小さなため息をつきながら、兵から黄金のプレートを受け取った。

プレートには大まかに分けて上下の二つの部分があった。

上の方は生まれた場所、日時、立ち会った人間の名前などが書き記されている。

下の半分はステータスが記されていた。

ステータスには当然名前があり、名前の所は「チェスター・ヌーフ」とあった。

「この感じ……」

本物か、という言葉をのど元でぐっとこらえた。

ちらっとまわりをみる、兵達が俺に注目している。

この状況でそれを口にしてしまうと、いよいよ「確定」してしまうからだ。

この黄金のプレートは皇族に連なる者の「出生証明」のような代物だ。

皇族は生まれたら生年月日に場所、そして立ち会った人間の名前にその当時のステータスを記して、厳重に保管される。

今ではこのプレートに魔法処理が施されて本物かどうかの証明になるが、大昔は黄金を加工できる財力ってだけでやんごとない身分という証明だったから、その名残だ。

ちなみにだが、現在の主流は、「本人」以外は最初の保管場所から持ち出せないような魔法をかけるのが一般的な。

本人が持ちだして、わざわざ別の者に持たせる意味がこの状況下ではないから、これを持っている少年が本人で間違いないだろう。

余談だが俺のも当然あって、王宮に保管されている。

もっとも俺自身はそれを目にしたことはない。

こんなもの、生まれたときのへその緒と同じで、よほど興味を持たない限りは本人がそれを見ようとは思わないものだ。

閑話休題。そのプレートが現われた。

そして、持ち主の名前が「チェスター・ヌーフ」とある。

チェスターという名前は聞き覚えがある。

エイラー・ヌーフの長男の名前のはずだ。

俺はもういちど、軽くため息をついた。

そうこうしているうちに兵達がざわつきだした。

「あれって、あれだよな」

「って事はこいつは偽帝の息子か?」

「跡継ぎを逃がすのはあるあるだよな」

兵の中にはこの黄金プレートの正体を知っている者もいたみたいで、それが急速に広まった。

更にそれが一転し。

「そうか! 陛下はそれを見抜いて!」

「次の反乱の芽を摘みに自ら出向いたのか」

「すごい! さすが陛下だ!」

チェスターを捕まえられたのは偶然に過ぎないが、兵達の目にはそうは写らなかったようだ。

「韜晦が裏目にでたか……」

人間は思い込みの激しい生き物だ。

そしてその思い込みは「反転」した時に何倍もの強さでさらなる思い込みを生む。

今回、俺の韜晦で兵達の中には「弱いものイジメしかしないダメ皇帝」に映ったことだろう。

それは狙い通りだからいい、むしろ最高の結果だ。

しかしチェスターという、反乱軍トップの跡継ぎ、生き延びれば新たな禍根になる相手を確保したことによって、俺の韜晦が「敵を欺くには味方から」という解釈が生まれてしまった。

それと同時に、おそらくは「目的達成のためには泥をかぶることも厭わない」――「皇帝であるのにもかかわらず」と云ったものまでもがセットでついてきた。

それが思い過ごしではない証拠に、連れてきた兵が例外なく俺に尊敬の眼差しを向けてくるようになっていた。

「さすが陛下でございます」

天幕の中、二人っきりになったヘンリーがそんな事を言ってきた。

「やめろ、偶然なのはお前が一番よく知っているはずだ」

俺はそう言いながら、天幕の中央深部にある自分の椅子に座った。

天幕は裏腹に、そのまま宮殿の中にあっても見劣りしないちゃんとした執務机のうえに、例の黄金プレートを置いた。

「運を味方につけるのも名君の資質でございます、肝心な所で、となればなおさらの事かと」

「それがつづくと無意識に頼りたくなってしまう。余はそうはなりたくないな」

「そうお考えであればそうなることはないかと」

「……」

「チェスター・ヌーフはいかがなさいますか」

「処刑以外あるまい」

俺は即答した、それを聞いたヘンリーの感情に変化はなかった。

そう、処刑以外ないのだ。

「首謀の血縁、しかも長男だ。傍系とは言えヌーフ家は皇族に連なる家系。皇族が謀反に関わった場合主犯・従犯とわず斬胴の刑だ」

「陛下は、ここだけは改正なさいませんでしたな」

「ああ」

俺ははっきりと頷いた。

法務親王大臣を十年以上やった俺は、その間に細かい法改正を何回かしている。

法は法であり、法である以上は遵守しなければならない。

ただし法が常に正しいかと言えばそうではない、そして法が間違っている場合は法を改正する。

それが、法務親王大臣時代の俺のスタンスだ。

「あの頃」

「ん?」

「陛下はすごい、と法改正の度に思っていました」

「どういうことだ?」

「陛下は一度たりとも、法改正の時に遡及して適用――をしておりませんでしたから」

「当然だ。法改正に遡及適用をさせたら、それは実質的に法を曲げて例外を作っているのとなんら変わりは無い。それでは法の厳正性が失われる」

「おっしゃる通りだと思います。それを平常時だけでなく、改正にまで強く遵守なさっていたのはすごい事と感じていました」

「そうか」

俺はふっと微笑んで、しかしすぐにそれを引っ込めた。

法に関するスタンスを褒められたことは地味に嬉しいのだが、今はそれを喜んでいる余裕はなかった。

「……」

「どうかなさいましたか?」

「ヘンリー」

「……はっ」

ヘンリーは少し驚き、それから真顔で応じた。

俺の声のトーンから 何か(、、) を感じ取ったのだろう。

「お前は、何故帝国の死刑の中で、斬胴の刑がもっとも重いとされているか、わかるか?」

「はあ……それは……」

ヘンリーは答えあぐねた。

質問の意図も、質問そのものも、両方分からないのだろう。

「質問を変えよう。斬首の時、人間はどれくらい意識を保っているか知っているか?」

「は? それは……数秒程度、かと」

まったく違う質問に、ヘンリーは目に見えて戸惑いながら、言葉を選びつつ、という感じで答えた。

「そうだ、研究のしようがないが、まあ数秒程度だろうと言われている。これは経験則からくるもの、首を切りおとされた現場に立ち会ったことのある人間なら大体それくらいの答えが返ってくるだろう」

「そうですな……戦場では体感、もう少し短いかとも思います」

「ほう? それは何故だ」

「常に昂ぶっている分、血が勢いよく吹き出されるから――無論私なりの解釈ですが」

「なるほど。ちょうどその話をしようと思っているところだ」

俺はふっと笑った、ヘンリーはますます訝しみ、首をかしげてしまった。

「なぜ斬胴がもっとも重いのか、それは致命傷だが即死はしないからだ」

「あっ……」

ヘンリーはハッとしたようだ。

「そう、胴体の真ん中、つまり腰のあたりを両断された人間は、治癒の手立てはなく、上半身に残されている血が致死量を超えて流れ出るまで生き続ける。当然地獄の苦痛で、記録では最高で半日ほど苦しんで死んだという例もあるそうだ」

「斬首は一瞬、絞首はすこし長く、斬胴は半日……苦痛の長さがそうした、ということですな」

「苦しむ姿をさらすという意味合いもあるが、概ねそんなところだ」

「なるほど――」

ヘンリーは頷き、更に俺を見た。

その目は「話は分かったが、で?」というのがありありとでていた。

そもそもが脈絡のおかしい話だ、繋がらないのも無理はない。

俺はちらっと、執務机の上の黄金プレートを見た。

「まさか、恩赦を?」

ヘンリーはハッとした。

ようやく、話が頭の中で繋がったようだ。

そう、俺はあの少年、チェスターの話をしようとしていた。

その前提をまわりくどくなりながらもやっていたわけだ。

話は繋がった、が、俺は静かに首をふった。

「ありえんよ」

もう一度首を振って、更に続けた。

「帝国皇帝として、謀反人の男系を見逃すわけにはいかん。娘ならいかようにも活かせられるが」

「そうですな」

「だが、ヘンリー、お前の察しはただし。あの無辜な少年を斬胴の刑に処すのは心苦しい」

「……」

ヘンリーは無言で俺を見つめた。

ならばどうする? と言う顔だ。

「警備をわざと手薄にしろ」

「逃がすのですか!?」

「ああ」

「陛下?」

ヘンリーは信じられないような目で俺をみる。

俺は真顔でヘンリーを見つめ返した。

「逃亡者はもちろん追いかけなければならない――生死問わずで、だ」

「――はっ!」

「首だけ持ち帰ればいい」

「……さすが陛下でございます」

「頼む」

「はっ」

ヘンリーは一礼して、天幕の外に出て行った。

数日前にも似たような事をしていた、あの時は斥候に見せかけの追撃をした。

しかし今回は本気の追撃だ、追いついて、「その場で殺害」するための追撃。

一人っきりになった俺はつぶやいた。

「これが皇帝の限界だ……いや」

ただの皇帝であれば、横紙破りや横車押し、むりやりいかようにもする事ができる。

歴史上、そういう者達は暴君と呼ばれてきた。

だが俺はそうするわけには行かない。

「父上……」

俺が暴君や暗愚になれば、それは俺を皇帝に指名した父上の名前まで汚すことになる。

皇帝の権限を半分以上縛った条件付けだが。

法は法として厳密に守る。

それが、俺が俺に課す最低条件だと思っている。