軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

147.古の作法をする女

名誉騎士というのは、俺が子供の頃――まだ賢親王の称号をもらうかもらわないか位の頃に考案した制度だ。

それを考案した背景に、ここ数十年もの間、帝国の財政は慢性的な赤字に悩まされているというのがある。

赤字を減らすために帝国としての支出を減らすべきだとの進言があり、一時期そうしたが、それは結果的に大失敗に終わった。

帝国の支出というのは、金が虚空に消えるというわけではない。

帝国がつかった金は民間にながれ、その金が民間をぐるぐる回って民を潤している。

それを減らした途端、民間で循環している金が目に見えて減った。

結果として税収が目に見えて減り、各地の治安が悪化して反乱も続出した。

これは帝国が「戦士の国」という事も影響している。

支出を減らしたことが帝国の弱体化と見なされ、あっちこっちで反乱が起きた。

皮肉にも、この反乱の乱発を討伐し、首謀者をとらえ、財産を没収したことで一時的に財政を立て直した。

とはいえ、緩やかに危機的なのは変わらない。

そんな状況下で、皇族の一人が自ら罰金を申し出た。

理由は息子が殺人を犯したことで、名目としては監督不行き届きということからの罰金だ。

多額の罰金を自ら申し出て支払うことで、皇帝である先帝陛下の覚えをよくし、最悪の状態であるお家取り潰しを回避しようというもくろみだ。

陛下はそれに乗り気だったが、俺が猛反対してなかったことにした。

理由は、法を犯しても自ら罰金を申し出れば罪が軽くなる、等という前例を作ってしまえば法の抑止力がなくなってしまう。

だから猛反対し、先帝陛下もそれを理解し最終的には受け入れてくれた。

そのかわりに、俺は「名誉」のための集金ならばと、代案を出した。

罰金で罪を免れるのは論外だが、献金で名誉を買うのならば、ということだ。

ただし献金で地位を買えてしまえば不正や汚職の温床になる。

ということで、「実権や地位は一切与えない」「そのかわり皇帝直々に表彰をおこなう」という、名誉に特化した献金――いや、「集金」の制度だ。

その後それは先帝と宰相らによって諮られ、ちゃんとした名誉騎士の制度になった。

この制度が出来てからしばらくのあいだ、俺は先帝陛下に「すごい」と、一ヶ月間にわたってことあるごとに褒められ続けていた。

俺は目の前の女をみた。

二十代の前半だろうか、まだまだ若々しくて、顔にどことなく稚気が残っている。

この女は「名誉騎士」と名乗った。

つまりかつて献金をし、皇帝によって表彰された人間だということだ。

「 その時(、、、) 」

「え?」

「 その時(、、、) は、俺だったのか?」

「はい! 直接に」

「そうか」

なるほど、と俺は頷いた。

俺にとっては大量にいる名誉献金を表彰したうちの一人だが、向こうからすれば俺は唯一無二の皇帝。

しっかりと覚えていて当然というわけだ。

「声をかけるべきではなかったのですが、抑えきれなくて、つい」

「かまわない、それよりももう少しフランクに話せ」

「あっ、はい! えっと……分かり、まし……た?」

「はは」

俺は小さく吹き出した。

エトナの戸惑いがはっきりと見えて少し面白かった。

「それよりも、 ああした(、、、、) という事は、お前の家は商人かなんかか?」

「はい――うん。家は代々養蚕をしてます」

「なるほど」

俺はそういい頷いた。

名誉騎士の大半、実に九割近くが商人だ。

金で名誉を買うという制度上どうしてもそうなりやすい。

「あの後家業に変化はあったのか?」

「おかげさまで更に儲けられるようになりました」

「ほう?」

どういう事だ? という意味の目でエトナをみる。

「実利にならないものにそんな大金を出せるなんて――という風に見られてるみたいです。商人は儲かっているかどうかが重要だから」

「ははは、それはそうだ。儲かっていない商人は危なっかしくて取引したいとは思わないものな」

「はい。しかも父じゃなくて、私に――ということでますます。この制度を発明した皇帝陛下は本当にすごい人です!」

「そうか。それはそうと――お前はなぜこんなことをしている?」

俺はそういい、彼女の称賛をさらりと流しつつ、視線を彼女がやってきた方向、彼女の使用人達が始めた炊き出しの準備の方をみた。

なんで炊き出しをしているのか、という意味だ。

「それこそ商人らしくない振る舞いではないのか?」

「この地に皇帝陛下が来るって情報を得たから」

エトナは迷いなく即答した。

この「皇帝陛下が来る」というのは俺に向けた言葉じゃなくて、情報として得たという意味だから、指摘したりはしなかった。

「なぜ陛下が来るとそんな事をするんだ?」

「陛下の親征、絶対に勝つから」

「勝つ?」

「はい、絶対に」

エトナは迷いなくそう言いきった。

「何故?」

「皇帝陛下だから」

「……ふむ」

俺は小さく頷いた。

エトナの瞳を見つめた。

すると、悟った。

エトナが言う「皇帝陛下」というのは、俺――ノア一世の事をさしているんだと分かった。

皇帝だから、というよりも、ノア一世だから、という意味らしかった。

そしてそこに理屈はなかった。

ただただ俺だから、というのが彼女の理由だった。

「皇帝陛下なら必ず勝つ――のはいいんだけど」

「うむ?」

「陛下はこの状況をみたら必ず民を救えとお命じになるだろう。ものすごく民のことに心を砕かれるお方だ。そんな些末な事で陛下の手を煩わせてはならない。陛下には戦に専念して頂きたく、その一心でおこなっております」

話している内にどんどんどんどんと気持ちが昂ぶっていったんだろう。

エトナの口調はまみえた時のものの、謙った敬語に戻っていた。

「そうか」

言葉使いは指摘しなかった。

それよりも彼女の思いの強さに少し驚いていた。

そんな彼女の語気の強さにひかれたのか、炊き出しのためにでてきた村人達がちらちらとこっちをみていた。

このまま見られ続けるのはあまりよくない。

話をもっと聞きたいのもあって、俺は彼女を連れて場所を変えようと思った。

「もうすこし人気の無いところで話そう」

「はい!」

俺はぐるっと身を翻して、歩き出した。

彼女は後ろについてきた――が、俺は違和感に気づいて足を止めた。

彼女はただついてきた、というわけではなかった。

ぐるりと、立ち位置をかなり大幅に変えてついてきた。

「なんでそっちに立ったんですか?」

彼女の動きはルークの目にも奇妙に映ったようだ。

ルークは好奇心そのままに彼女に聞いた。

「これは――」

「古い作法だよ」

「古い作法?」

俺は頷き、エトナの代わりにルークに説明した。

「目上の人の近くに立つときは必ず北側に立つ、というものだ」

「どうして?」

「影を踏んではいけない、という理屈だ。別に影を踏んだところで実害があるわけではないが、とにかくそういうのが昔はあったのだ」

「そ、そうなんですね」

「……」

俺はルークから視線をエトナに向けた。

彼女をじっと見つめた。

「どうしたんですか?」

「…………おまえ、喉をつぶして男装してたか?」

「――っ! はい!!」

驚き、そして喜び。

二つの感情が、エトナの顔に去来していた。