軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

144.地下に潜った鉄砲玉

気がつけば、ジェリーが呼んできた魔法使いは俺を見つめていた。

俺をじっと見つめ、めちゃくちゃ驚いた顔をしている。

それに気づいたジェリーは魔法使いに釘を刺した。

「おい、てめえ」

「は、はい!」

「ここにだれもいなかった。てめえのボスが一人で朝の体操してた。わかってるな」

「は、はい!」

「誰かにいったら、その軽い口に鉛玉詰めて沈めるからな」

ジェリーの脅しは独特だった。

俺はクスッと笑って、魔法使いの若い男はビクッとして首を縦にぶんぶんふった。

そうやって脅されても、若い男はちらちらと俺を見てくる。

なんでここに――っていう顔をしているのがはっきりと分かる。

ここに皇帝がいることがよほど不思議なようだ。

理由を説明する必要はないし、ジェリーは口止めをしたし、存在を無視することにした。

「さて、話がわき道にそれすぎたが、本題にはいろう」

「――へい」

「お前はどれくらいの兵を持っている」

「八千飛んで十七人です」

「すぐにでてきたな、それは実数か?」

「へい、すべて今すぐに動かせる実数でさあ」

「ごまかしはないのか」

俺は少し驚いた。

頭の中に十年ちょっと前に初めてその話をした、ライス・ケーキの事を思い出した。

ある程度の兵を握るようになると、そこから中抜きをするのはよくある話だ。

帝国は各将軍に「○○人の兵士を維持できる」形で予算を割り当てる。

そこに実数じゃなくて、名目上の数を計上することで、その分の差額を懐に入れる将軍はかなり多い。

あの時、ヘンリーはごまかしのあった家人のライスに激怒した。

それを俺はよくあることといって、なだめた。

あの時はヘンリーをなだめたが、これは決していい事だとは言えない。

いいことではないが、帝国ほどの図体になるとそういうものは「決してなくならない」ものだし、あの時はまず定員を揃えさせることが最重要だから、ヘンリーを上手く言いくるめた。

しかし、そうはいうものの。

なくならないものではあるが、やらない人間がいないというわけでもない。

たまに清廉潔白を身上として、一切そういうことをしない人間もいる。

どうやらジェリーがそうだ。

自分が見いだした人間がそうだということに少し嬉しくなったが、喜ぶのはまだ早いと自分を戒めた。

「兵を率いる人間が差額を取らないのは厳しいのではないか? それでは部下にまともな褒美もできないだろう」

「そんなのなくても、帝国は戦士の国だ、戦功を正しく上申してやりゃ帝国が代わりにご褒美を出してくれる」

「ははは、たしかに」

「それによ、まわりの連中はあまりやらねえから、この『戦功をただしく上申してやる』ってだけでめちゃくちゃ感謝されるんですわ。でもってそれを公平だとおもって感謝する奴らの方が使えるヤツが多い」

「ふむ、一理ある」

「そういう連中は自分で考えて動けるヤツが多いから、俺が困ったら、困ってるって察知して勝手に適切に動いてくれるもんさ」

「なるほど」

「その分俺は罰が厳しい。一切の例外は出さねえようにしてる」

「信賞必罰ということか」

「へい」

「だからこそ同性愛の兵士達の事に頭を悩ませてたわけだな」

「へい……ありゃめんどいです」

ジェリーはあははと苦笑いした。

俺は頷き、自然と笑顔になった。

それが本当なら、ジェリーはこんな辺境で「無号」将軍やっているような人材ではない。

「お前はそれでいいのか?」

「もう十分もらってまさ」

「うん?」

「主君からもう山ほどもらってる。腹がでっぱるくらい毎日たらふく食えてるし、かかあも三人もらえた、俺に似たあほ面のガキも山ほどこさえた。これ以上望むことはねえ」

「ははは、欲のないことだ」

「たくさんもらいました」

「ならまだやってないものをやろう」

「へ?」

「家紋は作ったか?」

「はあ、一応」

「剣を一本つけてやろう」

「ーーっ!」

驚愕、そして歓喜。

ジェリーの顔に、一瞬のうちにそれらの感情が去来した。

帝国は戦士の国、戦功を何よりも重要視する。

戦功に報いるのに物質的なものと名誉的なものがある。

名誉の最上位がこの「紋章に剣をいれる」ものだ。

そして制度上、剣は最大で三本まで入れられる。

これは皇帝の許可なくして勝手に使ってはならない意匠。

先帝である父上も俺の事をかなり可愛がったが、俺は軍事ではなくずっと法務省にいたから、戦功をほとんど立てられなくて剣は一本しかもらってない。

余談だが帝国最強の武人ダミアン・ノーブルは長年の征戦で、しっかり家紋に三本の剣をもらっている。

家紋に剣――これはどんな称号よりも名誉なことだ。

ジェリーはたっぷり呆けたあと、ハッと我にかえって、俺に平伏した。

「あ、あ、ありがたきしあわせ」

「ははは、大げさだ。こんなの紙切れ一枚ですむ話、余は一銭も出さず懐も痛まない」

「……」

ジェリーは無言のまま額を地面にこすりつけた。

そして、顔をあげて俺を見つめる。

まっすぐで、強い眼差しで俺を見つめた。

暗黙の了解、というヤツだ。

さっきの話である。

嬉しい褒美をもらった有能な人間は、ちゃんと恩人にたいして必要なタイミングで恩返しをする。

俺はそうする――ジェリーは無言で、眼力だけでそう強く語りかけてきた。

だから俺も特に何も言わずに、ただ小さく頷いただけにした。

少し考えて、手をかざした。

フワワで紋章を作った。

それを半分にわって、片方を渡した。

ジェリーは無言のままうけとった。

いざという時の符牒だと理解したようだ。

「さて、余はそろそろ退散する。ちなみに余がここに来た事は誰も知らない。しばらく伏せておけ」

「へい!」

「それと――ミュールを隠して外に連れ出す方法はあるか?」

「へい、それも任せてください。あー……ちょっと一緒についてきてくれるか」

ジェリーはおそるおそるミュールに聞いた。

ミュールは冷ややかにジェリーを無視したが。

「一緒にいくためだ、ジェリーの言うことを聞いてやれ」

「みきっ!」

俺がいうとミュールはすぐさま、素直に反応した。

「まったくこの畜生は……」

ジェリーは呆れ笑いした。

そしてミュールを連れていった。

視線誘導が出来るかは分からなかった。

意識を逸らすことはできる、が、モンスターという「恐怖」により反応する人間と遭遇しないとも限らない。

意識を逸らしても、圧倒的な存在感のものを目の前にすればそっちに目が行く事は考えられる。

今はテストしている暇はないから、ジェリーに任せる事にした。

「うむ?」

ふと、少し離れた所で、若い男がまだいることに気づいた。

ジェリーが呼んできた魔法使いの若い男。

そういえば二回目ということもあってか、またレベルを見る必要性があるとおもってか、ジェリーは前回とちがって、男を下がらせなかった。

だから男はずっとそこにいた。

ミュールにより 意識(、、) がいってることもあって、男には何も言わずにミュールと一緒にどこかへいった。

取り残されて困惑しているのか――と、思ったのだが。

「……」

どうやらそうではなかった。

若い男の目には「困惑」の色はまったくなかった。

代わりに――決意が見え隠れしている。

…………決意?

どういう事だ? なんで今そんな感情が顔にでる?

などと、俺が不思議がっていると。

男は更に決意した顔で――なんと俺に突進してきた!

「――ッッッ!」

無言で、しかしカッと目を剥いて。

腰のあたりで両手で何かをかかえたまま突進してくる。

それは――ナイフだった。

男はナイフを構えて俺に突進してきた。

驚いた、まさかの襲撃だ。

皇帝である俺にまさかそんな事をしてくるなんて――とは、思ったが。

『無礼者が』

そこは狂犬のリヴァイアサン。

ジェリーが言っていたのと同じように、リヴァイアサンは俺の命令をまったく待たずに、威圧で男の意識を刈り取った。

ナイフを構えたまま突進する男は、途中で泡を吹いて頭から地面に突っ込むように倒れこんだ。

「よくやった。ひとまずまて」

『御意』

「さて……どういう事だ?」

「おまたせし――主君? なんかあったんですかい?」

「ああ……この男がいきなり襲いかかってきた」

「なに!?」

戻ってきたジェリーは驚き、怒り。

さっと倒れている男の側でしゃがんで、まずは体をひっくり返して顔を上にした。

男が持っているナイフをみて、ジェリーは更に怒り顔でナイフを取り上げ、地面に叩きつけた。

そして、男の懐をチェックし出す。

「金目のものは……ねえ。買収されたんじゃねえのか? むっ」

「どうした」

「これは……」

ジェリーはそう言いながら何かをとりだした。

それは四つ折りの便箋だった。

「見せろ」

「へい」

俺はジェリーから便箋を受け取った。

今度の親征で、事故に見せかけたりする場面があれば皇帝をなき者にしろ、というものだ。

署名はイエロー・ケーキ。

ライス・ケーキの兄で、ライスとは違ってオスカーにつかえているものだ。

「……ああ」

俺は小さく頷いた。

そして思い出した。

アリーチェの店での出来事。

ドッソ出身ながらオスカーの家で働いていた若者が持ってきた情報。

オスカーの家人の誰かが、機を見計らって俺を暗殺しようとしていると。

若者をみた。

家人なら、今のオスカーの心境を慮って行動を控えただろう。

つまりこの男は家人と言うほどの人間じゃない可能性が高い。

家人の更に部下、といったところだろう。

「第8のクソが、主君を狙ってきやがった」

「……」

俺はリヴァイアサンを抜いた。

そして倒れて気絶している男の胸――心臓を一突きした。

男は苦悶の声一つ漏らさず、そのまま絶命した。

「何を!? こういう時は拷問で吐かせて首謀者をその口から――」

「いまはだめだ」

「し、しかし……」

「忘れろ、政治だ」

「……」

「今は――状況が変わる前に地下に潜った鉄砲玉くらいで、藪をつつくわけにはいかない」

そう……状況が変わる前だ。

便箋には日付があって、それは俺が親征を決めたほぼ直後の日付だった。

つまりこの命令は、オスカーの心変わりの前。

命令の伝達はタイムラグがある。

帝国最速の「超特急」だろうがタイムラグはどうしても生まれる。

男の懐からでてきたこれはかなり古い命令だ。

それを元に今のオスカー、協力的なオスカーをつつくわけには行かない。

政局を動かすわけにはいかないのだ。

「……わかりやした」

ジェリーはそう言い、立ち上がった。

そして自分の腰間にある剣を抜くやいなや、男の死体を切り刻んだ。

「何をしている?」

「わー、しまった。この糞虫ってな主君に無礼をはたらいたから、ついうっかりしてミンチにしてしまったー。これじゃ身元がわからねー」

ジェリーはものすごく、ひどい三文芝居をした。

棒読みもひどくて、それで何をごまかすのか、だれを誤魔化せるのか――と普段なら突っ込んでいるようなものだ。

が、今はそれに乗っかった。

「身元不明ならしょうがない。そのかわりしっかり捜査して、百年後くらいに報告しろ」

「へい!」

とんでもない猿芝居で、我ながら……と、苦笑いするしかなかった。