軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

121.かつて撒いた種

「パーウォー帝国の歴史から、何か分かった事はありましたか?」

「ああ」

俺ははっきりと頷いた。

同時にオードリーの肩に手を回し、頭をポンポンと撫でてやった。

「直接何かに繋がる訳ではない、徒労に終わる可能性もある。が、オードリーには一つやって欲しい事がある」

「はい。何なりとお申し付け下さい、陛下」

オードリーはすっと身を引いた。

俺の腕の中から離れて、真っ正面に立って、俺をまっすぐ見つめてきた。

さっきまで纏っていた空気が一瞬で変わった。

この切り替えの速さはさすがだと思った。

「明日からでいい、余がまだ帝都にいる間でいい。オスカーの正室を含む、親王や重臣達の正室、側室などを集めた茶会を開いて欲しい」

「……何を聞き出せばよろしいのでしょうか」

オードリーは賢い女だった。

この話で瞬時に、ただの遊びではないという事がわかった。

「もちろん一番なのは寝物語だが」

「そうですわよね」

オードリーははっきりと頷いた。

寝物語というのは、男と女の閨の中でのやり取りだ。

「不思議な事だが、どういうわけか昔も今も、大半の男は体を重ねた女にベラベラと色々喋りたがるものだ」

「きっと、女にいいところを見せたいのですわ」

「なるほどな」

俺は小さく頷いた。

そういう要素もあるだろうなと思った。

「でしたら、オスカーの正室だけを相手にすればいいのではありませんか?」

「もしも何かをやろうとしたら」

俺は真顔でいった。

「オスカー一人じゃどうしようもない、重臣をかなり巻き込まなきゃならないはずだ」

「……確かに」

「それに、下準備の段階なら。『第八親王が最近よくうちの人をたずねてくるんですよ』と、警戒心が薄くぼろっと漏らしそうだとも思う。動くと決まったわけじゃないのなら口止めも出来ないからな」

「確かに。それをするとかえって怪しくなります」

「そういうことだ」

「さすが陛下ですわ。分かりました、そこはお任せ下さい」

「やれそうか?」

「女同士のおしゃべりならどうとでも。時々は陛下を ダシ(、、) にさせてもらうかもしれませんが――」

「あははは、問題ない、存分にこき下ろせ」

俺は天を仰ぎ、大笑いした。

女同士の話だ、その内容はおおよそ想像がつく。

皇帝だろうと親王だろうと、それはそんなに変わらないのかもしれないな。

俺の知らないところでこき下ろすだけで情報なりが手に入るのなら安いもんだ。

「たのんだぞ、オードリー」

「はい……」

オードリーは穏やかにほほえんで、再び纏う空気を一変させて、また俺の腕の中にそっと体を寄せてきたのだった。

次の日、アリーチェの店。

親征を控えて、最後に町に出られる日。

今夜を過ぎると一気に準備が加速して、俺の体も完全に空かないから、今のうちに――って意味でここに息抜きにきた。

舞台の上でアリーチェが歌っている。

彼女にはこの親征で、目くらましとしてついて来てもらうのだが、だからこそ今のうちに聞いておこうと思った。

余計な事を考えていない、純粋に歌っている彼女の歌を聴いておきたかった。

テクニックの部分で何かが変わるわけではないが、歌――音楽というのは人間のその時の感情がはっきりと出るものだ。

アリーチェの一番いい歌はこの店でしか聞くことは出来ない、と、俺は思っている。

そんな風に思いながら、顔見知りの店主が用意してくれた特等席でアリーチェの歌を聴いていた。

「あ、あの……」

「ん」

横から話しかけられた。

目を向けると、そこに一人、気弱そうな青年が立っていた。

青年は見るからにまわりを気にしているようなそぶりをしながら、おどおどした目で俺を見ている。

「おい、お前――」

アリーチェが歌っている最中で、まるで邪魔をするように話しかけてきた。

それに気づいた、少し離れている所で控えていた店主が怒りの形相で、しかしわきまえてアリーチェの歌に邪魔にならないように押し殺した声で青年に向かっていった。

「いい」

俺は手をかざして、店主を止めた。

店主も俺がいいというのだったら、ということで、静かに一礼して、下がって元の場所に戻っていった。

店主だが、俺がいるときは直々にこうして控えている。

何かあったときにすぐに動いて対処できる――丁度今のように。

俺はそんな店主を下がらせて、男の方に目線を向けて、観察しつつ聞き返した。

「どうした、 俺(、) になんかようか?」

「あの! お、俺……オスカー様の屋敷で、し、使用人をしてます」

「ほう」

俺は小さく頷いた。

まだ確証はないが、青年の言葉から、俺が皇帝ノアだという事がわかっているらしい物言いだった。

とはいえこの場でそれを聞くわけにも行かない。

アリーチェの古くからのパトロンである十三親王、現在の皇帝。

この店では公然の秘密になっているが、だからといっておおっぴらにすると騒ぎになるから控えている。

公然の秘密だろうが、形式上ではあくまで「秘密」なのだ。

「それが俺になんのようだ」

「あの! こ、この前! ご主人様――じゃなくて、オスカー様が不穏な事をいってました」

「不穏なこと?」

眉がひくっと跳ねた。

瞬間、頭がすぅーと冷えていくのを感じ、アリーチェの歌声も急激に遠ざかっていって耳をすり抜けるようになった。

目の前の青年の声しか聞こえなくなった。

「はい! オスカー様の、その、昔屋敷にいて、今はお偉い役人になった人が戻ってきたんです」

「家人ってことか?」

「はい! そ、それです!」

「ふむ、で、その家人がどうした」

「オスカー様と二人っきりで内緒話をしてて、それで俺、窓の外に隠れて聞いてました。ちょっとだけしか聞こえなかったんですけど」

「……何が聞こえたんだ?」

「えっと……たしか。我々は随行? いたします。戦場では事故もあるかと。とかでした」

「……」

俺は返事しなかった。

下手に返事するよりも沈黙した方がいい内容だと思ったからだ。

「そ、そのあと。昔屋敷にいた方の人が、ご決断を、帝位につく絶好の機会、っていってました。お、俺。話の内容はほとんど分かりませんでしたけど、最後のこの言葉だと絶対によくないって、思って、その……」

青年は必死に訴えてきた。

口は上手くないが、その分信憑性が感じられた。

「話は分かった」

「は、はい!」

「だが疑問がある」

「え?」

「なんでそれを俺に言う。お前はオスカーの使用人なんだろ?」

「それは」

青年の表情が変わった。

直前までおどおどして、必死過ぎるくらいの必死さを出していたのに、一瞬で変わった。

決意――何があろうと揺るがない決意。

そんな感情が青年の顔から読み取れた。

青年は、決意をそのままに言葉に乗せてはなってきた。

「俺、ドッソの出身なんです」

「ドッソ……」

聞いたことのある地名だな。

どこだったか……ああ。

ゾーイの故郷で、十年くらい前に水害に遭った土地だ。

当時、ゾーイは水害に遭った後、俺の所をやめたいと言い出した。

理由は水害に遭って、実家に色々代金が必要になったから、親王邸をやめて遊郭に自ら身売りしなければ、という事だった。

親王邸のメイドはそれなりによそよりはいい稼ぎだが、それでも若い女が遊郭で稼げる金よりは少ない。

当時のゾーイであれば、「元親王邸のメイド」という売りもつけたはずだから、更に稼げただろう。

当然、それをさせる訳にはいかない。

自分の屋敷のメイドをそんなところに 持ってかれる(、、、、、、) のは腹が立ちすぎる。

だから俺は動いた。

関係省庁にドッソの復興を働きかけた。

多少の横車も押し通した。

省庁の動きがまだ鈍いうちから、私財をなげうって、ドッソの土地を買いあつめた。

災害のどさくさで、商人が土地を買い集めて暴利を貪るのはよくある話だから、俺が先にやって保全した。

それが功を奏して、少なくとも二次被害はなかったときいている。

そして青年はそれを恩義に感じているというわけだ。

――――――――――――

名前:ノア・アララート

帝国皇帝

性別:男

レベル:17+1/∞

HP C+B 火 E+S+S

MP D+C 水 C+SSS

力 C+S 風 E+C

体力 D+C 地 E+C

知性 D+A 光 E+B

精神 E+B 闇 E+B

速さ E+B

器用 E+B

運 D+C

―――――――――――

ちらっと視界の隅っこに見えたステータス。

この+の中に青年も入っているのだろうか。

忠誠を誓った段階じゃ俺の前にはいなかったから、その辺りがよくわからん。

……が、まあ。

大丈夫だろう、と俺は経験と照らし合わせながらそう思った。

「そうか、ドッソか。その歳だと水害の時大変だっただろ」

災害の時というのは、幼ければもちろんそれはそれで大変なのだが、もっと大変な年齢がある。

青年は逆算すれば、その頃は十代の半ばってところだ。

体力と気力があって、また責任感も生まれてくる頃。

災害に遭ってしまったときに、色々と責任と期待がのしかかってくる年齢と立場だっただろうな。

災害の後、生き延びた一家の生活がすべて十代の少年の双肩にのしかかってきた――なんていうのはそれこそごまんとある話だ。

この青年もそうなんだろう。

「その! こ――ノア様のおかげで、俺達、すごく助けられました! ノア様のおかげで、今生きてます」

「そうか」

「俺が都に出てきた時には十三親王様のお屋敷はもうなくなってたので、仕方なく第八親王様のところに仕えました――でも!」

青年は身を乗り出して、力説してきた。

「恩義はずっと感じてます! だから、あんな話見過ごせません!」

「そうか……」

俺は小さく頷いた。

あの時の事が巡り巡って……とは。

さすがにちょっと驚いた。