軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

102.家人の夫妻

ジョンについて行って、官邸の正門前にやってきた。

かがり火の終着点とも言うべきそこには、見知った女が使用人を引き連れて待ち構えていた。

メアリー。

かつて奴隷商から救い出した少女で、ジョンの妻となって、外に出したいまでは夫同様俺の家人である女。

そのメアリーが、よどみない動きで俺の前で跪いて、地面に平伏して一礼した。

ジョンの時は公人としての身分があるから指摘したが、メアリーは公には役職がないから、ただただ使用人としての 内礼(、、) をしてきた。

そんなメアリーの後ろで、使用人達が驚いている。

――奥様がなんで? この人何者?

という感じになっているのがありありと見えた。

「お待ちしておりました、ご主人様」

「楽にしろ。というか、略式でもよかったのだぞ」

どんな礼法にも、正式なものと略式のものがある。

メアリーがいましたのは、内礼の中でもかなり正式のもの――作法のフルコースといっていいものだ。

だから俺は簡単な略式の方でいいって言ったんだが、メアリーは両手両膝を地面につけたまま、顔だけ上げて。

「とんでもありません! ご主人様に会えるのなんてもう数年に一度あるかないかくらいです。こうして会えるときはさせて下さい。大恩あるご主人様にちゃんとしないと後ろめたさで夜もねむれません!」

「そういうものなのか」

「はい」

「ならば――ジョン」

俺は振り向き、ジョンの名前を呼んだ。

「はい!」

「職務で上京して余に謁見するときもあるだろう。その時はメアリーも連れて夫婦でこい。――これでたまにあえるだろ?」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

慌てて頭を下げるジョンに対して、メアリーは落ち着き払った感じで更に一礼した。

まだ幾分か少年的なおちつきのなさが残っているジョンに比べて、メアリーは大分大人の女な落ち着きを身につけているようだ。

そんなメアリーは静々と立ち上がって、一歩引いて半身になって、俺に官邸への道を譲った。

「どうぞお入り下さい、ご主人様」

「うむ」

俺はうなずき、中に入った。

歩き出した俺の後ろにジョンとメアリーの夫妻がついてきて、そのすぐ後ろにジョンたちの使用人が困惑顔のままついてくる。そして一番後ろからペイユが黙ってついてきた。

官邸にはいって、まずは応接間の様なところに通された。

「……ほう」

中に入った俺は思わず声を漏らした。

部屋に入った瞬間、まるで別天地に足を踏み入れたかのような感じになった。

夜だというのに灯りがふんだんに灯されて明るく、さらには一嗅ぎで分かる位良質なお香が焚かれている。

さらには俺が座るであろうソファーも刺繍などがふんだんにあしらわれてて、その前のテーブルに瑞々しい果物が置かれている。

誰が見ても分かる、かなりの歓待ぶりだ。

「すみません、ここではこれくらいの事しか出来なくて。都には到底及ばないですけどその分頑張ってお仕えしますから」

「ささ、ご主人様こっちにどうぞ」

ジョン・メアリー夫妻に誘導されて、俺はソファーに座った。

見かけだけじゃなくて、詰め物をたっぷり使ったいいソファーだ。

俺は座って、部屋の中を見回した。

「……金はどうした」

おもむろに、ジョンとメアリーに聞いた。

二人はばつの悪そうな表情を浮かべた。

「こんな接待、お前の俸給じゃ賄えんだろ。下手したら一年くらいの俸給がすっ飛ぶぞ」

帝国の下級官吏の俸禄はお世辞にも高いとは言えない。

それもいずれは手をつけるところなのだが――今はまずジョンの話だ。

「それなら大丈夫です」

「ほう?」

「街の商人から借りました。あっ、ちゃんと借用書書きましたよ。俺の任期がおわるまで返せばいいって約束してくれたので」

「ふむ」

「安心して下さいご主人様。ちゃんと分かってます。民から吸い上げて――なんて事は絶対にしません」

メアリーがジョンのフォローをした。

もともとが奴隷、さらに辿れば奴隷に売られるほどの寒村で産まれ育った二人だ。

間違っても民から搾取するようなことはしない、俺もそれをよく見極めて上で家人として外にだした。

それは見る目が間違ってなかったが、借金してまで俺の接待をしてくるとは思わなかった。

「さあさあ、ご主人様おくつを」

メアリーはそう言って、俺の足元で跪いた。

そして俺が履いてる靴を恭しく脱がせてきた。

靴を脱がしたあと、背後に控えている若い使用人から水をはったたらいを受け取る。

そして、俺の足を洗う。

十三親王邸にいたときから、夜帰宅すると使用人に足を洗わせて、疲れをとる。

これはみんながやってることだし、一日歩いた後に足を洗って簡単なマッサージをするだけでも疲れがかなり取れるものだから、転生した直後は戸惑ったがいつしか普通にやってもらう様になっていた。

親王邸にいたときと同じように、メアリーが俺の足を洗う。

そして、その後ろには他の使用人が控えている。

特に親王以上の場合、給仕とか直接奉仕できるのは一定以上の地位の使用人だけだ。

この場だと、俺の家人でもあるメアリーがそれに相当する。

有り体に言えば、他の使用人じゃ「奉仕する資格もない」だ。

それは貴族ならば当たり前の様に分かっていることだが、平民にはなかなか理解できないものだ。

今も、メアリーの使用人達が、「なんで奥様がそんな下女みたいな事をしてるの?」な顔をしていた。

ひとしきり足を洗わせた後。

「ペイユ」

「は、はい!」

俺に呼ばれて、ペイユは慌てて小走りで俺のそばにきた。

「紙とペンだ」

「はい!」

ペイユは肌身離さず持っていた荷物の中から、紙とペンを取り出して俺に渡した。

俺はそれと受け取って、テーブルの上でさらさらと走り書きをした。

そして、流れを理解してそのまま俺の印鑑――皇帝の印をさしだした。

それを受け取って、書いた紙に印を押す。

これで――略式だが詔書のできあがりだ。

俺はそれをジョンに渡した。

「もっていけ」

「これは?」

「余の接待に使った分は内府にちゃんと請求しろ。請求分出すように書いておいた」

「そんな!」

ジョンが悲鳴のような声を上げた。

メアリーも、洗い終えた俺の足を拭く姿勢のまま固まっている。

「すいません! 足りないところがあったら今からすぐに集めてやらせますんで」

「逆だ」

「え?」

「余の接待など、借金してまでするような物ではない。 孝行(、、) の気持ちはちゃんと受け取った。それでいい」

「ご主人様……」

「やっぱりご主人様はすごいお方……」

ジョン・メアリー夫妻は感動し、目を潤わせた。

「さて……寝室に案内してもらおうか。話は明日にしよう」

「わかりました!」

夫妻は同時に頷いた。

そしてメアリーが使用人を指揮して動き出す。

教育が行き届いているのか、使用人達はメアリーの命令に従ってテキパキ動き出した。

「わ、私はただのメイドで――」

メアリーの使用人がペイユを客扱いするものだから、ペイユは慌てだした。

「いいから、あんたは俺達の後輩、つまりこの子達より上の客だ」

と、ジョンはそう言った。

それでもペイユは不安げに俺に救いの目線を投げかけてくる。

俺はふっと微笑み返して。

「そうしろ。お前は余のメイドであって、他の人間には必要以上にかしこまる必要はない」

「は、はい。よろしくお願いします、ジョンさん、メアリーさん」

俺の言いつけで少しは気が楽になったのか、ペイユは状況を受け入れた。

そして俺も、メアリーに寝室に案内してもらった。

そこもわかりやすく高価な寝具がそろっていたが、あえて指摘する事なく放っておいた。

メアリーと最後までついてきた使用人が部屋から退出して、部屋の中は俺一人になった。

『主、少しよろしいか』

「うん? どうしたリヴァイアサン」

一人っきりになった瞬間、リヴァイアサンが話しかけてきた。

「珍しいな、お前のほうから話しかけてくるのは」

『申し訳ございません。主の耳に入れておいた方がよろしいかと判断したもので』

「ふむ?」

ベッドの上に腰掛けて、小さく首をかしげ、先を促す。

『下女の中に一人、主に強い敵意を放っていた者がおりました』

「ああ、賢そうな女の子のことだろ?」

俺は頷き、メアリーの背後にいた印象深い女の子の事を思い出した。

年齢は12~3――いや、ジョンとメアリーのやっていることを考えれば、その子も貧村の出だろうから、発育不良を考慮したら15~6の可能性もある。

その子は、ずっと俺に敵意を向けていた。

しかしその敵意をうまく隠している。

即物的な物しか見えていない人間の目じゃなくて、思慮が深いタイプの人間にありがちな瞳をしていた。

『さすが主、気づいてらっしゃったのか』

「あれだけの敵意を向けられれば気づきもする」

『その娘をどう処されるおつもりだろうか。ご用命とあらば、身の程を軽く思い知らす事も可能ですが』

「お前はいつも物騒だな」

俺は声を上げて笑った。

「捨て置け、毒にも薬にもならない敵意をいちいち気にする必要はない」

『さようで……』

「そもそも何も問題はない。例え敵意が行動に発展したとして、お前の守りを抜けられるか?」

『万が一にも』

リヴァイアサンは即答した。

「ならば問題はない。お前が守っているのだからな」

『――はっ』

応じるリヴァイアサン。

俺の脳裏にだけ聞こえてくる声で姿形はないが、その返事の声色は、目の前に跪き、感激に震える姿が見えてくるようなものだ。

気分の上下が激しい、 他(、) に比べて激している性格のリヴァイアサンは、こういう時の反応も大きいものだった。

その晩、俺は熟睡した。

俺が無防備であればあるほど信頼しているという事だから、いつもよりリラックスして熟睡する事にしたのだった。