軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

100.身分

帝都の留守はヘンリーとオスカー、それに宰相達に任せて、俺はサラルリア州に向かっていた。

革新的な技術、それを支えるいわば鉱脈が眠っているのがサラルリア州だ。

今後の帝国、ひいては人類全ての生活を大きく変えかねない事だ。

ゲルト辺境伯を移動させ、サラルリアを直轄領にした後、俺は自ら乗り込むことにした。

今はそれに向かう街道の途中。

俺は旅行をする商人の家の御曹司的な格好をして、小間使いを一人だけつれているという扮装をした。

つれているのは、メイドのロウ・ペイユ。

かつて帝国に戦いを挑んで敗れた部族の娘で、その後は一族のほとんどを俺が引き取ったいきさつから、俺に忠実なメイドとして働いていた。

メイドになってそれほど日がたってなくて、エヴリンやゾーイなど有能なメイドと違っていたって平凡な娘であるため、カモフラージュをかねて連れてきていた。

ちなみに、彼女らは名字が前で名前が後ろという、珍しい風習を持つ一族だ。

そのペイユは、大量の荷物を背負って、俺に付いて来ている。

「陛――じゃなくて、ご主人様」

「うん?」

どうした? と歩きながら、呼び名を間違えかけたペイユに振り向く。

大量の荷物でしんどそうに見えるが、休憩でも欲しいのだろうか。

「さばくって、どういうところなんですか?」

「ふむ、俺も実際に見た事はないんだが、見渡す限り全部が砂だと言うことだ」

「全部が砂?」

「海は見た事があるか?」

「はい」

「ならわかりやすい。海みたいな広さで全部砂だということだ」

「そ、それじゃ作物が全然育ちません! 狩りになる獲物も多分育ちません……」

がーん! って感じでショックを受けるペイユ。

砂地には作物は育たないという認識はちゃんとあるみたいだ。

「ああ、そうだ。いわゆる不毛の地、それが延々と続いている。だからサラルリア州は帝国で面積がもっとも大きい州になった。農耕にも狩猟にも適さないみそっかすをまとめたのがサラルリアだ」

「そうだったんですね……砂漠、かあ……」

ペイユは歩きながら、遠くを見るような感じで、砂漠というものに思いをはせていた。

しばらく歩いて、街道の先に関所が見えてきた。

「ご主人様、なんか様子がおかしいです」

「ああ……血なまぐさいな」

関所までまだ距離があるのにもかかわらず、それが 匂って(、、、) くるほどの事態になっていた。

関所の前は騒がしく、混乱している。

遠目からでも、取っ組み合いの争いになっているのが分かった。

「行くぞ。俺のそばから離れるな」

「は、はい!」

素直についてくるペイユを連れて、関所に向かっていく。

ある程度まで近づくと、様子が見えてきた。

庶民の格好をした一団が、関所のあっちこっちを壊している。

使っているのは大工道具とかじゃなく、クワとか角材とかそういったものだ。

故に効率が悪く、破壊に手間取っている。

その庶民の一団とは違う、役人や、兵士達もいた。

彼らは人数で圧倒的に劣っていて、既に倒されて、離れた所にどかされて、呻いている。

「……」

俺は少し考えて、慎重に一団に近づいて、丁度柵を壊したところの男に声をかけた。

「そこの君、これはどういうことなんだ?」

「ああ? なんだあんた……どっかのぼっちゃんか?」

「ただの旅人だ。それよりこれはなんだ? なんでこんなことになってる」

「オイラたちは打ち壊しをやってるんだ」

「打ち壊し……」

聞いた事はある、実際に見るのは初めてだ。

何かの理不尽に対して、集団で立ち上がって、理不尽の相手の家屋やものをとにかく壊す、民の自力救済活動の一種だ。

基本的にはものを壊すだけ、人は殺さない、できるだけ傷つけない――というお題目を掲げているのが基本だ。

よく見ると、確かに倒されている役人や兵士達は、呻いて身動き取れずにいるが、致命傷を負ったらしきものは一人もいない。

「ここの関所はひでえんだぜ、通行の関税、いくら取ってると思ってる」

「どれくらいだ?」

「荷物の半分」

「半分だと?」

「そうだ。俺はこの先の街に野菜とかを運んでるんだが、いつも現物の半分ここで持ってかれるんだ」

「それでたまりかねて、こうなったって訳か」

納得しつつまわりを見る。

他の者達はたまりにたまった鬱憤を晴らすかのように、慣れない道具で関所を打ち壊していった。

「もうすぐ終わるから、少し離れて見てな」

「……ああ」

俺はうなずき、ペイユに手招きして、言われたとおり離れた。

打ち壊しはそれから小一時間くらい続いた後、男達は満足して引き上げた。

「ご主人様、通りましょう」

「いや、もう少し待て」

「え? あ、はい……」

訝しむ表情をするが、主の言葉には従うペイユ。

しばらくそこで見ていると、遠くから砂煙が近づいてきた。

関所の前にやってきたのは、たっぷりと肥え太った馬に乗った役人と、100人くらいの兵士だった。

「ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるな!! 下等民の分際でよくも! 私の関所をよくも!!」

男は、破壊され尽くした関所を見て、馬の上で地団駄をふむかの勢いで暴れた。

「どうやら、あれがこの関所を任せられている役人のようだな」

「そ、そうみたいですね」

「行ってくる、お前はここで待っていろ」

「え? で、でも」

「待っていろ」

「は、はい!」

ペイユを置いて、俺は関所に近づいていく。

途中で兵士が俺に近づき、男に声をかけた。

男は馬の上からこっちを向いて、俺を見下ろした格好で。

「なんだお前は!」

「……」

俺は無言で、倒された関所のシンボル――もっとも重要な柵の扉を踏んづけた。

これをやったのは俺だ、と、言わんばかりのパフォーマンスだ。

「連中の一味か! こいつを捕らえろ!」

男の号令で、数人の兵士が一斉にかかってきた。

槍を持った一般兵の攻撃を難なくかわして、全員の首筋に手刀を落とす。

急所に痛撃を受けた兵士たちは一瞬で白目を剥き、ドサッと、倒れる。

「な、なななな!」

「まとめてかかって来い」

「舐めやがって! お前ら、こいつをぶっころせ!」

まるで賊のような物言いで、肥え太った役人が号令を下す。

それで兵士は次々とかかってきたが、一人また一人と、当て身と手刀で倒していく。

「な、なな……何者だ!」

「ふっ……」

俺はあえて鼻をならして、見下す様な目で役人を一瞥して、身を翻した。

「ゆるざんぞ……貴様、絶対に許さんぞ……」

腹の底から絞り出すような声で、呪詛のような言葉をはく役人。

その言葉を背中に受けながら、俺は歩き続けた。

その夜、近くの宿場町に宿を取った。

俺はランタンの光を使って、手紙をしたためている。

「あの……ご主人様?」

「うん? なんだ?」

同じ部屋で、俺が書き物するのをサポートしていたペイユがおずおずと口を開いた。

「今日のご主人様すごかったです、格好良かったです」

「そうか」

「ああなるのを読んでいたって事なんですね?」

「そうだ。打ち壊しをやってた時、関所の兵が少なかったし、責任者っぽいのもいなかったからな。あのブタのようなやつが責任者だろう」

「そうですね」

「ああやれば、憎しみは俺に向けられる。あの手の人間は、新しい憎しみに突っ込んでくるはずだ」

「そこまで……さすがご主人様」

ペイユの質問に答えながら、俺は手紙をしたため続ける。

「よし。これを帝都から政務の書類を届けて来た者に渡せ」

そう言って、手紙をペイユに渡した。

「分かりました。あの、これってどういう物なんですか?」

「うん?」

俺はペイユを見て、フッと笑った。

メイドとして平凡なペイユは、自分が聞いてはいけないというラインをあまり分かっていない。

機密なら教えないが、これは良いだろう。

「打ち壊しへの対処だ」

「え? あれはもう終わったんじゃないんですか?」

「今後のことだ。今後まだ打ち壊しが起きたときを睨んで、法を変えるように留守の親王達に勅命を出した」

「法……」

「とりあえず打ち壊しに参加した民は処罰する」

「そんな!」

何か言おうとするペイユに手をかざして止める。

「それと同じ、打ち壊しに至った――今回の場合はあのブタだな。それも同じように処罰する。刑罰としては、役人の方を重くする」

「あっ……重く、して 下さる(、、、) んですか……?」

ペイユの「下さる」に、俺はふっと笑った。

今日の一件を目撃した彼女は、民側にすっかり肩入れしたようだ。

まあ、それはいい。

「そうだ。そしてそれは、身分が高ければ高いほど、罰を重くするつもりだ」

留守組に出したのは「草案を作れ」という命令だから、俺が命じたこの方向性にそっているかどうか、帝都に戻った後に精査する必要はあるのだが。

「貴族ならそうだな……死刑の一つ下くらいにしたほうがいいかもしれん」

「そ、そんなに重く!?」

民に肩入れしていたペイユも、これには驚いた形だ。

「そうさせないのが、貴族の義務だからな」

俺は少し考えて、体ごとペイユを向いた。

「たとえばだ、今日、お前はずっと荷物を担いで歩いていた」

「は、はい」

「俺は何も持たなかった。俺が男で、お前が女なのにもかかわらず、荷物はお前に持たせて、俺は何もしようとしなかった」

「はあ……」

「それは身分からくるものだ。俺は主でお前は使用人、だからお前が荷物を持つのは当然のこと」

「はい」

「それと同じように、貴族は民が造反しないように、その生活を保障してあげるのが努めだ。それに反した貴族は厳罰に処さなければならない」

「あっ……」

「これで理解できたか?」

「はい! ご主人様、やっぱりすごいです!」

ペイユは、まるで無邪気な子供の様に、目を輝かせて俺を見つめてきた。