軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十九話

「ふう……」

一段落ついてからアルタミアの本を閉じる。

九割方の内容は理解できた。

手順がわかっても原理がさっぱりなところや、何を示しているのかがさっぱりなところがあったが、今回はここまでにしよう。

今度来たときはアルタミアと関係がありそうな人の本が残っていないかを調べてみるか。

ある程度は書き写したが、やっぱり持ち出しできないのが辛い。

上級冒険者なら施設での行動制限が緩くなる場合もあるらしいので、ガストンがA級B級になったら代わりに借りてもらうのもありかもしれない。

それに本が残っていなくても、長命種の人種ならアルタミアと会ったことのある人間がいるかもしれない。

ちょっとこの婆さんに興味が湧いたので、できれば近しい人に会ってみたいものだ。

とはいえ八十年経っても元気というと魔術でドーピングしまくってる奴か、地上に降りてきたエルフくらいか。

後は知能の高いドラゴンか、上級悪魔か……。

俺は席を立ってから背伸びをする。

「さて、メアに片づけてもらうか……」

欠伸で零れた涙を拭き、本棚の方を向く。

メアは一度弓術の本を探しに行ったっきり戻って来ない。

立ち読みでもしているんだろうかと考えていると、本棚の陰からメアが飛び出してきた。

「ア、アベルッ! アベルッ! これ、これ見てください!」

メアは一直線に駆け寄ってきてから、一冊の本を机の上に叩きつける。

まだ新しいもののようだ。

この世界には保存魔術があり、魔術師の書いた本や歴史的価値の高いものなどはそれによって紙の劣化を遅らせているものが多い。

しかしこの本にはそれが掛けられている様子はない。大量に刷る大衆向けのものなのだろう。

にも関わらず紙は真っ白である。それに裏表紙にも傷などは見当たらない。

「どうしたんだそんなに慌てて」

「だ、だってこれ! これ見てくださいよ!」

「落ち着けって。その本に何が……」

本を裏返すと、見覚えのある名前が載っていた。

『ウェゲナー探検記――ヤルバの民と竜の舞編――/ウェゲナー・ウルコック著作』

…………。

領主の調査隊の、薄毛の学者の人か。本なんか出してたのか。

「あの人、三日三晩竜と戦い続けて最後には追い返したそうですよ! 凄くないですか! 正直メア、あの人なんであんなに偉そうなんだろうって舐めてました!」

「そ、そうか……」

なんかそれ、500%くらい盛られてそうな気がするんだけど……。

メアがいつか詐欺に遭いそうで不安でならない。

変な宗教に嵌って壺とか買ったりしそうだ。あと結婚詐欺とか。

「見たことある名前だったんで眺めてたら、たまたま近くにいた女の人に薦めてもらっちゃって。アベルもぜひ読んでみてください!」

そんなに人気があるのか。

ウェゲナーなのに。ハゲなのに。

「なんだか今度、新作も出すそうですよ! 最近探索した遺跡での記録を綴りたいと言っていたらしくて!」

それゼシュム遺跡じゃないだろうな。

変な盛り方してたらエベルハイドが発狂するぞ。

「そ、そうか。俺は新作の方が出てみたら読んでみようかな。エベルハイドにも差し入れしてやろう」

メアに本を全部片付けてもらってから教会図書館を出て、廊下を経由して繋がっている本館へと移動した。

ここを通らないと出入りすることはできないのだ。

多分、他教徒の一般住民に少しでも関心を持ってほしいと考えてのことなのだろう。

バツが悪そうにそそくさと駆け去る者も多いが。

「……あの趣味の悪い絵、なんなんでしょう」

本館に入ったところでメアが大きな目を細める。

壁に掛けられている大きな絵を指差した。

無数の触手の生えたイボまみれの青白い肉塊。

そこから不規則に翼のようなものや腕のようなものが伸びている。

肉に埋もれている眼球らしきものは、今にもぎょろぎょろと動き出しそうだ。上の方には、肉塊と一体化しているかのように猫背の人間の上半身らしきものが生えている。髪のような触手の隙間から覗く隻眼は、不気味な眼光を放っている。

丁度図書館側の廊下から向かって来たときに目につく位置に設置されている。

端的にいって化け物だが、ここでそれを指摘するのは色々とまずい。

「お、おい腕を下げろ。クゥドル教の神、クゥドル神様だぞ」

「あ、あれが!? あんな外見してたんですか!? メアも名前は知ってますけど、あんなのが下にくっ付いてたなんて聞いてませんよ!?」

「声を控えろ、人が見てるから!」

大地を創り世界に形を与えた土の神ガルージャ、

海を創り世界に生命を与えた水の神リーヴァイ、

炎を創り世界に文明を与えた火の神マハルボ、

月(ディン) を創り世界に魔力を与えた空の神シルフェイム、

――そしてそれらを全員呑み込み、人を創りだしたのがクゥドルだとクゥドル教ではいわれている。

決して邪神だなんて言ってはならない。

クゥドル様がいなければ人間は生まれていなかったというのがクゥドル教の神話なのだ。

……因みに他教の神話でもリーヴァイやガルージャは出て来るが、こんな酷い扱いは受けていない。

大昔はあんまりにあんまりすぎる神話のせいで宗教戦争にまで発展したこともあったらしく、マーレン族もそれに駆り出されてたという記録が族長の屋敷に残っていた。

今この大陸に一番広まっているのはクゥドル教である。

ただ他の大陸では下手に口にしない方がいいだろう。

俺が唖然としているメアの手を引っ張って外に出ようとしたとき、一人の男が前に立ちふさがった。

修道服を着た、まだ若い男だった。ぴっちりと整った髪をしていて、塗料で固めたような笑みを浮かべていた。

胸元には円形のものから触手が伸びて形を作っているネックレスが掛かっていた。

クゥドル教のシンボルである。

「そこの君達、図書館帰りの他教徒の方ですか? 実は明日礼拝会があるのですが、外部の方にもよく参加していただいているのですよ。とはいえ、こちらからお声を掛けた方に限ってはいるのですがね。礼拝後には簡単な食事とお酒もお配りし、団欒の席を設けていますのでぜひ……」

「すいません、明日は用事がありますので!」

「でしたら……」

「今日もこれから待ち合わせがありまして! すいませんまた機会があればそのときに!」

ちょっとバツの悪いタイミングだったこともあり、全力でお断りさせてもらった。

残念そうにしつつも笑顔を崩さない修道士に愛想笑いを返しながら、メアを引き摺ってその場を逃れた。

それからは真っ直ぐに宿へと向かった。

日が既に沈みかかっており、夕暮れを越えて暗くなり始めたところだった。

空には 月(ディン) が昇り始めている。

宿の前には、二人の柄の悪そうな男がいた。

ひとりは壁に寄りかかっており、もう一人はヤンキー座りしている。

暗がりなので顔はあまりよく見えない。

関わらないようにしようと足を速める。

すると座っていた方の男が立ち上がって腕を上げ、こちらへと駆け寄ってきた。

咄嗟に杖を構えると、男が派手にすっ転んだ。よく見たらゴードンだった。

「アベルの兄貴よ、それは勘弁してくれ! 本当に、もう、頼むから!」

ゴードンは地に屈んだまま、片手を俺の方に向けてぶんぶんと振り回す。

トラウマになっていたらしい。

「あ、ああ、悪い。つい反射的に……」

俺は杖を仕舞う。

ゴードンはそうっと立ち上がり、ズボンの土埃を払った。

どうやらゴードン兄弟が俺の帰りを待っていたらしい。

「それでその……ガストン、どうだった?」

「あ、ああ、すまん……。下手に止めると尾を引くと思って機会を窺ってたんだが、そうすっとどんどんと話が進んじまって間に合わなかった」

「やっぱりそうなっちゃったか……」

仕方ない。

さすがにガストンを使ったのは間違いだったか。

ランクに飛びついていたのでいけるかと思ったが、浅慮だったようだ。

「じゃあ報酬金は……」

「ああ、そいつは心配いらねぇぜ。無事に取り立てられた。迷惑料にちょっと多めにもらっといたくらいだぜ」

「え?」

ゴードンは得意気に言い、モードンを振り返る。

「おい、モードン! あの袋出せ!」

ゴードンに言われ、モードンが袋を取り出す。

どっさりと貨幣が詰まっていることが外から見てわかった。

「……使い込まれてたんじゃなかったのか? よく取り返せたな」

「いやいや、それでオレも困ったよ。とりあえずモードンと二人掛かりでボコボコにしたのはいいんだが、あいつ、金を手許に残しとくタイプじゃなかったしな」

「ボコボコにしたのか」

やっぱり手が早い。

まぁガストンを制するにはそれしかないか。

ゴードン兄弟をガストン係にしておくのが適役そうだ。

「結構ガタイ良かったと思うけど、どうにかなったんだな」

ゴードンにもモードンにも特に外傷は見当たらない。

モードンは弓を持っていないし近接戦になったはずだが、とても喧嘩をした後だとは思えない。

「ああ、ガストンの奴、ただでさえ馬鹿デカい剣を片手で振り回してたからな。挟んで攻撃する振りだけ繰り返して下がってたら、勝手にへとへとになってくれたから。折を見てモードンが足に飛びついて引き倒して、そっからはまぁ、そのままというか」

「そ、そうか……」

体格はいいが、頭はあまりよくなかったらしい。

ゴードン兄弟が、縮こまっているガストンを殴る蹴るしている様子が脳裏に浮かんだ。

「んでまぁ、金ないって言いやがったから剣没収して売り飛ばしたんだよ。そっから使い込んだ穴埋めて、迷惑料差し引いて返しといたぜ」

さらっととんでもないこと言いやがった。

「え……剣、売ったの?」

確かにガストンは、ドデカい剣を見せびらかすように持ち歩いていた。

あれか、あれを売ったのか。

「ああ。表沙汰になったらまずいと思って足つかないように裏の店で捌いたし、査定急かしたから多少ボラれたとは思うが……それでも充分な値だったぜ」

おまけに格安で売り飛ばしやがった。

鬼かこいつら。

「け、剣はちょっとまずくないか? 思い入れとかあったかもしれないし……それにあいつ、自分の力で金稼げなくなるぞ」

「大丈夫だろ。残った金で最低限の武器は買えるはずだ、多分。武器買い換えた誤魔化しについても、本人が上手くやるだろ。あいつだって人形じゃねぇんだから。思い入れに関しちゃ使い込んだ奴が悪いだろ」

「そ、そうだな。うん、いや、そうかもしれないけど……。あ、ちょっと待ってくれ」

俺はモードンから袋を受け取ってから、『おまけ』の分の貨幣をそのまま返しておいた。

ガストンの怨念が籠っている気がしてなんとなく使いたくない。

それに今後もゴードン兄弟はガストンを見張っておいてほしい。

対価は握らせておいた方がいいだろう。