軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四話

受付所に並んでいると、周囲のひそひそ声はどんどん広がっていた。

純粋な称賛はほとんどなく、妬みの籠った勘繰りばかりだ。

メアは都合のいいところしか聞いていないのか、嬉しそうにそわそわしながら黒熊の毛皮を周囲にチラつかせていた。

「……それ、もうちょっと隠しといたほうが良くないか?」

「そうですか?」

「頼む、マジで。絶対ロクなことにならない」

「むぅ、アベルが言うのなら……」

正直、小心者の俺としては物凄く居心地が悪い。

毎回こんな視線に晒されてたら精神が持ちそうにない。

金さえもらえたらどうでもいいんだけどな。

次からもう、換金全般メアに任せちゃおうかな。

別に実績や信用がほしいわけではないし。

でも……メアもさすがに持たないか。

さっきの酔っ払いみたいに手を出してこない奴ばかりとも限らない。

この調子だと、日を重ねるうちに悪化しそうだ。

何かいい手はないものか。

いっそのこと、一回大喧嘩して盛大に魔術をぶちかますか。

いや、早まるな俺。

毎日のように持ち帰ってたら、その内治まるだろう。

今はその可能性に賭けるしかない。

冒険者支援所は、以前と違う不穏な空気に包まれていた。

メアが隠し気味に持つようにしてから多少収まったとはいえ、あくまでも多少である。

自分の用を終えたのにしぶとく受付スペースに居座り、こちらを観察している者もいる。

居づらい空間の中、ようやく自分の順番が近くなってきた。

受付の人は、無表情で事務的そうな女の人だった。

きっちりと後ろで括られた髪と少しきつそうな目が、利発そうな印象を持っている。

「かー、おまけで端金が入ってきたな、ししっ! ぱーっと使っちまうか。なぁ姉ちゃんよ、今晩酒奢ってやっても……」

「申し訳ございませんが、次の方がお待ちになっておりますので。数を確かめたのでしたら、早く退いてください」

「ちっ、愛想悪い。ジョークに決まってんだろ間に受けやがって馬鹿が」

ナンパ気味な冒険者にも淡々と対応していた。

捨て台詞にも眉ひとつ顰めず、無関心な様子だ。

まだ若く見えるが、きっとそこそこ慣れている人なのだろう。

良かった。

こちらの意図を汲み取り、手早く終わらせてくれるかもしれない。

「すいません、討伐要請が出ていた変異種の特徴と一致する魔獣を狩ったんですが……」

俺は声を潜めながら、受付嬢にそう伝えた。

メアがきょろきょろと周囲を確認し、そそくさと黒熊の耳を机に置く。

「こ、これは、『頭喰らいの黒き悪鬼』の! か、狩ったんですか!? レポートを見せていただいてもよろひ、よろしいでしょうか!」

受付嬢は興奮気味にそう叫び、両手でばんっと机を叩いた。

完全に駄目な人だった。

俺は思わず横目で支援所内を見回す。

収まり掛かっていた周囲の目が、一斉にこちらに向けられていた。

「狩ったっていうか……なんか、最初から死にかけだったかもしれません……」

「レポート内容も、確かに目撃情報と一致しますね! すいません前例の少ない希少種ですので、少し判別に時間を取らせていただきますがご了承いただけますか?」

受付嬢は早口で捲し立てるように喋った。

机にめっちゃ唾飛んでる。

「あと……あの、そちらの毛皮の性質を調べたいので、お貸ししていただけませんか? こちらでサービスとして加工もしておきますので! 上乗せ料金も出させていただきますし!」

メアが目線で俺に了承を取ってから、毛皮を受付嬢へと渡す。

毛皮はいいんだけど、声をもう少し押さえてほしい。

なんかもう、色々全部台無しになりつつある。

「あ、あの……もう少し静かに……」

「お忙しいとは思いますが、休憩所で少し待っていてください! 後でこちらから声を掛け、別フロアの特別窓口にお越しいただくことになります!」

「…………あの」

「凄く頑丈で、いい毛皮ですね! 報告例から斬撃への強固な耐性を持っているという仮説が立てられておりますので、それが本当ならかなりの値で売れるはずですよ! 期待していてください!」

受付嬢は身を乗り出し、ガッツポーズしながらそう教えてくれた。

「……………………」

ひとつ、わかったことがある。

冒険者達は同業者として妬ましい気持ちはあるようだが、職員側からしてみれば相互協力の関係でしかなく、嫉妬など微塵もないので、どうしても疎くなってしまうのだろう。

きっと悪意はなく、純粋な祝福だったに違いない。

受付嬢の人はひときしり騒いでからようやく雰囲気の変化に気付いたようだった。

口を覆って顔を赤らめ、咳払いを挟んでからようやく声のボリュームを下げる。

「少し大声を出してしまいましたね。はしたない真似をしてしまいました、お恥ずかしい」

……別に声が大きかったから皆驚いてるんじゃなくて、内容の問題だと思うけど。

次から本当に、もうちょっと対策を練らないと……。

「なんだって? そこのちんちくりんのガキンチョが、何をしたって? あぁ?」

振り返れば、大柄の男が人込みをどかどかと豪快に掻き分け、こちらに来るところだった。

大きな顔面、藍色の髪、もみあげと繋がった髭、野太い毛むくじゃらの腕。

ガストンだ。

ガストンは顔に皺を寄せ、俺を睨みつけていた。

ガストンが突っ切った道を通り、いかにもゴロツキ臭い取り巻きの三人がガストンの後を追いかけてくる。

面倒臭いときに本当に面倒臭い奴がきやがった。

「ちょ、ちょっと、困ります! ガストン・ガーナンドさんですね。貴方には、数度に渡る迷惑行為により警告が来ているはずですが? 退かないようであれば、冒険者支援所利用の一時停止、全支部への出入り禁止など、重い罰則が科されますよ!」

受付嬢がカウンター越しに忠告を出す。

ガストンは一層と顔を顰め、受付嬢へ顔を近づける。

「貴様は黙っていろ。俺様が用があるのは、そこのクソガキだ。それに俺様は、この施設にとってプラスになることをしているつもりだがなぁ?」

「こ、この施設に、プラス?」

「ああ、そうだ。たまにいるんだよなぁ、そこのクソガキみたいに、不正にランクを上げようとするクソ野郎がよぉ」

ガストンはわざとらしく額に手を当てながら深く溜め息を吐き、俺を睨む。

「こういうのがいるからぁ、本来もっと評価されるべき人間が埋もれるんだよぉ。違うかぁ? おうおう、言ってみろよガキィ。その弱っちいガタイで、どうやって仕留めたんだって? ああ? 下級の審査が甘いからって随分と舐めた真似してくれたなぁ?」

……その評価されるべき人間っていうのは、もしかして自分のことのつもりなのだろうか。

確か俺が聞いた噂では、ガストンは準D級からここ数年まったく動く気配がないという話だった。

貴族の目に留まるようになるのは、最低でもC級からである。

上がりたいのに動きがなく苛立っている中、弱っちそうな俺が危険度の高い魔獣を仕留めたと聞き、不正に違いないと思い込んで因縁をつけにきたようだ。

「それを審査するのは私達職員の仕事であり、貴方の……」

「黙っていろと何度言わせるクソアマがぁっ!! 貴様らが無能だから、この俺様が直々に鉄槌を下してやろうというのだろうがぁ!! 本当に『頭喰らいの黒き悪鬼』が推定危険度通りC級上位だったなら、こんなひょろっちいガキに狩れるわけがないに決まっている!! そんなこともわからんとは、職員は馬鹿ばかりかぁ!!」

取り巻きの一人が、受付嬢の持っていたレポートを強引に毟り取る。

「あ! ちょっと貴方、それを返しなさい!」

受付嬢の伸ばす手を、ひょいと身を翻して躱す。

「かーはっはぁっ! おいおいガストン兄貴、こいつは傑作だぜ!」

「ほう。何だ、どんな出鱈目が書いてあった?」

「きっひひ、そいつぁガストン兄貴が読んでみてくだせぇ。このフロア全体に広がるくらい、大声で頼みますぜ!」

まずい、あのレポートはメアが独自のセンスで書き綴ったものだ。

メアもおろおろしながら半泣きになっている。

俺はそっと懐から杖を取り出し、強く握った。

いや、でもここで魔術なんかぶつけたら、騒ぎが大きく……。

取り巻きがガストンにレポートを渡す。

ガストンは急に顔色を更に赤く染め、血管を浮かび上がらせ、取り巻きをぶん殴った。

「読めと言ったんだ! 貴様、俺様が字を読めないのを笑いものにするつもりかぁ!」

「す、すいやせん……」

取り巻きは床に這いつくばりながら、口から落ちた自分の歯を拾う。

その隙に俺は杖を振るい、魔法陣を浮かべた。

「 বাতাস(風よ) বহন(運べ) 」

さぁーっと通った風がレポートを攫い、受付嬢の手許へと戻った。

「え、今の……魔術? こんな正確に、素早く……ぐ、偶然?」

受付嬢が目を見開き、手中に収まったレポートを見つめる。

「俺なら心配いりません。トラブルは自分で解決します。例の黒熊の報酬等に関しては後日、ほとぼりが冷めてから引き取りに来ます。それで大丈夫ですか?」

「え? だ、大丈夫ですが……しかし……」

俺はガストンへと向き直り、杖先を床に降ろす。

「どの道この先も、毎度こんな調子じゃこっちの精神が持たないと思っていたところだ。丁度いい」

「なんのことだ?」

「外の裏通りで話をしないか? これ以上見世物になる気もないから、観客もなしの一対一で、だ。メアも待っていてくれ」

「メ、メアもですか? え? え?」

メアはさっき以上に動揺したらしく、おろおろとガストンと俺を見比べる。

「がぁーはっは! 思ったより度胸のあるガキじゃねぇか、面白い。おい貴様ら、ここで待っておけ」

「「「は、はい、ガストン兄貴!」」」

取り巻き三人が口を揃え、そう答える。

好機と不安の入り混じった視線を浴びながら、俺とガストンは二人横に並び、施設を出た。