軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ゼシュム遺跡探索後のこと

ゼシュム遺跡探索から、数日が経過した。

メアは宿屋の一室にて、ベッドに座って目を閉じ、身体を休めていた。多少なりとも金銭面に余裕のできたアベルとメアは、別々の部屋で宿を取ることにしていた。

メアは目を閉じてはいるが、眠ってはいなかった。

上手く寝付けなかったメアは、目だけは閉じ、どうにか体を休めようとしていたのだ。

隈を残したくもなかった。

メアは目を開け、時計を確認した。

まだ夜の深い時刻であることを知り、溜め息を漏らす。

ぼんやりとベッドの上に座って足を揺らし、ぽんぽんと掌で毛布を叩いた。

ロマーヌの街でも下から二つ目のランクの、安い宿屋である。

ベッドの感触も硬く、一般的に見てはあまりいい質のものだとはいえない。

しかしそれでも、彼女の故郷での処遇と比べれば、ずっとよかった。

いや、比べることさえおこがましい。

彼女は故郷では、物置で薄い毛布を渡され、ほとんど床同然の場所で眠ることが多かった。

だが、どうにも上手く寝付くことができない。

行商人のジェームに送ってもらっている道中は、麻袋の山の中でも心地良く眠ることができたのだが、今はそうはいかない。

がらんとした部屋で一人でいると、故郷でのことばかり考えてしまうのだ。

お金に余裕がなかったときはアベルと同室だった。

夜中にふと声を掛けたら何か言葉を返してくれるので気を紛らわすことができたのだが、別室ともなればそれもできない。

メアは自らの額へ、そっと手を伸ばした。

本来ならばドゥーム族の証として、緑の魔力結晶が付いているはずだった。

アベルにはざっくりと、魔力結晶がなかったせいで馬鹿にされていたのだと、そういうふうに説明した。

しかし、事実はもう少し複雑であったりする。

メア自身にも消化しきれていない部分もあり、上手く話せるとは思えなかったので、アベルにも伏せたままとなっていた。

「……それに、別にアベルも、メアの昔の話に興味なんてないでしょうし、辛気臭くなって、重いって思われちゃいたくないし……」

一人呟き、そっと窓のカーテンを開ける。

月(ディン) 明かりに照らされ、薄っすらと窓にメアの姿が映し出される。

不意に現れた自分の姿に、びくりとメアは身体を震わせる。

それから正体に気付き、すぐに安堵した。

じっと窓を見つめながら、笑い顔を浮かべてみる。

「明るく、してなくちゃ。アベルも、そっちの方が、一緒にいて楽しいでしょうし……」

旅の道連れである白髪の少年の名を口走り、彼がいつまで一緒にいてくれるのだろうと考えて、頭がくらりとする。

アベルとメアの仲は、別段深いものでもない。

たまたま境遇が似ていて、たまたま居合わせただけである。

二人がジェームの馬車に乗らなければ、一生出会うことはなかっただろう。

アベルの発言一つで、明日には別れることになってもおかしくはない。

メアにはそうなったとき、自分ひとりで生きていける自信はなかった。

だから、世界樹の枝を買いたいとアベルが言っていたとき、メアは好機だと思った。

そんな自分の醜さへの嫌悪と申し訳なさで、思い返す度に吐き気が込み上げてきた。

月明かりを辿って顔を上げる。

遥か空の彼方には、怪しく光る月が位置していた。

丸いそれはまるで大きな怪物の眼球のようで、ロマーヌの街を見下ろしているようだった。

強大な力を持った神々が世界を創造した神話の時代、最も力を持っていた神が空を支配し、月を造ったという。

昔、メアがたまたま目にした絵本に書かれていたことだ。

母親が、顔を真っ青にしながら取り上げてきたので、途中までしか読めなかったことを覚えている。

いつも通り大きな声で喚いて自分を罵るかと思ったが、何も言われなかった。

そのことが、かえって鮮明にその日のことをメアの記憶に残していた。

「…………」

そっとカーテンを閉める。

月がこちらを見ているような気がして、なんだか落ち着かなかったのだ。

気のせいだとはわかっているが、それでも怖いものは怖かった。

心細いときは、周囲が悪意ばかりに見えてしまう。

窓から顔を逸らし、ぎゅっと毛布を抱きしめて目を瞑った。

(もう少し月が降りたら……アベルを起こしに行こう……)

カーテンの向こう、空の彼方から、何かが見つめてきているかのような視線をメアは感じていた。

メアは過去や視線に脅えながらも、ただ時間を潰すために、目を瞑ってじっとしていた。

「アベルー! 部屋の中にいますかーアベルー!」

ドンドンと扉を叩く音に、眠っていたアベルは目を覚ました。

むくりと身体を起こし、瞼を擦る。

アベルは掛け時計へ目を向け、まだ日も充分に昇りきらぬ早朝であることを確かめた。

「なんだか、早起きなんだな……」

――メアから存在の確認を取られているのは、以前夜中にこっそりと外に出て、オーテムを彫っていたせいだろうか。

そんなふうにアベルは考えていた。

「もうちょっと静かにな……他にも、寝てる人がいるから」

アベルが声を出した瞬間、扉を叩く音がピタッと止まった。

御丁寧に息まで止めているのか、「うぅ……」と、苦しげに呻くような弱々しい声が、扉の向こう側から洩れてくる。

「いや、そこまでしなくてもいいんだけど!?」

アベルはベッドから降りて靴を履き、部屋の扉にまで駆け寄った。

「……メアって意外と朝、強いんだな」

アベルが扉を開けば、荷物を纏めて包んでいる普段着のメアがいた。

自分の寝間着姿が恥ずかしくなり、つい寝癖だけでも直そうと髪に手を触れる。案の定跳ねている髪を見つけてぐぐっと手で押さえ込むが、すぐに反発力で元通りになる。

「えへへ……目が冴えちゃったもので。なんだか、一秒でも早くアベルに会いたくなっちゃって」

「そ、そうか……」

言葉を区切りながら、やや引き気味にアベルは答えた。