軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

九十一話 赤き夢⑨

俺は手を掲げる。

ヒディム・マギメタルの腕に、リーヴァイの槍が握られた。

だが……構えただけだ。

これ以上、もう、『運命歪曲』を使うことはできない……。

シルフェイムには当たらないだろうし、三本に増やしてダメージを狙うこともできない。

奇跡的に当たったとしても、『赤き夢』の力で当たらなかったことにされてしまう。

シルフェイムの姿が揺らいで消え、木偶竜ケツァルコアトルのすぐ近くへと現れた。

……ついに、距離を詰められてしまった。

空間転移の魔術か魔法……ではない。

一切の予兆や魔力、精霊の流れが追えなかった。

『赤き夢』の現実改変能力だ。

『赤き夢』は八割方瞼を持ち上げた状態で固定されている。

今のシルフェイムの能力の行使にも反応する様子はない。

『終わりだな、アベル・ベレーク。ニンゲンにしては持った方……とは言わぬ。クゥドルにも、ここまで私を追い込ませる予定はなかった』

「……随分と、簡単に『赤き夢』を使うんだな。さっきまで警戒していたのに」

『私は完全に……真の神、『赤き夢』を飼い慣らしたのだ。今の私は完全に無敵だ。この状態ならば、クゥドルでさえ容易く完封できるであろう。もっとも……リスクが大きすぎるため、また80%を使う機会が来るとは考えたくはないがな』

……『赤き夢』は、世界を自身の夢として構築している神と接続して現実の改変を可能にしたものだという話だった。

そして、神が覚醒に近づけば近づくほどに改変能力の精度が上がる半面、完全に起きた段階で世界は消滅する。

神の目が八割がた覚めている今であれば、これ以上覚醒状態に近づけることなく、高い精度での現実改変を行うことができるようだ。

この状態に入られた時点で……まともに逃げるのはもう不可能だ。

結果論だが……『赤き夢』の目を覚まさせない様に、攻撃は妨害程度で済ませておくべきだった。

攻撃を仕掛けたお陰で色々と情報を得ることはできたが……これを活かすことのできる機会が来なければ意味がない。

「駄目元だが……やってやる!」

魔力が圧倒的に足りないが……もう一発、『運命歪曲』をかましてやる。

俺は頭をフル回転させて頭の中で魔法陣を組み直していく。

『運命歪曲』は『赤き夢』同様に現実の改変能力を持つ。

応用して上手く被せてぶつければ、『赤き夢』を出し抜くことができるかもしれない。

魔力は……どうにか、少しでも省エネにできるように組み替えていく。

追い詰められた俺の脳細胞が活性化していくのがわかる。

行ける……これなら、当てられるはずだ。

今の魔力で行使できるかは半々だし……そもそもこれを成立させるためには、最初の投擲は自力で当てなければいけない。

そして、シルフェイムの『赤き夢』を掻き消す形で『運命歪曲』を使わせてもらう……!

俺はリーヴァイの槍の召喚紋に魔力を込める。

ヒディム・マギメタルの腕の握るリーヴァイの槍が、強い魔力の輝きを帯びていった。

「最後の賭けに出させてもらうぞ! シルフェイム!」

俺は杖を振るう。

ヒディム・マギメタルが腕を引き、リーヴァイの槍を投擲する準備を始めた。

『いいや……終わりだ。今の私は、世界の全てを思いのままに操ることができる』

シルフェイムが六つの腕を外側へと伸ばした。

『 আত্মা(精霊よ) নীরবতা(沈黙せよ) 』

シルフェイムを中心に巨大な魔法陣が展開された。

灰色の光が広がっていく。

俺は魔法陣を見て、目を疑った。

「あ、あり得ない! この魔法陣の術式は、途中で何度も破綻している!」

『私が編み出した、魔術師殺しの魔術だ。大気中の微細な精霊を完全に沈黙させ、あらゆる魔術を封じ込める。貴様の言う通り、通常は機能しない魔法陣だが……『赤き夢』で現実を改変して補佐させれば、強引に魔術を機能させることができる。効果範囲は、私から周囲百キロメートルだ!』

「大気中の微細な精霊の、完全沈黙……!?」

リーヴァイの槍が、魔力の輝きを失っていく。

ヒディム・マギメタルの腕が解けて崩れ、空気中成分へと戻っていった。

大気中の精霊が完全に沈黙するというのはそういうことだ。

人間は魔力を用いて魔法現象を行使することはできない。

魔術とは、精霊に魔力を与えて魔法現象を引き起こす力なのだ。

木偶竜ケツァルコアトルの結界が薄れていき、高度と速度を大きく落としていく。

単純な魔法具であれば、今のシルフェイムの魔術の範囲でも機能するものがあるかもしれない。

例えば魔力に応じて反応を返す物質を利用したような、精霊に頼らない類のものであれば動かせる見込みはある。

しかし……木偶竜ケツァルコアトルは、精霊にその機能を補佐させている部分が幾つも存在する。

精霊がなければ動かすことはできないし、神火球を放つこともできない。

俺は周囲へ目を走らせる。

考えろ……俺、何か使えるものはないのか? 本当に何もないのか?

オーテムは完全に精霊に依存している魔法具だ。

この状況では使えない。

木偶竜ケツァルコアトルの部品の中に、剥がせば単独で使えそうな魔鉱石はないか?

精霊なしでも魔力を炎に変換できるものはあったはずだが……あれを使って、何かこの状況の足しになるのか?

俺は服のポケットに手を入れて、中に入っているものを弄る。

……駄目だ。

いざというときのために魔力を込めれば爆発する魔鉱石を持っていたが、とてもシルフェイム相手に意味のあるものではない。

こっちの魔鉱石も……やはり、魔力を込めても反応がない。

『ククク……本当に成功するとは! やはり我が『赤き夢』は、無敵なのだ! 私は今日を以て、本物の絶対的な神となった! 世界の法則も存続も我が掌の上なのだ!』

シルフェイムの思念波が響く中、木偶竜ケツァルコアトルは海上へと着水し、そしてついにほとんど前には進まなくなった。