作品タイトル不明
九十話 赤き夢⑧
俺はまた腕を掲げた。リーヴァイの槍の召喚紋が光を帯びる。
ヒディム・マギメタルの腕に、またリーヴァイの槍が握りしめられていた。
『それはもう当たらぬというのがわからないのか!』
シルフェイムが叫ぶ。
確かに『運命歪曲』が『赤き夢』の力で回避できることはもうわかっている。
しかし回避にも『赤き夢』が覚醒に近づくというデメリットはある。
そのため、シルフェイムが『赤き夢』の完全覚醒の直前で撤退してくれる方に賭けて行動する、という手段もないわけではない。
だが、シルフェイム相手に『赤き夢』が世界を消失させる前にどちらが退くかのチキンレースを仕掛け続ければ、多分本当に世界が消失することになるだろう。
結果は目に見えている。
俺も今負けるとメアが巻き添えになる以上止まる選択肢はないし、シルフェイムもここで退けば次からもチキンレースに持ち込まれ続けるとわかっているので退く選択はないはずだ。
……しかし、俺には現状、使える技がこれしか残されていない。
アベル球は魔法攻撃で潰される。
ヒディム・マギメタルはネタ切れだ。
クゥドルがいない状態で何度アベルノコギリを撃っても意味がない。
必然的に、まだ時間を稼げる目のある『運命歪曲』のゴリ押ししかできないのだ。
俺の魔力も底を尽きかけている上に、シルフェイムも対応に慣れてきているようなのでジリ貧なのだが、選択肢がないのだから仕方がない。
召喚紋に魔力を込める。
リーヴァイの槍が光を帯びていく。
投擲された槍は海面へと落ちて行った。
「 ভাগ্য(運命) নড়ন(歪曲) !」
海面に落ちたリーヴァイの槍が消える。
そして三つのリーヴァイの槍が、シルフェイムを囲む様に現れた。
また頭痛がした。
視界に黄色がかかり、吐き気を覚えた。
……本格的に、俺の魔力が限界に近付いている。
『無駄だ無駄だ!』
シルフェイムの姿が揺らいで消え、槍の包囲から抜けたところで現れる。
そのまま減速せずに一気に迫ってくる。
シルフェイムが腕を天へと掲げた。
木偶竜に雷を落として速度を落とさせるつもりだ。
世界消失チキンレースが始まる前に速攻で俺を殺そうという考えなのだろう。
「もう一発だ! ভাগ্য(運命) নড়ন(歪曲) !」
俺は杖を振って叫んだ。
シルフェイムの周囲を三本のリーヴァイの槍が囲んだ。
『ぐっ……!』
シルフェイムが怪物の顔を顰める。
これだけ短スパンで『運命歪曲』を飛ばしてくるとは思っていなかったのだろう。
あの制御の甘さなら、『赤き夢』の事象改変が間に合わないかもしれない。
三つの槍がシルフェイムの身体を貫いた。
シルフェイムの身体に三つの大穴が空く。
……シルフェイムが海中へと落ちていくが、この隙を突ける余力は俺にはない。
逃げるのが精一杯だ。
そのとき、また視界が、いや、世界が歪んだ。
前より酷い。
空や海の色が次々に変わり、物が重複して見えたりする。
すぐに戻るかと思ったが……世界は不安定なままだった。
「ア、アベル、これって……」
メアが心配げに俺へと尋ねる。
「……本格的に、あいつの『赤き夢』が目を覚まして来たらしい」
「終わりだああああ! もう全部終わりだああああ! 世界最後の日は、いつも通り城で酒を呑んでくつろいでいたかったのに!」
オルヴィガが泣き叫びながら床の上を転がって移動している。
「ず、ずっとこのままなんですか……?」
「いや……多分、あいつが『赤き夢』を酷使するのをやめればゆっくりと収まっていくはずだ。もっとも……そのときは、この木偶竜が木っ端微塵になるときだろうがな」
俺はシルフェイムの方を見る。
ピンク色の空と金色の海が広がる。
その上を出鱈目な色をしたシルフェイムが飛んでいた。
世界の中で、『赤き夢』だけが安定した赤い色を主張していた。
その目はほとんど開いており、不気味な黒目がじっと俺を見つめていた。
『80%……『赤き夢』が、80%目を覚ました。50%以上覚醒させたことはなかったが、今ならばわかる。貴様はこの状態の私に……いや、世界のあらゆる存在は私に、一切を害を成すことはできない。全ては、私の思うがままだ』
シルフェイムの思念波が響く。
確かにシルフェイムの言っていることは、ただの大袈裟な脅かしではないだろう。
さっき空けた三つの穴が、そもそも攻撃など受けなかったかのように綺麗に塞がっている。
負傷の形跡が一切ない。
『ここまで私を追い詰めるべきではなかったぞ、アベル・ベレーク。貴様が生き残る一切の道は今なくなったのだ。はっきり言ってやろう。私とて恐ろしいのだ。後ほんの少しで世界の全てを消し去ってしまう、その縁まで自分が来てしまっていることがな。だが……実行してしまった以上、ここまで来て退く道理はない。最早私は、神を名乗る高位精霊ではない。世界の創造神、それそのものへと至ったのだ』
俺は腕を掲げる。
ヒディム・マギメタルの腕に、リーヴァイの槍が握られた。
『無様だな……まるで意味がないと、わからないのか? 既にもう、戦いは終わったのだ。私が使いたくなかった80%の力を貴様が使わせた。見事なものだ……だが、それまでなのだ。結果として、『赤き夢』は暴走せず、理想的な状態を保っている』
召喚紋越しに、リーヴァイの槍へと魔力を送る。
そうして俺はヒディム・マギメタルの腕に、リーヴァイの槍を投擲させた。
俺の魔力……これが最後の『運命歪曲』になる。
……これ以上はもう、大規模な魔術を行使することはできない。
「 ভাগ্য(運命) নড়ন(歪曲) !」
シルフェイムの身体を、三つの槍が貫いた。
半ば駄目元だったが、当たった……のか?
だが、海面へと落ちていくシルフェイムの姿が消え、無傷のシルフェイムが宙へと現れた。
「さすがにそれは、反則だろ……」
『だから言ったのだ、アベル・ベレーク。今の私には、一切の攻撃が無意味だとな』