作品タイトル不明
八十八話 赤き夢⑥
『見せてやろう! 土神の花園!』
シルフェイムが三組の手を各々の形に組んだ。
同時にシルフェイムを中心に連続的に展開されていた魔法陣が止まり、俺の木偶竜ケツァルコアトルを黒い光の円が囲った。
円はよくみれば、細かい魔術式の羅列であった。
「こ、これは……!」
こんな魔術や魔法は初めて受ける。
速度を変えても、軌道を逸らしても、黒い光の円はまるで木偶竜から離れる気配を見せなかった。
クゥドルを封じる類のものと言っていた通り、封印を目的としたものには間違いないが……。
『 月(ディン) の重力を用いて、強引に我が身に取り込んだ土の神ガルージャの力よ! 奴の精霊体を消化する代わりに使うことのできる、一度切りの封印魔法だ! ガルージャの造り出した異空間へと貴様を追放する! クゥドルであれば七度陽が昇る前に戻ってくることができるであろうが、果たしてニンゲンの貴様が戻るのには何百年掛かるであろうな!』
魔術式の黒い光が強まっていく。
俺は杖を振り、どうにか魔術式を書き換えられないかと思ったが、魔法の規模が大きすぎて発動までとても間に合いそうにない。
他に何か、これから逃れられそうな手はないのか?
駄目だ……幾つか思い浮かびはするが、どれも時間が足りなすぎる。
魔力が枯渇しない様に様子を見ながら戦っていたのが徒になったかもしれない。
もう駄目かと思ったとき、クゥドルの触手が木偶竜ケツァルコアトルを、結界の上から触手で包んでいた。
「ク、クゥドルさん、何を……」
その瞬間、木偶竜を覆っていた黒い魔術式の輪が、クゥドルへと移った。
『……我が体内には、ヨハナンに仕込まれた大量の魔術式がある。その内の一つに……呪い移しの魔術式がある。この魔法は、我が引き受けよう』
クゥドルはそう言いながら、触手から木偶竜を解放する。
木偶竜は再び加速を始める。
『……貴様のためではないが、我だけでは『赤き夢』を突破できそうにないのでな。土神の花園は、ニンゲンの魔力出力で抗えるものではない。この呪いは、我が引き受ける。貴様はどうにか逃げ落ち……世界のために、あの『赤き夢』を解析して打開策を得ろ』
クゥドルの身体が黒い魔術式に全体を覆われ、姿が薄れて消えていく。
『我は一週間……いや、五日以内には戻ってみせる。どんな手を使ってでも、奴を振り切れ』
その言葉を最後に、クゥドルの姿が消えた。
いや……土神ガルージャの花園、異空間へと強制転移させられたのだ。
恐らく、土神の花園から帰って来るのには、俺では生還が現実的ではないほど夥しい年月を要すると踏んで、身代わりになってくれたのだ。
俺ならばシルフェイムを事実上無敵たらしめている『赤き夢』への打開策を練ることができると信じているのだろう。
実際『赤き夢』は厄介なんてもんじゃない。
目が開くにつれて力が増す上に、完全に開けば世界が消失する。
シルフェイムを倒しても、『赤き夢』を起こしては意味がないのだ。
シルフェイムの攻略のために俺を生き残らせて『赤き夢』を研究させることが不可欠だと考えたのだろう。
それはいい。
そこまではいいのだが、大きな問題が残っている。
『馬鹿な奴め……どの道クゥドルがいなければ、アベル・ベレークを仕留めるのは難しいことではないというのに!』
シルフェイムが思念波を発する。
そう……俺がどうにかクゥドルなしでシルフェイムを振り切り、クゥドルが戻って来るまで身を隠し続けなければいけないのだ。
『クゥドルに直接あの魔法を当てるのは幾重にも策を練る必要があると考えていたが、自身から呪い移しで受けてくれるとは好都合! 護衛の消えた貴様を確実に処分してから、クゥドルが戻ってくるのに備えて態勢を整えておくことができる!』
シルフェイムが木偶竜へと迫ってくる。
俺は木偶竜を最大速度で安定させ、シルフェイムから逃げる方向へと動かしていた。
「とんでもない課題を残していってくれたな!」
今までも逃げ回りながらの牽制が限界だった。
クゥドルはよくも俺がシルフェイムから逃げ続けられると思ったものだ。
シルフェイムが指を伸ばす。
俺の進路の先に巨大な竜巻がいくつも浮かび上がり、進行を妨害する。
どうにか軌道を曲げて避けてはいくが、その隙に着々とシルフェイムは俺への距離を詰めてきていた。
「ア、アベル! こ、これ、さすがにまずくないですか!?」
メアがぱたぱたと腕を動かす。
オルヴィガが静かだと思ったが、木偶竜の隅で頭を抱えて蹲って震えていた。
あいつはどれだけ俺の中のハイエルフ像を貶めてくれるんだ。
正直、シルフェイムがクゥドル以上の力を持っていた時点で半ば詰んでいる。
結果論だが、シェイムに媚びを売ってメアの奪還策を探りつつ本体であるシルフェイムの秘密を探り、『赤き夢』の打開策を得てからクゥドルサイドに情報を持ち帰るのが最善策だったかもしれない。
過ぎたことをとやかく言っても仕方ないが。
「安心しろメア! 何としてでも生き延びるぞ!」
俺やオルヴィガだけならともかく、今はメアも木偶竜に乗っているのだ。
絶対に諦めるわけにはいかない。
「魔力燃費が最悪なんだが……とっておきを出すしかないか……」
あれを出すと後がなくなってしまうのだが……正直もう、ここが限界だ。
「 তুরপুন(錬成せよ) !」
俺が杖を掲げると、木偶竜の後端側からヒディム・マギメタルの塊が生じる。
それは大きく上へと伸び、巨人の腕を模した。
俺は腕を空に掲げ、魔力を込める。
手の甲に、リーヴァイの槍の召喚紋、槍の紋章が輝いた。
リーヴァイの槍は召喚魔術なしで所有者の手許へ移動する力を持つ。
ヒディム・マギメタルの巨人の手中に、蒼の輝きを放つ、巨大な聖槍が現れた。
『私がメドへと与えていた、リーヴァイの槍か……! 私に今更そんな武器は不要だったが、それを使いこなせる人間が現れるのであれば、とっとと異空間の果てにでも封印してしまうべきであった!』
シルフェイムが口惜し気に零す。
今思えば、メドは古来、空神シルフェイムの配下の悪魔であるという話だった。
リーヴァイの槍は神話時代にクゥドルが見失ったままだと聞いていたが、クゥドルの目を盗んで持ち出せるのも、よく考えてみればシルフェイム以外には有り得なかったのだ。
全体図が見えた今だからこそ言えることなのかもしれないが。
クゥドルは話してくれなかったが……ジュレム伯爵の正体がシルフェイムであると見当をつけていたのではなかろうか。
「覚悟しろよ、シルフェイム! ちょっとばかり術式を弄って、神話時代より強化してるからな!」