軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十六歳⑤

「親子共々、いつも急に押しかけてすいませんね」

「ふん、いつもワシの許可も得ず好き勝手に入り込んでおる癖に、今日に限ってえらく控えめなものじゃな」

族長はそう言いながらも、そわそわしていた。

明らかに浮足立っている。この人も相変わらずだなぁ……。

「書庫に入らせてもらいたいのですが……少し、長い間借りっぱなしになってしまいそうなもので。大丈夫でしょうか?」

族長の家の書庫は、俺の魔術研究にかなり役立っていた。

しばらくここが使えなくなると思うと、正直惜しい。

できれば、気になっていた本を数冊ほど借りていきたいのだ。

ただ、いつ返せるのかが見当もつかない。

「……ここにある書物は、貴重なものじゃ」

「じゃあやっぱり……」

「だから、必ず返すのだぞ」

「ああ、いいんですね……」

いつも我が儘を通させてもらってありがとうございます。

「そういえば……フィロは今、出掛けているんですか?」

俺は部屋内を見回す。

いつもなら、何度族長に追い出されても様子を見に来ていたというのに。

今日が最後になるだろうから、顔くらいは見ておきたかった。

「む……フィロは、今は少し落ち込んでおる。そっとしておいてやった方が……」

そのとき、どたどたと誰かが階段から慌ただしく駆け下りてくる音が聞こえてきた。

それから急に不自然なほど足音がゆっくりになり、止まる。

俺は足音のする、部屋の扉へと目を向ける。

がらっと開き、現れたのはフィロだった。

「……誰かと思えば、なんだアベルか」

はぁ、と息を吐き、気怠そうに首を曲げる。

長い白髪がその動きについて揺れる。

確かに、あまり機嫌が良さそうには見えない。

「何だ、どうしたんだ?」

「……別に、どうしたもない。ボクはいつも通りだ」

そうは言っているものの、明らかにいつもの調子ではない。

元気がないのは明らかだし、目つきがいつもより少しキツい。

ちょっと不安になる。

それに、気になる点もある。

「なんでさっき階段を落ちるような速度で走ってたのに廊下はゆっくりと……」

「そんなわけがあるか! な、何を言っているんだキミはっ! 別に、その、キミと顔を合わせるのが楽しみだったとか、そういうわけじゃない! ちょっと足を滑らせて、途中で止まるに止まれなくなっただけだ!」

良かった、いつも通りだった。

「……そういえば、あ、あの……式は、三日後らしいな」

「……らしい、な」

思わず、他人事のように鸚鵡返しにしてしまう。

「フンッ、せっかちなキミらしい! いつもみたいに、嬉しそうに大急ぎで準備をしている様子が目に浮かぶよ! キミは、一つのことに関心が向くとそれしか考えられなくなるみたいだからな! まったく、予定を合わすために苦心させられる周囲の気持ちも、ちょっとは考えたらどうだ!」

すいません、すいません。

あれは大体ウチの親父が悪いんです。

いや、俺の信頼のなさ故といわれればそうなんだけども。

「それに……それにっ、こんな……急に言われたら、寂しいじゃないか……。キミは別に、妹のことはそういうふうには考えてはいないって、シビィが……」

フィロは声を潜め、途切れさせながら言う。

フィロが多少なりとも俺に気を持ってくれていることは察していた。

機嫌が悪かったのは、やっぱり結婚の件を聞いてのことだったのかもしれない。

「フィロ……」

なんと声を掛ければいいのか、俺にはわからない。

夜逃げすることを漏らすわけにはいかない。

式を挙げるつもりはないが、しばらく集落にも帰って来ないつもりだ。

俺は思わず、助けを求めて族長へと視線を移す。

族長の姿が見当たらなかった。

部屋中を見回すと、族長がそっと部屋を出ていくのが見えた。

目が合うと、気まずそうに族長は目を逸らし、扉を閉めた。

あの人、逃げやがった。

いや、気まずいのはわかるけども!

後は若い二人に、みたいな感じで逃げないでください! 俺の立ち場じゃ、言えることもありませんから!

「……文句ばかりだな、ボクは。祝いの前なのに、盛り下げるようなことばかりで、本当に嫌な奴だ。ちょっと最近、ボク、おかしいのかもしれない。もっと他に、言うべきことがあるというのに」

嗚咽交じりに言い、袖で涙を拭う。

さすがに、いつものように泣いていることを茶化せるような空気ではなかった。

「……アベル、結婚、おめでとう」

フィロは、ぎこちなく笑って、そう言った。

それから顔を両手で覆い、さっと走って部屋を出て行った。

……ざ、罪悪感が凄い。

俺、夜逃げする予定なんだけど。

どんどん逃げ辛くなっていくんだけど。

明日、俺が逃げたことをジゼルとフィロが知れば、いったいどんな顔をすることか。

忘れ物でもして取りに戻って見つかったら、そのまま袋叩きにして殺されかねない。

俺は書庫に入り、生体魔術や錬金術に関する本を中心に積み重ねていく。

集落では手に入らなかった物も多いので、街に行ったらゴーレムやキメラ、魔道具、ホムンクルスなんかを作ってみたい。

罪悪感に駆られながらも、そんなことだけはしっかりと考えてしまう自分が憎い。

運ぶのに苦労しそうだったので、あれこれ見比べて選別して絞っていく。

足りなければ街で買い足せばいいだけの話だ。

都市の通貨は知らないが、 香煙葉(ピィープ) を積んでおけば大丈夫だろう。

俺では運べないので、また族長のオーテムを借りて家まで運ぶことにした。

帰り道の途中、遠目にノズウェルを見つけた。

弓筒を背負い、取り巻き二人と歩いている。

どうやら森から帰ってくるところだったらしい。

香煙葉(ピィープ) 戦争の後、ノズウェルは一人で俺のところへと来た。

だが、取り巻きから見捨てられたわけではなかったらしい。ちょっとほっとした。

そりゃ、確かにそうか。

あのタイミングで俺の許へ行こうと誘われても、見捨てたわけじゃなくても取り巻き二人は断っただろう。

目が合ったので、手を振っておいた。

取り巻き二人が手を振り返してくれたが、ノズウェルが叫びながら森へと逃げていった。

取り巻きの背の低い方がその後を追いかけていき、ノッポが欠伸混じりにその様子を見ていた。

……俺は妖怪かなんかか。

本を家まで運び、帰宅する。

最後の一家団欒を堪能した後、眠りについた。

夜中にこっそりと起きる。

視線を感じたのでジゼルを見てみたが、しっかりと眠っている。大丈夫だ。

もしも気付かれたとしても、トイレだとでも言えばいい。

こんなおどおどしていては言い訳だってできなくなってしまう。

倉庫の中に入れておいた準備を取り出し、オーテムトロッコに積んでいく。

香煙葉(ピィープ) に干し肉、パン、アベルドリンク、生体魔術と錬金術の書物。

それから外では珍しいはずの鉱石、マーレンストーン。

俺の作ったオーテムの自信作と……ジゼルが初めて作ったオーテムを、トロッコに入れた。

水は魔術で出せるからいらない。

重すぎてバランスが悪いのでもうちょっと減らそうかとも思ったが、どれも減らすには惜しいものばかりだ。

大丈夫だ。事故らなければ問題ない。

道中を急ぐ必要はないのだ。ゆっくり安全運転を心がければいい。

実際乗って魔力で動かしてみると、何となく違和感を覚えた。

おかしい、こんな魔力の流れだっただろうか。

しかし今更分解して調べ直すわけにもいかない。

まぁ、まず大丈夫だろう。