軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

八十五話 赤き夢③

俺は自分の目を疑っていた。

シルフェイムの身体に突き刺さっていたはずの三つのアベルノコギリが、唐突に姿を消したのだ。

威力が減衰させられて消失させられた、というふうには見えなかった。

急に、唐突にその姿が途切れたのだ。

「い、今、何が……」

シルフェイムの胸部の顔面……『赤き夢』とやらの瞼は、再び静かに閉じられていた。

恐らく、あれが関連しているはずなのだ。

アベルノコギリが消滅する前に、これまで彫像の様に固まっていたあの瞼が痙攣していたのだから。

『アベルよ……今ではとうに忘れられた神話だが、かつては創世神が存在するとされていた。それは四大神のようなただの高位精霊ではなく、決して我らでは定義しきれぬ存在だ。それは眠り続けており、夢の中でこの世界を創ったのだといわれていた。世界のあらゆる景色と生命が、その存在が夢の様なものとして、無意識下に生み出したものにすぎないというのだ』

クゥドルはシルフェイムと組み合いながら、俺へと話を始めた。

クゥドルが前置きした様に、知らない神話だった。

前世で似たお伽話のようなものを聞いたことがあった気がするが、詳しくは思い出せない。

『シルフェイムは……とんでもないことをした。こいつは……己の胸部を、創世の時より眠り続ける神と繋げたのだ。一万年の時間の中で造り上げおったのだろう』

そ、創世神と、自分の身体をリンクさせた……?

俺の脳裏に、唐突にアベルノコギリが途切れた先程の光景が過ぎった。

「つまり、シルフェイムは……世界を好きな様に改変できる……?」

『認めがたいが、そういうことだ。……もっとも、完全に制御できるわけがないがな。だが、もっと悪い情報がある。厄介なのは不完全な全知全能だけではないのだ』

クゥドルの言葉を聞いたシルフェイムは、口を大きく開けて笑った。

『その通りだ! 教えてやろう……私がダメージを負うたびに『赤き夢』の眠りが薄れ……私の世界改変能力の精度が高まっていく。そして、完全に『赤き夢』の眠りが覚めた際には、この世界は消滅するのだ! フフフ……ハハハハハ! 私は、真の神、そのものになったのだ! 私が死ぬときは、すべての世界……いや、すべての次元を道連れにして消えることになろう! この私を倒すことなど絶対にできはしない!』

ぜ、全世界を、道連れ……?

あまりに規模が大きすぎて眩暈がする。

ハッタリであって欲しいと願っていたが、クゥドルの顔が険しい。

クゥドルも実際に『赤き夢』が機能するまで確信を持てなかったようだが、恐らくシルフェイムの言っていることは本当なのだ。

無駄に長生きしたハイエルフの王も随分と生き汚く成り果てたらしいが、精霊もそれは同じようだ。

シルフェイムは恐ろしく臆病で、傲慢で、それ故にこの上なく危険な存在であった。

『私とて、暴発すれば世界を消しかねない『赤き夢』の力は多用したくはないのだが……貴様らが刃向かう限り、使い続けるしかないのだ。大人しく朽ち果て、我が精霊体の一部と成り果てよ!』

再び『赤き夢』の瞼が痙攣した。

それだけでシルフェイムを拘束していたクゥドルの触手が痩せ細って黒ずみ、朽ち果てていった。

『な……!』

クゥドルが驚愕の声を上げる。

俺も驚いていた。

かつて俺が戦ったときは、どれだけ魔術をぶつけても、まともに触手一本破壊することが叶わなかったのだ。

あの力はあまりに反則過ぎる。

シルフェイムは拘束が緩んだのを幸いとクゥドルの肉塊に六つの腕で掴みかかり、そのまま海へと放り投げた。

クゥドルが一直線に海の底へと叩きつけられる。

海面に波紋状に幾多もの高い波が生じ、その中央に底の見えない巨大な穴が開いた。

『赤き夢』の瞼の痙攣が止まったが、僅かに開いていた。

白眼がすこしばかり瞼の下から覗いている。

『少しばかりやり過ぎたか……『赤き夢』が、一割ほど目を覚ましてしまった。クゥドルはこの程度で死んでくれる存在ではないが……まずは、貴様から処分させてもらうぞアベル・ベレーク!』

シルフェイムの不均一な大きさの三つ目が俺を睨んだ。

俺は既に木偶竜の操縦を行い、逃げる方向へと飛んでいた。

そのまま戦いから離脱する、なんてことはできないだろうが、とにかくシルフェイムの接近を許すわけにはいかない。

クゥドルが復帰するまでは手出しを行うのは無謀過ぎる。

シルフェイムが翼を羽搏かせて追って来る。

圧迫感が凄い。

『落ちよ!』

シルフェイムが腕の一本を空へと掲げる。

空が光った……かと思った刹那、巨大な雷が木偶竜へと落ちて来た。

木偶竜の防護結界が辛うじて防いでくれたが、大きく高度が下がった。

しかし、結界はたったの一撃で大きく破損してしまっていた。

自動修復が終わる前に次が来るかもしれない。

「 তুরপুন(錬成せよ) !」

俺が叫ぶと、左右の二体のオーテムも同じ詠唱を行った。

三つの魔法陣が浮かび上がる。

精霊体と大気中成分、俺の魔力を元に、ヒディム・マギメタルを錬成。

宙より生じた大量のヒディム・マギメタルの塊は、ドーム状に展開されて木偶竜の上部を守っていく。

このヒディム・マギメタルは、魔法現象……特に雷や風に対して高い耐性を持つ様に構造を組んでいる。

自在に性質を変えられるのがこのヒディム・マギメタルの最大の利点だ。

これと木偶竜の防護結界の二重のガードであれば、シルフェイムの魔法攻撃とて凌ぎ切れるはずだ。

『沈め、沈めえええ!』

シルフェイムが二本の腕を天へと掲げる。

二度空が光り、同じ本数の雷が降り注ぐ。

ヒディム・マギメタルの盾に罅が入った。

木偶竜が大きく揺れる。

「い、いくらなんでも反則……!」

続けて二度空が光った。

ヒディム・マギメタルの盾が粉砕され、木偶竜の結界が砕け散る。

木偶竜が大きく揺れて更に高度を落とし、ついに海面へと底を着けた。

俺は衝撃に吹っ飛ばされ、木偶竜の上を転がり、縁に身体を打ち付けていた。

どうにかよろめきながら立ち上がる。

迫りくるシルフェイムが、海面に落ちた木偶竜へと大きく腕を上げていた。

直接叩き潰すつもりだ。

もうヒディム・マギメタルの盾も、木偶竜の結界もない。

殺されるかと思ったが、シルフェイムの動きが宙で固まった。

『させぬぞ、シルフェイム……!』

クゥドルが海面から姿を現す。

海面を潜って隠れて後を追い掛け、下から触手を伸ばしてシルフェイムの手足を拘束して動きを止めたようであった。

間一髪のところだった。