作品タイトル不明
八十一話 旧き精霊達③
『偉大なる我らをニンゲン如きが侮辱するなど、あってはならぬこと……!』
シムの蠢かす八本の脚が速度を上げた。
左右から襲い来るオーテムを奇妙な動きで躱しながら向かって来る。
「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」
俺は魔法陣を浮かべ、杖先に直径三メートル程度の巨大な炎の塊を生じさせた。
アベル球ではない。
あれをここで下手に放ったら木偶竜の大部分が吹っ飛んでしまう。
木偶竜の自動修復機能でも、完全修復までにそれなりの時間を要するだろう。
足場が不安定になるのもいただけない。
だが、魔力はかなり費やしている。
俺の本気の炎弾だ。
これでも床は大きく削れるだろうが……木偶竜の自動修復機能でどうにかなるレベルだ。
「くらえっ!」
直線状に射出した。
炎の塊が豪速で床を削り、擦れた面を黒焦げにしていく。
『な、今までより早っ……!』
オーテムに意識を取られているシムは、火炎弾を避け切ることができなかった。
纏わりついているオーテム諸共、シムの身体にぶち当たる。
オーテムの黒炭になった断片が辺りに飛ぶ。
シムは火達磨になり、無様に木偶竜の上を転がった。
「長らく俺のことを見張っていたらしいが……俺が本気で魔術を飛ばした場面なんて、そこまで多くはないぞ。それで分かった気になられるのは心外だな」
俺はジュレム伯爵へと視線を移す。
ジュレム伯爵は木偶竜の尾に移動し、大きな三つの魔法陣を浮かべていた。
シムに前を走らせ、同時攻撃で俺を崩すつもりなのだろう。
「大災害を引き起こしてやる! これで私は千年前、都市ベルムを海底に沈めたのだ!」
魔法陣から無数の水の柱が放たれる。
とんでもない水圧だ。
一本一本が、容易く地面を直線状に削り取れるくらいの威力を持っている。
この魔法を使ったのならば、確かに海辺の都市の地面が喰い荒らされて沈んでもおかしくない。
だが、木偶竜に通せるほどの威力ではなかった。
水は木偶竜の表面で弾かれて爆ぜている。
メアや俺達に突っ込んでくる分も、ヒディム・マギメタルで十分防ぎ切れていた。
構造や効率の面で、貫通力や破壊力は俺の魔術に比べて大きく劣っている。
……だが、これだけの規模の魔術は俺の魔力では発動できない。
俺が同じことをすれば、すぐに魔力が持たなくなる。
ジュレム伯爵は強大な精霊ではあるが、以前の接触で精霊体を削いでいるため力が衰えている。
こんな大技はジュレム伯爵にとっても気軽に取れる攻撃手段ではないはずだ。
木偶竜の上が水で溢れており、洪水状態となっていた。
しかし、ヒディム・マギメタルが壁を作って水を防いでくれているため、俺達はほとんど濡れずに済んでいた。
水の荒れ狂う中、ジュレム伯爵の顔が微かに見えた。
苦し気に強張ってはいたが、安堵した様に笑っていた。
「……掛かったな、アベル・ベレーク」
咄嗟に、俺はその意味を理解した。
俺は完全にジュレム伯爵の魔術を防げたわけではない。
水の大災害によって俺は視界を潰され、他の個体への対応力が低下している。
……そして何より、ヒディム・マギメタルで洪水に対して防護壁を作っているために、大きく移動することが困難となっていた。
これが狙い通りだとしたら、次に奴らが打ってくる手は限られてくる。
「あなたは、本当に強力な敵でしたよ。ニンゲンでありながらその身まで辿り着いたことには私も敬意を表します」
俺の真上で、ジェームが巨大な魔法陣を紡いでいた。
ジュレム伯爵の大災害に紛れて転移していたのだ。
やられた……ジェームは、実質ガード不可能の魔法を持っている。
ジェームの展開している大きな魔法陣が黒く染まる。
光を一切通さない完全な漆黒が、ジェームの魔法陣より俺へと向けて大量に流れ落ちて来た。
アレは物質ではなく、世界の法則の様なものだ。
歪んだ空間そのものであるともいえる。
ジェームのお得意魔法、カオスだ。
触れれば如何なる物質とて無事では済まない。
前回は転移魔術で強引に凌いだが、それを警戒してか大量にカオスをぶつけてきた。
この膨大なカオスを一瞬で転移させることは俺にもできない。
ヒディム・マギメタルも貫通するし、魔術も呑み込むことはわかっている。
「……俺の負けだ」
だが、今強引に動けばジュレム伯爵の魔術に対する盾を失うことになる。
カオスを避けることができても、俺の身体が荒れ狂う水に晒される。
間違いなくジュレム伯爵かシェイムがそこの隙に攻撃してくるはずだ。
「ここじゃなかったらな!」
俺は杖を振るう。
木偶竜ケツァルコアトルが動き始めた。
宙に浮かんでいるジェームだけを置き去りに、魔法樹アルベリュートの枝をへし折って急発進する。
「なっ……!」
滝の如く流れ落ちて来たカオスの塊が、ケツァルコアトルを大きく抉って下へと突き抜けていく。
……ま、これくらいならば自動修復できるだろう。
確かに大した連携だった。
ジュレム伯爵の大規模魔術のぶっぱは、発動を許してしまえば俺には防いで凌ぐことしかできない。
逆にジェームのカオスは、俺には回避して凌ぐしかない。
失敗だったのは、それをわざわざ高速移動できる木偶竜ケツァルコアトルの上でやったことだ。
俺は遠くなっていくジェームに向け、杖の先端を合わせた。
「神火球、発射ァ!」
木偶竜の口から白く輝く球が連続的に発射される。
十を超える光球はジェームへと向かって飛来していった。
ジェームは宙を飛び、魔法樹の枝の合間を抜けて下へ下へと降りながら逃げようとしていく。
しかし、神火球には簡単な追尾機能も備えている。
ジェームの付近で神火球が爆ぜる。魔法樹の枝が大きく球形に抉れ、燃え上がっていた。
直撃はしなかったようだが、無事では済まなかっただろう。
ジュレム伯爵の水柱が止んだ。
これ以上の継続は魔力の無駄だと考え、魔法を一旦止めたらしい。
「よ、よくやったぞマーレン! ハハハハ! お前の方についておいてよかった! 命拾いしたぞ!」
背後でオルヴィガが燥いでいた。
……オルヴィガは奴らを空神シルフェイムの手先だと信じていたはずだが、随分と信仰深いハイエルフもいたものだ。