作品タイトル不明
七十九話 旧き精霊達①
俺はメアを連れ、転移魔術で神殿の外へと脱出した。
転移先は無論、木偶竜ケツァルコアトルの上である。
これでジュレム伯爵一派は、クゥドルに対抗するための重要な駒を失った。
メビウスの魂は俺の手の中にある。
後はジュレム伯爵から逃げ回りながら各個撃破してやってもいいし、メビウスの魂を盾にクゥドルと強引に駆け引きをして守ってもらう、という手もあるか。
……もっとも、それはジュレム伯爵達がこのまま素直に俺を逃がしてくれれば、の話であるが。
「ア、アベル、こ、ここはどこですか? 何が……」
メアがおどおどと周囲を見る。
俺はふらつきながら、メアを床へと下ろした。
「シェイムが黒だったんだ。悪い、俺がドジを踏んでメアを危険な目に遭わせてしまった。でも、これでひとまずは終わったはずだ。少なくともあいつらは、メアに手出しをする理由も余裕もないはずだ。……そのまま、俺のこともきっぱり諦めてくれると助かるんだけどな」
「そ、そういえばメア、シェイムさんに魔術で眠らされて……。で、でも、ア、アベルのせいなんてことはありませんよ! メアも全然気が付いていませんでしたし……それよりもメア、またアベルに迷惑を……」
メアが顔を伏せる。
「俺がメアの傍にいたいからやってるだけだって言ってるだろ。それに、所詮クゥドル相手に逃げ回ることしかできない木っ端の精霊だからな。余裕だったよ」
俺は言いながら、なるべく自然な動きを装いながら腕を伸ばしていた。
……メアを抱えたせいで、腕がパンパンになっていた。
こりゃ翌日も響きそうだ。
最近は何かと動き回る機会も増えて来たから、それなりに身体もマシになってるはずなんだけどな。
「だ、大丈夫ですかアベル? 大きな怪我を隠していたりしませんか?」
「あ、ああ、全然問題ないよ」
俺はぐっと背伸びをし、何事もなかったふうを装う。
……こんなところで筋肉痛になったなんてバレたら恰好がつかない。
……事件の収拾がついたら本格的に筋トレを始めてみるか。
いや、魔力を用いた身体能力向上の応用で、上手く筋肉を発達させる方法が見つかるかもしれない。
少し研究してみるとしようか。
「で、お前は何をやってるんだ?」
俺が前を向くと……四体のオーテムに鎮圧されているオルヴィガの姿があった。
オルヴィガは床に這い蹲ってもがいていた。
俺が尋ねると、オルヴィガはさも憤慨したというように地面を叩く。
「誤作動だ! 余は何もしてないのに、勝手にこのオーテムが動き出したのだ。マーレンよ、早くこいつらを退けぬか。これ以上余を辱めようと言うのならば、余を崇める万のハイエルフが黙っていないぞ!」
オルヴィガは必死に言い訳していたが、オルヴィガが木偶竜を弄ろうとして監視用のオーテムに叩き伏せられたことは間違いなかった。
……妙なことをすればオーテムが動き出すと忠告しておいたのに、何をやってるんだこいつは?
そしてこの状況でどうしてここまで太々しくなれるんだ。
こっちは精霊の頂点らしいジュレム伯爵一派と、恐らく世界最強の存在である人工精霊兵器のクゥドルと対立関係にあるのだ。
今更ハイエルフが加わったところで怖くない。
というより、連中の底は既に見えている。
「……まあ、いいよ。別に俺もお前をどうこうしたいわけじゃないからな。用件は済んだから、城まで送っていってやる」
俺はオーテムを退けてやった。
……別にオーテムを乗せて静かにしておいてやってもいいかと思ったのだが、まあ無意味に煽るような真似は止めておこう。
オルヴィガは馬鹿で傲慢だが、引き際は弁えているタイプだ。
余計な真似はしないだろう。
「ほ、本当か! はっ、早くしろ! とっとと王城で美女に添い寝してもらって、今日あったことは全て忘れたい!」
「ア、アベル……こ、この変な人、何なんですか?」
メアが恐る恐ると尋ねて来る。
「……害はないから放っておいてやってくれ。言動はちょっとおかしいが、 天空の国(アルフヘイム) の風土病みたいなものらしい。一応、偉い奴だからあんまり雑に扱うと後々面倒になるかもしれない」
もう手遅れかもしれないが。
「な、なるほど……?」
メアが納得していなさそうに言う。
「そこの娘、精霊に運ばれていた女だな。ふむ、身体は好みではないが、面はなかなかだ。仕方あるまい、妥協してこの余の添い寝を許可してやろう。おいマーレン、余が寝ている間にしっかりと運ぶのだぞ」
俺は杖を振った。
横から跳んできたオーテムがオルヴィガの身体を吹っ飛ばした。
「……偉い人じゃなかったんですか、あれ?」
「よくよく考えると処分しておいた方が尾を引かないかもしれない」
オルヴィガは素早く正座し、頭を下げた。
「ち、違うのだ。図に乗っているとかではなく、思ったより温厚そうだったし、なんだか機嫌も良さそうだったからちょっとくらい我儘を口にしてもワンチャンあるかなと……。ゆ、許してくれ、余の性格と女好きは病気なのだ。そう思うと、余が可哀想に見えて来ないか?」
オルヴィガは哀れみを誘う声で懇願してくる。
こ、こいつ、やり辛い……!
「……もうわかったから、隅っこに行って黙っていてくれ」
「おお……その寛大な心に感謝するぞマーレン……! 余は城に戻れば、余に厄介な仕事を押し付けてくれた老害神シルフェイムなどのことは忘れて、貴様の像を千年は奉ろう……!」
本当にやり辛いから黙っていて欲しい。
これでまたちょっと時間が空くと様子を見て付け上がってくるのがもう既に想像できる。
……オルヴィガの口にしているシルフェイムは、単にハイエルフを巻き込むためのジュレム伯爵の騙りではないかと思うが、まあ俺にはどうでもいいことだ。
よくこんな奴が一万年も人望を保てていたものだ。
ハイエルフの国はどうなっているんだ。
そのとき、轟音と共に神殿が本格的に崩壊し始めた。
中央から凹んで拉げ始めて行く。
魔法樹アルベリュートの枝を抜けて瓦礫が落ちて行った。
俺は神殿が崩れていくのを眺めていた。
意外と完全崩壊まで時間が掛かったな。
「……また壊したんですか、アベル?」
「あれはそこまで俺のせいじゃないぞ」
オルヴィガが死んだ目で神殿を眺めて何か言いたそうにしていたが、俺が視線を向けるとがっくりと項垂れた。
ハイエルフの文化遺産を尊ぶだけの価値観がオルヴィガにあったことに俺は秘かに驚いていた。
大層な神殿ではあったが、オルヴィガも後万年くらい生きるだろうし頑張って建て直せばいいのではなかろうか。
「……で、準備は出来たのか、シェイム」
俺は杖を構えて振り返った。
シェイム、ジェーム、ジュレム伯爵が、木偶竜の上に並んで立っていた。
三人に紛れ込んで、直径三メートル程度の緑の球体が浮かんでいる。
アレはシェイムに回収されていたシムだ。