作品タイトル不明
七十六話 太古の破壊者メビウス⑥
俺はどうにか起き上がりながら、メビウスへと向けて杖を構える。
「しかし……今の魔術が通らなかった時点で、お前の勝ち筋はなくなったように思うのじゃがな? 大人しく我に諂ってはどうじゃ? ん?」
メビウスが声を掛けて来る。
「…… বহন(運べ) 」
俺は周囲に、十の魔法陣を浮かべ、同数のオーテムを呼び出した。
「ほう……これは、なかなか壮観じゃの。しかし、転移の魔術はそれなりに魔力を要するものじゃが……これでは、お前が自棄になっているようにしか思えないのじゃがな?」
メビウスは一通り眺めて、小ばかにするように拍手を挟んだ後、そう俺に対して指摘を行った。
「数の問題ではないのは、散々ここまでで痛感したと思うのじゃが? そもそもお前に、我を拘束する手立てはあるまい。まるで、子供が駄々を捏ねて暴れているようだぞ?」
「行け、オーテム!」
俺はメビウスの言葉を無視して、彼女へとオーテムを向かわせる。
だが、どのオーテムもまともな決定打を取ることはできず、一体一体、あの魔力結晶のグローブで破壊されていく。
……完全に、遊ばれている。
あれだけの攻撃力があり、俺からあまり攻撃できないとわかっているのならば、もっと強引に攻めて来る選択も取れるはずなのだ。
オーテムを潜り抜け、ヒディム・マギメタルの盾を破壊して俺本体への攻撃を企てることもできるはずである。
それを行わないのは、メビウスが俺を危機として一切見ていないためだ。
確かにこれだけの身体能力があるのならば、他に何らかの補佐があれば、クゥドルに有効打を入れて逃走することも不可能ではないだろう。
五体のオーテムで一斉攻撃を仕掛け、タイミングをずらしてバビロン8000による攻撃を試みた。
だが、メビウスは容易く五体のオーテムを蹴散らし、バビロン8000の上に立ち、その片腕をがっしりと両の魔力結晶のグローブで押さえていた。
「いい加減、我はこの不細工な造形のオーテムにも飽いたぞ」
ガキョ、と音が鳴り、バビロン8000の片腕が引き千切れた。
そのままバビロン8000が床に叩きつけられる。
メビウスはその上に降り立ち、右腕を掲げた。
「仕方あるまい、アベルとやら。お前も規格外ではあるのじゃろうが、こと直接戦闘においては決してこの我には敵わぬことを教えてやろう。我の力を、心して見るがよい!」
メビウスの周囲に、大量の魔法陣が浮かび上がった。
俺は目を走らせ、魔法陣の数を確認する。
全部で二十……さすがに面食らった。
アルタミアは、人間の脳が並行して処理できる魔法陣の数は、理論上では八が限界であると語っていた。
実際、アルタミアも人間の間は七つの魔法陣を浮かべるのが限界であったという。
メビウスは、あっさりと二十の魔法陣の同時展開を可能にしている。
「随分と驚いておるの。まさか、二十もの魔法陣を同時に展開できる者がおるとは、思いもよらんかったのじゃろう? 確かにお前は天才じゃろうが、だからこそ我の規格外さがわかるじゃろう? しかし、今更力の差に気が付いたとすれば、鈍すぎるぞ。たかだか生まれて二十年と経たぬ者が、人間の頂点に立つ存在として造られ、 月(ディン) にて一万年の修行を積んでいた我に敵う道理があるまい!」
メビウスが腕を振り降ろした。
「 ন্ধকা(闇よ) এই হাত(球を象れ) 」
二十の黒い光が球を象り、神殿の大広間内を飛び交った。
黒い光球の触れた床や壁が爆ぜていく。
光球を避け損なったバビロン8000が中央からへし折れた。
「う、嘘だろ……?」
俺の作ったオーテムの中で、バビロン8000は直接戦闘においては間違いなく最強だった。
速度も、パワーも、耐久性も、他のオーテムより一段は上だ。
あれでどうにもならないならば、オーテムをぶつけて戦闘を維持することは困難を極める。
「さぁ、闇よ、全てを食らい尽くすがよい!」
光球を受ける度に、ヒディム・マギメタルの盾が大きく削られていく。
どうにか素早く修復して間に合わせているが、近接攻撃と並行して行ってきたらとても凌げるような威力ではない。
ヒディム・マギメタルの盾が五発目の光球を受けた時、身体がぐわんと揺れた感覚を覚えたと思えば、俺の身体が宙を舞っていた。
背中に強い衝撃を感じる。
「ガハッ!」
地面に叩きつけられたのだ。一瞬、呼吸が止まったのを感じた。
俺は激しく咽ながら身体を捩り、膝を地面に突いて起き上がった。
……光球の殺しきれなかった衝撃が、盾越しに俺へと伝わったのだろう。
「おやおや……危うく、アベルとやらを壊してしまうところじゃったの。さて、少しは我の魔術を見て、気が変わったか?」
俺は強引に杖を地面に立てて立ち上がり、杖を振るった。
「 বহন(運べ) !」
十二の魔法陣を浮かべ、新たに十二体のオーテムをこの場に転移させた。
「よし、まだ身体は動く……オーテムもある、戦える……」
俺は自分に言い聞かせるようにそう呟きながら息を整え、メビウスを睨んだ。
メビウスは俺の目を見て、舌舐めずりをした。
「ほほう……よほど、メアとやらが大事じゃったらしいの。フフ……この娘は所詮、我の肉体となるために生まれてきた人形のようなものじゃというのに。同じ顔を持つ我を愛してくれても構わんのじゃぞ?」
俺は一層目に力を込めた。
俺の様子を見て、メビウスが口許を隠して笑う。
「フフフフ、いい、いい表情をしておるぞ、アベル。ああ、お前が諦めてその顔を崩し、我に頭を下げて諂うのを見るときが楽しみじゃ。興奮してきたぞ。しかし、このままだと埒が明かぬかもしれぬの。腕の一本でも奪ってよいか、シェイム?」
「……もういいでしょ、アベルちゃん? アベルちゃんらしくないよ。打つ手がないってわかっているのに、ただ嬲られるために戦いを続けるなんて。別にアタシに従うことは、メアちゃんを諦めることとは別なんだって説明してあげたでしょう?」
遠くで戦いを静観していたシェイムが淡々と言う。
「ふざけるな! お前の言葉が、俺の抵抗意欲を削ぐための都合のいい嘘っぱちだってことくらいは、俺にだってわかるんだよ! 同情か? 優しさのつもりか? 俺は、お前なんかの虚言に流されて、実りのない夢を待つような愚行はしない! メアは連れ帰るし、お前は消滅させてやる! それが叶わないのなら、この場で潔く散ってやる!」
「…………」
シェイムが黙ったまま俺を見る。
俺も睨み返してやった。
「ま……任せておれ、シェイム。お前が望むのであれば、この男は、我がたっぷりゆっくりと甚振って墜としてやろうではないか」
メビウスが一歩俺へと前に出る。